第二地球圏物語 前史
It is historical in front of The second Earth area story
妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール
作:紅衣北人 / ジャージレッド
第24話 魔法は力技である
中央山脈にてドラゴンの白竜王吹雪と接触したエルフィンたち一行を乗せたデウカリオン号は、その後も西進を続け、中央大陸最大の湖(カスピ海)へと至っていた。
そしてデウカリオン号は湖南部の西岸に近い湖上に浮かぶ島に着陸していた。
対岸には機械たちの活動により何やら様々な建造物が数多く立ち並んでいたが、島そのものには機械たちが存在する形跡は何もなく、船を着陸させるにはちょうど良いポイントとなっていたのだ。
太陽電池パネルによって表面を埋め尽くされた船体は、太陽の光を浴びて黒光りしている。その船体の上部には小さいながらも甲板があり、黒くて長いストレートな髪をした細身の少女がたたずんでいた。
今は人間の身体にチェンジリングしているが、中央大陸から見て東の海に浮かぶ妖精たちに残された唯一の大国、秋津島皇国の皇女エルフィンである。
エルフィンの目は、先ほどからずっと対岸の機械たちの動きを飽きることなく追っていた。するとそこに、ひとりの人間の女性がやって来た。お腹のあたりがぽっこりと膨らんできた絶賛妊娠中のアヒカルである。元妖精の男性だったが今は昔の雰囲気がすっかり消えて、女性らしさがにじみ出ている。
「またここにいらっしゃったのですね。エルフィン様。そんなにも機械たちの様子が興味深いのですか?」
「……アヒカルさんも見てください。様々な形をした機械たちが、あの大きな建造物を作っているところを」
若干の非難の色が混じったアヒカルの言葉をスルーして、エルフィンはどこか夢見るような口調で対岸の様子を指さした。
そこには機械たちが力を合わせて鉄骨(?)を運んで溶接したり、リベットやボルトで留めて固定して骨組みを作り、そして壁材等をはめ込んで大きな高層建築を作っている現場があった。
よく見ると、既に完成している高層建築と新たに建ちつつある高層建築の間には緑地帯が設けられているらしく、そこは芝のように見える植物におおわれているだけではなく、所々にそれなりに大きな樹木が植えられていた。
妖精にとっての天敵である機械たちが樹木の剪定作業をしているという事実さえなければ、非常に過ごしやすそうな快適な空間に見える。
「おそらくあれら高層建築とその間にある緑地からして、対岸にある施設は、やがて到着する異星人たちの居住施設となる場所なのでしょうね」
「エルフィン様、いったい何を考えていらっしゃるのですか?」
「……ねえ、アヒカルさん。妖精たちにもああいった高層建築を作ることは可能かしら?」
エルフィンはアヒカルの質問に答えることなく、まったく別の質問を返したのだった。その目は先程までと同じく、対岸の機械たちの動きに釘付けになっている。
「何を意図してそのような質問をされているのかは知りませんが、妖精の魔法であれば、機械たちが作っているよりもずっと早く、あのような高層建築を作ることは可能なはずです」
「もしも魔法を使わないとしたら?」
ここに来てようやくエルフィンは、ゆっくりとアヒカルのほうを見て、その視線を合わせたのだが、なぜかその目には深い悲しみが溢れているように思えるアヒカルだった。
「それは……、おそらく無理でしょうね。妖精の身体では、運べる資材の大きさにも限界が有りますし、あのように巨大な建造物を魔法なしで建てるにはいったい何十年、いや、何百年かかることか想像もできません」
