兄妖 27話

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It is historical in front of The second Earth area story

妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール

作:紅衣北人 / ジャージレッド



第27話 大召喚が行われた日


 後の世にて【大召喚】と呼ばれることになった事件が発生した日、いくつもの偶然が重なってその結果を成した。何かひとつの要素が欠けていても、妖精世界の地球と月がこちらの世界に召喚されてその軌道が安定することはなかったであろう。

 だが、逆に言えばそうなるべき全ての要素が揃っていたということでもある。故に後世の人々は言う。それは奇跡の名を借りた必然であったと。

 ……しかし当時の当事者たちにしてみれば、何が何だかわからないジェットコースター状態であったのは間違いない。



「……ま、魔力の流出が止まらないっ!」

 まさにその時、妖精世界の地球ではエルフィンが焦りの声を上げていたのだが、その一言が異常を知らせる合図となったのは、後世の識者たちの意見が一致するところであった。



 さて、そのような状況に陥るおよそ半日前のこと。皇都天那こうと あまなからの『機械たちから無差別に襲われている』との緊急念話通信を受け取ったデウカリオン号は、皇都から召喚魔法を使用してもらう形式の安全性が確保された召喚脱出を諦め、自らの送還魔法にてデウカリオン号ごと皇都周辺の空域にまで転移・脱出する道を選択した。

 自力で空を飛ぶことができる妖精たちが多く住まう皇都周辺に送還・転移するとなると、転移先の空間に物質が重なり合ってしまう危険性が少なからず存在する。安全性を考えるなら、皇都側の召喚魔法発動担当者が現地の状況を見ながら全てをコントロールするのが好ましいのは言うまでもない。

 もちろん空気については存在することが確定しているので、送還魔法の発動者が状況をコントロールするのはたやすいことであるので問題にはならない。

 というわけで中央大陸の西部にある半島の先端地域、人間世界での呼び方で言うならギリシャにて飛行型機械たちの群れに襲われたデウカリオン号は、船内すべてのブースターを全力で稼働させたうえでの高速飛行にて機械たちの追撃をかわしつつ、送還魔法を使った転移・脱出を試みることになったのだ。

「姫様、皇都天那こうと あまなからの緊急通信だけでは詳しいことはわかりませんが、機械たちが無差別に妖精たちを襲い始めた時期は、おそらく私たちが異星人たちと通信機を介してコンタクトを取った直後のこととみて間違いないでしょう」

「まさか機械たちの活動を止めるために異星人たちとコンタクトしたのに、逆の結果になるだなんて」

 女大魔導師と呼ばれる妖精エラの言葉を聞いてエルフィンが嘆息した時、護衛隊長のダニイルから待ちに待った報告が入って来た。

「周囲に飛行型機械たちの姿なし。とりあえず振り切りました」

 興奮の色は微塵も無く、冷静な声だ。ダニイルとしても機械たちを振り切ったとはいえ、それは一時的なものでしかないことを理解しているが故である。それを裏付けるかの如く、次に報告の声を上げたのは現時点でデウカリオン号のメインパイロットを務めるマルナである。

「全周において魔力探知の不可視領域が狭まってきています。最短で30kmっ!」

 デウカリオン号にはレーダーの類は搭載されておらず、マルナは魔法による探査をしている。周囲に魔力を放つことにより、その反射を以て地形や生き物等の位置情報を知るのであるがで、機械たちは魔力を阻害する特性を持つので、探査に穴が出来ている箇所がすなわち機械たちが存在する場所ということになる。

 そして今、探査における穴は繋がりあって、魔力探査における不可視領域はデウカリオン号を包囲する形へと化していた。

「エラ様っ! 送還脱出をっ!!」

「了解です。エルフィン様」

 叫ぶエルフィンに対して静かに応えるエラ。そしてエラはブリッジ中央の空間に浮かんだまま送還魔法を発動させる。エラを中心にして立体的な魔法陣が形成されていき光を発する。しかし魔法が効力を発揮して送還脱出が実施されるには数分の時間がかかるのだが、その間は船の機動により攻撃を避けることが出来なくなる。

