兄妖 31話

                      第二地球圏物語 前史

It is historical in front of The second Earth area story

妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール

作:紅衣北人 / ジャージレッド



第31話 地上の『太陽がいっぱい』


 話は、妖精世界の地球と月が人間世界に召喚され、珠美香が男の娘からちゃんとした女の子に戻り、美姫が微乳というか貧乳妖精少女から、爆乳妖精少女へと変貌し、そして元は妖精少女だったエルフィンが人間の少女から人間の少年へと肉体変化したその日へと遡る。

 さらに言うなら、エルフィンがアヒカルから○○○○を○○○○○してもらった直後のことである。

「ふう、ありがとうございます。もう治まりました。でも、ええと、アヒカルさん。どうやら責任を取らないといけない状況になってしまったようですね。……というわけで、あの、その、結婚しましょうっ!!」

 顔を真っ赤にさせながらも至極真面目な顔で、ある意味突拍子もないことを言い出したのは、秋津島皇国の元皇女であり、現皇子であるエルフィンである。

 妖精の少女だったのが人間の女性になり、更にはつい最近人間の男性へとその体が変化したエルフィンは、男性の下半身に付いている理性ではいかんとも制御し難い器官の初めての暴走状態を収めるために、つい先ほどアヒカルの助力を得たばかりであったのだが……。


「ブ、ブフォッ! エ、エルフィン様、いったい何を言っているんですかっ!?」

 アヒカルは、エルフィンの股間に付くことになった時として起立して暴れる【棒】をその口で制御したのだが、制御した際に口の中に入ってしまった粘度の高い液体を処理する為にうがいをしようと口の中に水を含んだ直後だった。しかしエルフィンの発言に噴いてしまったことにより、辺りは大参事となってしまった。あ~あ。どうするんだこれ。

 ……頑張れ、アヒカル。きっとそのうち良いことあるから。……あると良いね。……あるんじゃないかな?

「昔、侍女に聞きました。『姫様、殿方から体の中に白い液体を注ぎ込まれた時は上目づかいで、責任取ってくださいねと必ず言うんですよ』と」

 未だ下半身むき出しのまま、エルフィンは己の股間にぶら下がっている新たな器官の先端からまだ滴のように垂れている白濁した粘度の高い液体の残滓を見ながら、かつて自分が女の子から大人の女へとその体が変化した時に聞いた話をアヒカルに言うのだった。

「え、それって……」

 ちょっと違うんじゃないでしょうか? と、言いかけたアヒカルだったが、エルフィンの勢いのあるセリフの前に言葉を飲み込まざるを得なかった。

「今の私は男です。そしてアヒカルさんは女。そのアヒカルさんの体の中に、し、白い液体を注ぎ込んだんですから、私は責任を取らなくてはいけないってことでいいんですよね?」

 ナニかを完全に勘違いして理解しているだろうエルフィンの様子を見て、アヒカルは目の前の惨状を忘れて頭を抱えるのだった。

(いったいエルフィン様の侍女たちはどういう性教育をエルフィン様に施したんだ。もっとしっかりやれと言いたい。絶対にいい加減な性教育しかしていないだろう。ともかく体の中に注ぎ込んだには違いないけど、注ぎ込む場所が違うだろうに)

 アヒカルが、はてさていったいどうやって正確な性知識をエルフィンに教えるべきかと考えていると、ふたりが居るエルフィンの居室のドアがノックとともに開けられた。

「エルフィン様、アヒカル様、そろそろお時間です。宮殿まで急ぎませんと……、これは失礼いたしました。いえ、このことは女皇ディアナ様には内密にいたしますので……」

 開けられたドアから入って来たのは、ダニイル隊長の元で働いている部下の女性であった。彼女は元々妖精の男性であったのだが、チェンジリングにより若い人間の女性となっている。その為に男女どちらの事情にも通じているので、まあ、その、なんだ。男性化したエルフィンがその性欲を持て余し、妊婦であるアヒカルをその性欲の対象としたのだと誤解したわけである。

 ちなみにエルフィンは下半身むき出しなのに対し、アヒカルは着衣のままであるという状況は目に入らなかったらしい。……まあ、そういうプレイだと思った可能性もなきにしもあらずなのだが。

 という訳で彼女はそっとドアを閉めると、『女皇ディアナ様には内密にするとは言ったけど、それ以外にも内密にするとは言ってないもんね』などという邪なことを思いつつ、その場を去っていくのだった。

