兄妖 25話

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It is historical in front of The second Earth area story

妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール

作:紅衣北人 / ジャージレッド



第25話 大脱出計画【改】発動ッ!?


『……美姫さん、珠美香さん。とりあえず落ち着いて何が有ったのか報告してください』

 オペレーター役を務めている加賀詩衣那の声がスピーカーから流れ、ドーム内を満たした。詩衣那もモニターで状況を見ているのは確実であるからして、その声に戸惑いが生じているのも無理もない。

「え~と、報告してと言われても、何がどうしてこうなったんでしょう?」

 一方で、加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班、通称魔法研究所の敷地内にあるドーム型施設内において、妖精世界のロボットに対する召喚魔法を発動させた美姫は途方にくれていた。美姫自身にも分からないのだから報告のしようがないのだ。

 妖精世界を絶賛侵略中の自立行動型の機械群、いわゆるロボットたちのうちの一台を召喚しようとしたのは良かったのだが、召喚魔法を発動させた結果、召喚されたのはロボットだけではなかった。

「……お兄ちゃん、いったい何を考えて召喚魔法を使ったの? 雑念が多すぎるんじゃないの?」

 今回の実験における美姫の発動する召喚魔法は、珠美香が持つ魔力の同調・共鳴能力によって発動をサポートされているのだが、最終的には連装されたブースターにより機械的に強化増幅されている。

 ちなみにブースターを使えば人間である珠美香もまた魔法を使うことができるのだが、珠美香の場合、最初はブースターのみならずキャンセラーのデータ通信機能も使い、美姫はもちろんのこと、複数の妖精たちとの魔力の同調・共鳴能力も併用しないと魔法が使用できなかった。

 その後は、魔力の同調・共鳴が美姫と成り立つだけでも魔法の使用が可能となった。

 しかしなんと魔法の使用に慣れてきた現在では、美姫との魔力の同調・共鳴状態を維持せずとも、通常使用のキャンセラーと連装状態のブースターを使用するだけで魔法の発動が可能となっている。

 人は日々進歩するものなのだ。

 そして今回の実験における珠美香の役割は、美姫が発動主体となる召喚魔法を強化増幅する為の人間ブースターというものである。機械的に魔力を増幅する装置がブースターであるのだが、珠美香が実験に参加するとしないとでは、その出力性能に大きな差が出てくるのだ。

 もちろん珠美香が参加しているほうが、出力が大幅に大きいのは言うまでもない。さすがに妖精世界の秋津島皇国の皇女エルフィンと同様の魔力の同調・共鳴能力を持っているというのは伊達ではない。

 その珠美香も現状を見て、あきれ顔しか浮かんでこなかった。

 というのもドーム内の景色はすっかり変わっていたからだ。本来ならコンクリートで覆われているだけの殺風景なドーム内部は、今は緑の牧草に覆われていた。もちろんその下には土が有るのだろう。そしてその牧草を食む一見すると小柄な牛に似た見慣れぬ数頭の生き物。

 そしてドーム中央には、黒光りする金属で出来た6足歩行をする一台のロボットが居た。大きさは人間よりもやや小さい。海斗が夢幻界にてアヒカルから聞いた話と一致する。どうやら召喚目的のロボット自体はちゃんと召喚出来たようだ。……ちょっと、いや、かなり余分なものまでも召喚されてしまったようだが。

「海斗さんから聞いた話を参考にして召喚する対象をイメージして召喚魔法を使ってみたんだけど、イメージした風景ごとロボットを召喚しちゃったみたいだね」

「お兄ちゃん、言ってもいい? ……バカじゃないの?」

「お姉ちゃんだって、言ってるのに~~~」

 まともな反論が出来なくなった美姫は、定番なセリフを言うことしかできなかった。

「そんなことよりも、お兄ちゃんっ! ロボットが動き出したわよっ!!」

「うわっ! に、逃げたほうが良いのかな?」

 召喚直後から硬直したように動かなかったロボットは、まるで再起動を果たしたかのように、というか実際に彼ら機械群のネットワークから切り離されたそのロボットはまさに再起動を果たしていたのだが、美姫と珠美香をカメラアイの視線に捉えると、ギッチョン、ギッチョンと妙な音を立てつつ近づいてきた。