「……機械たち、本船より最短で25kmのラインに到達。およそ時速200km弱の速度で接近中」

「大丈夫だとは思うが、防御手段は確保しておいたほうが良いだろうな。……姫様、小型艇に搭載されたブースターが空いていますので、万が一の為にアルナを待機させてもよろしいですか?」

「ダニイル隊長の思うようにしてください。但し小型艇はデウカリオン号の上部甲板にて待機。決して本船から離れないようにしてください」

「了解しました。おい、アルナっ! すまんが聞いての通りだ。送還脱出魔法の発動までまだ間がある。それまでの間の護衛を頼む」

 マルナの報告を聞いたダニイルはエルフィンの許可を取り、副パイロット席に座っていたアルナに命令を下す。

「行きますっ!」

 アルナは時間が惜しいとばかりに短く応えると、透き通った4枚のトンボのような羽を細かく動かしながら飛び去って行く。行先はもちろん格納庫だ。



「機械たち、本船より距離5kmまで接近っ!!」

 機械たちの包囲は更に狭まり、さすがにマルナの声にも焦りの色が混じってきた。距離5kmといえば時速200kmの飛行型機械にしてみたら約1分半の距離でしかない。

「小型艇のアルナに通達。機械たちがキャンセラーの有効半径内に入った段階で迎撃行動を行え」

 ダニイルはすぐさまアルナに指示を飛ばす。

『こちらアルナ、了解。……迎撃行動に入ります』

 その瞬間、デウカリオン号周辺に複数の雷撃が召喚され、接近中の機械たちを直撃する。すでに機械たちはデウカリオン号から数百メートルの位置にいたのだ。彼らの攻撃手段は相手に取りついての自爆攻撃であったが、今は速度を落とすことなく接近中であった。おそらく特攻をかけるつもりだったのであろう。

 雷撃の直撃を受けた飛行型機械たちは、あるものは壊れ、またあるものは動作不良を起こし墜落していく。中には自爆用の爆薬に引火したのか、華々しく爆発四散するものもあった。

 しかし多勢に無勢、やがて迎撃をくぐり抜ける飛行型機械も出てくる。そしてあまりにも船体に接近されると電撃で迎撃するのが不可能になる。無理に電撃を召喚して攻撃すると、デウカリオン号の船体そのものも破壊してしまうからだ。

『くっ! 間に合わないっ!!』

 というわけで迎撃を潜り抜けた最初の一機がデウカリオン号に取りついて自爆したのだが、爆発の規模そのものは小さなものなので、一機だけの自爆攻撃では船体表面の太陽電池パネルを損傷させるだけにとどまるだけだった。

「送還魔法、発動します。目的地、皇都天那こうと あまな南方海上上空、高度300メートル」

 そしてようやくその瞬間、エラの送還魔法が発動し、デウカリオン号は皇都天那こうと あまなへと送還脱出した。

 そして転移した彼らが遠目に見たもの、それは高い木々が一定間隔をもって植樹され、その枝々に妖精たちの家が規則正しく建てられているという良く知った皇都天那こうと あまなではあった。

 しかし緊急通信の内容にもあったように、その上空には多数の空飛ぶ巨大船、否、人間世界の基準で言えば全長二百メートル前後にもなろうかとする大きな翼を持った巨大な輸送機の群れと、そこから逆噴射の炎を吹き出しながら降下する無数の機械たちだった。



 さて、上記のような妖精世界側の状況を海斗を経由して聞いた加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班、通称【魔法研究所】では、人間世界側主導で妖精たち全員をこちらの世界に召喚脱出させるという大脱出計画【改】が実施されたのだが、それは思わぬところで破綻を見せることになる。

『日本国内のほぼ全てのキャンセラーとデータリンク成立。珠美香さんはキャンセラーの通信機能を介して、キャンセラーを装着した妖精たちおよびキャンセラーの有効圏内にいる人たちの魔力と同調・共鳴を行ってください』

