第二地球圏物語 前史
It is historical in front of The second Earth area story
妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール
作:紅衣北人 / ジャージレッド
第26話 まさかの大召喚?
「ええい、機械たちが空を飛ぶだなんて、聞いたことが無いぞっ!!」
「ダニイル隊長、落ち着いて下さい。人間世界では空を飛ぶのに機械を使っているのは知っての通りです。単に今まで私たちがこちらの世界で空飛ぶ機械たちを目撃していなかったというだけなのでしょう」
船外後方を映し出すモニターの映像を見つつ、デウカリオン号における元妖精の人間たちを束ねる護衛部隊隊長のダニイルは悪態をついていた。そしてそのダニイルを落ち着かせようとして、エルフィンは努めて冷静に事実を述べたのだった。
「まあ、姫様の仰る通りなんですがね。こうも数が多いと……」
デウカリオン号の後方を映し出すモニターに、ちらりと目をやると、ダニイルは改めてブリッジに備え付けられた機器の動作を確認する。今やデウカリオン号の機能の心臓部であるキャンセラーやブースター、そしてそれらを動かす発電装置といった各種機器だけが、彼らの命綱であった。
「予備のブースターをすべて起動しなさい。速度を上げてこの場を離脱しますっ!」
デウカリオン号の船長でもあり、女大魔導師とも呼ばれる老妖精エラの声が飛ぶ。
「了解しましたっ! ……と、言いたいところですが、エラ様。すでに蓄電容量がレッドゾーンです。太陽電池パネルからの電力供給も、まもなく日が暮れますので止まってしまいます。この状況で船内すべてのブースターを全力運転しますと、もって30分が限度かと」
ダニイルは先程から確認していたメーターに再度目をやると、船を指揮するエラの命令に対して問題点を指摘した。間の悪いことにここ数日の悪天候続きにより、もともと蓄電容量が低下していたのだ。空飛ぶ機械たちの襲撃から逃れるために既に正副二系統のブースターを全力で稼働させている現状で、更に予備のブースターも全て全力運転するとなれば、あっという間に電力がつきてしまうのは当たり前だった。
「構いません。とりあえず数分の時間的余裕があれば手はあります。それにいざとなったら燃料電池およびガソリンエンジンによる発電機の使用も許可します。一時的に船の指揮を任せますから、今は空飛ぶ機械たちから離れることだけを考えなさい。」
「了解しました。……機関室へ通達。予備のブースターも含め、すべてのブースターを全力運転するぞ。発電機使用の準備をしろ。燃料電池とガソリンエンジンの両方だ。いいか、マニュアル通りにやれば間違いない。ゆっくりでもいいから確実に操作しろ」
護衛部隊の隊長ダニイルは、とりあえずエラには何か策があるということで己を納得させ、命令に従うことにした。船内電話を使って機関室へと指示を飛ばす。
ちなみに護衛部隊と名前がついているが、彼らは護衛任務だけをこなしている訳ではない。むしろ護衛任務は仕事内容の極一部であり、仕事の大半は船内に備え付けられた人間サイズの各種機器の操作や、清掃までも含むメンテナンス作業に当てられていた。
その際に大きく役立ったのが、イラストが主体となり簡略化された各種マニュアルであった。加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班、通称【魔法研究所】のスタッフたちは、言語が違うから無駄になるだろうと思いつつも、分かりやすく簡略化されたマニュアルを用意していたのだ。
まあ、妖精世界側の秋津島皇国で話されている秋津島語はほぼ日本語と同じなので、無駄になるどころか、もしもこれらのマニュアルが無ければ、妖精たちがデウカリオン号を運用するにあたって、もっと時間がかかっていたことだろうことは想像に難くない。
「飛行型機械、前方からも来ますっ!」