「私も逃げたほうがいいと思う」

「ハハハ、やっぱり珠美香もそう思うよね。じゃあ、一気に逃げるよ。いち、にの、さんっ!!」

「しの、にの、Goッ!!」

 そしてふたりは脱兎の如く防火扉も兼ねた金属製のドアまで駆け(飛び)寄ると、まずは珠美香が重い扉を少し開ける。その隙間に美姫がするんと飛び込み、遅れて珠美香が中へと入る。そのままドーム外から扉を閉めると、ふたりは管制室へと、それぞれ歩みと飛行を進めるのだった。



「すいません、剣持主任。失敗しちゃいました。ごめんなさい」

 珠美香よりも少しだけ早く管制室へと入った美姫は、まずは今回の召喚実験の失敗を詫びた。ロボットのみを一台召喚しようとしたのに、結果的には色々と余分なものまでも召喚してしまったからだ。

「お兄ちゃんがへんなものを召喚しちゃったみたいで、ドームの内側をメチャクチャにしちゃいました」

 遅れてきた珠美香もそう言うと、ペコリと頭を下げた。

「ふ、ふふふふふ、ふぁー、はっ、はっ、はっ!! 失敗? 何が失敗なものかっ! 大成功じゃないかっ!! 」

 管制室のモニターに写し出されるドーム内の様子を凝視するように見つめ、高笑いをする剣持主任。その横では、何かを悟ったような表情の詩衣那が、美姫と珠美香を手招きする。

「何だか道彦さんの様子もおかしいし、落ち着くまで休憩室でお茶にしましょ」

 管制室内では剣持主任が『ロボットはいいっ! まずはあの生き物を捕獲しろっ!』等と、矢継ぎ早に部下たちに指示をしているのが聞こえたが、とりあえず剣持主任のことは放置しておくに限ると結論し、美姫と珠美香は、詩衣那の言葉に従い、管制室を出ることにした。

 そして管制室からさほど遠くない場所にある休憩室へと入る。そこは詩衣那や美姫と同じように研究に協力している妖精たちが、快適に過ごせるように改造されていた。

 基本は人間サイズの部屋に人間サイズのテーブルや椅子が並んでいるのだが、いくつかのテーブルの上は、妖精たちがくつろげるように妖精サイズのテーブルや椅子が並んでいたり、中には畳敷きになっているものまであった。

 詩衣那はその上が畳敷きになったたテーブルの上に降り立ち、美姫もまたそれに続いた。珠美香はというと、そのテーブルの横に通常仕様のテーブルをくっつけると、そのまま椅子に腰かけた。

 テーブルの上の畳敷きスペースの中央にはちゃぶ台と妖精サイズの座布団が数枚置かれている。そして……、そこには結菜という先客がいた。

「あっ、ちいさいお母さん、もうお仕事終わったの?」

 結菜は、飛びながら近づいてくる美姫に気が付くと大きく手を振っていたのだが、着地した美姫に対して満面の笑顔を浮かべつつそう言った。

 老田結菜、まだ5歳の妖精少女、というか幼女である。妖精で幼女なのだが、試しに『妖女』と略すと別な意味になるので略してはいけない。

 結菜は、美姫と海斗のことをそれぞれ、『ちいさいお母さん』、『お父さん』と呼んでいるが、ふたりの本当の子供でもなければ養子でもない。とある事情で美姫と海斗のふたりが面倒をみることになっており、研究所の一室を借りて生活している海斗と、長谷川家の美姫の部屋を行ったり来たりしながら生活している。

 将来的に三人の関係がどうなるのかは未定だが、今のところは戸籍上はともかく、美姫と海斗の子供扱いということで落ち着いている。妖精に関しては孤児院などもまだ用意されているわけではないので、まあ結構いいかげんなのである。



「お仕事は終わってないよ。でも中休みってところかな。……それよりも結菜。お母さん、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「なあに? ちいさいお母さん」

「結菜の後ろで結菜にじゃれついている、その子はいったい何なのかな?」

 結菜の後ろでは、西洋風のドラゴン、つまり四肢以外にも背中に羽がある子猫ほどの大きさの小さなドラゴンが、招き猫のようなポーズで結菜の背中に手を置いたり降ろしたりを繰り返し、『遊んでくれ』とじゃれているのが見えた。そして特徴的なのは、そのドラゴンの背中の羽は虹色をした蝶の羽だということだった。