 いつものように落ち着いた様子で加賀詩衣那の声がスピーカーから流れてくる。それを聞きながら珠美香は力強くうなずくと、改めて椅子に座りなおした。椅子は適度な硬さと柔らかさを兼ね備えており、リクライニングが効いたそれは体に負担をかけることもなく精神の集中を妨げることがない。

「……感じ取れることが出来る全ての魔力と同調、共鳴状態を維持。……コントロール下に置きました」

 ほどなくして珠美香は、落ち着いた声で状況を報告する。目を瞑り、穏やかな表情だ。ここまでは既に何度も経験している事なので何も問題はない。ただ魔力を同調・共鳴させる規模が大きなだけだ。

『それでは第二段階の手順に入ります。珠美香さんは統合された魔力をコントロール下に置いたまま、美姫さんと魔力を同調・共鳴、そして魔力のコントロールを美姫さんに任せてください』

 詩衣那は、既に何度ものブリーフィングを通じて誰もが理解しているが内容を、あえて繰り返す。

「こちら珠美香、了解」

「同じく美姫、了解しました」

 海斗から妖精世界の状況と海斗自身の事情を聞いているふたりは、今のところふざける様子も無く、いつになくまじめである。それはそうだろう。機械たちが無差別に妖精たちを襲い始めているのだ。今はアヒカルとなっている元々の海斗(汐海)の体とそのお腹の中にいる赤ちゃんの命も危ないのだ。

「お兄ちゃんとの魔力の同調および共鳴、……開始」

 詩衣那による静かなスタートの合図と共に珠美香は、日本全国のほぼ全ての妖精たちと極一部の人間たちの魔力との同調・共鳴状態を維持しつつ、更にその上で美姫との魔力を同調・共鳴させていく。

「あぁん、あ、暖かい。珠美香と繋がった感じが……」

「もう、お兄ちゃんったら、エロい声で繋がったとか言わないで」

 さっきまでの真面目なやり取りはどこへやら、ふざけるつもりはまったく無かったのに、なぜかごく自然にふざけたセリフが出てくるふたりだった。そのおふざけ(?)により一瞬だが、ふたりの同調に乱れが生じたものの、さすがに慣れたもので、すぐに同調状態が強化されていく。

『心拍数、呼吸回数の同調を確認。脳波パターン、急速に同調中……、同調を確認』

 現代科学では魔力の同調といったものを観測できないので、とりあえず珠美香と美姫の各種バイタルデータの同調を以って、魔力が同調したと見なすことにしているのだが、珠美香と美姫のバイタルデータが同調したことを詩衣那が告げたところで、次の段階がスタートした。

「お兄ちゃんとの魔力の同調を完了。これより同調したすべての魔力のコントロールをお兄ちゃんに委ねます」

「う、やん、はうぅ。は、入ってくる。ま、魔力が私の中に入ってきて、す、すごい。脈打ってる……」

「だから、そういう言い方はしないでっ!!」

 赤面する珠美香。顔から火が出るとはこのことであるというほど、真っ赤になっている。

「勝手に変な想像をしているのは珠美香でしょ。っていうか、本当に気持ち良いし……」

「何か言った?」

 ぼそりとつぶやく美姫に対して、珠美香は叱責をする。これ以上恥ずかしくなってはたまらない。というか美姫のエロい声は、珠美香の聴覚を通じて脳を刺激し、股間に微妙だが決定的な変化をもたらそうとしていたのだ。声も荒くなるというものだろう。