「そうでしょうね。私たち妖精は、かつてこの世界に居た人間たちに作られた存在。ただ、可愛らしくして愛でられていればそれでいい。主人を喜ばせる何かを喋れば更に良い。こんな建造物を自分たちで造る必要など最初から求められていない存在なのですから。魔法を使えなければまさに無力な生き物なのです」
「エルフィン様……」
「妖精という存在は本来無力であり文明を作り維持する力など無いのに、魔法という力技で無理矢理に文明を維持している不自然な生き物だとは思いませんか?」
人間世界側の美姫たちが白竜王吹雪を召喚した日からさほど間を置かずして、重要な話があるということで、アヒカルは海斗から信じられないような、それでいてどこか納得できるような話を聞かされた。
妖精はかつて、この世界の人間たちによって【ペット=愛玩動物】として作られた存在であるということを。
本来、その事実を知るドラゴンたちによって、他の同じく人間によって作られた存在たちには秘密とされていた情報であるのだが、平行世界での存在ではあるが、新しく人間たちと接触出来た今となっては秘密とする必要がなくなったのだという。
ドラゴンたちのどのような論理がそのようにさせたのかは不明だが、とにもかくにも妖精は人間のペットとして作られた存在であるという情報は、妖精たちの知るところとなったのであった。
その情報に対して『嘘だっ!』と反発する声は少なかった。もともと妖精は人間によって作られた存在であるという伝説や伝承には事欠かない状況だったこともあるが、人間の身体にチェンジリングした元妖精たちが持つ、とある感情が広く知られていたからでもある。
その感情とは、『人間の身体から見た妖精って可愛いっ♪』という感情である。それこそペットを愛でるような感情なのだが、先の情報を知った妖精たちは、『なるほど』と一様に納得したものである。
ちなみに人間世界におけるもっとも古い時代からペットとして飼われているのは犬であるが、犬ほど色々な外見的な多様性を持った生き物も無いかもしれない。大きなセントバーナードと小さなチワワが、同じ種類の生き物であることは、不思議だが事実である。
実際には体の大きさが違い過ぎるから無理なのだが、遺伝子的には犬という同一種なので理論上はセントバーナードとチワワは交配が可能だと言える。
妖精もまた同一種ではあるのだが、その外見的な違いは大きい。まず羽の形状が違う。一般的には昆虫のような羽をした妖精が最も多く、次にコウモリのような被膜状の羽を持った妖精が続き、最後に鳥のような羽を持った妖精が居る。
更に詳しく見ていくと昆虫のような羽とは言っても、一番多いのがトンボのような羽であり、二番目に多いのが蝶のような羽である。中にはカブトムシのような甲虫に似た羽をした妖精もいるらしいし、非常に珍しいところでは、かつてゴキブリのような羽をした妖精も居たらしいという言い伝えもあるという。
またコウモリのような被膜状の羽と言っても、かつてアヒカルがまだ妖精だった頃にそうだったように、まさしくコウモリそのもののような羽もあれば、骨格部分が太く、被膜も肉厚なドラゴンのような羽もある。やや珍しいところでは、恐竜時代に生息していた翼竜のような羽もあるという。
更に言うならコウモリのような被膜状の羽を持った妖精には、牙やかぎ爪が有ったりすることが多く、ドラゴンタイプの羽だと同時に尻尾がある妖精も居たりする。
そして鳥のような羽であるが、その色や模様は、もう多様性の塊と言える。存在しないのはペンギンのような羽ぐらいではなかろうか。
話を戻すが、ペットや家畜の特徴のひとつとして、形質が非常に多様化するというものがある。先ほど例として挙げた犬が特徴的だが、妖精の場合もこれに当てはまると言える。