「この子はねえ、ピイちゃんっていうのっ!」

 満面の笑顔で、結菜が答える。

「もしかして『ピイ』って鳴くのかな?」

「うん、そうだよ。『ピイ』って鳴くからピイちゃんっ!」

 その結菜の言葉を聞いたからか、小さなドラゴンは『ピイ、ピイ、ピーイ』と高らかに鳴いた。

「あはははは……、やっぱりそうなんだ……」

 細かいことは後で聞くとして、美姫のことを『おっぱいが小さいから、ちいさいお母さん』と呼ぶ結菜のネーミングセンスに期待をしちゃいけないと思う美姫だった。まじめに考えると、ちょっと疲れちゃいそうな気がする。

「で、詩衣那さん。この小さなドラゴンは誰が召喚したんですか?」

 おそらく召喚実験に協力している他の妖精たちの誰かが召喚したのだろうと思った美姫は、詩衣那に聞いてみた。

「誰がって、誰かしら?」

 聞かれた詩衣那も、困惑顔だ。本当に心当たりがないのだからしょうがない。

「へ? じゃあ、この小さなドラゴンはいったい……?」

「ほっほっほっ、どうやらそのドラゴンバタフライは、結菜ちゃんが召喚したようじゃな」

「白竜王吹雪さんっ!」

 休憩室の入り口から、声をかけてきたのは、なぜかジャージ姿の白竜王吹雪である。その名に違わぬようにだろうか、白いジャージに身を包んだそれは、まるでごくふつうの『じじい』だが、れっきとした本物のキングホワイトドラゴンが人化した姿であるのは信じられないが本当だ。

「どうやら珠美香さんの力も上がっておるようじゃからのう、ブースターの影響力がこの休憩室で遊んでおった結菜ちゃんにも及んだんじゃろうなあ」

「えっ、もしかして私のせいなの?」

 白竜王吹雪の言葉に驚く珠美香。いきなりそんなこと言われたら驚きもするだろう。

「いや、まあそういうことではないんじゃが、……結果的には無関係ではないということかのう」

「ええと、つまりどういうことなんでしょうか?」

「とりあえず、当事者である結菜ちゃんに聞いてみるのが良いじゃろう。ほっほっほっ」

 美姫の質問に対して、白竜王吹雪はそう答えた。確かにそれもそうだということで、美姫は結菜に顔を近づけ、なるべく優しい声で問いかけた。

「ね、結菜、白竜王吹雪さんが言うように、ピイちゃんは本当に結菜が召喚したのかな?」

「うん、そうだよっ! 『私も、ちいさいお母さんみたいにドラゴンさんを召喚してみたい』って吹雪のおじいさんに言ったら、『お母さんがお仕事をしている時なら、ドラゴンを召喚できるかどうかは分からないけど、何かを召喚することはできるはずじゃぞ』って言ってくれたから、だからやってみたのっ!」

 無邪気な笑顔で言う結菜を見て、美姫は既に怒る矛先をどこに向ければ良いかを決定した。

「ちょっと、白竜王吹雪さん。小さな子に、何をそそのかしてるんですかっ! 召喚実験中はブースターの影響力が結菜の居るところまで及んでいることを分かってたんでしょ。何か危険なものでも召喚しちゃったら、どうするつもりだったんですっ!?」

「何、ドラゴンのなかでも、魔法力の強さにかけては定評のあるワシじゃからして、結菜ちゃんが何を召喚しようと何とかなると思ったからのう。実際に心配するようなことはなかったわけじゃし」

 怒られた白竜王吹雪は、何事もなかったかのようにそううそぶくと、あごの髭を撫でながら少々分かりにくいドヤ顔をする。

「……とりあえず、道彦さんに報告しないといけないわね」

 大まかだが状況を理解した詩衣那は溜息をつく。ブースターの影響が結菜にも及んだことは、かなり問題になるだろうなという予感があったからだ。



 数時間後、すこし早めに昼食を済ませた関係者一同は、会議室に集合していた。その場に居ない主要メンバーは海斗のみである。

 ちなみに海斗も【研究所】内に居ることは居るのだが、妖精世界のデウカリオン号との交信の為に生活時間帯をずらしている関係上、今は用意された寝室のベッドの上で、睡魔にとらわれて絶賛爆睡中なのだ。

