2024/11/14(金)の日記 死んだ後のことは責任持てんよね

  あと長くても30年、もしかしたら20年、下手したら10年後には、もう自分はこの世には居ないかもしれないと思ったら、だんだん先のことを心配してもしょうがないんじゃないかと思えてきた。

 とりあえず今を楽しむ。それしかないかな。

 色々と心配事はあるかもしれないけど、未来の未確定のことを心配しても何もできないわけだから、無駄でしかない。

 それと同じく、自分が死んだ後のことはある程度は何とかなるかもしれないけど、完全に責任を持って欲しいと願われても無理。それこそ何が起こるか分からない。

 心配事として、妻や子供たちはどうなる? ということがあるけど、死なないでおくわけにはいかないので、最終的には自分たちで何とかしてもらわないといけないし、きっとまあ何とかなるんじゃないかと思う。

 とりあえず分からないことがあれば役所に行く。それしかないんじゃないかな。

 自分に関しては、父が死んだら、それはその時というように考えている。色々面倒は有るだろうけど、その時のことを予想して色々考えても、その時の状況がどうなっているか分からないから、結局は予想を外すことになるんじゃないかな。

 結局人生は臨機応変にその場その時の状況に対処していくしかないんだなあ。きっとね。

2024/11/13(水)の日記 キツイ人もいる

  だいたい今の職場にそれほどキツイ性格の人はいない感じなんだけど、利用者さんの関係だとキツイ人もいる。今日、送迎に向かった先のヘルパーさん(女性)はちょっとキツイ性格の人だった。

 そういうキツイ性格の人の考えることとか言動とかは、私からすると全く想像出来ない異次元の感じなので、何かキツイことを言われても、『ああ、そうか、あの人はそういう意図で言っていたのか』と、理解できるまで時間がかかるから、キツイことを言われたその場ではあまり堪えない。

 まあ向こうも次の仕事が待っているからキツイ言葉使いや目つきになるんだろうけど、そういう態度だと周りからの協力を得られなくなって、ますます仕事がやりにくくなると思うんだけどね。

 こまったものだね。

2024/11/12(火)の日記 官僚組織を2つ作るべきなんじゃないのかな?

  政治の状況がぐだぐだですね。まあ、野党がだらしがないのは、バックに官僚が付いていないからかもしれません。ということで、官僚組織を2つにわけて、1つは与党のバックアップをするチーム、もう1つを野党をバックアップするチームにする。そして政権交代したら官僚組織も与党チームから野党チームへと交代する。

  それくらいしないと政権を任せられる野党は出来ないんじゃないかな?

 まあ、妄想はそれくらいにして、何でもバックアップというものは大事です。代わりに仕事ができる人を用意しておくのは基本ですね。

 実はショートステイの明日の朝のお迎えの送迎について、運転手の人が休むから、責任番の主任さんが全部送迎に行くことになっていたのですが、どうしても一件だけ時間が被ってしまっているということで、その人だけ私に行ってくれないかということになりました。

 普段の勤務は11時から16時までの5時間なのですが、明日はその5時間に加えて、朝の送迎にかかるおよそ30分から40分が残業(?)というか、時間外労働扱いになるということで話をつけて了承しました。

 運転手とか、送迎ができる職員がもう少し欲しいですね。バックアップ人材は必要です。

2024/11/11(月)の日記 首相が決まりましたね

 第二次石破内閣が発足しましたね。まあ、それ以外の結果になりそうに無かったので意外性は全くありませんでしたけど、来年の参議院議員選挙までの命じゃないのかな。次回の参議院議員選挙でまた自民党が負けたら、完全に石破首相は終わりますよね。

 ということはそれまでの間になんとか国民が認める成果を出さないといけないということであり、現状維持では落第点ということでしょうね。

 何か成果を出せるのかな? 国民民主党の主張を丸呑みしたうえで、なおかつさらに上回る政策を出していかないと、『やっぱり自民党じゃないと』という意見にはならないだろうし、難しいだろうね。

 今までのような密室で決めるやり方じゃ全く世論を味方にできない時代であることを自覚して、早くオープンに議論して物事を決めることができる政治になって欲しいものです。

 


CMじゃないけど、ほんと、嘘はよくないよ

2024/11/10(日)の日記 母の三回忌

 今日は母の三回忌でした。一昨年の11月10日、ちょうど夜勤の最中に電話連絡があり、急遽責任番の主任さんに電話して勤務を途中で代わってもらい、病院に着いた時には亡くなっていました。父や妻と息子が私の代わりに看取ってくれたのでそれは有り難かったです。

 さて、三回忌に出席したのは、夫である父、息子である私とその妻、私の弟、そして私の娘と息子。なお娘は栃木から夫と息子(私たちの孫)を連れて昨晩、名古屋に到着していました。つまりここまでで出席者は8人です。

 その他は、父の弟2人と妹1人、そしてそれぞれの配偶者の6人です。ということは合計で14人が今回の三回忌の出席者です。

 とりあえずお墓があるお寺の和尚さんからは『12時からお経をあげるので、11時半には来てほしい』ということでしたから余裕をもって10時半には家を出て、お寺に11時には着くようにして全員が集合することになりました。

 けっこう早めに到着して、お墓にお参りし、11時20分にはお寺の中に入り、待機する部屋でお茶を飲みお菓子を食べながら外出中の和尚さんが帰ってくるのを待ち、12時からお経を上げてもらいました。