 まあ、男女を問わず楽しそうな出来事の噂話が大好きな妖精のメンタリティとしては当たり前の発想なので、彼女を非難するには当たらない。

 しかしこれでデウカリオン号船内のクルー達に、間違った情報による噂話が広がるのも時間の問題だろう。やれやれである。

「……エルフィン様、責任を取ってもらいますからね」

 噂話というのは、真実が信じられるのではない。信じたい噂話が信じられるのだ。アヒカルはこの後、どのような噂話が真実として流布されるのか正確に洞察したからこそ、エルフィンにそう言うしかなかった。

 まがりなりにも皇族男子であるエルフィンが、元は男性だったとはいえ現在は女性となっているアヒカルを、お遊びで手籠めにするということはあってはならないのである。あくまでもお互いの合意の上で事に及んだという形を取るのが、最も問題がないのだ。

 ちなみに皇族や王族といった血統による権力者が何でも勝手に出来るという考えを持っているとしたら、それは間違いである。むしろ皇族や王族であるからこそ、何でも勝手に出来ないのだ。

 そもそも権力者とはなぜ偉いのか? 権力者の言うことをなぜ下の人間は聞かなくてはならないのか?

 それは、下の者が権力者を偉い奴だと認識し、言うことを聞かなければならない相手だと思っているからに他ならない。主体は下の者なのだ。

 上の者は、偉いから上の者なのではない。下の者が上の者は偉い奴だと認識しているから偉いのだ。

 その現実を制度化したのが選挙により権力者を選ぶ民主主義である。下の者が支持する者が上の者であり、偉い奴であり、権力者なのだ。権力者だから偉くて下の者が支持するのではない。下の者が支持するから偉くて、権力者になるのだ。

 そう、一般的な常識と真実は逆なのである。

 そして選挙ではなく血統による権力者である皇族や王族は、下々の者から『あの方は行動や考え方が立派で、偉い方だ』と思われなくなったらお終いなのだ。

 選挙という民衆からのリアルな支持を受けているわけではない皇族や王族は、『昔からそうだし、なんとなく支持する』というふわっとした感覚で支持されているのに過ぎない。その身を律し、正しい生活態度や発言に気をつけなければ、あっという間にその支持を失うことになりかねない。

 まあ、しかし人間とは違い、妖精の皇族や王族は、その魔法力の高さという現実的な力の裏付けがあるので、少々人間たちと同列に語るという訳にはいかないのであるが。



 話を戻そう。アヒカルに『責任を取ってもらいますからね』と言われたエルフィンは、もちろんと大きくうなづくと、アヒカルに確認の質問をする。

「ええと、アヒカルさん。それでは改めて言います。結婚しましょう。良いですよね?」

 色気もムードも何もないプロポーズであるが、お互いの性別が逆転していることもあるし、まあ世の中こんなものかもしれない。

「……責任を取ってもらいますからねと言いましたけど、良いのですか? 見て分かるように私のお腹の中には赤ちゃんがいるんですよ?」

 既に丸々と大きくなったお腹をさすりながらアヒカルは最後の確認をする。

「大丈夫です。アヒカルさんがチェンジリングしてその体になった時には既に妊娠していたわけで、『アヒカルさん自身が誰か男の人と赤ちゃんを作ったわけではない』ですし」

「……なるほど。まあ、それはそれとして、いい加減に何か穿いたらいかがでしょうか。いつまでも下半身をむき出しのままにしておくのもどうかと思うのですが」

 その言葉にハッとするエルフィン。確かにまだ下半身が裸のままだった。おまぬけさんを通り越して滑稽であるし、将来的にプロポーズの際の状況を思い出した時に赤面するだろうことは確定である。

 その後ふたりは、もろもろの出来事を記憶の底の箱に仕舞い込むと、デウカリオン号の格納庫へと歩いて行った。小型艇に乗りこみ、宮殿へと向かう為である。その間、エルフィンはアヒカルに何か言いたそうにもじもじとしていたのだが、その口が開かれたのはふたりが小型艇に乗りこんでからだった。

 どことなくそわそわしたような、興味に対して我慢が出来ないという妖精の性質そのままの態度というか、あるいは婦女子が本物のゲイ、しかも美形に出会って質問する機会を得たときのような雰囲気をまといつつ、エルフィンはアヒカルに質問を開始した。