 海斗は、いったん寝てしまうと、ちょっとやそっとのことでは起きないということは周知の事実となっている。そもそもかつて公園のベンチで寝ていて、そのまま中国人らしき人たちに誘拐されてしまったという前歴があるぐらいなのだ。

 しかも寝相が結構悪いし、寝言は言うし、ふと寝ている姿を見ると目を半開きにして口を開け、涎を垂らしていることもしばしばだ。

 これがまあ浅黒いイケメン系の顔だから何となく許せるような雰囲気が醸し出されているのだが、もしもフツメン、もしくはブサメンなら蹴りを入れたくなるような感じのだらしなさだ。人間も妖精も、顔というか、外見の印象は大事ということを、海斗の寝顔を比較的よく見る立場にいる美姫は実感していた。

 話を戻して会議室である。その前方にはプロジェクターによって映し出された映像を背景に、剣持主任が沈黙したまま右に左にと歩き回る姿が見えた。

 ちなみに映し出されているのはロボットと一緒に召喚された牛に似た生き物である。

 しばらく何かを悩んでいるような表情をしていたが、気持ちの整理がついたのだろう。やがて剣持主任はその足を止めると、美姫に珠美香、詩衣那に結菜とピイちゃん。そして白竜王吹雪に他の職員たちのほうに向き直った。

「……我々は妖精たちに代わって、彼らが言うところの【大脱出計画】を実施しようと思う。何か質問は?」



 この地球が存在する宇宙とは別の宇宙、別な世界。多元世界における我々の世界と平行して存在する平行世界。その世界・宇宙に存在する別な地球。それが妖精世界である。

 妖精世界と人間世界のそれぞれの地球は似て非なる世界である。妖精世界との情報交換により判明したことはいくつかあるが、最大の違いは時間の流れであると言える。

 妖精世界にもかつて人間たちが居て繁栄の頂点まで極めたが、妖精やドラゴンといった魔法生物を創造した後に、その世界から消えてしまったという。妖精たちに伝わる伝承、およびドラゴンたちが記録する歴史では、およそ2万年前のことらしい。

 妖精世界は、我々が住む世界よりも最低でも2万年、もしくはそれ以上、時間の流れが早いらしいのだ。

 もっともその時間の流れが【宇宙全体で物理的に早く流れている】のか、それとも【妖精世界の地球における生物(人類)の歴史のみが早く流れている】のかは、情報不足により判断はつかない。

 そしてその妖精世界に住む妖精たちは、異星からやってきた機械群、ロボットたちの侵略により、絶滅の危機を迎えていた。

 おそらくそのロボットたちは、異星からの恒星間移民船団の先遣隊として、移民先である妖精世界の地球に異星人が移民・生活する為の様々な社会的なインフラを建設する為に送り込まれたものと推測された。

 妖精たちはその存在に魔法の力を使っているのだが、ロボットたちを構成する電子機器は魔法の発現を阻害する何かを発しているらしく、妖精たちをはじめとする魔法生物たちはロボットたちの側に近寄るだけで気分が悪くなり、気絶したり、最悪では命を落としたりするという現実がある。

 そんな妖精たちに致命的な悪影響を与えるロボットたちの支配領域は、既に妖精世界の大半を占め、例外は日本列島の位置に存在する秋津島皇国のみとなっていた。

 その秋津島皇国に住む妖精たち、および世界各地から逃れてきた難民の妖精たちが生き残るために考え出した最後の手段が【大脱出計画】である。

 表向きは機械からの悪影響を受けない人間の体を妖精の体と入れ替えるという形で召喚。すなわちチェンジリングをして機械たちに対抗しようというものであるが、その裏で着々と進んでいたのが大脱出計画である。

 チェンジリングをすることにより人間世界には妖精の体となった元人間の妖精が多数存在することになる。その数は既に世界全体で100万体前後となっている。日本だけでも88万8000体以上。およそ90万体だ。

 そして大脱出計画において鍵となるのが、妖精世界に唯一残された大国である秋津島皇国の皇女エルフィンが持つ魔力の同調・共鳴能力だ。

 エルフィン本人と魂の波動を同一とする存在、それが長谷川珠美香だったのだが、エルフィンと珠美香が体をチェンジリングすることにより、大脱出計画発動の準備はすべて整うことになるはずだった。

