兄妖 36話

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It is historical in front of The second Earth area story

妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール

作:紅衣北人 / ジャージレッド



第36話 報復攻撃……


 人間世界である我々の地球近傍より、およそ200万kmの宙域に浮かぶ平行世界の宇宙から召喚された妖精たちが住む異世界の地球、妖精世界。

 その妖精世界の中央大陸の東のはずれの海上に浮かぶ弧状列島を領土とする妖精たちに残された唯一の大国、それが秋津島皇国である。

 そして今、妖精や人間が本来持つ魔法の力を阻害する電子機器からの妨害を中和するキャンセラーと、そして魔法力を増幅強大化させることができるブースターを組み合わせた【フェアリードライブ】を搭載した宇宙船うみねこⅡ世号にてそこを訪れたのは、加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班、通称【魔法研究所】+αの面々であった。

 さて、そんな彼らが秋津島皇国の皇都天那こうとアマナを訪れ、まずは女皇ディアナと真面目に会談したのだが話し合いは平行線となり、とりあえずお互いを理解しあう為に食事をしながら歓談しようということになったのだ。

 そこで食事が用意されているという別室へ行くという話になり、まずは秋津島皇国側の面々が会議室から退室し、その後を加賀重工関係の面々が移動することになった。

 というわけで案内で飛んでいく和風なメイド服に酷似した格好をした妖精に付いていき、やがて人間世界側の一行は会食会場へと辿り着いたのだが、その会場入り口にいた人間、元妖精の人間の男性が頭を下げて一礼をしてから話しだしたのだった。

「申し訳ありません。妖精と人間が混ざっての会食となると正式なものではなく、どうしてもこういう形式にならざるを得ないのですよ。本来なら秋津島皇国の格式に則った会食を執り行いところですが、今日のところはこれにてご勘弁してください」

 そうは言うものの実際にはそれほど恐縮している様子もなく、会食会場への扉を開けるのは、臨時として警備の責任者となっているダニイル隊長であった。

 普段の皮鎧を脱いで、そこそこ立派に見えるハーフプレートな金属鎧を装備している。帯剣こそしているものの細身の剣であり、動きやすさ、機動性を重視した装備となっているらしい。

 さて、そのダニイル隊長が開けた扉から見えるのは、会場内の各所に置かれた人間サイズのテーブルがいくつかと、そのテーブルの上にさらに置かれた妖精サイズのテーブルだった。

「私たちの世界でも既に人間と元人間の妖精たちが共存していますから、そういった事情は理解できますので、ご心配なさらないでください」

 人間世界一行を代表する加賀詩衣那が、ダニイル隊長の顔の高さで飛びながら返事をする。後ろに控える面々も一様にうなづいている。

「無用な心配でしたか。それでは会場にお入りください」

 ダニイルに促されて会場に入った一行を迎えたのは、彼の部下である元妖精の男性であった人間の女性である。やはりどことなく和風メイドな恰好をしている。

「ようこそ皆様。決まった席というものはございませんので、まずは会場の中央にお越しください」

「ほう、やはり立食形式でしたか……」

「そうだろうと思っていました」

 予想していたのか、会場を見る剣持主任や加賀詩衣那の表情には驚きの色は無い。

 人間と妖精が混ざっての会食を行う場合、座席を用意するとなると、どちらの体格に合わせるのかという問題が出てくる。日本人と白人といったレベルでの体格差など無いに等しい体格差であるのが、人間と妖精の体格差である。

 身長差がおよそ6倍ともなれば、そして平均身長が25㎝しかない妖精は空を飛べるとなれば、会場のセッティングも先に述べたように人間サイズのテーブルの上に妖精サイズのテーブルが載るという形になるというのもうなづける。

