第二地球圏物語 前史
It is historical in front of The second Earth area story
妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール
作:紅衣北人 / ジャージレッド
第37話(最終話) 大団円へと続く道は波乱万丈で舗装されている
「お客様、津波の恐れがあります。慌てず、急いでホテルの屋上へ避難してくださいっ!」
春風荘の館内に、若女将、
その間にも先程の地震の余震だろうか。小刻みな揺れが頻発していた。
春風蘭華は、愛知県は知多半島と渥美半島に挟まれた内海である三河湾に浮かぶ観光と漁業が中心の島、日間賀島。その島出身の高校生である。
島には中学までしかないので、島から一番近い知多半島にある寮が完備している大木南高校に進学しているのだが、蘭華はその女子寮の寮長で3年生である。
進学はせず、卒業後は実家のホテルの若女将として働く予定であるので、当然であるが年末年始というホテル等の観光サービス産業における繁忙期には、冬休みを利用して帰省し、仕事の手伝いをしていた。
とは言ってもやっぱりそこは実家である。仕事はしつつもどこかのんびりした雰囲気で過ごしていたのだが、その雰囲気は先程の地震により一瞬にして霧散してしまった。
およそ震度4強~5弱程度の地震が島を襲ったのだ。
もちろんこの程度では建物自体の被害は無く、棚から物が落ちた程度であったし、従業員が確認したところ宿泊者の中にも怪我等を負った者もいなかった。
まずは一安心というところで、震源地はどこかなと思った蘭華は地震ニュース一色に塗り替えられていたTV画面を見て絶句することになった。
震源地は一つではなかったのである。日本中で複数の地震が同時発生していたのであった。そして世界各地でも大地震が発生していることを伝えていた。
TV画面の中では、普段は冷静で知られるNHKのアナウンサーが慌てた口調で視聴者に対して地震の発生と津波警報が発令されたことを伝えていた。
『……津波警報が発令されています。同時多発地震により、津波の波同士が干渉しあい、場合によっては波が増幅して極めて大きな津波となって沿岸部を襲う可能性があります。繰り返します。関東沖、紀伊半島沖、四国沖、その他全国各地で地震が発生しています。それに伴い津波警報が発令されました。……只今入りました外電によりますと、米国西海岸やチリ、オーストラリア、そしてインドネシアなどでも地震が発生したとのことです。……えっ、何? 富士山が噴火っ!?』
NHKのアナウンサーでさえ素で驚き、声を上げるというあまりにも異常な状況に、一瞬頭が真っ白になってしまった蘭華であったが、すぐさま両親に向かって叫ぶのだった。
「お父さん、津波が来るかもしれない。急いで外に居る人達に最寄りの鉄筋コンクリート製の建物の最上階に避難するように指示を出してっ!」
「お、おう、分かった」
蘭華の父は島内の観光協会の会長もしている関係で、ここ、春風荘には天候の悪化による連絡船の遅延や運休を知らせる為の島内放送施設の設備も併設されているのだ。彼は娘の言葉で我に返ると、さっそく放送設備がある部屋へと入って行く。
「お母さんはお客様から預かっている貴重品を金庫から出して屋上へ急いで。でも作業時間は3分を厳守。いざとなったら貴重品よりも命が大事ってことは忘れないで。私はお客様を屋上へ誘導するからっ!」
「じゃあ、お客様のことはお願いね。蘭華ちゃん」
そう一言言うと、蘭華の母は事務所の奥にある金庫へと小走りに向かって行き、そして外から聞こえてくる島内放送からは津波からの避難を促す父親の声が流れ始めていた。
「さて、それじゃあ私は、館内のお客様の避難誘導しなくっちゃ」
蘭華はそう独り言を言いながら両手で自分の両頬をパンと叩いて気合を入れると、大声を張り上げながら避難誘導を始めた。
「お客様、津波の恐れがあります。慌てず、急いでホテルの屋上へ避難してくださいっ!」
そして蘭華は、腐女子的な視点で愛してやまない高校の後輩で同じ寮に住む妖精の男の娘というか美少年である山本夏樹のことを考えるのだった。
(……夏樹君、妖精世界の地球に行くと言っていたけど、こっちがこんな状態で大丈夫なのかしら)
◆◆◆ 秋津島皇国
さて、その夏樹であるが、彼は宇宙船うみねこ2世号の船内にいて、美姫との通話が終わった後も地球側との連絡を続けていた。
『……続報っ! 富士山の噴火に続いて、阿蘇山や桜島、そして三宅島と噴火を確認とのニュースが入ってきた。海外でも……、おい、まじかよ。アメリカのイエローストーンで噴煙を確認だとっ!? そうか、まだ噴火までは行っていないんだな』
「もしかしてかなりヤバイ状況なんですか?」
夏樹には、イエローストーンと聞いてそれが何かという知識は無かったが、通信用召喚ゲートの向こうで驚いている職員の声色から只事ならぬ気配を感じていた。
イエローストーンとは北アメリカ大陸における最大の火山地帯であり、そこにある巨大火山が噴火した場合、人類の滅亡とまでは行かなくとも、現代文明が危機を迎える可能性はかなり高いのだという。
イエローストーンが最大級の爆発を起こした場合、アメリカ合衆国全土がその火山の噴出物で覆われ、人間が生存出来る環境ではなくなる可能性がある。
言うまでも無いことであるが、アメリカ合衆国は世界最大の食料生産国であり輸出国である。そのアメリカ合衆国の国土が壊滅状態となったとすると、それだけでも世界全体を滅亡の危機へと導きかねない。
『一言で言えばヤバイ。イエローストーン火山だけでもヤバイのに、世界中で地震と火山噴火が一斉に発生している。地震対策がしっかりしている日本ではパニックが起きるまでは行ってはいないが、世界では一体どうなっているのか検討もつかない』
地球側、すなわち加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班、通称【魔法研究所】の職員の声は暗い。
「何か新しい情報は入って来てないんですか?」
『日本国内はともかく、海外では交通、通信網が寸断されているところが多いのか、通常のマスコミからは情報が入ってきていない。流石にインターネットは生きているようだから、ツイッターのつぶやき等から情報を収集しているところだが……、どうやら中国大陸でかなり大規模な地殻変動があったらしい。地震の後、洪水? が発生したそうだが詳細は不明だ。とりあえず剣持主任に現在までの状況を伝えて欲しい』
「了解しました。すぐに伝えます。ありがとうございました」
「……夏樹君、もしかしてだけど、僕の考えを言ってもいいかな?」
そして一旦そこで通話を止めた夏樹に対して、その後ろで何やら考え込んでいた佐藤雄高が話しかけた。
「何? 何か気づいたことでもあったの?」
「うん、もしかしてだけど、こちらで地震が起きたのと同時刻で向こうの地球でも地震や火山噴火が頻発しているっていうのは、ふたつの地球で自然災害が連動しているっていうことで、それってつまりは……」
「白竜王吹雪さんに何か有ったってことなのかっ!?」
夏樹は雄高が言いたいことを正確に理解すると、驚きの声を上げた。現時点において白竜王吹雪はその魔法によって、妖精世界の地球と月が人間世界の宇宙に召喚転移して人間世界の地球との二重惑星系になったことが原因の重力変動による地殻変動等の天変地異を押さえ込んでくれているはずであった。
それなのに現在、人間世界と妖精世界のふたつの地球において地震や火山の噴火といった天変地異が確認されている。
但し妖精世界の地球においては、秋津島皇国において地震が発生したということしか確認出来ていないが、状況からして妖精たちの地球でも全世界的に地震や火山噴火が起きているものと推測出来る。
「具体的なことはわからないけど、白竜王吹雪のお爺さんに何か有ったのはまず間違いないと思う。だけどつい先日に魔力を回復させたばかりだから、魔力切れになったということは考えられない」
「じゃあ、いったい何が?」
「さあ、それは何とも……」
問うても答えが出てこない疑問に、雄高も夏樹も首をかしげるばかりである。するとそこに分からないなりに話を聞いていた妖精の幼女である老田結菜が、おずおずと話しかけてきた。
「ねえ、白竜王吹雪のおじいちゃん、死んじゃったの?」