 本来の計画であれば、妖精世界のエルフィンが次元を超えて人間世界の珠美香(妖精化済)を通じて、人間世界に【設置】された妖精たちに対して魔力の同調・共鳴能力を発動し、人間世界の妖精たちすべての魔力を結集させる。

 その結集させた膨大な魔力を用いて、妖精世界にいるエルフィンが大規模な召喚魔法を次元を越えて遠隔で発動させ、妖精世界に存在するすべての妖精と元妖精の人間たちを人間世界側に召喚脱出させる。

 それが本来の大脱出計画であるが、とある事情により、その計画はとん挫してしまう。

 エルフィンが自身と魂の波動を同一とする相手である珠美香に対してチェンジリングをする為に相互換身召喚魔法を発動したところ、エルフィンと同じく魔力の同調・共鳴能力を持っていた珠美香によって、兄の幹也(後の美姫)が巻き込まれてしまい、予期せぬ玉突き召喚事故が起きてしまった。

 その結果三人の身体は量子レベルで混ざりあってしまい、本来なら何の関係もない幹也が妖精少女の美姫になってしまうと共に、妖精だったエルフィンは人間の少女に、そして珠美香は外見こそ女の子にしか見えないもののれっきとした人間の少年というか男の娘になっていたのだ。

 結果、エルフィンと珠美香の魂の波動に微妙なズレが生じてしまい、エルフィンは珠美香を通じた人間世界に居る妖精たちとの魔力の同調・共鳴を行うことができなくなり、当然ながら大規模な召喚魔法の発動もできなくなったのである。

 そこで妖精たちが取った次の方法が、人間世界側に協力者を求め、その協力者によって長谷川珠美香とその兄とコンタクトを取るというものであった。

 人間世界側の珠美香に魔力の同調・共鳴能力の上手な使い方を指導し、まずはイレギュラーの存在であった美姫と魔力の同調・共鳴状態を維持する。その上で妖精世界側のエルフィンが珠美香と美姫に対して魔力の同調・共鳴能力を使用するという手順で、本来の大脱出計画の発動が出来るというはずだった。

 しかし実際は考え通りには行かず、珠美香と美姫の魔力の同調・共鳴状態が安定してきたのは比較的最近のことであり、結果としてエルフィンとの魔力の同調・共鳴状態も未だに成立することなく今日まで来てしまった。

 ……実際のところは、珠美香と美姫の魔力の同調・共鳴能力の開花を遅らせる小細工として、キャンセラーのデータ通信機能をランダムにon・ofを繰り返す設定にしてあったのは秘密である。

 加賀重工会長の加賀光政としては、魔法を産業に応用した【魔法革命】を起こしたい。その為の人材として妖精世界の妖精たちを囲い込んで加賀重工が独占したいと考えていた。

 そこで加賀光政から剣持主任に対して、『妖精世界主導ではなく、加賀重工主体で妖精たちが言うところの【大脱出計画】を実施せよ』との指示を与えられていたのだ。

 そして今、条件はそろった。



「昨日までの海斗君からの話では、魔力の同調・共鳴状態を維持している珠美香君と美姫君に対して、妖精世界のエルフィン皇女は、ふたりの波動に同調し続けることが出来ないとのことだ。波動をキャッチすることは出来るそうなのだが、数秒単位で波動がゆらいでしまうので、同調状態を維持するのが非常に難しいそうだ」

 かつて珠美香と美姫の魔力の同調・共鳴状態が、エルフィン皇女からの魔力の同調・共鳴状態を成立させることが出来るまでに向上して、大脱出計画が即座に実施されることが無いように、珠美香と美姫のキャンセラーのデータ通信機能は数秒単位でランダムにon・ofを繰り返すように設定されていた。

 今はもうそのような設定はされておらず、恒常的にデータ通信機能はonにされているのだが、on・ofを繰り返すように設定されていた頃に能力の練習をしていた悪影響が出ていることに、珠美香本人も含めて誰も気がついていなかった。