もっとも多様な姿形をしていても、妖精には美男美女しかおらず、女妖精の場合は大きな胸をした妖精しかいないという、ひどく作為的なものを感じる点はあるが、そこは妖精たちを作り出した人間たちの趣味というものなのだろう。……深く考えてはいけない。
「ペットとして作られていようが、愛玩動物としてしか期待されていないとしても、妖精にも生きる権利はあります。ペットにはペットなりの意地があります。それに私たちを作ったというこの世界の人間はもう居ないのですから、私たち妖精こそ、この世界における人間たちの後継者です。人間のペットではなく、人間という種族の子供が、妖精という種族であると言えるのではないでしょうか?」
エルフィンが眺める視線の先にある高層建築物と、そこで機械たちが作業する様子を見ながら、アヒカルは力強くそう言った。
「……アヒカルさんは強いのですね。なるほど、妖精は人間の子供たちですか。ふふっ、確かにペットも子供たちも、【つくられた】ことに変わりはないですね」
何がおかしかったのか、ころころと笑いだすエルフィン。何が何だか分からないが、先ほどまで落ち込んでいた様子だったエルフィンの心が軽くなったのを見て、アヒカルはそっと胸をなでおろすのだった。
「エルフィン様、聞きようによっては下品な発言ですから、自重していただければと愚考いたしますが」
「まあ、下品だなんてっ♪ 子を成す行為は神聖なものなんですよ。あ、そうか。アヒカルさんはそういった行為をすることなく、お母さんになったから……」
ニコニコしながら、目がにやけているエルフィンの顔を見て、かつての近衛騎士から現在の皇女の教育係の役割をも担わされているアヒカルは、少々頭を抱えたくなってきた。
するとそこに、女大魔導師とも言われる妖精のエラが飛んできた。茶色の模様が入った羽をゆっくりと羽ばたかせながら、どこか困惑したような顔をしているのはなぜなのだろうか。
「エラ様、どうなされたのですか。浮かない顔をして」
「実は、人間世界側から要求が有った件について、本国での協議が終わったとの連絡を受けたのですが、結果は要求をすべて許可するとのことでした」
「それなら喜ばしい結果ではないのですか? 確か人間世界側からの要求とは、『機械たちの弱点を探る為に、機械たちそのものを召喚して研究してみたい』ということでしたよね」
今は人間の体をしているエルフィンの顔の高さで滞空しているエラに向かって、エルフィンは小首を傾げながらそう言った。
「それにしても機械たちを召喚可能にする条件を設定する方法が突飛すぎます。まったくあっちの世界の人間たちは、常識をどこかに忘れてきたとしか思えません」
「機械からの悪影響を中和するキャンセラー、魔法力を強化増幅するブースター、そしてそれらを組み合わせて作られたフェアリードライブ搭載の空飛ぶ船。こういった物を作り出してしまう人間たちですもの。突拍子もない発想をするのは当たり前ではなくて? ねえ、アヒカルもそう思うでしょ」
エルフィンは、人間世界側の人間(今は妖精にチェンジリングしているが)である滝沢海斗(旧名:汐海しおみ)と毎晩のように交流があり、人間たちの考え方をもっとも良く知っているであろうアヒカルに問うた。
「少なくとも私がいつも対話している海斗さんは普通にまともな思考をされる方ですよ。ただ、話によるとキャンセラー等を開発した研究所の所長さん、剣持道彦という方は、ちょっと普通じゃないというか、特異な考え方をするというか、そんな方らしいですね。おそらく今回のアイディアもその所長さんから出てきたのではないでしょうか」