「ねえ、アヒカルさん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいでしょうか?」

「何でしょうか。エルフィン様?」

 小型艇の操縦をしているのは、同じく会議に呼ばれている女大魔導師とも言われているエラであるが、そのエラに聞かれないようにふたりは小声で話している。しかし人間サイズの小声とは妖精サイズの普通の大きさの声であることを、人間生活が比較的長くなってきていたエルフィンとアヒカルは忘れていた。

 しっかりとエラに盗み聞きされているということに気がつくことなく、ふたりは自分たち視点での内緒話をし始めた。あらら。

「……さっきのアヒカルさんの口の動きって、ものすごく慣れた感じというか、……すっごく気持ち良かったんですけど、もしかしてアヒカルさんは女の人になってから、男の人相手にああいったことをしてるのかしら?」

 人間となっても興味を持ったことに関しては知らずには居られないといった妖精のメンタリティをしっかりと残しているエルフィンは、声を潜めつつもキラキラした目でアヒカルを見つめている。

 一方の見つめられたアヒカルは、チラリと操縦席のエラを見て、エラが何も反応をしていなさそうなことを確認すると、『ふう』とひとつ溜息をついてからエルフィンの質問に答え出した。

「エルフィン様は、軍隊の普段における生活についてどれぐらいのことを御存知ですか?」

「そう言えばアヒカルさんって、元々は近衛騎士だったわね」

 小首を傾げつつ、エルフィンは妖精だった頃のアヒカルを思い出していた。浅黒い肌をした筋肉質の細身な男で、コウモリのような羽を背中に持っているという代々続く軍人の家系出身のイケメンだった姿を。

「ええ、近衛騎士に限らず軍隊というところには、男も女も居て軍事行動は共同で行っているんですが、普段の生活はきっちりと男女別々に分かれて生活しているんです」

 エルフィンは、ふむふむとうなづきながらアヒカルの話を聞いている。

 ちなみに妖精の軍隊における男女比であるが、実は若干であるが女性のほうが多い。プロの軍人として任務に就きやすいのは子育てというハンデが少ない分、男性が就きやすいのだが、軍人としての能力は女性のほうが上だったりする。

 小さな体の妖精であるから、肉体的な頑健さというのは、男性であっても女性よりも圧倒的に上ということは無い。むしろ魔法を発動させるには、男性よりも女性のほうが得意だったりするのだ。

 人間の軍隊とは逆に、前線に出るのは女性兵士。後方勤務をこなすのが男性兵士という役割分担に傾いているのが妖精の軍隊の特徴だ。

 そういった背景があるにも関わらず、前線でも活躍していたアヒカルの魔法力の高さが分かろうというものである。

「しかしまあ、軍隊で男女分かれて集団生活をしていると、まあ、なんですか、その……、いわゆる性欲の処理に困ることになるというか……、つまりはそういうことです」

 キリッとした顔をしてそう言い切るアヒカル。少々赤く顔を染めているその姿を見て、正しい性知識に欠けるエルフィンでも、軍隊における性欲処理の状況を悟ってしまうことになった。なんというか、正しくない妄想的な性知識だけは豊富だったりするのかもしれない。ふふふの腐?

「いわゆる【お尻愛しりあい】ってやつですね?」

 エルフィンは、自分が男になっていることを忘れて腐女子的なワクワクする気持ちを口にする。世界や時代を問わず、王侯貴族の女性たちという人種には一定割合でそのような【高貴な方々】が存在するのは常識である。読者様方もそのような認識で納得して欲しい。……というか納得しなさい。話が進まないから。

「いえ、必ずしもお尻ばかりを使うというものでもなくて……」

「ああ、そうか。上のお口を使うんでしたよねっ!」

 単に【口】と言えば良いのに、わざわざ【上の口】と表現すると、とたんにエロい表現になるのはなぜだろう? きっと【上に対して下】を連想するからだろう。しかし女性の場合はともかく男性の場合の【下の口】とはいったい何を指すのだろうか? 読者諸兄のそっち方面の知識で補完してほしいものである。

「……ところでエルフィン様はどうなんですか。ご経験のほうは?」

 アヒカルからのその質問が出た瞬間、エルフィンはピクッと小刻みな痙攣をしたように体を震わせた。と、同時に小型艇の飛行も、まるで航空機がエアポケットに入った時のようにガクンと揺れた。操縦しているエラとしても、とっても気になる話題なのだろう。バレバレである。

「えっ!? ……言わなきゃダメですか?」

 何もないですと否定することなく、恥ずかしがるエルフィン。経験があるということを告白しているようなものなのだが、そこには気が付いているのか気が付いていないのかは分からない。