『珠美香さん、とりあえず数でも数えましょうか?』

 珠美香と美姫のバイタルデータを常にモニターしている詩衣那からすれば、珠美香の変化は明らかだ。隠しようがないのである。まったく困ったものだ。

「もう、これだから男の体ってやつは嫌なのよっ! ええと、1、2、3、4、5、6、……」

「でも珠美香、分かりやすく勃つくらいじゃないと役に立たないから」

 珠美香と美姫が座る座席は向かい合わせになっているので、美姫はニヨニヨとした笑顔をしながら口に手を当て、なおかつ珠美香の股間に視線を向ける。ちなみに見えてなくても見えてるふりをするのは基本である。覚えておいてほしい。

「……役に立たせる気はないし。そう言えば、お兄ちゃんは役に立たせる前に無くなっちゃたのよね」

「グサッ ……いいもん。だって今は女の子だし」 

『あー、珠美香さんに美姫さん。そろそろおふざけな会話は終了してもらってもいいですか?」

 詩衣那の呆れた声が、珠美香と美姫の会話を制止する。

「すみませんっ! ほら、お兄ちゃん。魔力のコントロールは任せたから、後は頼んだわよっ!!」

 珠美香は、恥ずかしさを隠そうとして大声を出すと同時に下半身をもぞもぞとさせる。恐らく何かのポジションの具合が悪かったのだろう。

「了~解っ♪ じゃあ珠美香はナニの制御の方をよろしくね」

「ちょっ、何を言ってるのよっ!」

「ナニの話ですが、何か?」

 外見上、女の子にしか見えない完全無欠な男の娘である珠美香は、赤面するとかなり可愛い。それを知ってる美姫は、ことあるごとに珠美香をからかって遊んでいるのであるが、さすがに現在の状況はそんなおふざけをするには状況が悪すぎた。

『美姫さんっ! いい加減にしないと本当に怒りますよっ!!』

 とうとう詩衣那の怒りが爆発したのであった。普段、怒りそうにもないような温厚な詩衣那に怒鳴られてしまっては、美姫としても首をすくめてその怒りが通りすぎるのを待つしかない。

「詩衣那さん、ごめんなさい。真面目にやりますからっ! ええと、受け取った魔力を使って召喚対象を確認……、妖精世界の妖精たちと元妖精の人間たちに召喚された各種魔法生物? それから……」

 詩衣那にこれ以上怒られては大変と、美姫は少々焦りながら召喚対象者たちの確認を始める。同じく珠美香も詩衣那の怒りの矛先が向いては堪らないと、黙々と感じとれる全ての魔力と同調し、更には共鳴状態を維持し、統合された魔力の制御を美姫に委ねていく。

 しかし怪我の功名とでも言えば良いのだろうか? ふたりの集中力がいつになく高まったことにより、珠美香と美姫の魔力の同調状態は今までになく高いレベルで安定することになったのだった。



「白竜王吹雪さん、どうです。珠美香君と美姫君は上手くやれそうですか?」

 一方ここは管制室である。責任者である剣持道彦主任は、あいかわらずの白いジャージ姿の白竜王吹雪と真剣な面持ちで会話をしていた。

「そうさのう。召喚の術式はまったくもって非効率的なままじゃが、パワーは文句なしじゃな。まあ85点というところかのう」

 モニターに映る珠美香と美姫の姿を目にしつつ、ついでにモニターの前に座る加賀詩衣那の後ろ姿を堪能しつつ、白竜王吹雪は一応の合格点を出す。

「それではパワーで押し切れば何とかなると?」

「うむ、魔力を増幅するブースターの性能もさることながら、珠美香さんの同調・共鳴能力もすごいからのう。本来なら妖精世界の秋津島皇国の皇族に数世代置きに発現する能力のはずじゃが、人間の珠美香さんに発現したこともさることながら、その能力を見事に使いこなしておる」