「とりあえず言われた通りに、会場の中央に行きませんか? なにやら珍しい料理があるかもしれませんし」

「うーん、そう言われたら、途端にお腹が空いてきたかも」

 キラリンとメガネを光らせるのは仕様に忠実な水木江梨子である。彼女は未知の料理との出会いという期待に胸を膨らませ、珍しくもワクワクそわそわしているようだ。

 一方の美姫は、自身の生理的な欲望に忠実なメンタリティを持つ妖精らしい感想を述べる。

 そして一行は、驚きの料理というか、驚きの食材の数々を見ることになるのだった。



「……あの、これ、美味しいといえば美味しいけど、いったい何の肉なんだろうね?」

 出されたものを食べないのが最大のマナー違反であるとばかりに、美姫は見慣れぬ食材の料理を臆することなく食べていくのだが、さすがにこればかりは材料を聞いてみたいという食材に出会ってしまった。

 その肉は今まで食べたどんな肉よりも柔らかく、口の中に入れると文字通り溶けてしまうような食感でありながら、確かに肉を食べているという実感がある。

 ただし普通の肉にあるような筋もなければ霜降りもない。牛肉のような赤身ですらなく、なんとなく油で炒めたほうれん草のような緑色をした肉であった。

 味からすると確かに肉であることは間違い無いのだが、外見からするととてもまともな食材とは思えない何かの肉としか表現しようがないその肉は、まったくの謎肉であった。

 そんな謎肉のステーキ(?)をもきゅもきゅと食べながら美姫は隣にいる珠美香に聞いてみると、珠美香はあきれた感じで返事をしてくる。

「お兄ちゃん、よくもまあ、そんなわけわからない肉を口にできるわね」

「……でも珠美香、この肉だって妖精たちが長年食べてきたものだろうし、変なものじゃないんじゃないかな。何の肉なのかわからないけど。うーん、それにしても美味しいは美味しいけど不思議な食感だよ」

「よろしかったら解説いたしましょうか?」

「「エルフィンさんっ!」」

 美姫と珠美香が謎肉について議論していると、後ろから話しかける声がする。

 ふたりが振り返ってみると、そこには筋肉質でありながら細身のイケメンがいた。先程の会合では紹介されたものの、話をする機会がなかった男性化エルフィンその人である。ちなみにその横には今までエルフィンと話をしつつ会場内を移動していたらしい水城江梨子と大島早苗も並んでいた。

「美姫お姉さまも、その肉を食べたんですね。で、まずはその正体を知る前にご感想を聞かせて頂いてもよろしいですか?」

 もちろん仕様通りにキラリンとメガネのレンズを光らせる、安定の江梨子である。

「おいしいからいいけど、調理前の姿を見るのはした方がいいかな」

 一方の早苗もまた仕様に従ってぽよよんと胸部装甲を揺らしていた。スキンタイトな宇宙服によって強調されまくったおっぱいが、まったくもってけしからん情景を作り上げているのであった。

どうやら江梨子と早苗は、すでにその謎肉の正体をエルフィンから聞いて知っているし、その肉が生きているときの姿も見たらしい。

「ちょっと早苗ちゃん、怖いこと言わないでよ。この肉の正体ってそんなに変なものなの?」

「安心してください。美姫お姉さま。私たちから見たら下手物系の食材ですけど、妖精世界では秋津島皇国だけではなくて他の国々でも普通に食べられていた普通の食材ですから」

 美姫はまだ手にしている小皿に盛られた謎肉を胡散臭そうに見つめつつ、まったくもって安心できそうに無い言い方の江梨子の話を聞いている。

 そしてその様子を微笑みながら見ていたエルフィンが美姫と珠美香に向かって、再度口を開く。

「その肉の話の前に……。コホン、先程はお互いに話もできませんでしたから、『はじめまして』でしょうか? それとも『お久しぶりです』と言ったほうがよろしかったでしょうか?」

 そしてエルフィンは、まだどことなくかつては女性であったときの面影を残しながらも、それなりのイケメンらしい笑顔でふたりに話しかけてきた。

「初めて出会ったのは夢の中の世界でしたけど確かに出会っているんですから、『お久しぶり』で良いかと思いますよ」

「まあ、私の場合はいきなりだったから妖精だった頃のエルフィンさんの記憶もあまり無いし、『はじめまして』のほうがいいかな?」

 珠美香は素直に今は人間の男性となっているエルフィンの手を取り握手しつつ『おひさしぶり』ですと挨拶し、美姫は少々拗ねたような笑顔でエルフィンの右手の人差指を両手で握り、握手の代わりとした。