自分の目の前で実の母親を中国人らしき人物に調理されて食べられてしまうところを目撃したという過去を持つ結菜は、死に対して敏感で有ったが故に、そのような質問をしたのであった。
「いや、結菜ちゃん、そんなことは無いから安心してよ。白竜王吹雪のおじいさんが死ぬわけ無いじゃないか」
泣きそうな結菜の顔を見て、雄高は慌てて否定する。たとえ妖精の幼女とはいえ、女の子の涙は見たく無いからだ。
「そうだよ結菜ちゃん。ほら、モニターを見てよ。ちゃんと白銀に輝く白竜王吹雪さんの姿が見えるから」
夏樹はそう言いながらパネルを操作し、最大望遠の船外カメラで捉えた虚空に浮かぶ白竜王吹雪の姿をモニターに映し出した。しかしそれを見た結菜は不思議そうな声を上げるのだった。
「あれ? 白竜王吹雪のお爺さんの光が明るくなったり暗くなったりしてるよ?」
結菜の言う通り、本来なら明るく白銀に輝き続けていなければならない白竜王吹雪が発する光は、たよりなくチカチカと明滅していた。
「ピイピイ……」
言葉を無くす夏樹や雄高、そして結菜。そのような状況の中、ドラゴンバタフライのピイちゃんだけが心配そうな心細い鳴き声を上げていた。
「推測だが、機械たちはキャンセラーのコピー品を作るだけでは無く、今度はジャマーとでも仮称すべきものを独自に開発したのだと思う」
美姫からの報告を受けて、うみねこ2世号のブリッジに戻ってきた剣持主任が、重々しく口を開いた。その表情にいつもの余裕は感じられない。
「つまりそれはどういうことでしょうか?」
秋津島皇国側からもエルフィン皇子にアヒカル、そして女大魔導師と呼ばれるエラとその弟子の姉妹、姉のマルナと妹のアルナが居たが、代表してエルフィンが質問をしてきた。
「ジャミングをする装置ということで、ジャマーだ。もともと電子機器には魔法の発現を阻害する何かがあるということは分かっていたが、それがどういう理屈でそうなるのかは分かって居なかったのだが、どうやら機械たちはその理屈を解明したらしいな」
「問題は、その効力半径ということですね?」
剣持主任の言葉に対して、江梨子が真剣な表情で確認をしてきた。もちろん仕様通りメガネのレンズはキラリンと光っている。というか既にさっきから光りっぱなしである。仕様とはいえ難儀なことだ。
「……もしかして、そのジャマーという装置の効力の範囲が、ふたつの地球の中間点に居る白竜王吹雪さんにまで及んでいるということなんですか?」
美姫が、信じられないという気持ちからか、呆然とした様子で質問をする。
「そのまさかだ」
「それでは道彦さん、まずはふたつの地球における天変地異を終息させる為には、白竜王吹雪様のところまでジャマーの影響力を排除できるほどそれなりに強力なキャンセラーを届けに行かなくてはならないということですね」
「それはその通りなんだがね、詩衣那君。それだけではダメだ。もっと根本的な対処をしないといけない」
そして剣持主任は、本音としては不本意であるとの感情を隠すことなく、それでいて今はこれしか方法が無いということで、その根本的な対処法を語るのだった。
「……なるほど。結果的には女皇陛下の考え通り、機械たちをこの地から召喚除去して一掃してしまうということですね」
話を聞き終えたエラが、ほんのわずかながらも笑みを浮かべながら剣持主任の考えに同意した。
「じゃあ、方針も決まったことだし、みんなっ! がんばろうっ!!」
とりあえず仮にも一応は主人公の自覚がまだあったのか、美姫による言葉でその場は締めくくられた。
……出番、まだあるといいね。
◆◆◆ 両地球中間点 白竜王吹雪 周辺宙域 ◆◆◆
『オーライ、オーライ。……ハイ、そのポイントで固定お願い』
宇宙服のヘルメットに内蔵された無線機を通じて、江梨子の声が早苗の耳元へと響いてくる。
「ここでいいのね? じゃあこれから船の外に出て、次の小型艇を動かすから」
『了解。それじゃあ小型艇の残りはあと4隻だから、白竜王吹雪のおじい様を前後左右から囲みこむようにして小型艇を配置してね』
「わかってるわよ。ちゃんとしておかないと、ふたつの地球が天変地異の嵐で大変なことになっちゃうしね」
『そういうこと。それはそうと珠美香ちゃん達はもう私達の地球へ到着して、作戦の開始準備をしているそうよ。こっちも急がないと』
「そうね、急がないと。それからおじいさんの様子はどう? 元気でてきたのかな? 竜体の輝きが安定してきたような気がするんだけど」
『ほっほっほっ。心配かけてすまんかったのう。ワシならもう大丈夫じゃ。小型艇6隻のキャンセラーの効果は流石じゃのう。ただ、もう少しワシの竜体を囲むようにしてくれたほうが機械達のほれ、ジャマーじゃったか? そいつの影響力を完全に消すことができるじゃろうな』
『というわけだから早苗、さっさと作業に戻るっ!』
「了解、了解。じゃ、なるべく急ぐから」
そう言うと、小型艇のハッチから外に出た早苗は、キャンセラーと共に小型艇に搭載されたブースターの影響力のもと、魔法を発動させるとまるで妖精たちのように背中から実体を持たない光の羽を出して、次に移動させるべき小型艇まで宙を飛んでいった。
どうせ江梨子のことだから、仕様通りメガネのレンズをキラリンと光らせているんだろうなあと思いながら。
そしてもちろんのこと、宙を飛ぶ早苗も仕様どおりにその大きな胸をぷるるるるんと揺らしていたのは言うまでもない。
さて、どういう状況であるのかを説明することにしよう。
機械達が開発(?)し、稼働させている【ジャマー】であるが、電子機器による魔法の発動を妨害する効果を極限にまで高め、高出力化したものであるという理解で間違いがない。
現時点においてその効果範囲は妖精達の地球を中心にして、少なくとも100万kmはある。なぜそう言えるのかというと、ふたつの地球の中間地点である白竜王吹雪にまでジャマーの影響力が及んでいるからであった。
その為に両地球ではその全土において天変地異が起きていた。
まず妖精世界の宇宙から妖精世界の地球と月を人間世界に召喚した際、本来ならふたつの地球はぶつかり合い消滅するはずだったのを、白竜王吹雪の魔法によりそれぞれ200万km離れた宙域で軌道を安定させらて二重惑星系となっている。
さらに無理な軌道変更による地殻や大気層の大規模な変動によって発生するはずだった地震や火山噴火、津波や嵐も、白竜王吹雪の魔法により抑え込まれていたのだが、その魔法がジャマーにより妨害されたのだ。
結果的に両地球では本来発生するはずだった天変地異が、【今】、時間差を置いて発生しているということになる。
逆に言えば、ふたつの地球において様々な天変地異が発生していることからジャマーの効力範囲が白竜王吹雪まで及んでいることを察知した剣持主任は、まずはこの状況を何とかする為にキャンセラーを搭載した複数の小型艇を白竜王吹雪の周囲に配置して、白竜王吹雪の魔法に対する妨害を排除することにしたのだ。
「なるほど、そういうわけで嬢ちゃんたちがワシのところに来てくれたというわけか」
「そうですわ。とにかく機械達をどうこうする前にふたつの地球が壊滅してしまっては何にもなりませんからね」
小型艇の中の1隻で江梨子と早苗と人間の外見をした白竜王吹雪の感情体が竜体と同時に顕現し、会話を交わしていた。
「しかしのう、人間たちの地球のほうの天変地異は何とか制御を取り戻すことは出来たんじゃが、ジャマー? じゃったか、そいつのせいで妖精たちのほうの地球は、天変地異が起きるに任せるままなんじゃぞ。それでいいのかね?」
「大丈夫です。まだ作戦の第二段階、第三段階が残っています。それが成功すれば、妖精たちの地球からもジャマーの影響を排除することが出来るようになりますから」
当然の如くメガネのレンズをキラリンとさせながら事情を説明する江梨子。まあとにかく仕様なんだからしょうがない。
「そうかもしれんが、ジャマーの影響力は既に人間たちの地球をも飲み込みかねない勢いなんじゃぞ。それほど時間的に余裕があるわけではないんじゃがのう……」
白竜王吹雪が感知したところによれば、どうやらジャマーの影響力は妖精たちの地球を中心として、既に160万kmぐらいまでは拡大しているらしい。そして比較的遅いスピードながらも、現在もなお拡大中とのことだった。
「もう、辛気臭いなあ。とにかく皆が頑張ってるんだから、それを信じましょ。ささ、とりあえず魔力の補給の為にも一杯どうぞ」