 その後は近所の中華料理店で食事をして解散となったのですが、さすがに日曜日の昼ということで大勢の人が順番待ちをしていました。

 ですが私達は事前に予約を入れていましたので、スムーズに部屋に入ることができました。

 とは言っても店が忙しいのに変わりはありませんので、注文や料理を出してもらうのに、そしてそのほかにもちょっとしたトラブルが数々ありました。

 でもまあ、忙しいときはしょうがないですよね。そのあたり、娘は栃木では飲食店で働いているので、そういう事情には理解があり、ちょっと不満を持った人をやんわりといさめてましたけど、なかなか飲食店の忙しいときの事情に疎いと理解は難しいかもしれませんね。

 ともかく三回忌は終わりましたが、次の七回忌は色々と状況が変わるかもしれないので、今の段階では予定が立ちませんね。

 誰かの〇〇と兼ねて……、なんてならないことを願います。

2024/11/09(土)の日記 送れましたけど遅れました

  いつも仕事は5時間勤務なのですが、11時から14時までの3時間は1時間ごとに3つのユニット担当者の休憩時間を拾って、14時からは送迎を担当するということになっていました。

 しかし14時からスッと送迎をスタートすることが出来ません。まず、14時からユニットを担当する職員と交代するまでは、そのユニットから離れることが出来ませんので、送迎の仕事を始めるのが14時3分くらいからになるからです。

 そして悪いことに今日の送迎担当職員は私だけでしたから、そこから車を用意して、さらにまずは第一便に乗る利用者さん3名をユニットからエレベーターで1階 まで誘導し、乗車させるのです。

 しかし3人のうち2人は車椅子ですから、リフトを作動させての乗車ですから、一人乗車させるのにも時間がかかります。

 結局、車を出発させることが出来る頃には既に14時13~15分になってしまいました。既に10分以上の遅れです。

 そしてその遅れを維持したまま一軒目の利用者さんのお宅に到着するのですが、ここでもリフトを使っての降車になりますのですぐには降車できません。さらにそのお宅の玄関は通常の家であれば2階にあって、家庭用のエレベーターで階段に沿って登っていくので、そのエレベーターが下に降りてくるまで待っていないといけません。

 この段階で15分ちょっとの遅れになりました。

 そしてその後も更に2人の送迎を行い、ちょっとづつ遅れて、2便目のスタート時点では20分の遅れになりました。やはり最初の便がスタートする時点で10分以上遅れたのが痛いです。

 その後、2便目も終了し、3便目を出発する頃には25分ほどの遅れになっていました。こうなるともう焦ってもしょうがありません。安全運転を心がけて最後の2人を送ります。でも施設を挟んで南北に正反対の場所なんですよね。『あと1人送迎を担当できる職員が居れば良かったのになあ』と、愚痴を思わないでは無かったですね。

 というわけで最後の利用者さんを送った時には、利用者さんの家族さんに『何かあったんですか?』と心配されましたけど、「いえ、何人も送るうちに少しずつ遅れて……」と言ったら、『ああ、分かりました』と納得してもらいました。

 独りで歩ける利用者さんでも車を乗り降りするのに時間がかかるのに、今日は6人の利用者さんを3便に分けて送迎しましたけど、6人中4人が車椅子でしたから、どう頑張っても少しずつ遅れるのはしょうがないですね。

 どっちにしても今日は1時間の残業をつけさせてもらいました。退勤時間は17時半頃でしたけどね。

 もう疲れたよ、パトラッシュ……。


2024/11/08(金)の日記 寝てばかりも居られなくなったね

  11月1日に転倒して結局むち打ちと背骨の圧迫骨折をした父親が、それから1週間ほぼ寝っぱなしでトイレくらいにしか起きてこなかったのですが、ようやく今日、外に出かけて喫茶店に行ったり、夜には風呂に入ったりしました。

 やっぱり寝てばかりも居られなくなったようです。もともと父はジッとしているのが苦手な性格で、とにかく外に出たがりです。趣味は散歩で一日に何回もそこらじゅうを歩き回っています。

 私の職場は自宅から歩いて10分くらいなのですが、そこの前にもやって来て、見知らぬ職員にも『〇〇の父です』と挨拶していくので(一部には)有名です。

 まあ一週間以上、二週間も三週間も、ましてや一ヶ月も寝ていたら、立って歩けなくなりそうだから、一週間で起きてきたのは良いことです。

 特に高齢者は骨折を機に簡単に寝たきり状態になってしまうので、少々痛いのは我慢しつつ起きて動かないといけないですからね。

 そして風呂に入ったのも良かった。あまり長湯はいけないけど、体も清潔にしないとね。

 もう亡くなった母親は、最後は介護5の状態に成ってしまっていたけど、なるべくなら父親には亡くなる直前まで元気でいて欲しいものです。

 私も体を壊しているから、母親の時と違って、父親を介護するのはちょっと大変だからね。

2026/09/24(木)の日記 利用者さんの家の鍵が閉まっていた件

  今日は15時から送迎の仕事だった。まずは2人の利用者さんを乗せて近い方の利用者さんの家に行く。ちなみに運転手は別に居て、私は添乗だ。  その一人目の利用者さんの家だが、表札を見るとちゃんと名前は合っている。何丁目何番地という数字も合っている。その利用者さんの家に間違いない。 ...