苦笑しながら言うアヒカルのその言葉にエラは唸り、そしてエルフィンは先ほどまでの憂鬱な気持ちをすっかり忘れて、ころころと笑っていた。
さて、場所どころか世界すら変わり、ここは人間世界。加賀重工の会長室である。そこで加賀光政会長と剣持道彦主任が秘密の会談をしていた。
例によって加賀光政会長は黒い和服姿であるが、剣持主任はなぜか白衣姿である。礼を逸しているような気がするが、光政会長は気にする様子を見せていない。まあいつものことなのだろう。
「報告書は読ませてもらった。秋津島皇国のディアナ女皇と、秋津島皇国に亡命しているすべての亡命政権の長の連名による書面がもうすぐ手に入るそうだな」
「はい。3日後までには書面が用意できるとのことですので、数日以内には妖精世界から書面を召喚できる予定です」
光政会長の問いに剣持主任は、よどみなく答える。研究所で美姫たちを相手にしているときの表情とは大違いである。ふざけた雰囲気がまったくない。
「こちら側の真意が露見している様子はないな?」
「建前としては、『妖精世界を侵略中のロボットの弱点を見つける為にロボット本体を何体か召喚して研究したい』というように妖精たちには伝えていますので……」
そこまで言って言葉を切る剣持主任。妖精世界側に人間世界側の思惑が漏れていないという自信はあるが、確証はないので、言い切ることが出来ないのだ。
「これにより妖精たちが計画している大脱出計画を【我々主導】にて行うことが可能になるというわけか」
「とりあえず計画通りかと。あとは実行に移すのみです」
「ところで、フェアリードライブ搭載の宇宙船による月面着陸と月の裏側への飛行を成功させて以来、米国の動きがどこかおかしい。『フェアリードライブ型航空機の開発に最大限の協力をするから、できたら宇宙船は作らないで欲しい』等と言ってくる始末だ」
「月には我々が知らない何か大きな利益を産むものがあるのかもしれませんね。あるいはもしかしたら我々が妖精世界という異世界とコンタクトを取っていることを感ずかれつつあるのかもしれませんが……」
「……ということは、分かっているな?」
「……全ての準備が整い次第、なるべく早い段階で【大脱出計画・改】を実施いたします」
「うむ、よろしく頼む」
そして剣持主任は光政会長に一礼すると、静かに会長室を出て行った。光政会長をそれを見送り、扉が閉まった後も視線を動かさず、しばらくじっとしていた。そして……。
「詩衣那よ。もうすぐお前を人間に戻してやれそうだ。今度こそ、道彦君とうまくやるんだぞ」
そこにいるのは、加賀重工の会長ではなく、孫娘を想うひとりの爺だった。
「はじめまして。私、長谷川珠美香さんと美姫お姉さまのクラスメイトで親友をしています水城江梨子と申します。今日は私たちの為に時間を作って頂いて、ありがとうございます。色々とお聞きしたいことがありますので、よろしくお願い致します」
「よろしくお願いいたしまーす♪ 同じく親友の大島早苗でーす♪」
「吹雪お爺さん、今日もまた寄らせてもらいました」
学校帰りに制服のまま長谷川家におじゃましたのは、水城江梨子と大島早苗、そしておなじみの佐藤雄高の3人である。
「いやいや、かわいいお嬢さん方は大歓迎じゃ。おっと、もちろん雄高君も大歓迎じゃぞ。お主のマッサージは天下一品じゃからのう」
そしてそのまま社交辞令的な挨拶が続き色々と話が進んだのだが、とある情報を江梨子が確認した途端に、雄高は思わず声を上げてしまった。
「…では、お爺さんは、美姫お姉さまの魔法によって妖精世界から召喚された白竜、ホワイトドラゴンということで、今は魔法で人化している。ということでよろしいのですね」
もちろん江梨子のメガネはキラリンと光っている。なぜならば、それが仕様だからであるっ!!