そして早苗とはいうと初めてなのにも関わらず、加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班、通称【魔法研究所】へと繋がる召喚ゲートを器用に形成すると、そこから酒や料理を受け取り、白竜王吹雪へと差し出す。
「ま、それはそうか。それでは酒や料理を頂きながら、話を聞くとするか……。それで、そのほかの状況はどうなっておるのかのう?」
「はい、私達と6隻の小型艇を【うみねこ2世号】でここまで運んでくれた珠美香ちゃんと雄高君たちは、そのまま私達の地球へと向かいました。そして……」
とりあえず話は尽きないようである。
◆◆◆ 加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班 ◆◆◆
「じゃあ、マルナさん、これから私はキャンセラーを装着した妖精の皆さん及びその周辺の人間の方々の魔力と同調・共鳴してその魔力を制御していきますから、万が一にも何かあった場合のサポート、そしてもしも可能ならバックアップもお願いしますっ!」
研究所へと着いた珠美香は、言葉も少なく既に用意されていた大型ブースターのもとへ行くと、さっそく日本全土における魔力の同調・共鳴状態のネットワークを構築すべく、その能力を一気に解放し始めた。
「魔力の同調・共鳴能力とは皇族にしか発現しない特殊な能力です。エルフィン様ならともかく、私にできますでしょうか?」
念話能力に長けたマルナであったが、さすがに不安の色は隠せない。
「大丈夫。キャンセラーのデータ通信機能の補助と大型ブースターを連装したパワーがあれば、マルナさんならいけると思う」
なぜか力強く言い切るのは、雄高である。彼は剣持主任により【珠美香の精神安定剤代わり】として、珠美香と一緒に人間側の地球に戻ってきたのであった。
そして一言『失礼』と言ったかと思うと、雄高はその十本の指を使ってマルナの小さな身体を包み込み、なにやら力を込めつつ微妙に指を動かした。
「えっ、何……、これっ!?」
「身体の中の気の流れを調整してみたんだけど、どうかな。魔法の発動が楽になったはずだけど」
驚くマルナに対して、雄高が微笑みながら言う。
「へっへっーん。雄高君は魔法は使えないけど、気の流れを整えることで魔力を高めることができるんだよ」
何故か威張って胸を張る珠美香。まあ恋人の凄いところを自慢するのは気持ちよかろう。
それにしても佐藤雄高。指圧マスターからゴッドフィンガーへと進化していたかと思ったら、既に神業というか、神様そのものにでもなったかのようである。今後は生き神様とでも呼ぶしかないのではないだろうか? おそらく本人は嫌がるだろうけど。
「……すごい。確かにこれなら完全ではないにしろ魔力の同調・共鳴能力を発動出来るかもしれません」
実際に試しているのだろう。マルナの身体が淡く光るオーラに包まれているのが見て取れた。その様子を見て軽くうなづいた雄高は珠美香の肩に軽く手を置き、言葉を続けた。
「じゃあ、予定通り日本中の妖精たちとその周辺の人間たちの魔力と同調・共鳴して、その魔力を統合運用して、美姫お姉さんと夏樹君たちにその魔力を供給しようか?」
「はいっ! 雄高君っ!!」
恋する乙女は強いというが、珠美香の元気とやる気のメーターは振り切れていた。
◆◆◆ 秋津島皇国
白竜王吹雪がキャンセラーの効力範囲に入り、機械達が運用しているジャマーの影響を排除出来た。これにより少なくとも人間たちの地球においては地震や火山噴火などの天変地異が新たに発生することはなくなったと言える。……まあ、とりあえず今のところは、であるが。
しかし妖精たちの地球ではジャマーによる白竜王吹雪の魔法に対する妨害もあり、各種天変地異が治まる様子もない。
更に現時点においてもジャマーの効力半径は徐々に拡大していっており、ジャマーの影響力が人間たちの地球にまで及んだ場合、データネットワークを補助とした魔力の同調・共鳴などは完全に出来なくなり、打てる手がほぼ無くなってしまう。
行動を起こすなら、今しか無かった。事実、うみねこ2世号が妖精たちの地球から中間点である白竜王吹雪が座す宙域を抜け、人間たちの地球へと帰還する際に体感したところによると、ジャマーの影響力は人間たちの地球まであと40万kmにまで迫っていたのだ。
これは白竜王吹雪が感知したものと一致する。
そこで剣持主任は、女大魔導師とも呼ばれるエラに【研究所】から改修なった【初代うみねこ号】を召喚してもらうことにしたのだった。
「デウカリオン号、ブースター第一系統の1番から3番まで起動中。第二系統の4番から6番までを順次起動します。予備の第三系統は緊急時に備えて電源はオフのまま待機よろしく」
機器を操作しているのは、ダニイル隊長とその部下たちである。彼らは元妖精ながら、既に完璧にデウカリオン号の装備を使いこなしていた。
「なかなかに手慣れていますね」
「ええ、この船で中央大陸をほぼ横断しましたからね。慣れもしようというものです。それはそうと剣持様、ひとつ聞いておきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「はて、なんでしょうか」
「機械達が妖精たちを食肉用の家畜として増やそうとすることを止め、ジャマーにて一気に妖精たちを殲滅させようというように方針転換をしたのは何故でしょう?」
真剣な面持ちで聞くエラに対して、剣持主任は『核融合爆発攻撃が妖精たちの魔法によるものと推測した機械達が、その魔法の発動を妨害しようとしたのは当たり前の話ではないでしょうか』と答えようとしたのだが、その言葉は結局、発せられることは無かった。
代わりにその場に居た美姫がこんなことを答えたからである。
「そんなのは決まっているでしょ。機械たちにも何か守りたいものがあるんだよ」
その視線の先には、デウカリオン号の船内を物珍しそうに見て飛び回っている結菜とピイちゃんの姿があった。
そしてその美姫の言葉は、後日、まさに真実であったことが判明するのだが、それは十数年後のことになるのであった。
「なるほど。守りたいものですか。確かにそうかもしれません。しかしそれは私たち妖精もまたおなじことです。守りたいものを守るため。今、私に出来ることをしましょう」
そしてエラはデウカリオン号のブースターによって強化された魔力によって、試験的に簡易的な航法補助装置が取り付けられた【うみねこ号】を召喚した。
デウカリオン号の前方に淡い光と共に召喚された【うみねこ号】は、美姫たちが以前に乗ったときに比べ、そのタマゴ型の船体の表面各所に様々なセンサー類が追加で装備されているのが見て取れた。
「よし、それでは最終確認だ。美姫君と海斗君は【うみねこ号】に乗り込み直ちに先程説明した星域に向かってくれ。航法補助装置を使えば簡単に行けるはずだが、人類未踏の星域だ。十分に注意して慎重に行動してほしい」
「ふふふ、人類未踏ね。いいでしょう。行ってあげますよ。ね、海斗さん」
「まあ、作戦の内容に異議はないですから行きますけど、航法補助装置……、信頼して大丈夫なんですか?」
やる気いっぱいの美姫に対して、海斗は慎重である。
「大丈夫だ。とりあえずぶっつけ本番になるが、危険はふたつの地球間を往復するのとさほど変わらない」
「……分かりました。とにかく信頼しないことには始まりませんし、どこへでも行って見せましょう」
それにしても美姫と海斗はいったいどこへ向かおうとしているのであろうか。しかしそんな疑問を口にする者がいないということは、既に皆、説明を受けて納得しているのだろう。
「よし。では次に、夏樹君とアルナさんは小型艇に乗り込んだら珠美香君からの魔力の供給を確認し次第、機械たちの支配領域へと発進する。そして詩衣那君は通信用の召喚ゲートを維持してくれ。私はここで指揮を取る」
「ねえねえ、剣持のおじちゃん。結菜は何をすればいいの?」
その場の雰囲気を無視して、一人役割を割り振られなかった結菜が剣持主任に質問をする。
「ああ、ええと、結菜ちゃんはええと、どうしようか?」
美姫や詩衣那に助けを求める剣持主任の困った顔を見て、図らずもほっこりとした雰囲気で笑いに包まれるデウカリオン号のブリッジであった。
◆◆◆ 秋津島皇国西方海上~中央大陸上空 小型艇 ◆◆◆
「まもなく秋津島皇国本島を出て、中央大陸へと向かいます」
小型艇のコックピットには、電撃等を召喚して攻撃手段とする魔法が得意なアルナと夏樹が居たが、操縦そのものはアルナが担当していた。時折、現在位置を知らせてくれている。