「私も言ったんですから、エルフィン様も言ってくれなくては公平ではないかと。……その、責任を取って結婚していただけるということでしたら、隠しごとは無いほうが良いですし」

 女性になってまだ1年にも満たないアヒカルであったが、どうやら旦那を尻に敷く術はとうに身に着けているようだ。さすがに愛を語るのに尻も使ったことがある(?)という経験者ではある。

 しかしなぜこうも簡単に、まがりなりにも皇族の男性(?)からの求婚にこうも簡単に応じられるのだろうか。そこはもう性に関して基本的に軽い妖精たちの感覚ということで納得するしかない。

「ええと、経験と言っても、侍女の方が、『殿方はこのように体を触ってくるので、こう反応してください。とりあえず攻守入れ替えて繰り返し実践してみましょう』って言われて、お互いに色々と触り合っただけですが……」

 侍女、いったい何を教育しているのやら。

 そしてそうこうしているうちに、小型艇は宮殿の庭に着陸したのだった。



 女皇ディアナの御前にて行われる会議。その会議室は、妖精だけが利用するのではなく元妖精の人間もまた利用出来るように、妖精の基準からしたらかなり大きな造りとなっていた。会議室に集うは女皇ディアナおよび秋津島皇国の重鎮たち。そしてエルフィンとアヒカルであった。

「なるほど。我々が星ごと人間世界に召喚転移してしまった状況はよく理解できました。それにしても……、まさかエルフィンがこのようなことになっていたとは。こんな面白そうなこと……、ごほん、大事なことをなぜもっと早くに教えてくれなかったのかしら?」

 女皇ディアナは現在の全体的な状況を女大魔導師とも呼ばれるエラから聞くと、その視線を男性化したエルフィンへと向ける。

 女性であった時から、もともとそんなに胸が無かったエルフィンであるからして、男性化してもその外観は一見してそう変わったようには見えない。しかしよくよく目を凝らしてみると、あごの線がシャープになっているし、そこはかとなく脂肪で覆われたふわっとした外観から、筋肉質で締まった肉体へと変貌しているのが見て取れる。

「お母様、今、『面白い』と言いませんでしたか?」

 ふるふると震えながら、エルフィンが男性特有の低い声で女皇ディアナに質問をする。もはや男性化したことはしょうがないこととして納得している、というか納得しようと努力しているのだが、やはり『面白い』とか言われると、それが実の母親でも、というか実の母親だからこそ腹が立つ。

「言いましたけど、それが何か? 大事なことだからこそ面白いのではないかしら」

 女皇ディアナは開き直る。母親とは人間も妖精も変わらず、子供に対して不利な状況になると開き直るものなのかもしれない。

「お母様っ!」

「ふふふ、体の大きさだけが力では無いということは、エルフィンも知っているでしょうに」

 女皇ディアナに掴みかかろうとするふりをするエルフィンに、魔法発動寸前にまで魔力を高める女皇ディアナ。なにやらその背後には空間の揺らぎが見える。何を召喚するつもりなのやら。

「エルフィン様、それにディアナ女皇様、御自重いただけるとありがたいのですが」

 会議そっちのけで始まりかける母娘(現息子)喧嘩だったが、そこに制止の声を上げたのはアヒカルであった。

「まったく、皇族としての自覚をもう少し持っていただきたいですよ」

 溜息をつくしかないアヒカルである。妖精というのは、本来、楽しそうなことがあれば何でも楽しんでしまうという性質を持つのであるからして、現在のような状況でさえ無ければ、まだ許せてしまう雰囲気が無いことも無いのだが、それをするには現状が悪すぎた。

 ちなみにアヒカルがエルフィンにプロポーズされて婚約したことは、色々あってあっという間に周囲の知ることとなった。もちろん女皇ディアナにもである。

 というわけである意味もうアヒカルはエルフィン皇子とはもちろん、ディアナ女皇とも身内であるので、こういったものの言い方も許されるというわけである。まあ、人間の常識と妖精の常識とは若干のズレがあるので、そのようなものだと認識していただければありがたい。

「ごめんなさい、アヒカルさん」

「うむ、楽しみは後に取っておくことにしよう」

 殊勝なエルフィンと、鷹揚なディアナであった。

「コホン、それでは、エラ殿に続いて、私からも報告させてもらいましょう」

 場の雰囲気が元に戻ったことを確認して次に発言したのは、防衛大臣のティプファンである。アヒカルの親でもある彼は、元息子が人間の女性となってお腹を大きくさせているその姿を、それなりに複雑な想いで眺めていたのだが、その気持ちを表に出すことは無かった。