「えーっ! 吹雪お爺さんって、本当に本物、正真正銘のドラゴンだったんですかっ!?」
そして驚いたのは雄高だった。彼は白竜王吹雪の名前がそのままキングホワイトドラゴンの吹雪という意味であることを気づいていなかったのだ。……まあ普通は気づかない。気づくほうがおかしい。
「そうじゃよ。だから最初から、ワシは自分のことを白竜王吹雪と名乗っておったじゃろう?」
「え、いや、確かにその通りですけど、単なるカッコいい名前だと思っていましたよ。だって、ちゃんと説明してくれないから……」
「ごめんなさい。雄高君。ちゃんと説明してなくて……」
何となく感情が納得しきれず不満げな雄高に対して、珠美香が軽く手を合わせてフォローする。更には体を摺り寄せ上目づかいに雄高の顔を見上げると、ついでに瞳を無駄に潤ませる。
「あ、いや、いいんだよ。全然気にしていないし。アハ、アハ、アハハハハ」
そしてそのまま時と場所を無視してイチャイチャし始めるふたり。ちなみに男同士なので、エロいはずが無いので無問題である……。かもしれない。ということにしておこう。
「……ええと、話を戻して質問し直しますが、お爺さんは本当に本物のドラゴンさんなんですよね」
微妙に精神的に疲れてしまった江梨子だったが、やはりメガネのレンズを光らせることは忘れない。
「なぜならばっ! 仕様だから、しょうがないのよっ!!」
「……早苗。何してるのかな?」
メガネのレンズを光らせた江梨子の横では、その大きな胸の膨らみの前で手を組み、何かに訴えるような表情でメタな発言をした早苗が居た。
「もしかして言って欲しいんじゃないかな? って思って」
こつんと自分で自分の頭を軽く叩き、【てへぺろ】のジェスチャーをする早苗。ちなみにこの時に早苗のFカップの超巨乳がプルプルと揺れるのも仕様である。
「もうっ! 話が進まないじゃないのっ!」
「江梨子ちゃん。白竜王吹雪さんは本物のドラゴンさんだよ。ほら、これが映像」
柄になくぷんすかする江梨子の肩をちょんちょんと叩いて注意をひいた美姫は、すうっと飛んで自分の机の上に置いてあるスマホを操作する。
「研究所でドラゴン形態の白竜王吹雪さんが人間形態に変身したり、その逆に人間からドラゴンへと変化する様子を撮ったものだよ。ちなみにいちおう他の人たちには秘密にしといてね」
情報管理、ダダ甘である。
「これって、特撮とかじゃないんですよね?」
スマホの画面をのぞき込みながら江梨子だったが、まだ信じられないようだ。
「特撮というのが何のことか知らないが、ワシは確かにドラゴンじゃよ。今は感情体に変化しておるから一見すると人間に見えるじゃろうがな」
「すみません。感情体とは?」
魔法生物の生態の本当のところを知らない江梨子は、当然の疑問を口にし、白竜王吹雪と美姫はドラゴンや妖精という本体と、普段は亜空間に存在する感情体の関係を口々に説明するのだった。
ちなみに珠美香と雄高はイチャイチャとした体の触り合いから、いつしか雄高から珠美香へのマッサージへと状況が変化していたが、どうでもいい情報である。
「ほほう、その表情は、とても信じられないという顔じゃな?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど、本体と感情体の入れ替えるところを私も実際に見て見たかったなと思ったものですから。でもさすがにこの場所でドラゴンの本体に入れ替わるなんてできませんよね」
「あ、私も見てみたい。さっきの話だと、美姫お姉さんも感情体っていうのに入れ替われるんですよね。幼女(?)な美姫お姉さんも見てみたいなあ」
「早苗ちゃん、ならないから。それに正確には幼女じゃないからね。無性体だし……」
美姫としては、人間形態になれるとしても動きが限定される幼児サイズの体には、あまり魅力を感じない。むしろ飛べるだけ妖精の体のほうが便利だったりすると思っている。
「無性体っ! それはまた興味深いですね」
メガネのレンズを……。(以下略)
「だからもう私は、感情体にはならないし、なりたくないから。江梨子ちゃんに早苗ちゃんも目を怪しげに光らせないっ! っていうか、早苗ちゃん、いつの間に私を乳でホールドしているの!?」