対して夏樹は小型艇の周囲に斥力的に重力を召喚しバリアと成し、万が一にもあるかもしれない機械達からのミサイル等の物理的な迎撃攻撃に対して備えていた。
もちろん荷電粒子ビーム兵器に対しても、船体の周辺に磁場を召喚して磁気バリアとしているので抜かりはない。
唯一、光学的なレーザー兵器に対する備えがないが、初弾さえかわすことが出来れば船体周辺に細かな砂を砂嵐を
さて、とりあえずのところ珠美香から送られてくる膨大な魔力により、ふたりの魔法はいつもの状態と比較するのもバカらしいというレベルで発動されていた。
小型挺はそれこそ宇宙にまで飛び出して行きそうな勢いで中央大陸へと進み、それが
「了解。それにしてもさっきの反応は何だったんだろうなあ……」
「夏樹様、何か気になることでもありましたか?」
先程から副操縦士席にて首をかしげている夏樹に、アルナが声をかける。
「いや、秋津洲皇国本島の西部、僕たちの呼び方だと本州の中国地方の山陰と呼ばれる地域辺りから、何かが居たような反応があったんだよね」
自信なさげに言う夏樹は、先程からもう何度目かの首をかしげていた。
「そのあたりでしたら海を渡ってくる機械達を警戒して、人間と妖精たちの混成部隊による守備隊が駐屯しているはずですが、その反応ではないでしょうか?」
「いや、アルナさん、あの反応は人間というよりは妖精に近かったけど、微妙に妖精とも違う反応だったように思う」
「うーん、もしかするとかつて機械たちに対抗する為に他の世界から召喚された魔法生物でしょうか。守備部隊の中には、航空戦力として人間が騎乗できるグリフォン等の魔法生物を部隊に加入させていると聞いたことがあります」
「そうかなあ……。まあいいか、とりあえず今回の作戦には関係ないし。で、アルナさん、第一目標まではあとどれくらいなの?」
既に小型挺の窓の外から見える景色は海を越え、中央大陸のそれへと変わっていた。
「見えてきました。第一目標の発電プラントと推測される施設とそれに付随する工場地帯です」
海岸に面したコンビナートを中心とした工場地帯を指差すマルナ。そして夏樹は、珠美香を通して供給される膨大な魔力を使って、小型挺の周囲にいくつもの召喚ゲートを形成した。
小型挺を中心として左右にそれぞれ10個、左右合計で20個の召喚ゲートが形成される。そして夏樹から通信を受けた加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班、通称【魔法研究所】では、研究所職員総出で次の作業を行っていた。
◆◆◆ 加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班 ◆◆◆
「ほらよっ! 次のキャンセラーだっ!!」
「おうっ! よっこらせっと!!」
いったい彼らは何をしているのであろうか? 答えは、急遽量産された爆撃仕様のキャンセラーを次から次へと召喚ゲートへと放り込んでいるのであった。……もちろん人力で。
ちなみに爆撃仕様といってもキャンセラーそのものは妖精サイズの腕輪型のそれである。ただそのキャンセラーをクッションビーズを中に詰めた【お手玉】の中に埋め込んだだけのものだったりする。
当然であるが、むき出しのキャンセラーを高速で高空を飛行する小型艇と平行して移動する召喚ゲートから投下すると、間違いなく地上に激突して機能停止もしくは破損することになってしまう。
機能停止を起こすことなく、破損もさせることなく、キャンセラーを地上に届ける為に採用された方法が、クッションビーズを中に詰めた【お手玉】の中にキャンセラーを埋め込んだ上で投下するという方法だったのだ。
これは小惑星探査機のはやぶさが、マーカーを小惑星イトカワに設置する際に使った手法と類似する手法であるが、まあ、とりあえず早急に用意出来る方法がそれだったというだけのことである。
もしかすると米国の火星探査機が使用している手法を真似て、弾むボールの中にキャンセラーを封入したほうがより衝撃を吸収できたのかもしれないが、とりあえず用意する為の難易度の関係上、今回はその手法の採用は却下されたとのことだ。
ともかく合計20個もの召喚ゲートに放り込まれ続けるお手玉に包まれたキャンセラーは、瞬時に妖精たちの地球へと召喚移動し、そこから機械たちの支配領域へと投下されていった。
そしてキャンセラーの大半は無事に地表へと降下し、そのあたり一帯のジャマーの効果を打ち消したのだった。
ちなみに余談となるが、後日この件を知った各国の軍事関係者はある事柄を理解することになる。
日本がそれまであえて保有していなかった爆撃機を実質的に保有したということを。
今回はキャンセラーをばら撒いただけであるのだが、もちろん召喚ゲートから爆弾を投下することも出来る。しかも機体の大きさが爆弾の搭載量を制限することがない。実質的に爆弾の搭載量は無限に等しいのだ。
更に言うなら重力場バリア等によって守られたフェアリードライブ搭載機を、現行兵器によって撃墜することは極めて困難であることが予想される。
というわけで後日これらのことを知った世界各国の軍事関係者は、日本の軍備が別次元へと進化するのであろうという事実を理解するのであった。
◆◆◆ 秋津島皇国
「作戦の第二段階、順調に進行中。小型艇の進行ルート上の地域は、順次ジャマーの影響下から離れていっています」
デウカリオン号のブリッジにおいて、秋津島皇国の妖精の軍人さん(?)の女性がそのように報告をした。ブースターによって強化された魔法力により、正確に状況を感知しているようだ。
「ふむ、ありがとう。……それで小型艇に対する機械達の反応は何かあったかね?」
剣持主任は、報告をした妖精の女性軍人に謝意を述べると、通信を担当している加賀詩衣那に報告を求めた。
「キャンセラーの投下開始後より散発的ですが機械達からの迎撃行動が確認されています」
「被害は?」
「重力場バリア、磁気バリアにより攻撃は無効化されていますので、被害はありません」
「予想通りだな。後は部分的とはいえ機械達の領域そのものを召喚除去するとジャマーの効果がなくなれば良いのだが……」
剣持主任の予想では、ジャマーとは単一の装置により効果を発揮しているのではなく、機械達の領域全体に張り巡らされたインターネットに酷似したシステム全体で効果を発揮しているのではないかと考えていた。
単一のブースターでは出来ない出力も、複数のブースターを連装して稼働させれば格段に強化される。更にキャンセラーのデータ通信機能に上乗せする形で珠美香の持つ魔力の同調・共鳴能力を発動させると、極端に大きな魔法出力を現出させることが出来る。
更に更に、そこにエルフィンの持つ魔力の同調・共鳴能力が加わって、秋津島皇国の妖精たちの魔力も統合的に運用出来るとなれば、異世界から惑星とその衛星を召喚することすら可能な出力が出せるというのは、既に皆が知るところである。
だとしたら半径160万km以上にも及ぶジャマーの効力範囲を実現させるのに、機械達もまたネットに酷似したシステムを運用して出力の強大化を図っているのではないかと予想したのだ。
したがってもしもそうであるなら、機械達のすべてを召喚除去しなくても、機械達が形成するネットワークを部分的にでも消去できれば、ここまで強大なジャマーの効果を消すことが出来るかもしれないと考えたのだ。
「道彦さん、うみねこ号の美姫さんたちから、
「おお、着いたのか。それでは夏樹君たちが巻き込まれないように注意しつつ、作戦の第三段階の開始と行こうか」
軽い口調で言う剣持主任の態度には、作戦の失敗はありえないという自信があったのだが、その自信には根拠が無かったことがすぐに判明することになるのだった。
◆◆◆ 太陽系 第二番惑星 金星 低衛星軌道高度 ◆◆◆
金星……。明けの明星、宵の明星として知られる明るい星である。太陽系の第二番惑星であり、その大きさはほぼ地球に等しく、地球に最も近い惑星とも言われている。
・太陽からの平均距離:1億820万km
・大きさ(赤道半径):6,052km
・質量(地球に対して):0.815倍
・平均密度:5.24g/cm³
※地球の平均密度:5.51g/cm³
確かにここまでのデータを見る限りにおいては非常によく地球に似ていると言える。しかし次のデータを見るとどう思われるだろうか?