現在のデウカリオン号の操船をメインで担当していたのは、エラの双子の弟子のひとり、姉のマルナである。念話、つまりは脳内情報を召喚魔法によりやり取りする術に長けている妖精である。
対して妹のアルナは副操縦席にて、速力アップの為に姉の魔力に自分の魔力を上乗せしていた。
今、デウカリオン号を外部から見ると、二対四枚のトンボ型のような光の羽が二組、計八枚の羽が左右に伸び、素早く羽ばたいているのが見えたことだろう。
さて、というわけでマルナが進行方向から飛んでくる機械を発見して短く叫ぶと同時に船の進路を傾けて前方から飛来してきた機械たちを大きく避け、後方に置き去りにする。
しかしその中の数台の機械たちは、デウカリオン号の進路変更に合わせて衝突コースを取ることに成功する。そして、自爆攻撃を仕掛けてきた。
それら機械たちがデウカリオン号の据え置き型キャンセラーの有効範囲内、すなわち魔法の効力圏内に入ってきたことを見て取ったマルナは、とっさに電撃を召喚して機械たちを迎撃する。
機械たちは電撃を受け、デウカリオン号から数十メートルといった至近距離にて爆発四散する。
爆発の規模そのものは大きくはないので、衝撃波が船自体を損傷させることはない。但し既に機械たちによる自爆特攻を数度にわたり許しているデウカリオン号は、その外壁に設置された太陽電池パネルに付着した爆発による煤により、微妙に発電能力を低下させているのは否めない。
一方、デウカリオン号とすれ違った機械たちは、後方で急旋回し、デウカリオン号を後方から追いかけていた機械たちと合流した。既に追跡してくる機械たちによって、後方の景色は黒くなりだしていた。
機械たちは作業用の手が付いたドローンのような形状をしており、プロペラによる浮上および推進をしているのだが、速度はそれなりに速く、デウカリオン号と機械たちの距離はじわじわと縮まっていた。
「機械たちが7分に、空が3分か……」
どこかで聞いたようなセリフをつぶやくダニイル隊長。
そしてその場では何も出来ずに、ただ隣り合うシートに座り手を握り合っていたエルフィンとアヒカルの顔には、冷や汗が見てとれただが、そのエルフィンの顔の高さに高度を合わせつつ、エラが飛んで来た。
「エルフィン様、どうやら本船における最大の任務は失敗に終わったようです」
「機械たちの主人たる異星人たちとのコンタクトですね」
内心の恐怖を押し殺し、その場における最高責任者としての威厳を取り繕いつつ落ち着いた声でしゃべろうとするエルフィンだったが、小刻みに震える手がその努力を台無しにしていた。
「ええ、まさか一番心配していた結果になろうとは……。こと、ここに至っては撤退もやむなしです。本国に召喚脱出の手配を要請したいのですが、御許可いただけますか?」
おそらくこうなるだろうと予想がついていたエルフィンは驚くことはなかった。しかし、元近衛騎士であったアヒカルの意見も知りたくて、エラの問いに答える前に、まずはすっかり身重のお母さんと化したアヒカルに目を向けたのだった。
「エルフィン様、私もエラ様の意見に同意したいと思います」
アヒカルも覚悟をしていたのだろう。エルフィンの視線をまっすぐに受け止めると、誤解のしようがない言葉でエルフィンに自分の意見を述べた。
「良いでしょう。本国へ召喚脱出を要請する念話を行ってください」
エルフィンの言葉を受け取ると、エラは頭を下げ一礼し、デウカリオン号の奥に設置された念話室へと向かうのだった。
「それから、アヒカルさん。あなたは現状を人間世界側に報告し、何か今後に向けてできることがないか、協議をしてみてください。まもなく夜になりますが、夢幻界を通じたコンタクトをする時間まではまだ間が有ります。これから私が出来る限り今日の出来事を詳細に思い出し、あなたに話しますから、その上で簡潔にまとめたレポートを提出してください。私もそれを確認します」
「はい。姫様の仰せのままに」
アヒカルが頭を下げた時、既にエルフィンの手の震えは止まっていた。成すべきことを成す。それを見つけたが故に。