「そうですね。それでは珠美香さん、お久しぶりです。そして美姫さん、はじめまして今はこんなふうに人間の男の姿になっていますけど、秋津島皇国の第一皇子になりましたエルフィンです。どうぞよろしく」

「あ、いえいえこちらこそよろしくお願いします」

「うーん、まあ言いたいことは色々あったけど、まあ、いいか。よろしく、エルフィンさん」

 エルフィンの挨拶に対して素直に返事を返す珠美香と、どこか含むところがある美姫であったが、まあ、心情的に分からなくもない。

まがりなりにも人間の女性へと戻った珠美香に対して、美姫は未だに妖精の女性のままなのだが、その状態に慣れてきたというか、『もう妖精の女の子のままでもいいか』という気持ちが大きくなってきているからだ。

 そもそも人間というのは、現状に大きな不満がなければ概ね現状を『まあいいか』と消極的ながらも肯定し受け入れるところがあるのに、美姫としては現状を『こうでなくっちゃっ!』と積極的に肯定し受け入れる気持ちになってきているので、エルフィンに対して不満を述べる必要性を感じなかったのだ。

 その気持になった最大の要因は、やはり加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班、通称【魔法研究所】において作られた、魔法の力を増幅するブースターなどの存在であろう。

 珠美香や早苗のように、人間でも才能のある者はキャンセラーとブースターの影響下において魔法を使うことが出来ることは分かっている。しかし妖精であるなら誰もが魔法を使えるのだ。そして魔法を使って飛ぶことが出来るフェアリードライブ搭載の宇宙船に、召喚された妖精世界の地球……。

 妖精少女と化した美姫の『少年の冒険心』を刺激するには十分であった。

 もしかするとフェアリードライブ搭載の宇宙船は光速を超えて恒星の世界、銀河の星々にまで手が届くかもしれないと言うのだ。未知の世界への扉を開けるのに必要なのは魔法を使える妖精の身体であるというのなら、美姫は妖精少女のままでいることに積極的な気持ちになるというのもうなづけないこともない。

更なる理由として、面倒を見ている妖精の幼女である老田結菜の存在があるだろう。そしてもうひとつの理由としては、女性の身体における性的な快感を貪ることに慣れてきたということもあるかもしれないのだが……。まあ、想像に難くない。

「それで、その肉のことですけど、まずは実物を見てもらうほうが早いですね」

 エルフィンはテーブルの上に積み上げられた未使用の取り皿の山から一枚を取ると、珠美香と美姫から見えるようにテーブルの上に置き直す。そして召喚魔法を発動させたのだった。

 エルフィンの肉体は人間のものと化しており、本来なら魔法の使用は難しいというか実質的には無理ということになる。

 しかし妖精にとっては腕輪となるようなサイズのキャンセラーを指輪として身に着けているし、更には宮殿の外にはブースターを稼働させている【うみねこⅡ世号】がいるし、宮殿を挟んで反対側の空き地には【デウカリオン号】までいて、更にそのブースターの影響範囲が宮殿を捉えているのだ。

 これなら今は人間となっているエルフィンでも、十分に召喚魔法を発動させることは可能であった。そして取り皿の上に召喚されたのは、握りこぶしより一回り大きな緑色をしたプルプルと震えているゲル状の塊であった。

「はい、これがあの肉の元になるグリーンスライムです」

「えっ! これが、あの肉の元なの? ていうか何、グリーンスライムってっ!?」

「……良かった。食べなくて本当に良かった」

 美姫と珠美香は、そのグリーンスライムを見て一言発した後、そのまま絶句してしまった。その目は大きく見開かれ、口はぽかんと開いている。

「お肉の状態にするには、このまま火を加えます」

 エルフィンは再度召喚魔法を発動させ、今度は呼び出した炎で取り皿の上のグリーンスライムを炙っていく。するとグリーンスライムは身をよじるようにしながらその身が縮みながら固まっていき、やがて先程まで美姫が食べていた【謎肉】の状態へと変化した。