「……というわけでお願いいたします。白竜王吹雪お爺様」
いつの間にか早苗の双丘の間に挟まれ、組まれた腕でその柔らかな肉に押し付けられて身動きが出来なくなっている美姫。そんな美姫を尻目に、江梨子はうやうやしく白竜王吹雪に対して礼をする。
「ふむ、まあ、いいじゃろう。ドラゴンマスターたる長谷川美姫さんに教えて進ぜよう。魔法の極意をっ! そーーーれっ!!」
「ダメーーーっ!!」
そして白竜王吹雪の一声の元、解き放たれた魔力の本流は美姫の妖精としての本体と、亜空間に格納された人間の幼女に似た、しかし幼女ではない無性体としての感情体とを入れ替えた。制止する美姫の声はむなしく響くだけだった。
「うわーーっ! また裸になっちゃう……、なんてことはないんだね。あれれ?」
まるで幼女のような感情体になった美姫の幼児な体は、以前、加賀重工航空機製作所新技術研究班、通称魔法研究所にて着せられたワンピースに覆われていた。どうやら衣服ごと亜空間に格納されていたらしい。
「ふふふ、美姫さんや。魔法の極意とは、目の前の物理的な現実を否定し、夢想した空想上の現実こそ本物の現実であると、圧倒的なパワーで以って目の前の現実を夢想によって書き換える行為なのじゃよ」
スウェット姿の白竜王吹雪は、その衣装に似合わぬまじめさで美姫に説教をする。
「いかに美姫さんが抵抗したとしても、魔法力に圧倒的に差がある妖精とドラゴンでは、ドラゴンであるワシの魔法のほうが優勢となるのは自明。魔法の極意とは精神的な力技であるのじゃからしてな」
悦に入る白竜王吹雪だったが、そのセリフは誰の耳にも入っていなかった。皆、一見するとかわいらしい幼女に見える美姫の感情体の可愛さにやられていたからである。
「美姫お姉さん、かわいいっ!!」
もちろんその筆頭は、かわいいもの大好きの大島早苗であったのは言うまでも無い。すぐさま改めて美姫に抱き付く早苗。
「にゃーーーっ!!」
抵抗は無意味だった。
「それでは海斗さん、これが今朝ほど本国から取り寄せた書類のイメージです。よく覚えておいて、美姫さんや珠美香さんに伝えてください。正確に伝えていただければ、伝えていただけるほど、召喚が楽になると思いますから」
「はい、分かりました。……ええと、『妖精世界の全資源およびその資源によって作られたあらゆる物産の所有宣言と、人間世界への召喚に関して一時的な所有権の貸与に関する文書』ですか。それにしてもさすがに俺とアヒカルさんふたりの心が作り出した夢幻界ですね。妖精世界の文字がスラスラ読めちゃうなんてファンタジーです」
アヒカルと海斗の意識が世界を超えて接触して作り出した共有された夢の世界、夢幻界にて、アヒカルは海斗に文書を手渡した。もちろん実際の文書を手渡したわけではなく、アヒカルが記憶した文書のイメージを海斗に渡したということだ。
言ってみればバーチャル世界の中でデータとしての物品を手渡したというに等しい。
「海斗さん。夢幻界においては、異なった言語で書かれた文書を翻訳するような機能なんてありませんよ。もちろん脳内言語の翻訳もできませんが?」
「えっ!? ということは、いったいどうゆうこと? これ、日本語にしか見えないんだけど……」
「いえ、これは秋津島語ですけど……?」
「えっ!?」
「いったい、何を驚かれているんですか? 実際に今まで私と海斗さんは秋津島語で会話をしてきたのに何を今さら?」
「えええーーーっ! うそっ! マジでっ? 夢幻界っていう精神世界だから、言葉が通じてたんじゃないの? ホントに?」
「ええと、異なった脳内言語を持った者同士が夢幻界にて接触しても、相手の考えている相手の脳内言語による音声は分かりますが、意味までは分かりませんよ。まあ、ドラゴンクラスの魔法力を持った生き物なら、異なった脳内言語同士でも意味ある念話を行えますけど、妖精や人間クラスの魔法力ではとてもできません」
「ウソっ! 知らなかった事実が、今、ここにっ!」
その後、興奮する海斗とアヒカルは、いつにもまして夢幻界にてその件につき話し合ったという。