さて、いったいデウカリオン号を取り巻く今の状況はどのようにしてそうなったのであろうか? それを説明したいと思う。それは太陽が中天に差し掛かろうとしていた頃であった。まだ半日前のことだ。
人間世界で言うところのカスピ海から西進しトルコ半島に至ったデウカリオン号は、目的地である中央大陸の西端、つまりはヨーロッパ地区へと飛行を続けていた。そして機械たちは空を行くデウカリオン号に対して関心が無いどころか、その存在自体を認識していないかのごとくの反応、つまりは無反応を貫いていた。
動きがあったのはトルコ半島を離れてエーゲ海を渡り、人間世界側ではギリシャと呼ばれる地へと上陸したところであった。
その日も、デウカリオン号の上部に作られていた小さな甲板にて外を眺めていたエルフィンは、遠くに見える山の頂に、特徴的なシルエットを見つけたのだった。
アヒカルを通じて人間世界の情報をよく聞いていたエルフィンは、すぐにそれが何であるかを悟ることが出来た。
天を向いている金属製のお椀型の構造物。それこそデウカリオン号が探し求めていた通信施設、それも宇宙の彼方からやって来る機械たちの主人たる異星人の移民船団と通信をするために作られたであろう深宇宙通信用の施設であろうと。
「エラ様、あれは、人間世界の人間たちが言っているパラボラアンテナじゃないのかしら?」
すぐさまブリッジに降りたエルフィンは、そこに居たエラに、今、発見したものを報告したのだった。
その後、デウカリオン号における最高責任者である皇女のエルフィン。船長のエラ、そして護衛役としてエラの弟子で攻撃魔法が得意なアルナ、元妖精の人間であるダニイルとその部下三名が施設の内部へと侵入することになった。
デウカリオン号そのものは施設のパラボラアンテナが向いている方向とは逆の位置にて、地面から十数メートルの高度で待機していた。操縦しているのはアルナの双子の姉のマルナである。
ちなみにアヒカルは身重ということもあり、残留組となっていた。
さて、通信所だと思われる施設への調査を行う一行は、デウカリオン号に搭載されていた小型艇にて地面に降りると、施設の前にある空き地に着陸した。空き地の回りはまばらな木々に囲まれており、その中を一本の舗装された道が麓へと伸びていた。
「……やはりこの施設にも鍵はかかっていないようですね」
「機械たち以外に出入りする者はいないわけだからな。鍵をかけておく必要がないのだろう」
ダニイルの部下である女性が施設の扉を開け素早く中を見渡し危険が無いことを確認すると、まずは自分が施設の中へと歩を進めた。その後にダニイル、エルフィン、そしてエラとマルナが続き、ダニイルの残りの部下の男性二人が後方の警戒をしつつ入って来た。
防犯設備の類に邪魔をされることなく、一行は施設内部を探索すると、やがて通信室らしき部屋を発見することが出来た。
その部屋の中央には巨大なモニターがあり、その前には操作卓らしきものが並んでいる。デウカリオン号にも、船外へ音声を使った放送を行うことが出来る設備があるが、そこにあるようなマイクやヘッドホンのセットが確認できるので、通信設備に間違いがないだろうと推測された。
一行はどうにかして電源を入れて捜査が出来ないだろうかと、危険は承知の上で、ダニイル隊長とその部下三名が、あちこちにあるスイッチをいじっていた。エルフィンとエラは彼らの後方に控えてその作業を見守っている。
一方、機械を操作するにはちょっと体のサイズが問題である妖精のアルナは、ダニイル達が操作しようと頑張っている巨大なモニターとは別な機器を見て回ることにした。中央のモニター以外にも、部屋の周囲にも機械が並び、操作パネルやモニターらしきものもついていたからだ。
「ふうむ。部屋の灯りは点くことから、電源は来ているはずなんだが……」
思わず独り言を言うダニイル隊長。操作できそうなスイッチはすべて触ってみたのだが、電灯が点いた以外の反応は何もない。
「何か、パスワードとか、あちらの世界の人間たちが言うところの指紋認証とか、そういったものが必要なんでしょうか?」