「このままでは味付けがされていませんけど、塩を振りかけただけでもけっこういけますよ。珠美香さんはまだこのお肉を召し上がっていなかったのですよね?」

 その言葉通り、その肉にテーブルの上に置かれた小瓶から塩をふりかけると、エルフィンはフォークとナイフで一口サイズに切り取ったグリーンスライムの肉を、その場の面々に差し出していく。

「ありがとうございます。エルフィン様」

「お肉になる前の見た目はともかく、美味しいわよね。このお肉」

 臆することなく食べていくのは江梨子に早苗である。一口サイズと小さなものなので、ふたりともお腹に負担をかけることなく問題なく完食していく。

「まあ、見た目はともかく、確かに美味しいのは間違いないですよね。……いただきます」

 さすがに元男の子、美姫もまた覚悟を決めて、元々持っていたグリーンスライムの肉と一緒に、エルフィンから差し出された肉も合わせて『おいしゅうございます』等と言いながら咀嚼(そしゃくしていく。

 目をつぶり、『見た目を考えるな。味だけを感じるんだ』等と呟いているあたり、まだまだ覚悟が足りていないようではある。やっぱりさすがに元男の子、女性や子供に特有の精神の柔軟性というものにまだまだ不足している部分があるのかもしれない。

 さてそして今は女性に戻っているが、一年数ヵ月を男性として過ごしてきた珠美香はというと、まだグリーンスライムの肉とにらめっこをしていた。

「珠美香ちゃん、このお肉、野菜の要素も入ってるから、とっても体に良いそうなんだって」

 早苗は珠美香の背中を後押ししようと、先程、エルフィンから聞いたばかりの情報を口にする。

「野菜の要素?」

「それはですね、珠美香さん。このグリーンスライムっていう生き物は、動物と植物の中間に位置する生き物だからなんですよ」

 珠美香が疑問に思ったことを確認した江梨子は、すかさず仕様通りにメガネのレンズをキラリンと光らせると、早速、早苗が開示した以上の情報を説明し始めた。

 それによると、グリーンスライムは妖精世界の地球に住む生き物ではなく、更には妖精たちを始めとする様々な魔法生物を創造した【人間】たちが創った生き物でも無く、平行する異宇宙に存在する他の地球(?)において自然発生し進化してきた生き物なのだそうだ。

 妖精の学者たちの見解によると、このグリーンスライムの正体は先ほど見たようなひと塊を一個体とした生物ではなく、単細胞生物が数多く寄り集まってまるで一個の生物のように振る舞っている生き物なのだというものらしい。

 既存の生物で言えばアメーバとミドリムシが混ざったような単細胞生物が、粘菌のように群体をなしてまるで一個の生物のように動いているのだという。

 生態としては、様々な有機物を溶かしながら体内に取り込み栄養とするだけではなく、細胞内に存在する葉緑素によって光合成もして栄養をとることが出来るという動物と植物の両方の特徴を備えており、栄養的に見ても肉としてのタンパク質と野菜としての各種ビタミンや繊維質があるのだそうだ。

 というわけでこのグリーンスライムの肉を食べるだけで、同時に野菜も食べたことにもなり、栄養的に完全食品に近いのだと言う。まあ、これに炭水化物であるご飯を一緒に食べれば完璧に近い食事だろう。

 ……毎日食べると飽きると思うけど。

 ちなみにこのグリーンスライム、妖精たちはいつでも召喚して採取出来るので家畜化というか養殖はしていないのであるが、加賀重工を通じて日本国内に紹介された後、大々的に養殖されることになる。

 先程説明したようにグリーンスライムは光合成を使って自分で養分を作り出すことも出来るのだが、他の有機物を体内に取り込んで養分とすることも出来る。そして色々と試行錯誤した結果、食品工場などから出る有機性産業廃棄物を処理するのに、それを飼料としてグリーンスライムを養殖するのが最適という結論に達したのだ。