 無意識のうちに珠美香は、魔力の同調・共鳴能力を強くしたり弱くしたりと、ゆらぎの状態で使用するようになっていたのだ。どうも妙な癖がついてしまったらしい。しかもそんな癖があるということに誰も気がついていないので、直しようも無いという袋小路なのだ。

「お兄ちゃんとの魔力の同調・共鳴状態は常に維持が出来ているはずなんですけど、何がいけないんでしょうね」

「魔法のことに関しては何がいけないか分からないから対策の立てようがない。だから我々は我々で独自に大脱出計画を発動させようと思う。つまりは大脱出計画【改】というわけだな」

 珠美香の質問に対しては素直に分からないと認めた剣持主任は、改めて加賀重工独自で大脱出計画を実施する旨の発言をする。

 なぜ大脱出計画【改】を行うのかという理由としては、ロボットたちによる侵略から妖精たちの命を守る為という人道的理由と、妖精たちの持つ魔法の能力や知識を得たいという実利的な理由、そしてもしかしたら元人間だった妖精たちを人間の体に戻せるのではないかという期待。それらが理由であると、剣持主任の口から説明された。

「まあ、人道的と言われたら反対するのもはばかられますけど、妖精や元妖精の人間たちを召喚するには、相手の同意が必要じゃないんですか?」

「ふむ、美姫君、良いところに気がついたね。では、この生き物はどうして召喚されたと思うかね? 美姫君はこの生き物の同意を得て召喚したのかね?」

 剣持主任はプロジェクターにより映し出された牛に似た小型の生き物を指さした。

「……同意も何も、召喚するつもりなんて無かったんですけど」

「お兄ちゃんったら、ロボットが居る風景を想像して、その想像した風景ごと一切合切を召喚しちゃったんですよ」

 ここぞと告げ口する珠美香。無意識のうちに『自分は悪くないですよ』とアピールしている。

「まだ簡単にしか調べていないが、この生き物は実に素晴らしいサンプルだ。仮に宇宙牛と名付けようか。文字通りこの生物は平行世界も含めた地球の出身ではありえない。結論から言うと異星生物で間違いがないだろう」

 ある種、夢見るような表情をしながら剣持主任は説明をし始めた。

 まず、当然のことながら宇宙牛は機械の悪影響を受けていないことから、平行世界の人間が創造した魔法生物の類では無い。通常の生物だという。

 遺伝子の解析は専門の設備が整っていないので、加賀重工の関連会社で調べてもらうことになっているそうだが、遺伝子の解析を待つまでもなく、宇宙牛は地球の生物ではありえないという特徴が見つかっていた。

 宇宙牛には、それぞれの足に指が6本も有ったのだ。

 地球上の陸上生物のすべてにおいて受け継がれている特徴として、最大でも指は5本という事実がある。これは哺乳類はもちろん、両生類から爬虫類、鳥類に至るまで、すべてに共通する特徴だ。
(注:例外として、魚から進化したばかりの両生類には、5本指以外のものもいました)

 もちろん、馬のように中指以外の指が退化してしまったり、蛇のように指どころか四肢までが退化してしまった例もあるが、少なくとも地球上の陸上生物において、5本よりも指が増えて、6本指や7本指となった例は無い。

 もしかして一頭だけの奇形かもと思ったが、召喚された数頭すべての宇宙牛の指が6本だったのだ。これは宇宙牛が種として指を6本持っていると判断して良い。

 すなわち地球の陸上生物の系統とは別個の系統、つまりは異星の進化系統に属する生物、宇宙牛だと言うのだ。おそらく妖精世界を侵略している機械たちが、凍結受精卵の状態で持ち込んだ生物の可能性が高いと判断される。

「そして地球上の生物では無いという目で見てみると、この宇宙牛はかなり知能が高いだろうと思わざるを得ないのだよ」

 体全体に対して、見た目の脳容積が大きそうということもあるが、隔離した部屋におけるそのふるまいが、知能の高い生き物であるとしか思えないのだという。

 職員が車を走らせて近隣のスーパーから買ってきた飼料となりそうなトウモロコシなどの穀物や各種の野菜をとりあえず用意してみたところ、最初は警戒して食べようとしなかったのだが、一頭が口にしたのを見た途端、他の宇宙牛たちも餌を食べだしたのだ。