・公転周期:224.7日
・自転周期:243.02日
なんと金星は公転周期よりも自転周期のほうが長いのだ。分かりやすく簡単に言えば、金星では一年よりも一日のほうが長いということになる。別な言い方をすれば、一年間かかっても一日が終わらないということであろうか。
なんとなく金星という惑星は地球とは違った常識が支配する異常な星であるという認識が芽生えてきたことと思う。そんな異常だらけの金星のその他のデータは下記のようなものである。
・金星の表面の温度は昼も夜も摂氏460度
・大気中には硫酸の粒でできた雲が何kmもの厚さで広がっている
・金星の大気の上層では、秒速100mもの風が吹いている
・その風は、金星をたったの100時間弱で1周してしまう。
そして極めつけのデータとは……
・大気圧は非常に高く地表で約90気圧ある(地球での水深900mに相当)
……ということであろうか。もはや人類の生存云々どころではなく、人類が作り上げた探査機械ですら金星の地表に降りて十数分から一時間弱程度で破壊されたという程の環境の激しい星、それが金星である。
というわけで作戦の第三段階とは、機械達を妖精たちの地球から金星の大気圏高層部に召喚し、そのまま金星の地表へと叩きつけてやろうというものだったのだ。
「……おお、これが金星っ! 今、人類は初めて金星へと到着したのでしたっ! まるっ!」
今は妖精爆乳少女と化していても、やはり少年の心は消せなかったのだろう。美姫は金星へと到着して以降、ハイテンションになっていた。
うみねこ号の船内でパタパタとその白い鳥のような羽を動かし、船内の各所にある窓という窓を巡っては外を覗いて感動の声を上げていた。
「正確には人類じゃなくて、妖精だけどね」
妖精たちの地球から金星までの航海を担当した海斗は、感動よりも若干の疲れのほうが上回っていたので、コメントもどことなく投げやりな感じとなっていた。
ちなみにこの初代うみねこ号であるが、補助的な航法システムが試験的に追加で搭載されていた。
船外各所に設置された観測カメラやセンサー類により指標となる星々の位置を確認し、既存の星図と照らし合わして宇宙船の現在位置を特定するというのが基本機能となる。
そして現在位置を特定したらその時点における各惑星の位置を計算して、操縦用のディスプレイに目的地となる惑星の位置を矢印で表示するのだ。
モニターの範囲外に惑星が存在する時は、ディスプレイの外に向かって矢印が指しているので、まずはその方向に宇宙船を向け、ディスプレイの範囲内に惑星を捉えたら、あとは矢印が示す方向へと一直線に進めば良いということになる。
これならば星図や天文に関する特別な知識が無くても目的とする惑星へ到着出来るということになる。
もっとも現時点では航法補助システムの精度はまだ大雑把で、太陽系内の火星軌道よりも内側でないと指標の星々と星図との照合に誤差が出て来るということらしい。
結果的に現時点では目的地と出来るのは、水星、金星、地球、火星の四惑星のみ……、いや地球は現在ふたつあるので、五惑星のみということになる。
「海斗さん、妖精だって人類だよ」
「……まあ、広い意味ではね。それよりも美姫さん、剣持主任のほうから作戦開始の連絡は?」
「うーん、さっき金星に到着したって連絡したばかりだから。でも予定ではそろそろあってもおかしくは……」
その瞬間、通信用召喚ゲートを通過してきた電波が通信機に届き、地球~金星間の距離を物ともせずに剣持主任の声を伝えて来た。
『すべての準備は完了した。美姫君、海斗君、作戦の第三段階を実施してくれ』
「了解っ!」
剣持主任からの作戦の第三段階開始の合図を受け、一言そう叫んだ海斗は、金星の低衛星軌道高度にあったうみねこ号を金星の大気圏高層部へと降下させた。
通常のロケット推進の宇宙船ならいろいろと面倒な手順が必要となる機動であるが、フェアリードライブによる推進を行っている宇宙船うみねこ号は、何の苦もなく金星の大気層高層部へと降下し終わって、安定飛行を始めたのだった。
「美姫さん、所定の高度に到着した。作戦の最終段階、機械たちの召喚除去をっ!」
「りょーうかいっ!」
海斗の叫びに対し、ちょっと間延びしたような、それでいて気合が入ったような返事をした美姫は、精神を集中させると、珠美香から送られてくる膨大な魔力を使って、ジャマーの影響力が部分的に排除された地域の機械たちを召喚するのだった。
◆◆◆ 両地球中間点 小型艇コックピット ◆◆◆
「……どうやら始まったようじゃな。ほれ、見るがいい」
それまでのんびりと料理を食べ酒を飲んでいた白竜王吹雪は急に真剣な表情になると、召喚魔法の応用で、妖精たちの地球の景色をズームで空中に浮かび上がらせた。
これは景色として見える【
「これは、召喚魔法で工場施設が大地ごとえぐられているということでいいのでしょうか」
もちろん仕様通りにメガネのレンズをキラリンと光らせてから、重々しく見えた事実を口にするのは江梨子である。
言葉にすると簡単だが、何かの工場地帯であろうか? その一角が地層が分かるレベルで円形にえぐり取られているのだが、そのような状況がいくつも存在していた。
「複数のキャンセラーが干渉しあって、広範囲にジャマーの影響を排除しているようですね」
既に魔法の使い方も応用が効くようになっている早苗は、見える光景の背後にある状況を推察していたので、そのような感想になる。
「美姫さんが召喚魔法を発動しとるんじゃろうが、ワシのドラゴンマスターたる美姫のお嬢さんは、妖精世界の地球から機械たちのうちの一体を召喚しようとしてそのあたり一体の地面や家畜ごと召喚してしまった実績があるからのう。ま、想定の範囲内じゃろうな」
白竜王吹雪はそう言うと、モニターする光景を切り替え、夏樹とアルナが乗る小型艇が飛行する様子を映し出した。
するとそこには猛スピードで機械達の領域を飛び去る小型艇と撒き散らされる無数のキャンセラー、そして次々と大地に穿たれる大穴を残して召喚される機械達と様々な設備が見えた。
このようにして召喚された機械たちは、この直後、金星の大気圏高層部へとその姿を表すのだった。
◆◆◆ 太陽系 第二番惑星 金星 大気圏高層部 ◆◆◆
「……あっ! ジャマーの効果が消えたっ!!」
作戦の第三段階開始から先程までの間にそれこそ無数の機械達と関連する工場などの設備等を召喚し続けていた美姫は、それを感じ取り小さく声を上げた。
そしてその間も次々と召喚されてくる円形に切り取られ大地とその上に建設された工場などの各種施設と、その施設の間で何かの作業をしていた機械たちは、そのまま金星の分厚い大気の底へと落ちていくのだった。
おそらく途切れることなく金星の表面を覆っている分厚い雲の下では、勢い良く金星の大地にぶつかると同時に砕け散り破壊される機械達がその運命の最終を受け入れていることだろう。
誰にも見られることはなく。
「ということはいよいよ作戦の最終段階ということでいいんだな」
「だと思う。機械達のネットワークが寸断されると、もしかするとジャマーの効果が消えるかもしれないと剣持主任に言われていたけど、どうやら正しかったみたい」