 ついでに言うなら飼料が足りなくても日光と水分さえあれば光合成で勝手に増えていくという飼育のしやすさが、グリーンスライム養殖産業をあっという間に日本国内に根付かせることになる。

 見た目のアレさを克服してしまいさえすれば、その肉を食べると同時に野菜も食べたのと同じという手軽さが、牛や豚、鶏や羊に続く肉としてグリーンスライムの肉が日本国内に受け入れられていく要因となったことは間違いない。

 もちろん食べる側にも好き嫌いがあるので万人に受け入れられることにはならないのであるが、アワビならぬグリーンスライムの地獄焼きといって、卓上にて生きたままのグリーンスライムを火にかけて肉にするなんて食べ方も普通に行われるようになったりする。

 更には日本から食肉としてのグリーンスライムを世界中に輸出して、特に牛肉の輸出大国である米国やオーストラリア等とかつての貿易摩擦を再燃させたりするのであるが、それはまた別の話であった。

 話を戻そう。

「というわけで、さあ、どうぞ。珠美香さん、お召し上がりになってください。とっても美味しいですよ」

 江梨子の解説が終わったと見たエルフィンが、まだグリーンスライムの肉を口にしていない珠美香に話しかける。その顔は満面の笑顔であり、珠美香が相当に嫌がっていることを、『なぜそんなに嫌がっているんだろう。おいしいのに』なんて思っていたりする。悪意の全くない善意のみの言葉だけにかえって始末に悪い。

「いや、そう言われても、これ、あの、グニョグニョって……」

「お肉を食べる感覚でお野菜も食べられるのよ。珠美香ちゃん。ほら、パクっと一口で」

「珠美香、見た目に反して美味しいのは確かだから、もう諦めて食べちゃおうよ」

「ふふふっ、とりあえず(口の中に)入れてしまえば(美味と言う名の)快感が脳天を直撃しますから、まずは一口。なんでしたら『あーん』ってして差し上げましょうか?

 嫌がる珠美香に対して、口々勝手なことを言っている美姫に早苗に江梨子。なんというか、珠美香もとりあえず一口だけでも食べてしまえばこの場も収まるのに、嫌がるものだからイジられてしまう。

 残念なことに助けてくれそうな人物である佐藤雄高は、うみねこⅡ世号の中で留守番の最中であるし、珠美香の受難はもう少し続くのであった。



 さて、美姫と珠美香たちがグリーンスライムの肉をネタに盛り上がっている間、剣持道彦主任と加賀詩衣那は、秋津島皇国の女皇であるディアナとの非公式な会談を行っていた。

「……というわけで、この秋津島皇国が存在する地球と、あなた方人間世界の地球の間には人間の魂の移動を制限する次元障壁と言いますか、何か私達にも未知の障壁が存在していたのですが、その障壁は私達の地球が人間世界の宇宙に召喚転移した今も存在し続けている可能性があるのです」

 非公式ということでどこかリラックスした雰囲気のディアナ女皇は、果汁らしき飲み物を飲みながら説明を続けた。

「そこで御注意願いたいのは、ふたつの地球の間で物資を召喚するのはかまいませんが、人間や元人間の妖精、そして元妖精だった人間も含めて人間絡みの対象者を召喚転移させるのは安全性を考えて禁止しておいたほうがよろしいかと思います」

 長く続いた話をそう結論づけると、ディアナ女皇は肩の荷が降りたとばかりにホッと一息ついた。どうやら相当気になっていたらしい。

「女皇陛下のお心遣いに感謝致します。もしもその点に注意せずに人員の召喚を行っていたら大変なことになる可能性がありました。ありがとうございます」

 ソファに座るディアナ女皇に対し、優雅に頭を下げる詩衣那。お互いに妖精サイズなので、見た目の違和感は無い。それに対して詩衣那の背後に座る剣持道彦は、ディアナ女皇から見たらまさに巨人である。その剣持主任は秋津島皇国の元首であるディアナ女皇の前であるというのに、その雰囲気はいつもと変わらずであった。