「キャンセラーのデータ通信機能といった機械の補助を受けているとはいえ、日本全国の妖精たちや一部の人間たちとも魔力同調し、共鳴させつつ統合運用していますからね」

「そうじゃのう、ついでに言うなら、珠美香さんはワシの魔力とも同調・共鳴状態を維持しておるよ。ほれ、結菜ちゃんも、ピイちゃんも感じるじゃろ?」

 白竜王吹雪はその横にある机の上に置かれたクッションに座るトンボ羽をした妖精の幼女である老田結菜とドラゴンバタフライのピイちゃんに問いかけた。

「うんっ! 珠美香お兄ちゃんとちいさいお母さんと繋がったのを感じるよ。なんだかあったかい感じがするのっ!!」

 元気が良い結菜。その手には食べかけのかじられたクッキーがある。もちろん人間サイズだから1枚で十分だ。

「ピイ、ピーイ、ピイッ!!」

 一方、ピイちゃんはシャリシャリと齧っていたリンゴから口を離し、高らかに返事をする。

「ピイちゃんも、珠美香お兄ちゃんとちいさいお母さんと繋がったのを感じるって言ってるよ」

「結菜ちゃん、ピイちゃんの言葉が分かるのかい?」

 剣持主任は少々驚きの声を上げる。

「うーんとね。分かるっていうか、なんとなくそうだろうなって感じるっていうか。でも間違いないよ」

「ほっほっほっ、ま、ピイちゃんは結菜ちゃんに召喚された召喚獣という扱いになるわけじゃからして、なんとなく心が通じ合うというのもあり得る話じゃろうなあ。見たところ幼竜のピイちゃんよりも結菜ちゃんのほうがまだまだ魔力は強そうじゃからな」

「うーむ、そういうものなのですか」

「うむ、そういうものじゃ」

 魔法に関しては剣持主任の知識も及ばないことなので、なんとなく納得できるようなできないような微妙な気持ちになってしまう。

「それでは話を戻して、珠美香君が同調・共鳴状態に持って行って、美姫君にコントロールを任せている魔力のパワーに関しては、問題ないということですね」

「それなんじゃが、一点だけ懸念が無いことも無い」

 真っ白なあご髭を撫でつつ、白竜王吹雪は静かにそう言った。

「……と、言いますと?」

 懸念があることを言ってから、そのまま黙ってしまった白竜王吹雪に対して、剣持主任はその先を促した。

「強すぎるんじゃよ。想定通りに召喚が行えるのなら問題ないのじゃが、もしも万が一にも想定外のことが起こった場合、強すぎる魔力がどのように暴走するか想像もつかん。ただ、ワシには結果的に大勢の者が幸せになる未来しか感じ取れんからのう。そうは心配しとらんよ」

「そう言えば白竜王吹雪さんは『確率を少しだけ幸運の方向に操作する魔法が得意』だと報告を受けていますが、やはり未来予知とかが出来たりするんですか?」

「いや、具体的なことは何も分からん。ただ単に、なんとなく幸せになりそうか、そうでないかということだけが分かるんじゃ」

「……想定外のことが起きないように祈りましょう」

 そして一同はモニターのほうを注視するのだった。



 さてその頃、妖精世界側の地球では秋津島皇国の首都である皇都天那こうと あまなの上空にて、デウカリオン号が機械たちの巨大船、否、巨大な輸送機の群れと対峙していた。

 妖精たちの世界には航空機という存在が無いが故に、輸送機のことを空飛ぶ巨大船と表現していたのだ。

 そして理由は不明だが輸送機そのものも含め、そこから降下してきた機械たちは今までのものとは違い、【妖精たちの魔法を阻害する何かを発していない】、もしくは【発していても極めて微弱】であった。

 そこで妖精たちはその魔法を以て機械たちを迎撃していたのだが、さすがにブースターによって増幅されていない通常威力の魔法では、高速で皇都上空を飛び回る輸送機の群れに対して有効な攻撃を与えることはできなかった。

 攻撃魔法そのものの射程とスピードの問題もあるが、輸送機には攻撃魔法を回避するのに必要な速度と十分な迎撃手段が存在したからだ。輸送機の機体表面には人間世界の機銃に相当する武器であるパルスビーム兵器とおぼしきものが各所に設置されていた。パルスビームが炎弾や雷撃等に当たると衝撃波を発してその軌道をそらしてしまうので、飽和攻撃でもしない限り輸送機を撃破することは難しい。