エルフィンは、何か役に立つのではないかと、アヒカルから聞いた知識を披露してみる。
「その場合、異星人たち自身がこの施設に入ってこないと、施設が使えないということになるわね。さて、どうしたものかしら」
異星人と通信機を介して接触する為には、まずは生身の異星人にこの施設に入ってもらう必要があるという事実(?)に、エラは軽いめまいを覚えた。秋津島皇国からはるばる中央大陸を横断してきた結果がこれでは、あまりにも徒労感がひどすぎる。
しかし、その沈滞した空気を切り裂く声がした。アルナである。
「見てくださいっ! あのモニター、誰かが映っていますっ!!」
部屋の片隅にてアルナの指先が示す先を注目した一行は、比較的小さなモニターに映る人影を見ることが出来た。あわてて、その小さなモニターの周りに集まった彼らは、スピーカーからも音声が流れているのを耳にすることが出来たのだが……。
『&(#=%~~(%)#|*)&=$#=))'%=%$#"'』
聞いたこともない意味不明な言葉であった。しかし双方向での通信が確立しているのだろう。モニターの前に集合した妖精たち一行が、モニター脇にあるカメラで捉えられ、その映像を向こうでも見ているのか、モニターの中の異星人はこちら側を指さしつつ、モニターに映る範囲外を向くと誰かを手招きしていた。
ちなみにタイムラグの無い双方向での通信が成り立っているということは、異星人たちの移民船団もしくは先行船が既に妖精世界の地球にやってきているか、それとも電波に依らない何らかの超光速通信が成立しているかのどちらかなのだが、現状でそのことを気にする者は居なかった。念話による通信しか知らなかった妖精たちに、電波による光速度限界のある通信のことを気にしろというのが無理だろう。
はたしてモニターの中に映る人物(?)はふたりになったが、そのふたりはモニターのこちら側を指さしながら、なにやら喋っているようだ。その姿は宇宙服のようなものに覆われており、頭部も遮光ヘルメットに遮られてその顔はハッキリとはしないが、微妙にそのシルエットは人間とは違うラインを描いているように思えた。
「おい、アルナっ! でかしたぞっ!!」
異星人たちと初めて接触出来たことに対して興奮したダニイル隊長が、空中で羽ばたきながらホバリングするアルナをわしづかみにすると、その頭をぐりぐりと撫でた。人間と妖精の体格差からして性的な意味は全くない。……ないはずであるので、純粋な喜びの表現なのだろうが、わしづかみにするダニイル隊長の左手に伝わるアルナの柔らかな肉の感触は、まあ、そういうこともあるかもしれない。
「ちょ、やめてください。ダニイル隊長」
どことなく背筋が寒くなるような感触を覚えたアルナは、ダニイル隊長の左手から体をよじらせて逃れようとする。
「はっ、はっ、はっ、遠慮するな」
「……」
悪気の無い(?)笑顔を浮かべるダニイルと、無言のままジト目でダニイルを見るアルナ。見られたダニイルは徐々にアルナの気迫に押されてその手を緩めると、ついには離した。……かと思うと、空中にて自由になったアルナを再度わしづかみにするのだった。
「ふっ、油断大敵だぞ、アルナ」
「もう、おふざけがすぎますよ。ダニイル隊長っ!」
目が、声が、そして放出寸前の魔力が本気マジであるのを感じたダニイルは、慌てつつも威厳を無理に取り繕いつつ言い訳をし始めた。
「いや、すまん、すまん。もしかするとこれで長きに渡った機械たちとの戦いも終わるかもしれないかと思うと嬉しくてな」
「まあ、それには同意しますけど」
そんなやり取りをしつつ、ダニイルはアルナから手を放したのであるが、その一連のやり取りを見ていた異星人たちには何か強烈な印象を与えたらしい。
モニターの中に映る宇宙服らしきものを来たふたりの異星人は、ダニイルとアルナを指さしながら、なにやらお互いに激しく言葉を交わしているようだった。
さきほどから意味不明の言語による会話が聞こえてくるのだが、徐々にそのトーンが高く、早口になってきていた。