「よし。じゃあ連絡しよう。……あー、こちら金星のうみねこ号、海斗です。剣持主任、聞こえますか?」
海斗は通信用召喚ゲートを通じて、通信を送るのだった。
◆◆◆ 秋津島皇国
『……あー、こちら金星のうみねこ号、海斗です。剣持主任、聞こえますか?』
「こちら剣持。よく聞こえているぞ」
『美姫さんの言うには、ジャマーの効果が消えたということですが、そちらでも確認できますか?』
「そうか、わかった。こちらでも確認してみる」
剣持主任はそこで通信を一時的に中断すると、自分のすぐ側で飛んでいた女大魔導師と呼ばれるエラに対して視線を向ける。するとエラは剣持主任に対して大きくうなづき返した。
どうやらエラもまたジャマーの効果が消えたことを確認出来たらしい。やはりジャマーはインターネットにも似た機械たちのネットワークによりその効果を発揮していたようだ。
「秋津島皇国全土における妖精たちの状況はいかがですか?」
「……どうやら気絶していた妖精たちは意識を取り戻したようです。各自の魔力が活性化してきているのが感じられます。もっとも今回の件で命を落とされた妖精たちも多数いるでしょうが」
「そうですか……」
剣持主任の問いかけにエラは沈痛な面持ちで答えた。
自動車というファクターを考えなかったとしても、歩行中の人間が急に気絶したとすると、そこが階段の途中だったりしたら大怪我をしたり、場合によっては死亡したりすることだろう。
それが妖精の場合だったらどうなるだろうか? 妖精とはその移動に歩行ではなく【飛行】を使う種族である。当然にジャマーが効果を発揮した瞬間に飛行中の妖精たちも多くいたはずである。
つまり高空で突然気絶して落下した妖精たちも多くいたはずであり、そのような状態であれば、当然そのような結果になるのは想像に難くないわけだ。
「お亡くなりになったであろう妖精の皆様には申し訳ありませんが、秋津島皇国全土の生き残った妖精の皆様にご協力を願いたいのですが、よろしいですか? エルフィン皇子様」
剣持主任はその場で話を聞いていたエルフィンに対して頭を下げた。
「はい、もちろんです。私たちにも協力させて下さい。というか機械たちのことは本来は私たちが対処しなくてはいけない問題なのですから」
そう言うとエルフィンは精神を集中し、その能力を発揮したのだった。
◆◆◆ 太陽系 第二番惑星 金星 大気圏高層部 ◆◆◆
「……来た。珠美香からに続き、エルフィンさんからの魔力供給を確認。お互いの魔力が同調・共鳴しあって出力更に増大中っ! 魔力が最大になったことを確認したら機械たちのすべてを施設ごと金星へと召喚しますっ!!」
美姫は機械たちの召喚を一時的に中断して精神を集中させていたのだが、『かっ!』と大きく目を開きながらそう言うと、いい笑顔で作戦の最終段階の開始を宣言した。
「これで最後なんだな」
「うん、これで最後にする。大丈夫だよ。地球をまるごと召喚できちゃう魔力があるんだから、機械たちだけを召喚するのは簡単、簡単♪」
美姫はそううそぶくが、海斗としては若干の不安は否めない。
「……まあ、失敗は無いと思うけど、慎重にな。白竜王吹雪さんは、ふたつの地球の天変地異を押さえ込むことで手一杯だろうから、もしも万が一にも何か失敗しても、もうどこからも助けは無いはずだからな」
「分かってるよ。海斗さんは心配性だなあ」
そう言うと美姫はふたつの地球から送られてくる膨大な魔力を使い、妖精たちの地球に広がる機械達を一気に召喚するべく、召喚魔法を発動させようとしたその時……。
『ドーンッ!』という音が【うみねこ号】の船内に響いたかと思うと、激しく船体が大きく揺さぶられた。
律儀に主操縦席に座りシートベルトまで着けていた海斗は何でもなかったが、席にも着いていなかった美姫は船内で洗濯機に放り込まれた洗濯物の気分を味わうことになった。
「痛っーい。ううう、海斗さん、いったい何が?」
美姫は、ぱたぱたと白い鳥のような羽を羽ばたかせながら、身体のあちこちをさすりつつ海斗に近づき、今更ながら副操縦席へと着席した。
もちろんシートベルトを装着するのも忘れない。安全第一である。そしてそんな美姫の耳に海斗のつぶやきが聞こえてきた。
「……まさか、……宇宙戦艦?」
えっ? と、思った美姫が窓の外を見てみると、金星の分厚い雲を突き抜けて、何隻ものシリンダータイプの宇宙船のようなものが浮上して来ていた。その下部と後方部には噴射口があり、明るい炎を吐き出している。
後日、この宇宙船の推進装置はパルス核融合エンジンだということが分かるのだが、それはまた別の話である。
「海斗さん、もしかしてさっきの衝撃ってあの宇宙船からの……」
「ああ、攻撃だ。珠美香さんとエルフィンさんからの魔力の供給がされて強化されているバリアだから何とか攻撃を防げたけど、それがなければ危なかった」
そして美姫の問いに対して答えている間にも海斗はうみねこ号を操り、その場から急速に離脱したのだが、その瞬間、うみねこ号が今までいた空域に宇宙戦艦らしきものの艦首部分から発射された荷電粒子ビームが通過した。
「美姫さんっ! とりあえず剣持主任に連絡をっ!」
「は、はいっ!」
◆◆◆ 秋津島皇国
『……剣持主任、剣持主任っ! 応答願います。こちら金星上空の美姫です。いえ、既に金星の衛星軌道高度まで上昇。機械達が操っているだろう宇宙戦艦から退避中ですっ!!』
「美姫君か。状況は把握している。現在、こちらも機械達の戦闘艦と思われる大型の飛翔物体3隻からの攻撃を受けている最中だ」
『えっ! 大丈夫なんですか!?』
「ああ、ふたつの地球の妖精と人間たちの魔力を統合的に運用し、さらに同調・共鳴させているからな。そこにデウカリオン号のブースターを使って、とりあえず
『今のところは大丈夫って、何か不安要素でもあるんですか? って、海斗さんが聞いているんですけど、どうなんですか?』
「ふっ、先程、夏樹君たちから連絡が有った。中央大陸西端、いわゆるヨーロッパ地区の機械達の支配領域から、確認出来るだけでも数百隻以上の戦闘艦らしきものが離陸して、その一部が秋津島皇国へと移動を開始したらしい。しかも……」
『しかも、なんですか?』
「戦闘艦の大部分は、我々の地球に向かっているかもしれないということだ。江梨子君たちから、妖精たちの地球の大気圏を突破して上昇してくる多数の宇宙船を確認したとの報告があった」
『えーっ!! 大変じゃないですかそれっ!!』
◆◆◆ 太陽系 金星軌道上 宇宙空間 ◆◆◆
「残りあと1隻っ! 美姫さん、追いかけてっ!!」
「りょ、了解っ! あいつらスピードは遅いくせにすばしっこいっ! なんでっ!?」
金星の地表から分厚い雲を突き抜けて上昇してきた宇宙船というか宇宙戦艦は14隻を数えていた。
当初、海斗は魔法で攻撃すればすぐに機械達の宇宙戦艦を撃破出来ると思っていたのだが、攻撃を当てようとすると宇宙戦艦たちはヒラリヒラリと魔法による攻撃を直前で回避していったのだ。
隕石を召喚して当てようとしても、金星の地下から高熱のマグマを召喚して当てようとしても、更には電撃や巨大な氷を召喚して当てようとしても、何故かそれらは宇宙戦艦に当たる寸前で回避されてしまうのだ。