「結論から申しますと、機械たちはキャンセラーのコピー品を作ることに成功したようですな」

 ティプファンが報告した内容はこうだ。これまでの機械たちとの戦いの中で、妖精たちが所有するキャンセラーの内、装着者の戦死等による状況により幾つものキャンセラーが戦いの現場に置き去りにされていたのだが、それらの内、壊れていないものについては召喚魔法による回収がなされていた。

 しかし問題は紛失時に壊れてしまったキャンセラーだ。召喚魔法を発動させる際、対象を思い浮かべる必要があるのだが、当然、召喚魔法の発動者は、【完全な状態のキャンセラー】を思い浮かべて召喚魔法を発動させる。

 従って、紛失されたものの壊れてなどいない完全な形をしたキャンセラーは簡単に召喚回収することが出来るのだが、【壊れた状態のキャンセラー】は召喚魔法がうまく発動出来ないので、回収することが出来ないということになる。

 もちろん壊れたキャンセラーを召喚回収しても、妖精たちにはそれを修理することなど出来ないし、キャンセラーの数がどうしても必要なら、人間世界の地球は日本にある加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班、通称【魔法研究所】から譲渡されたキャンセラーを改めて召喚すれば良い。

 というわけで妖精たちは壊れたキャンセラーが紛失状態のままになっていても、ほとんど気にすることなくいたのだが……。

「機械たちとの戦闘の中で壊れたまま放置されたキャンセラーは、合計13個に上りますが、どうやら機械たちは壊れたキャンセラーのうちのいくつかを回収し、修復。そして更にはコピーしたとしか考えられませんな」

 ティプファンは一旦そこで言葉を区切ると会議室の一同を見まわした。どの顔も深刻さに満ちている。機械たちがキャンセラーを欲しがる理由がひとつしか思いつかなかったからだ。

「昨日、帝都天那ていとアマナを襲った機械たちの中には、魔法の発動に悪影響を与えない機械たちが混ざっていました。幸いなことにそれら機械たちには魔法が効きましたので、撃破することは比較的簡単だったのですが、内部を調べてみましたら、キャンセラーのコピー品が内蔵されていました」

 壊れた機械でも同じ形式の機械を複数個集めれば、使える部品を寄せ集めて修理することは可能である。おそらくであるが、機械たちは壊れたキャンセラーを複数個回収し、それらを使って動作するキャンセラーを手に入れたのだろう。

 そしてそのキャンセラーを大量にコピーして運用しているのだ。

「機械たちの目的はやはり、以前にエラ殿が懸念していたという……」

 先ほどまでのふざけた態度はおくびにも見せず、憂いの表情の女皇ディアナ。なぜにその態度のままでいないのか? そこが妖精だからと言えばそれまでなのだが。

「機械たちの主人たる肉食獣から進化したと思われる異星人は、我々妖精を捕食対象として認識したということでしょうね。もっとも、妖精世界の地球と月ごと人間世界に召喚された今となっては、その異星人はもうこの宇宙には居ないのですが、その命令は生きていると思われます」

 ティプファン防衛大臣の言葉を受け、エラは自身が懸念していた内容を説明し始めた。

 秋津島皇国から中央大陸を西進している途中で見た機械たちがその主人たちの為に作っていた食料生産地は、基本的に牧草地だけであった。穀物を生産する農地は存在せず、ただ牧草地とそこに放牧される家畜だけがあった。

 そこから機械たちの主人である異星人は肉食獣から進化した肉食の異星人だと推測されたのだが、更にその後の推測で、その異星人たちは生きた小型の動物を好んで食べるのではないかという仮説が考えられたのだ。

 電子機器を搭載した機械からは、魔法を阻害する何かが出ているらしい。その為に生存する為に魔法の力を使っている妖精は、機械たちに近づくと気分が悪くなったり気絶したり、最悪命を落としたりする状況が続いていた。

 しかし人間世界から手に入れることができた魔法に対する機械からの悪影響を中和する装置であるキャンセラーによって、妖精たちは機械たちの側に行っても普通に活動することが出来るようになった。

 そして更には映像を伴った通信により、異星人そのものの前に姿をさらすことになったのだが、その瞬間から、それまで妖精たちそのものには無関心であった機械たちが妖精たちを捕獲しようとし始めたのだ。