「エラ様、彼らはいったい、何を興奮しているのでしょう」
言い知れぬ不安を感じたエルフィンは、高鳴る胸を押さえながらエラに質問をした。
「分かりません。分かりませんが、どうやら彼らは先ほどのダニイル隊長とアルナとのやり取りを見て、興奮しているようですね。顔が遮光ヘルメットに覆われていて分かりにくいですが……」
エラはそこで言葉を止めると、脇に退いていたダニイルとアルナに声をかけた。
「ダニイル隊長、そしてアルナよ。先ほどのやり取りを再現しつつ、モニターの前で左右に動いてみてください」
「エラ様、先ほどのやり取りとは、私がダニイル隊長につかまれたり、放されたり、またつかまれたりということを繰り返すということですか?」
師匠であるエラの頼みでなければ、即答で拒否したい気持ち満々なアルナであった。声のトーンが氷点下に近づいている。
「なんだか分かりませんが、必要とあらばやってみましょう」
対してやる気満々なダニイル隊長。やっぱり下心が……。部下の元妖精の男性だった今人間の女性も含めて、エルフィンやエラといった女性陣のダニイルを見る目が冷たい。
そして、モニターの前を左右に動きながら、先ほどの状況を何度も再現した結果、モニターの向こうでこちらを見ている異星人は、ダニイルにわしづかみにされたり、放されたり、またつかまえられたりしているアルナを注目して、ダニイルとアルナが移動する先を目で追いつつ、身振り手振りを交えて更に何やら話し込んでいる様子であった。
その異星人たちのふるまいを見て、誰しも心に思うことが出てきた。
「間違いなく、彼らの関心を引けたようですが、いったいなぜなんでしょう」
「エルフィン様、もしかしてと思いますが、彼ら機械たちとその主人たる異星人たちは、今まで生きて動いている妖精を見たことが無かったのではないでしょうか?」
「ああっ! なるほどっ!! 機械たちに近づかれると、キャンセラーを装備していない妖精は気絶したり命を落としたりしますからね」
エラの説明を聞き、エルフィンは納得の表情を見せる。
「つまり生きて動いている妖精を彼らが認識したのは、今回が初めてなのかもしれないということです。ここに何か鍵があるのではないかと……」
エラはモニターの中に映る異星人たちから目を離さず、独り言のようにそう答えた。エラとしては、何か気になることはあるのだが、それが何なのか分からず、もどかしい気持ちを抑えきれずにいた。微妙な不安と言ってもよい。
「まあ、妖精についてはその通りなんだが、人間についてはどうなんですかね、エラ様? 人間の体は機械たちに影響を受けずに、その目の前で動き回っていたはずですが?」
ダニイルが、誰もが思う当然の疑問を口にする。
「確かに私たちは、何度も機械たちの目の前で活動してきましたが、今まで何の反応がありませんでした」
隊長の言葉を補足するように、護衛部隊の紅一点である元妖精の人間の女性もそう言った。
「姿を見たのが、異星人そのものだったか、それとも単なる機械でしかなかったかという違いでしょうか?」
エルフィンが、自分の推測を話してみる。
「……おそらくはエルフィン様が仰る通りなのでしょうが、結局のところ異星人は妖精の何を見て、こんな反応を示しているのでしょうか?」
「うーん、全くの素人考えなんですがね、もしかすると彼ら異星人も、妖精を捕まえてみたいんじゃないですかね。私が、空中にいるアルナをこうやって捕まえるのは、まあ、なんというか、それなりに楽しかったですからね」
そう言いつつ、脇を飛んでいたアルナを素早くぱっとわしづかみにする。もちろん捕まえられたアルナは、ダニイルの手から逃れようと身をよじるのだが、そこは妖精と人間の体格差である。なかなか思うようにはいかない。
「もう、ダニイル隊長っ! いい加減にしてくれないと本当に怒りますよっ!!」
そう、アルナが叫んだ時であった。室内の各所の壁がパカンと音を立てて開くと、そこから小型の空飛ぶ機械が飛び出してきたのであった。