これは後日、機械達は魔法の発動における何らかの兆候を事前に察知して、素早く攻撃を回避しているのではないかという仮説が作られたのだが、数年経った後も真相は結局謎のままであったという。
ともかく、うみねこ号に向かって荷電粒子ビーム砲を撃ち込んで攻撃してくるそれら宇宙戦艦のうち13隻を撃退するのに美姫と海斗は30分近くを費やしてしまったのだ。
ちなみに撃破する為には一方向からの攻撃では簡単に回避されることに気がついたふたりは、共同して魔法を駆使してまずは2方向から、最終的には美姫と海斗がそれぞれ4方向から攻撃し、1隻の宇宙戦艦を包み込むように攻撃することになった。
そして一隻の宇宙戦艦を攻撃している間は、他の宇宙戦艦からの攻撃をバリアで防御したり、あるいは回避したりする必要があった。
更には宇宙戦艦の攻撃手段は艦首に備え付けられ巨大な荷電粒子砲であり射程距離も長大なので、現在の戦闘範囲は直径十数kmの空間にまで広がっている。それが故に圧倒的な優速であるにもかかわらず13隻の宇宙戦艦を撃破するのに30分もかかってしまったのだった。
「よし、最後の一隻だ。いくぞっ! 美姫さんっ!!」
「うん、いこうっ!!」
相手よりも遥かに優速なうみねこ号は、その足を活かして機械達の宇宙戦艦の荷電粒子ビーム砲の死角である後方に回り込む。
それに対して宇宙戦艦は艦首部分をうみねこ号に向けようとするのだが、既に1隻のみとなった宇宙戦艦にはそれをサポートする味方がいない。
結果的に美姫と海斗の魔法によって召喚された隕石やマグマ、あるいは氷塊や電撃の直撃を受けた宇宙戦艦は、あっさりと爆散したのだった。
「やった~っ! さあ、海斗さん、地球に急ごう。むこうの宇宙戦艦たちもやっつけなくちゃ!! それとも
意気揚々と海斗に話しかけた美姫は、海斗の様子がおかしいのに気がついた。どうにも何か考え込んでいるようなのだ。
「……美姫さん。地球には行かない。それに機械たちを
そして海斗はその理由を説明し始めた。
「戦闘中にアヒカルさんからの緊急の念話が有ったんだけど、秋津島皇国の
「え、じゃあどうすれば?」
「美姫さん。……わがままだとは思うけど、いや、確実にわがままだけど、これから生まれてくる俺の、いや、【私】の子供を助ける為に、力を貸して欲しい。お願いします」
土下座こそしていないものの、その頭を下げる勢いは土下座そのものだった。
その様子を見て、美姫は『うーん』と考え込んでいたが、自分では機械たちの戦艦数百隻を一度に撃破する方法は思い浮かばなかったので、『海斗の考えに乗るしかないか』と、腹を括ることにした。
「で、どうすればいいの?」
「ありがとう美姫さんっ! 恩に着るっ!」
「うん、まあそれはいいから、方法を教えてよ」
「戦闘力不足なのだから直接戦闘は論外。召喚魔法を使って一気にあそこに召喚するんだよ」
そして海斗が指差す先には、ギラギラと輝く太陽が有った。
◆◆◆ 太陽系 中心部 太陽 光球面 上空 彩層面の中 ◆◆◆
「ちょ、ちょっと、海斗さん、大丈夫なのっ? これっ!」
うみねこ号の窓から見える景色は、光しかなかった。太陽の表面方向には白く輝く光球面があり、その上にはオレンジ色に輝く彩層面があった。
「今使える魔力で積層的に磁力を召喚して作った磁気バリアでなら、多分短時間なら……」
「短時間って、何時間っ!? それとも何分っ!? もしかして何秒っ!?」
覚悟して太陽表面にまでうみねこ号を進ませた美姫だったが、流石に現実に太陽の内部に入ると焦りの気持ちでパニックになりかける。
「侵入してくる熱量の大半を送還魔法で太陽系の外縁部に送っているからそのバランスが崩れない限り、十数分ぐらいなら大丈夫じゃないのかな」
「ないのかなって、そんな無責任なっ!」
元は男だった美姫だが、やはり現在は妖精の女の子の肉体になっているからか、パニックになりやすいのかもしれない。どうしてもオロオロする気持ちを抑えきれなくて、どうにもしょうがなかった。
対して元は女だった海斗は、現在では男の妖精になっているからか、美姫よりは落ち着いているように見える。
「ともかく急いだほうがいいのは確かだね。……あー、こちらうみねこ号の海斗です。現在、太陽表面より連絡しています。これから機械達の戦艦すべてと、工場施設等のすべてを召喚し、太陽に叩き落としたいと思います。珠美香さん、エルフィンさん、魔力の支援のほう、お願いします。以上、通信終わりっ!」
そう一方的に言い切ると、海斗は音声通信のチャンネルを切った。通信機の向こうでは、剣持主任を始め、珠美香やエルフィン、そして詩衣那さんたちが驚きの声を上げていたが、知ったこっちゃない。
データ通信のほうは活きているので、珠美香とエルフィンの魔力の同調・共鳴能力には影響が無いだろう。
「さあ、美姫さん、急いでっ!」
「もうっ! 強引な男は嫌われるんだからね。地球に帰ったら、容赦なく奢ってもらうんだから覚悟してよ」
「ふふ、それで美姫さんが全力を出してくれるならいくらでも奢ってあげるよ」
「よおーし、言質は取ったからね。覚悟しといてよ」
「ああ、喜んで」
緊張を解すためか、ふたりは会話でふざけあっていたのだが、そこで急に真面目な顔つきになると、美姫は海斗に言うのだった。
「海斗さん、機械達のすべてを召喚しようとしても、全ての工場施設を召喚するのは無理だと思う。でも最低限、宇宙戦艦たちは召喚するし、工場施設も出来る限りは召喚してみせる。でも……」
そこで美姫は言葉を区切ると海斗の顔を見つめた。
「でも、何かな?」
海斗もじっと美姫の顔を見つめ返す。
「機械たちのすべてを召喚するのにかなりの魔力を消費するから、一時的にバリアに回せる魔力が足りなくなるかもしれない」
「……その時はすぐに太陽から離脱するから大丈夫」
一瞬、口ごもった海斗だったが、美姫はあえてそれを指摘しないでおいた。指摘しても何の益もなさそうだったからだ。
「じゃ、ちゃっちゃとやっちゃおうか」
「お願いします。美姫さん」
そして召喚魔法が発動された。
人間世界の地球に存在するすべての妖精たちとその周辺の人間たちの魔力が、珠美香の魔力の同調・共鳴能力により統合運用され、美姫へと流れ込んで来る。同じく秋津島皇国に住むすべての妖精たちと人間たちの魔力が同調・共鳴して増幅され、美姫へと流れ込んでくる。
それら膨大な魔力により発動した召喚魔法は美姫の意思通りの効果を発し、一部の例外を除くとほぼすべての宇宙戦艦と機械達の工場施設等を太陽表面に召喚した。
工場施設はもちろん宇宙戦艦たちも巨大な太陽の重力に抗えるはずもなく、周囲の高熱に焼かれつつ、太陽の中心部へと向かって落ちていった。
太陽自体が巨大なので、機械達が落ちていくスピードはゆっくりに見えるが、実際には猛烈なスピードで落下しているのだった。
「今度こそ終わったね。ところでバリアの具合はどう?」
「大丈夫。魔力の供給も間に合っているし、しっかり強度も保っている」
「そう、それなら良かった。じゃ、さっさとこんなところから離脱しようよ」
「ああ、そうだな、じゃあ……」
その時である。太陽に落ちていく機械たちの中から散発的に幾条もの光が伸びてきた。戦艦から放たれた荷電粒子ビームであった。