 本能ではなく、学習により食べられるものを知る。これだけでもそれなりの知能が認められる。

 さらに空腹を満たした宇宙牛たちは、買い出しを担当した職員がなぜか買ってきていた南瓜かぼちゃを蹴って遊びだしたのだ。それこそ数頭でパスをしながら。

「生存するのに本来であれば不必要な行為である遊びをするということが、宇宙牛の知能の高さを物語っているわけだ。そしてそんな知能の高い宇宙牛を本人(と言ってよければ)の同意も無く召喚出来たということは、妖精や元妖精の人間だろうと本人たちの同意がなくとも召喚出来るはずということだ。分かるかね?」

 そしてもはや秘密にすることでもないと判断したのだろう。剣持主任は、先日、妖精世界より『妖精世界の全資源およびその資源によって作られたあらゆる物産の所有権を主張する宣言と、人間世界への召喚に関して一時的な所有権の貸与に関する文書』を召喚した真の目的は、本人たちの同意を得ることなく、召喚を可能とすることであったと話した。

「人間や妖精の肉体も、妖精世界の資源を食料という形によって取り込んで、その資源を使って構成されているからね。極論すれば妖精世界の妖精や元妖精の人間たちの所有権は現在のところ我々にあるといえるわけだ」

 ドヤ顔の剣持主任。しかし美姫は感心したでもなく、胡散臭そうに剣持主任を一瞥すると、ぼそりとつぶやいた。

「それって、詐欺なんじゃ……」

「そう解釈できる文書がこちらにあるんだから、しょうがないだろ?」

「あくまでも人道的にってことですからそれでいいですけど」

「ま、そういうことだよ。……ところで、美姫君はいいとして、いい加減にみんなも起きて欲しいものだね、まったく」

 その言葉を聞いて、まわりを見渡してみた美姫は驚いた。

「みんな寝てるっ! 珠美香や結菜だけじゃなくて、白竜王吹雪さんに詩衣那さんもっ!!」

「そんなに難しい話をしたつもりはないんだけどなあ」

 ちょっと悲しそうにつぶやくと、剣持主任はみんなの元まで歩いて来て、まずは加賀詩衣那を揺り起こすと、次々に皆を起こして回るのだった。

「ふぁあ~。あっ、道彦さん……。え、あれっ!? もしかしていつの間にか寝ちゃった?」

 焦り顔の詩衣那さん。ちょっと疲れていたのかもしれない。ということにしておこう。

「んん、もう、雄高君ったら……。えっ、あっ、違うの。そうじゃなくて」

 違うも何も、誰も何も言っていないのだが、珠美香はひとりで焦っている。

「あっ、ちいさいお母さん、おはよう。……って、今、朝だったっけ?」

「ピイピイ、ピーイ」

 年齢ゆえにマイペースな結菜と、その結菜に召喚されたドラゴンバタフライのピイちゃんには悪びれた様子は全くない。

「うーむ、いやはや寝ておったか。歳を取ると夜寝れなくなる代わりに、昼間が眠くてのう」

 これまたマイペースな白竜王吹雪であるが、夜寝れないのは、こちらに召喚されてからはまった深夜アニメなどのせいだなんて、……実はけっこうバレてたりする。まあ、娯楽が一切ない環境からやって来たので、何かにはまるのは時間の問題だったのだが、はまった対象が深夜アニメだったのが、ちょっとアレである。せめてコスプレだけはしないでほしいものだ。



「……うむ、じゃあ、皆が起きた処で、なぜ今、妖精たちに代わって我々が主導して大脱出計画を実施しなくてはならないか、それを説明しようか」

 皆が目を覚まし、コーヒーやジュースなどを頂いて一服したところで、剣持主任はふたたび話し始めたのだが、それを邪魔する者がやって来た。

 会議室の入り口から文字通り飛び込んできた黒い影、それは黒いコウモリの羽を持った妖精、滝沢海斗であった。海斗は妖精世界のアヒカルとふたりが作り出した精神世界である夢幻界においてコンタクトを取り、お互いに情報交換をしていたのだが……。

「助けてっ! 緊急事態ですっ! ロボットたちが、無差別に妖精たちを襲い始めたそうなんですっ!! アヒカルさんが乗ったデウカリオン号も襲われています。早くっ!!」

 急転直下の状況変化であった。


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