そして空を飛ぶ機械を初めて目にした妖精と元妖精の人間たちが驚きに身を固くしていると、その空飛ぶ機械は、空中に浮かぶエラに近づくと、装着された機械の手を伸ばしてきて、エラを捕まえようとした。
「させるかっ!」
危険を察知したダニイルは、手にしていたアルナを離すと、腰の帯剣を素早く抜き、エラに迫っていた機械を強打する。
「何が何だか分かりませんが、ここは撤退すべきではないかと愚考します」
すでにダニイルの部下である元妖精の人間たちは、近づいてくる空飛ぶ機械たちを叩き落とす作業に忙殺され始めていた。
ふと気が付くと、先ほどまで異星人たちが映っていたモニターは暗くなり、何かが次のステージへと移行したことに誰もが気づくことになる。
「仕方ありません。エラ様、わたくしもダニイル隊長の意見に賛成です。早くデウカリオン号に戻りましょうっ!」
「しかしエルフィン様、もしかすると異星人たちと私たちは最悪の形でコンタクトを取ってしまったのかもしれないのです。せめてその認識だけでも改めてもらわないと……」
何かに気が付いてしまったエラは、その表情を曇らせ、さらには冷や汗までかいていた。エラが心配するのは、かの異星人たちが、妖精たちを捕獲、そして捕食の対象として認識してしまったのではないかということであった。
「もう時間がないっ! 姫様、強行突破しますっ! ついて来てくださいっ!!」
自分たちがこの部屋に入って来た扉からも空飛ぶ機械たちが数台やって来るのを見て、ダニイルは腹を据えた。もはや逃げる以外に道は無いと。ダニイルは、エルフィンの手を取りつつ剣を振るい、空飛ぶ機械たちを叩き落としつつ、建物の外へと続く通路へと飛び込んだ。
部下たちもエラやアルナを守りつつ、後に続いている。
「よし、抜けたぞっ!」
ようやく通信所から外に出た彼らは停めてあった小型艇に飛び乗ると、上空に待機しているデウカリオン号へと逃げ込んだ。
そしてその様子を見ていた空飛ぶ機械たちのうちの何台かがデウカリオン号の外壁へととりつくと、前触れも無く自爆した。爆発の規模そのものは大したことがなかったので、爆発の中心部にて太陽電池パネルの何枚かが損傷したにとどまったのだが、空飛ぶ機械たちにはデウカリオン号へ有効な攻撃を加える能力が有ることが確認されたことが大きかった。
これが、デウカリオン号が逃避行を始めたきっかけであった。
そして、時系列は冒頭の話の続きに戻る。
エラはこれまでの状況を本国へ伝えるべく、デウカリオン号の中央部に設置された念話室へと入ったのだが、ここで少し脇道にそれて、妖精たちの念話能力について解説を加えておきたい。
情報の伝達において重要なのは双方向通信である。一方的な送信、あるいは受信だけだと、その情報伝達能力は大きく制限される。しかし妖精が使える魔法は基本的に召喚魔法であるので、情報を能動的に受信するのは得意なのだが、送信、つまりは情報を送還することは意外と難しい。
生き物にしろ、物質にしろ、はたまた情報にしろ、何かを召喚する場合、その何かが何であるのかをおおよそイメージできていれば、自分が居る場所にその何かを召喚することは簡単だ。今自分が居る場所に、新たにその何かが加わるイメージが出来れば良いのだから。
それに対して送還は、送還先となる先方の状況がある程度正確に分かっていないと、送還対象となるものが座標を特定できずに迷子になってしまう可能性が非常に強くなる。つまり送還魔法を発動させること自体の難易度は召喚魔法を発動させることとほぼ同じなのだが、狙った場所に送還を成功させるということになると難易度が数段階跳ね上がるということになる。
少々強引な例えだが、ネット上のとあるサイトから何かの画像をダウンロードするのは簡単だが、見ず知らずのサイト上に自分が手元に持つとある画像を【違和感なく】挿入貼り付けするのは難しいということに似ているかもしれない。
というわけで現状のピンチを何とかする為に、デウカリオン号ごと安全圏であることが確実な秋津島皇国へと送還魔法を発動させるのは少々難しいという話になってくる。