 流石にまあ、なんというか、変人である。

「ふーむ、召喚による人員移動ができないとなると、ふたつの地球の間を結ぶのはフェアリードライブ搭載の宇宙船のみということになるか……。ある意味これは朗報だな」

 何やら一人で納得している剣持主任。その様子を見て、ちょっと顔をしかめる詩衣那であった。

「道彦さん、ディアナ女皇の前なんですから、一人で納得していないで、ちゃんと説明して下さい」

「ん、何か問題でもあったかな?」

「もうっ! 知りませんっ!!」

 詩衣那の態度もけっこう失礼なのであるが、まあそれはそれである。

「あら、いいんですよ。非公式な場ですから」

 ディアナ女皇は、詩衣那と剣持主任の様子を見て、ふたりの関係はそれなりに深いものであると見抜いていたので、楽しそうに笑顔を浮かべている。女皇なんて仕事をしていると、なかなかこういった楽しいイベントというものとは縁遠くなってしまうので、ディアナ女皇としては何も不快には感じていないのだ。

「それでいったいどういうことなんでしょうか。朗報というのは?」

 興味を持ったのか、ディアナ女皇は先程の剣持主任の言葉に食い付いてきた。

「私も加賀重工の経営者の末席に連なる者としてぜひ聞いておきたいですね。ふたつの地球の間で人員の召喚移動ができないことがなんで朗報なんでしょうか?」

 詩衣那としても何となく剣持主任の考えが想像できなくは無いのだが、確認の為にもその口から直接聞いてみたいということである。

「いや、先程は失礼致しました。女皇陛下。つい嬉しくなりましたものですから。一言で言えばふたつの地球の間で召喚による人員の移動ができないということになれば、必然的に人員輸送はフェエアリードライブ搭載の宇宙船に依らざるを得ないということになります。これは宇宙船の需要が確定したということで、我が加賀重工としては朗報であるということなのです」

 その後、更に剣持主任は持論を展開したのだが、その要旨は以下のものである。

 現在のところフェアリードライブ搭載の宇宙船はその本来の性能を出し切ってはおらず、完全に性能を出し切った場合、光速の壁を超えて恒星間の宇宙を渡ることが可能である。おそらく銀河すべてを踏破出来るであろうし、もしかすると銀河間を渡り他の銀河まで飛行が可能かもしれない。

 しかしその為には宇宙船の更なる性能向上が必要であり、それを成す為にはコツコツと実績を積み上げていき、不具合があればそれを改良するなどして様々なノウハウを蓄積して行く必要がある。

 そのノウハウ蓄積の場として有視界航行が可能な近距離にあるふたつの地球は、いわば宇宙空間における内海としての役割を果たせるのだという。

 地球の船舶の活躍の場が沿岸から内海へ、内海から外洋へと場を移していったように、宇宙船の活躍の場も地球周回軌道からふたつの地球の間、そして太陽系内から恒星間、そして銀河全体。やがては銀河から銀河間の宇宙へと場を移して行くだろうし、そうしなければいけない。

 とまあそういう内容を、まあそれは気持ちよさそうに話していく剣持主任であった。

「星々の世界ですか……。もしかするとこちらの宇宙にも妖精世界の地球を侵略した機械たちを送り出した宇宙人が住む星があるかもしれませんね」

 剣持主任の話が終わったとき、真面目な雰囲気でディアナ女皇がポツリとつぶやく。

「ええ、それを調べる為にも恒星間宇宙への進出と探査は必要です」

「……道彦さん。それ、趣味で言ってるんじゃないですよね?」

 ディアナ女皇の言葉に対して自信満々に答える剣持主任と、それをジト目で見つつツッコミを入れる詩衣那。まだまだ平和な風景であった。

 この時までは……。



 さて、一方、更に平和なふたりが居たのであるが、それは海斗とアヒカルであった。

「もうすぐですね」

「ええ、もうすぐです」

 海斗は、もはや臨月となったアヒカルのお腹の上に身体を寝そべらせ、身体全体でアヒカルのお腹、つまりは汐海しおみという人間だったときの自分の身体のお腹の膨らみとその中に居る自分の子供の存在を感じ取ろうとしている。