しかしそのビームの群れは太陽自体の強力な磁場に依って歪められ拡散し、うみねこ号に直撃弾を与えることはなかった。中には太陽の磁場を計算し、うまい具合に至近弾を撃ってくる戦艦も有ったが、それでもうみねこ号がまとう磁気バリアを貫くものはなかった。
「断末魔、……か?」
「そうだね。ちょっとかわいそうな気もしてきたよ」
海斗と美姫がそれなりにしんみりとしたその瞬間、それまで散発的にビームを放っていた戦艦たちが、同期して一斉に荷電粒子ビームを放ってきた。
先程までの散発的な砲撃の結果を踏まえ、太陽磁場の状況を計測し、荷電粒子ビームが曲げられることを計算に入れ、すべてのビームの着弾点がうみねこ号を目指していたのだった。
静かに伸びてきた幾条もの荷電粒子ビームの群れは、その全てが同時にうみねこ号へと着弾した。
音もなく貫かれる磁気バリア。その瞬間、太陽プラズマの侵入を阻止していた磁気バリアはゆらぎ、うみねこ号の船内に太陽の高熱が侵入し始めた。
あっという間に乾いたサウナのようになる船内に、癇に障る緊急ブザーの音が鳴り響く。
「海斗さん、早く、早く太陽から離脱してっ!」
「フェアリードライブで通常航行していては間に合わない。美姫さん、送還魔法で脱出するんだっ! 座標はどこでもいいからっ!!」
「わ、分かった。ええと、とりあえず太陽じゃないところに、送還っ!!」
その瞬間、うみねこ号は太陽表面から消え去った。
それを見ていたのは、太陽の内部へと沈み込んでいく機械達だけだったという。
◆◆◆ 加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班 ◆◆◆
運命の日から2日後、秋津島皇国に滞在していた剣持主任たちは、迎えに来たうみねこⅡ世号に乗って元の地球へと帰還した。ちなみに操縦は珠美香とマルナが行っていた。
そしてふたつの地球の中間点に浮かんでいる白竜王吹雪の竜体周辺にいた江梨子と早苗は、そのまま乗っていた小型艇を操り、同じく元からあった地球へと帰還した。
早苗は念願であった単独での大気圏突入に満足そうだったが、それでも一同の基本的な雰囲気は、まるでお通夜の様であった。
「すみません。どうしてもお兄ちゃんたちの気配を感じ取れないんです」
その理由は珠美香の一言ですべて説明されていた。
美姫が送還魔法を発動して太陽から脱出したであろうことは、秋津島皇国の女大魔導師とも言われるエラにより太鼓判を押されていた。
とりあえず美姫と海斗のふたりは生きていると保証されはしたのだが、問題はどこに送還されたのかということだった。
「やはり、エラさんが言っていたように、べつの平行世界に送還されたと考えるのが妥当だろうな。それも相当に離れた平行世界に」
いつもは自信満々で元気の塊で有った剣持主任の声も、心なしか力がなかった。
「私も、美姫お姉さんと海斗さんの反応なんですけど、ふっと感じることが出来たような気がした次の瞬間には消えてしまうんです。いったいどういうことなのか……」
早苗もまた意気消沈していた。
「秋津島皇国の側でも、美姫さんと海斗さんを召喚しようと力を尽くしてくれているそうですが、未だに成果は上がらないそうです」
詩衣那が報告をした。やはりというか、その声は沈んでいる。
今では秋津島皇国の
「別な平行世界だろうと何だろうと、現に知っている美姫お姉さまと海斗さんを召喚出来ないどころか存在を察知することすら難しいなんてことがありえるんでしょうか?」
元気は無くても仕様通りにメガネのレンズを光らせる江梨子。流石である。
「ねえ、なんで(おっぱいが)大きいお母さんと
そしてその場の雰囲気に合わない明るい声で、妖精の幼女である結菜が聞いてきた。すぐ側には『ピイピイ』と鳴いているドラゴンパピーのピイちゃんも飛んでいた。
「……あのね、結菜ちゃん。私たちもお兄ちゃんと海斗さんを召喚しようと頑張っているんだけど、ふたりがどこにいるのか分からないから召喚出来ないのよ。ごめんね」
飛んでいる結菜をそっと手で掴んで抱きしめる珠美香。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「え? 私、大きいお母さんと
と、ここで結菜は爆弾発言をする。
「ほ、本当? 本当に分かるのっ!?」
「うん、分かるよ。じゃあ、私が大きいお母さんと
「お、お願い。結菜ちゃん。出来るならやってみて」
「ええと、乗っている船ごと召喚しちゃうけど、それでいいのかな?」
その場の会話に目を白黒させていた他のメンバーの中から、流石に剣持主任はいち早く気を取り直すと、結菜に向けてうなづいた。
「このドームの中なら、宇宙船ごと召喚しても十分に余裕はあるから大丈夫だ。結菜ちゃん、今すぐふたりを召喚することが出来るなら、すぐにやってもらえないかな」
「分かった。結菜がんばる」
そして結菜は『召喚』とかの言葉を発することなく、ただその思念のみで美姫と海斗をうみねこ号ごと召喚したのだった。
光と共にゆらゆらとうみねこ号が姿を現し、この世界に召喚移動してきた。
そして一同が歓声を上げている中、うみねこ号のハッチが中から開くとふたりの妖精が飛んで出てきたのだが、何故か美姫は宇宙服を着ておらず、シーツかなにかを切って作ったのだろうか、ゆったりとしたすっぽりと上から着るタイプの服を着用していた。
ふたりはお互いに手を取り、海斗が美姫を気遣うように寄り添って皆の前にまで飛んできた。
「召喚されるのに1年近くかかるとは思ってもみなかったですが、とりあえず救助して頂いてありがとう御座います」
「もう、待ちくたびれたんだからね。全く珠美香は何をしていたのさ」
礼儀正しい海斗と、ちょっとというかかなり砕けた口調の美姫。対照的である。
「いや、1年って、こっちではあれからまだ2日しか経っていないんだけど……、ていうかお兄ちゃん、そのお腹、どうしたのっ!?」
見ると美姫のお腹は大きく膨らんでいた。まるで臨月の妊婦のように。
「えへへ、えーとね、出来ちゃった。まあ1年も狭い船内に若い男女が閉じ込められていたらしょうがないよね?」
「「「「「え~~~~~っ」」」」」
「やったあ、お母さんが本当のお母さんになったっ!」
一同、驚きの声を上げたのだが、ただひとり、結菜だけは冷静だった。
後日、うみねこ号の記録を調べてみて、美姫たちは時間の流れの早さが我々の宇宙の約160倍にもなる平行宇宙に飛ばされていたらしいということが分かったのだが、それはまあどうでも良い話であった。
妖精達の地球からは機械たちの大部分が召喚除去され平和を取り戻し、人間世界の地球では新しい魔法技術をどのように取り扱っていくのか、今回の事件で生じた被害をどのように回復していくのかということが課題となったのであるが、それもまた妖精たちが存在する世界の日常であった。
とりあえず、ここに『妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール』の物語は、一旦幕を閉じることになる。
しかし、妖精たちの日常はまだまだ続く。事件や冒険ではなく、日常なるがゆえに……。
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