船に乗っている全員が秋津島皇国の出身であり、秋津島皇国がどういう場所かということはみんな知っているのだが、知っているのはデウカリオン号が出発した日までのことであり、【今現在の秋津島皇国の状況】を知っているわけではないからだ。
送還魔法を間違いなく発動させるには、リアルタイムな情報が必要なのだ。リアルタイムな情報が無くては、あらぬところに対象物を送還することになってしまうかもしれない。たとえば形のある物を送る場合、送還先のその場所に何か別な物が有った場合、最悪、原子融合による核爆発が起きないとは言い切れないのだ。
それは情報を送る場合も同じである。情報は誰に対しても送れば良いというものではない。特定の相手に送ることが出来なくては、それは通信ではなく放送である。それでは秘匿性の高い情報をやり取りすることは出来ない。
そこで妖精たちは念話を行うに際して、【その場の環境を一定に保つようにしている部屋】を念話室として設定することにより念話、すなわち情報の送還を容易なものとする工夫をしている。
秋津洲皇国では、念話室における内装は標準化されており、どこの念話室であっても、同じ内装をしている。違いはその念話室に割り振られた識別番号のみである。
念話室は石造りの何もない部屋、もちろん妖精サイズの大きさの部屋であるが、その部屋の中央にベッドが一台、備え付けられている。ベッドの形も色も、シーツの色や柄すら標準化されており、秋津洲皇国内の念話室であれば、どこの念話室であろうと、全く見た目の違いはない。
エラは中央に設置されたベッドに横たわると、体の感覚をできる限り遮断し、念話魔法、すなわち脳内情報を皇都天那こうと・あまなにおける念話交換局へと送るのであった。
(……こちら探査船デウカリオン号の船長のエラです。識別番号は、DE00011です。皇都天那こうと・あまな、応答願います)
通常、外から皇都に対して念話を送ると、念話交換局が相手をし、例えば『DE00011了解。空きの念話室はAA00036です。AA00036に向けて念話をお送りください』といったように案内が来ることになっている。
そうなった場合、エラは皇都天那こうと・あまなに数多ある念話室のうち、【AA00036】とナンバーを割り振られた念話室に対して念話を送り、また【AA00036】の念話室を担当する妖精がそれを受け、エラとの念話リンクを成立させるのだが、今回に限り、いつまで経っても皇都からの応答はなかったのだ。
デウカリオン号のみならず、皇都でも何か事件があったに違いないという言い知れぬ不安を感じたまま、エラは念話室を出ようとしたのだが、その時、皇都から念話による相手を特定しない一方的な緊急通信が送られてきたのであった。
『緊急っ! 緊急っ! 皇都天那こうと・あまな上空に機械たちの巨大船が来襲っ!! その中から空飛ぶ機械たちが続々と降下中。なお、機械たち特有の妖精たちに悪影響を与える波動は極めて微弱っ! 機械たちが近くによってきても妖精は気を失うことはない。しかし機械たちは妖精たちを見つけ次第捕獲しているとのこと。くりかえす。緊急っ! 緊急っ! 皇都……』
『さて、それでは我々主導による大脱出計画、大脱出計画【改】を発動してみようか? 準備はいいかい? 美姫君に珠美香君?』
世界と場所は変わり、ここは人間世界の地球、日本国は名古屋市にある加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班、通称【魔法研究所】、そこに新規で建造された建物の中で、美姫と珠美香は数十台の設置型の大型ブースターに囲まれたまま、スピーカーから流れる剣持主任のどこか軽い声を聞いていた。まあ、あまりにも重い声で話しかけられても緊張してしまうから、それはそれで良いのだろうが……。
「準備OKですよ。私もお兄ちゃんも、やる気満々ですからっ♪」
「そうそう、だから何とかなるから、というか何とかするから、海斗さんも元気だしてよね」
『ありがとう、珠美香さん、美姫さん』