 結果として軍人を含む一般の妖精たちは、妖精たちを生きたまま捕獲しようとしてくる比較的小型の機械たちを迎撃するに留まることになる。その対象は輸送機から降下してきた地上歩行型の機械たちと、さらにそこから発進したドローンのように飛行する機械たちだった。

 何故だか理由は不明なものの今までと違い、それらの機械たちに近づいても魔法の発動は阻害されないので、妖精たちはそれぞれが得意とする召喚魔法により、電撃や炎、氷や岩石、あるいはそれらが混合したものを使って機械たちを破壊もしくは動作不能にしていっていた。

 もちろん人間の体となった元妖精の人間たちも武器を手に取り、対処可能な相手を迎撃していく。いわゆる打撃系の武器であるメイスを使われて比較的弱い箇所である脚部を攻撃された機械は歩行困難となりその場でうずくまる。そこを更に攻撃して動作不良にまで追い込んでいく筋肉系の人間たち。

 更には少数しか居ないものの、人間世界側、具体的には加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班、通称【魔法研究所】から召喚して取り寄せたキャンセラーを身に着けた人間たちならそれなりに魔法を使うこともできるので、魔法と武器をうまい具合に使い分けて機械たちを撃破していく猛者もいた。

 剣に召喚した雷をまとわりつかせつつ機械たちを切りつける女戦士や、同じく剣そのものが炎と化しているまるでプラズマソードのような剣で機械たちを文字通り破壊していく軍人らしき男。

 ついでに従来通りの攻撃手段である爆薬を手りゅう弾のように使用している者もいたりする。召喚した風に乗せ、器用に爆薬を機械たちに当てるといった離れ業を使う女性。

 そしてそれほどではないにしても雷撃や炎弾や氷弾といった遠距離攻撃手段により、空飛ぶ機械たちを迎撃する妖精や人間たちもいる。

 それだけを聞くと妖精と人間たちが優勢であるかのように誤解されるかもしれないが、基本的に妖精と人間たちは機械たちに押されている立場であり、劣勢に立たされていた。原因は単純。多勢に無勢である。

 皇都天那こうと あまな上空に滞空する機械たちの輸送機の群れから、休むことなく降下し続ける歩行型の機械たち。機械たちを降下させた後、中央大陸方向へと去っていく輸送機と入れ替わりで新たな輸送機が飛来してくる状況では、いくら降下してきた機械たちを倒しても倒しても数が減っていかないのは道理だ。

 その均衡状態を崩すには機械たちを降下させる前の段階の輸送機たちを攻撃する必要があったが、それを可能とする戦力は、デウカリオン号しか存在しなかった。



「次、2時の方向に転進っ! 前方の敵巨大船に向け、突風および雷撃を召喚。3、2、1、召喚っ!」

 デウカリオン号では、戦闘経験豊富なダニイル隊長指揮の元、船全体が戦闘態勢を取っていた。

 操縦担当のマルナは本来は低速にて運用するのが基本のデウカリオン号を、出せる限りの高速にて縦横無尽に操縦して輸送船からの遠距離攻撃をするりするりとかわしていく。その動きはまるで空中を泳ぐイルカのようだった。

 エラおよびアルナはそれぞれが突風と雷撃を召喚していた。突風にて輸送機の体勢を崩し、そこに雷撃を当てる。そのコンビネーションは今までよく輸送機を迎撃することが出来ていた。更には妖精の侍女たちも微力ながら攻撃に参加していたし、元妖精の人間たちはデウカリオン号のダメージコントロールにあたっていた。ともかく全力である。

「よおし、いいぞ。これ以上、敵巨大船を皇都に近づけさせるなっ!!」

 さきほどからいったい何機の輸送機を撃墜しただろうか。既に落ちた輸送機により地上では森林火災が発生しているところもある。皇都周辺にてこれ以上火災を出すのはまずいが、機械たちの皇都への降下を許すのはもっとまずい。