 妖精たちの生命活動に対して悪影響を与えないように、コピー品のキャンセラーまでを内蔵して……。

「現在までに判明したところでは、帝都天邦ていとアマナより拉致された妖精たちは、中央大陸沿岸部および半島地域の各所に分散されて【飼われて】いるようですな。どうやら機械たちは妖精牧場でも作るつもりらしい。忌々しいことですが」

 ティプファンは苦虫をかみつぶしたような顔で、発言を一旦打ち切った。そして当然の疑問をディアナ女皇が口にした。

「それで、拉致された妖精たちに対する救出はどのようになっているのでしょうか?」

「幸いにも拉致された妖精たちが収容されている施設には、キャンセラーが常設され稼働しているらしいので、すぐにでも召喚魔法により救出することは可能です。しかし時間をかけて逐次行うとなると、機械たちがどのような反応を示すのか予想がつきません。最悪……」

「即座に殺されて食肉へとされてしまう可能性があると……」

「否定できないところが辛いところです」

「ということは、すべての救出対象に対して一斉に召喚魔法を使い、一度で終わらせる必要があるということですね」

「御意。その為の準備は現在着々と進行中です。それから……」

「おっと待った。エラ殿、そこから先は私が話そう」

 ディアナ女皇とエラとの会話に、ティプファンが割って入った。話の内容が己の領分へとなったと理解したのだろう。

「召喚魔法により一斉に拉致された妖精たちを救出した直後であれば、まだそれら施設においてキャンセラーが稼働している可能性が高い。つまりそこに対してなら物質の飽和送還魔法による核融合爆発攻撃が可能です。ディアナ女皇、禁忌とされる攻撃魔法となりますが、いわば相手は命が無い機械たちです。攻撃の御許可を願います」

 その後、御前会議での話し合いは、飽和送還魔法による核融合爆発攻撃は是であるという結論が出たのであった。



「デウカリオン号搭載の全キャンセラー及び全ブースター、全力稼働中っ!」

「こちらエルフィン。召喚魔法発動担当者たちすべての魔力との同調完了。魔力共鳴により出力増大中」

「救出対象者たちとのコンタクト取れました。いつでも行けます」

 帝都天邦ていとアマナに戻って来てもデウカリオン号の乗組員たちは下船することなく、未だにデウカリオン号の船内にて生活していたのだが、今は妖精世界の地球に存在する唯一のブースターを搭載しているとのことで、今回の召喚救出と攻撃における中枢要員として働いていた。

「了解しました。……全対象者を一斉に召喚救出します。エルフィン様、帝都中の召喚魔法発動担当者の制御をお願いします」

「了解しましたエラ様」

 デウカリオン号のブリッジにて、ダニイル隊長、エルフィン、マルナ、そしてエラの声が飛び交う。ちなみにアルナは次の段階における攻撃担当ということで今は待機中である。

「……召喚魔法発動っ!」

 エラの号令がブリッジに響く。そして……。

「……救出対象者の召喚救出成功。……続けて飽和送還魔法による核融合爆発攻撃に移って下さい」

 ワーッと上がる歓声を気にすることなく、エラは召喚救出の成功を伝え、そしてアルナに対して攻撃の命令を下す。

「了解。対象となるすべての魔法発動可能領域における施設に向けて、飽和送還魔法を発動っ!」

 その瞬間、送還魔法発動の対象となる水素が帝都沖の海水中の水分子から遊離して、それぞれの施設において僅か1立方センチメートルの空間に対して、重ね合わせるようにして送還された。

 原子というものは原子核と電子により構成されるのだが、例えば水素原子1個を東京ドームひとつの大きさに拡大したとすると、原子核の大きさは1円玉の大きさに相当する。基本、原子とはスカスカの存在なのだ。

 そのスカスカの原子における原子核同士がぶつかり合うことを期待して、大量の水素が僅か1立方センチメートルの空間に重ね合わせて送還された。その結果、水素原子核同士がいくつもぶつかり合い融合し、膨大なエネルギーをその場に生んだ。

 そして機械たちが支配する領域の各所において、水素核融合爆発という地上の太陽がいくつも出現し、機械たちの施設もろともその地を灼熱の炎で飲み込んだ。天空に巨大なキノコ雲を立ち昇らせながら。

 妖精たちによる機械たちへの反撃は、はたして機械たちからの報復攻撃を呼ぶことになるのであろうか? それはまだ誰にも分からなかった。


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