妖精世界側の緊急事態な事情を聞いてから、海斗は落ち込んでいた。気力で無理矢理動いているという感じで、見ていて痛々しい程だ。それもあり、剣持主任をはじめ、珠美香や美姫も必要以上に明るく振舞って海斗を元気づけようとしていたりする。
「まあ、ワシもサポートするから、何とかなるじゃろう。白竜王吹雪の実力、みせてやろうぞ」
珠美香と美姫の側には、妖精たちが立案した大脱出計画を人間世界側から主導して行うにあたって不測の事態が起きた時の為に、ドラゴンである白竜王吹雪もスタンバイしていたのだった。但し、本気を疑うのが白いジャージを着ているということだろう。珠美香と美姫が例の【なんとかスーツ】によく似たアレを着ているのとは対照的だ。
『日本全国の設置型キャンセラー及び腕輪型キャンセラーとのデータリンク完了。ほぼ98%以上のリンク率です』
オペレーター役を務める加賀詩衣那の声が続く。
『……続いて、施設内のすべてのブースターの起動を確認。連装モードにて運用しますが、この状態を維持できるのは短時間に限られます。予想ではおよそ45分っ!』
電子機器が作動する時に発する熱で、機械そのものが壊れるのが先か、大脱出計画【改】が完遂されるのが先か、時間との勝負であった。
『だ、そうだよ。というわけで珠美香君はまず美姫君と魔力の同調・共鳴状態を維持、その上でデータリンクされたキャンセラーを通じて全国に居る約90万人の妖精たちおよびキャンセラーの影響範囲内の人間たちの魔力と同調・共鳴して、その膨大な魔力を制御したまま、美姫君に魔力を流してやってくれ。そして美姫君は珠美香君からの魔力を受けたら、妖精世界側の妖精たちと元妖精の人間たちすべてを召喚するんだ』
考えてみればとんでもないことをサラリと言う、剣持主任。しかしそれだけの魔力を統合運用出来れば、妖精世界側の妖精すべてと元妖精の人間たちすべてをこちらの世界に召喚することは可能だと、当の妖精たちが言っているのだ。決してとんでもないという訳ではない。
キャンセラーとブースターにより強化増幅された珠美香の能力により美姫と同調・共鳴状態を作りあげ、そしてその上で日本全国の妖精たちの魔力が同調・共鳴していく。
そして……。
「うそっ! なんで私の胸がこんなにもおっきくなってるのっ!?」
「ちいさいお母さんが、(胸が)大きいお母さんになっちゃったっ!!」
「ピイピイ、ピイ?」
「残念ですっ! もう僕は美姫さんを愛せなくなりましたっ!!」
「やったーーっ! 雄高君、私、また女の子に戻れたんだよっ! 嬉しいっ!!」
「珠美香ちゃん、外見が変わってないんだけど、……もしかしてちっパイなのかな?」
「道彦さん、これからどうするつもりなの?」
「もちろん、あの空の向こうにあるあそこに行くだけさ。フェアリードライブなら行けないことはないからね。……白竜王吹雪さん、あなたの犠牲は無駄にはしませんよ」
「アヒカルさん、無事でいてください。必ず助けに行きます。そしてお腹の中の子供も……」
「ほほう、妖精たちを召喚しようとして、妖精世界そのものを召喚したということですか。これはこれは」
「もう、江梨子ちゃんったら、さっきからメガネがキラリン、キラリンしっぱなしだよ」
妖精たちが計画した大脱出計画は、後に、【大召喚】と呼ばれる事件へとその姿を変え現実化した。しかし当初の予定とは違って、妖精たちは機械たちの脅威から何も救われていなかった。
なぜなら妖精たちだけではなく、機械たちもまた妖精たちと一緒に召喚されてしまったからだ。彼らが居る大地、つまりは多元世界のひとつである妖精世界の地球とその衛星である月、つまりは惑星系ごと召喚されたからだ。
今、妖精世界の地球と月は、人間世界の地球と月から、約200万km離れた虚空に青き光と白き光を輝かせながら何事もないかのように浮かんでいる。
妖精たちを救う為の戦いは、むしろこれからだった。
【 第二章 完 】 第三章へと続く……
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