 皆、ここが正念場と思い全力を出していたのだが、船内において唯一、いやただふたりだけ、戦闘に参加していない者がいる。言うまでもなく皇女エルフィンと、妊婦さんであるアヒカルだ。ふたりは戦況を見守ることしかできないでいた。

「……みなさん、頑張ってください」

「姫様、海斗さんは、『人間世界側でも何とかして私たちを助ける』と言っていました。今は自分たちが出来ることをしつつ、助けを待ちましょう。なんといっても伝説の人間たちですからね。私たちが思いもよらない手段で助けてくれるかもしれませんし」

「そうですね。今はとにかくできることをしなくては。……ハッ!? こ、これは!!」

 アヒカルと会話していたエルフィンは、唐突に顔をこわばらせると、何かを確認するようにその魔力を展開した。きらめく光が立体的な魔法陣となり、エルフィンの周囲を彩っていく。

「姫様、もしかして……」

「そうです、この波動、珠美香さんと美姫さんに間違いありません。しかも魔力の同調状態は今までになく安定しています。これなら、今ならば、大脱出計画を遂行できますっ!」

 大声を上げたエルフィンは、大急ぎで珠美香と美姫が魔力同調および共鳴しているところに、更に自分の魔力を同調・共鳴させるべく精神を集中する。

 それが、白竜王吹雪が唯一懸念した想定外の出来事のひとつとなることに気づかないまま。



「……妖精世界の召喚対象の存在をすべて確認。って、あれ? ねえ、珠美香。妖精世界側の召喚対象の妖精や人間たちの魔力がひとつに繋がり出しているような気がするんだけど、どう思う」

「……」

 珠美香からの返事がない。不思議に思った美姫が珠美香のほうを見ると、珠美香は恍惚的な表情を浮かべ、トランス状態となっていた。

「珠美香っ!! うわっ、妖精世界から魔力がっ! なにこれっ!? ま、魔力が流れ込んで、しょ、召喚魔法が、暴走するっ!!」

 この時に起こった出来事は、当事者には何が何だか分からないものだったが、唯一、白竜王吹雪だけが事態に対処することが出来た。

「まずいっ! このままではぶつかるっ!!」

 焦った声を上げ、白竜王吹雪は周囲に被害が出るのを気にすることなく、人間形態である感情体から、ドラゴン本体の体へと転じると、管制室の壁を内側からぶち破り、上空へ、否、成層圏を抜け宇宙空間へとその身を上昇させていった。

 さて、この時に何が起きていたのだろうか。後日の検証により判明した出来事を記しておきたい。

 妖精世界側から珠美香と美姫の魔力に同調・共鳴状態を上乗せしたエルフィン皇女であったのだが、その制御を握ることが出来なかったのが、想定外の第一であった。

 人間世界側の珠美香は魔力の同調と共鳴において機械的な補助を受けていた上に、ホワイトドラゴンである白龍王吹雪ともその魔力を同調・共鳴させていたのだ。パワーにおいてエルフィンを圧倒していたのだ。

 そこで第二の想定外であるが、珠美香の同調・共鳴能力はエルフィンを通じて世界を超え、妖精世界側の妖精たちの魔力とも同調・共鳴してしまったのだ。

 そのパワーはエルフィンの魔力を容易く飲み込み、エルフィンの能力が珠美香により世界を越えて遠隔で発動させられ、珠美香の能力が主導する形で秋津島皇国に住むほぼすべての妖精たちの魔力が同調・共鳴状態に持っていかれる。

 そしてその結果……。

「……ま、魔力の流出が止まらないっ!」

 エルフィンを通じて、膨大な魔力が珠美香へと流れていく。その魔力のコントロールは美姫へと託されているので、トランス状態に陥っている珠美香から自動的に美姫へと流れていくことになる。