そして翌々日……。
「珠美香、確かに日本語だわ。この文書」
「うん、日本語だね。お兄ちゃん」
妖精世界側から召喚に成功した文書、『妖精世界の全資源およびその資源によって作られたあらゆる物産の所有権を主張する宣言と、人間世界への召喚に関して一時的な所有権の貸与に関する文書』を召喚した長谷川美姫および珠美香のふたりは、妖精世界の秋津島皇国にて使われている文字を確認したのだが、確かにそれは日本語であった。
「ふたりともお疲れ様。白竜王吹雪様のサポートが有ったとはいえ、一発で目的の文書を召喚出来たのはすごいわね」
声をかけたのは、加賀詩衣那である。
「ほっほっほっ、当たり前じゃ。ワシの教え方がいいからのう」
白い髭を撫でながら、白竜王吹雪が悦に入る。
「だけど、本当に日本語なのね。というか秋津島語?」
「……しかしまあ、こうして事実を前にしてみたら、納得できることがいくつもあるな」
最後に文書を確認した剣持主任は、うやうやしくその文書をクリアファイルに挟むと、アルミ製のアタッシュケースにしまい込んだ。
「納得できることってなんですか?」
考えても分からないので、美姫は剣持主任に質問した。
「なに、例えば、全世界的に発生した妖精による召喚事件だが、その発生件数の9割は日本国内に集中している。従来はその理由が分からなかったが、妖精が人間を召喚するにあたり夢幻界においてその人間と言語的なコミュニケーションを取る必要があるのなら、それも納得できるということだよ」
そして剣持主任は言葉を続けたが、簡単に言えば、妖精世界の日本に相当する地域である秋津島皇国以外の国々はすべて機械群の侵略によりその命脈を絶たれ、わずかな亡命者が秋津島皇国に保護されているに過ぎない。
つまり現時点において、妖精世界の妖精全体に占める日本語(=秋津島語)を母国語とする妖精の割合は9割に上るのだろうという推測が成り立ち、それゆえに妖精に召喚される人間の9割が日本人であるという事実に繋がるということを話したのだった。
「なるほど。妖精の召喚において、召喚を承諾するかどうかということで、Noと言えない日本人の性格が関係しているのでは? なんて言われていたこともありましたけど、それは完全な間違いだということですね」
珠美香も納得の表情だ。
「でも、日本語と同じな秋津島語を喋る妖精たちなのに、名前は和風じゃなくて洋風な名前が多いのはどう考えたらいいんですか?」
美姫は、前から疑問に思っていたことを、ここぞとばかりに聞いてみる。
「こちらの人間世界のことを考えたらすぐに分かると思うんだが、美姫君、君はペットに自分たちと同じような名前をつけるのかい? まあ、そういう場合もあるだろうが、基本的には、人間の名前とは間違われないような洋風な名前にすることが多いだろ? それもまた妖精は人間のペットとして作られたという事実を補強する証拠といえるかな」
「……なるほど。言われてみれば、その通りかも」
一同、なぜか暗くなる。妖精は平行世界の人間によって、ペット・愛玩動物として作られたという事実は、どこか背徳的な雰囲気をもたらすのだった。
「さて、それはそれとして、この文書を得たことにより、妖精世界のすべての資源の所有権は亡命政権等を内包する秋津島皇国にあり、その資源から製造されたロボットたちの所有権もまた秋津島皇国にあるということが確認できた。そしてこちらの世界にロボットを召喚する為に一時的な所有権の貸与も得た。……これで、妖精世界からロボットを召喚することが出来るはずだ」
剣持主任はそう言うと一同を見まわしたのだが、その思うところは更に別なところにあった。
ロボットを召喚出来るなら、妖精世界の資源である各種食料を摂取することで体を維持している妖精や元妖精の人間たちですら、本人たちの同意を得ることなく召喚が可能となるのだ。
妖精たちではなく、人間世界の人間たち主導による大脱出計画、すなわち【大脱出計画・改】の発動は、もう間もなくかもしれなかった。
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