 壁際に置かれたソファに座るアヒカルにも既に母性というものが完全に芽生え育っており、お腹の中の子供に対する愛着も湧いている。近衛騎士だった自分がこうも変わるものなのかという想いも無くはないが、そこはそれ、自然な感情を否定するという気持ちは無い。

 何も言葉はいらない。ふたりはそのままの体勢でしばらく時間を過ごしていた。

 そしてその時がやってきた。それはもう突然に……。



 ドンッ ゴゴゴゴゴという腹に響くような音とともに部屋全体が揺れた。地震である。

「ん、地震か。流石に地理的には日本と同じだから、秋津島皇国も地震国というわけか」

「ええ、震度4~5というところですか。それなりに大きかったようですが、被害は出てないのでしょうか」

「これぐらいの地震でしたら被害は無いと思いますよ。ただ震源地に近いところではもっと揺れが激しいでしょうから被害が出ているかもしれません。……ああ、ちょっと、各地の被害状況を確認して来てくれるかしら?」

 地震に対してさほど慌てた様子を見せない剣持主任に詩衣那にディアナ女皇である。流石に地震大国に住む住人である。

 というわけでごく普通の態度でディアナ女皇は側に控えていた妖精の女官に指示を出す。女官は一礼するとその場を後にし、会食会場から外へと出て行く。

「ふーむ、しかし考えてみると変だな」

 ふと見ると剣持主任が難しい顔をして考え込んでいた。

「何が変なんですか。地震ぐらい普通ですよね」

「ええ、これぐらいの地震なら普通にいつもありますけど」

 剣持主任が何を変だと思っているのかが分からない詩衣那とディアナ女皇は、不思議そうな顔をしている。お互いに顔を見合って、『ね~』とか言っているのが可愛い。

 ……ディアナ女皇、ちょっと歳を考えろと。

「地震や津波、火山の噴火などの天変地異は、白竜王吹雪さんの魔法で抑えられているんじゃなかったかな? それともこの程度の地震なら大丈夫ということで放置されているんだろうか……」

 剣持主任の疑問に、詩衣那とディアナ女皇は答えることはなかった。なぜなら人間世界の地球と妖精世界の地球双方にて異常事態の発生が報告されたからである。

 まずは妖精世界側の異常事態を報告したのは、会場の入り口を固めて警備していたダニイル隊長である。

 彼は宮殿の外からのもたらされた報告を聞くや否や会場内に飛び込み、不敬を承知でディアナ女皇の元へ駆けつけた。

「女皇陛下、一大事です。宮殿周辺を除く皇都天邦(こうとアマナ)全域において機械たちの魔法妨害波動を確認。キャンセラーを装着していない妖精たちがことごとく気絶していっているとのことです。恐らくですが、秋津島皇国全体が同じような状況になっているものと思われます」

 ダニイル隊長はそこまでを一気に報告すると、ディアナ女皇の指示を待つ。

「直ちに人間世界側より新たに供給された小型挺を用いて各地の妖精たちの救助に当たりなさい。一人でも多くの命を助けるのです」

 ディアナ女皇がそう指示を出した直後、今度は美姫と珠美香、そして江梨子に早苗にエルフィンたちがやって来た。

 美姫は地震が発生した直後に通信用の召喚ゲートを形成すると、宇宙服に付属の通信機によって【うみねこⅡ世号】の夏樹と連絡を取ったのだが、ちょうどそこには地球から通信が入っていて、とんでもない状況が知らされていたのだ。

「剣持主任、詩衣那さん、大変、大変っ! 地球全土、各地で地震と火山噴火に津波に、とにかく色々発生って連絡が入ってるっ!!」



 この状況こそが、妖精たちの機械たちへの核融合爆発攻撃に対する報復攻撃であった。


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