 そして、美姫が発動させようとしていた召喚魔法は暴走した。

 妖精世界の地球そのものとその衛星である月がセットで召喚されたのだった。過剰すぎる魔力が生んだ奇跡という名の必然であった。

 しかし人間世界の地球の直近に妖精世界側の地球と月が召喚されてしまえば、それは破滅しか呼ばない。お互いの重力で砕け散り、ひとつの大きな惑星になってしまうことだろう。

 それを察知した白竜王吹雪は、召喚先の宙域へと龍の姿で飛び、己が得意とする魔法を全力で展開する。その魔法とは、【確率を少しだけ幸運の方向に操作する魔法】である。しかし今回の場合、そのパワーが違っていた。

 白竜王吹雪もまた、その魔力が珠美香により同調・共鳴状態に置かれていたのであるからして、彼ほどの大きな魔力があれば、同調・共鳴状態に置かれた膨大な魔力を自分の意思で使うことも可能であった。

 そして、あらゆる幸運な状況が連続して召喚されることにより、妖精世界側の地球と月は、人間世界側の地球からおよそ200万Kmの宙域に座することになった。

 しかしその代償として白竜王吹雪はふたつの地球のちょうど中間地点から移動できないことになっただけではなく、身動きひとつできなくなったのだ。

 なぜそうなったのかは知らない。部外者に分かるのは、単なる結果だけだ。ともかく妖精世界の地球における機械たちからの侵略から逃げるために妖精世界の妖精たちによって計画された、『大脱出計画』は、『大脱出計画【改】』として実現したのだが、計画とは大きく違ってしまった。

 その地球、大地ごと召喚されたが故に、機械たちもまた付いてきてしまったのだ。状況は同じである。……というわけでは無かった。



「う、う~ん。……あれ、ここは?」

 美姫は前後の記憶がない状態で目を覚ますことになった。さすがに妖精サイズの部屋に置かれたベッドに寝ていることは分かるが、頭が寝ぼけているのですぐにはどこだか分からない。しかしどこか見覚えがあるような気もする。

 布団の中に横たわったまま、美姫がどうしたものかと考えていると、そこに海斗がやって来た。

「あっ、ようやく目を覚ましたんだね。良かった」

「海斗さん、ええと、状況が見えないんだけど……」

 ベッドに寝たまま、美姫が尋ねる。海斗との仲は、けっこう遠慮のない付き合いをしているので、これはこれで有りである。

「とりあえず簡単に説明するけど、美姫さんは丸一日気を失っていたんだよ。ああ、そうそう、珠美香さんもついさっき目を覚ましたところ。その点は安心していいから」

「そうか、丸一日も……」

「そう、そして現在、妖精世界の地球の機械たちは、その機能を停止しているらしい。そのうち再起動するんじゃないかって剣持主任は言っているけど、とにかく時間が稼げたのは確実かな」

「じゃあ、とりあえず一安心ってことでいいの?」

「安心はできないけどね。詳しくは剣持主任に聞いてほしい。それから……」

 そこで海斗は言葉を選びながら言うのだった。

「……布団から出るときは注意したほうがいいよ。今の美姫さん、上半身裸だから」

「なにそれ? 上半身裸だろうとなんだろうと、私のような貧乳は誰に見せたって大丈夫だから。ハハハ……」

 自虐的な笑いを浮かべつつ、美姫はのろのろと布団をはねのけ、上半身を起こしたのだが、胸のあたりにかかる荷重が、いつもと違うことに気が付いた。

「あ、美姫さん、ちょっと、まずいから」

 何がまずいのかを言わずに、海斗は美姫に背を向ける。

「え、ええっ、ええーーーーっ!? なにこれ!!」

 美姫の胸に揺れるのは、昨日まではささやかだったはずのおっぱいだった。今は爆乳といっても良い程の大きさの、まぎれもないおっぱい。

「うそっ! なんで私の胸がこんなにもおっきくなってるのっ!?」

 妖精の女の子にチェンジリングしてから1年半以上。美姫は初めておっぱいの重さを知ったのだった。


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