兄妖 第23話

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It is historical in front of The second Earth area story

妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール

作:紅衣北人 / ジャージレッド



第23話 隠居じじい、居候すっ!


「誰? おじいさん?」

 美姫は、すっとぼけた声を出したまま、固まってしまった。もちろんそれは珠美香も同じである。ドラゴンを召喚したと思ったら、中華な仙人風の老人が目の前にいるのだ。ふたりが思考停止状態になったとしても無理はない。

 ここは加賀重工航空機制作所新技術研究班、通称【魔法研究所】の敷地内にあるドーム施設である。もともとは秘密裏にフェアリードライブ搭載の実験船や宇宙船とかを作る為のものであったのだが、今は妖精世界側からドラゴンを召喚する実験が行われていた。……はずだった。

 ドームの中心に現れた老人は、『ほっほっほっ』と笑いながら、ドームの端で動きを止めていた美姫と珠美香に向かってゆっくりと歩いてきた。

「誰? と言われても、白竜王吹雪としか答えようがないのう。それともキングホワイトドラゴンのブリザードとでも答えればいいのかのう? 実際のところワシは言葉ではなくて思念で会話をしておるでのう。意味さえ合っていれば、どう呼ばれようと別にかまわんぞ」

 言われて気づいてみれば、確かに老人の口の動きと言葉が連動していないような違和感がある。

「え? 白竜王? キングホワイトドラゴン!?」

「うそっ!? いったいどうなっているの?」

 美姫に珠美香は混乱するばかりである。

 するとそこに、ドームの外から剣持主任と詩衣那さんが慌てながらもそれを表情には出すことなく入ってきた。モニター越し、スピーカー越しでは失礼になると思ったのだろう。剣持主任は白衣をたなびかせつつ駆け足で、詩衣那さんは例の赤いなんちゃらスーツ姿で背中から蝶のような羽を出して飛んで来た。

 ちなみにドームの中には入ってきていないが、海斗と結菜の妖精ふたりは、モニター越しにこの状況を見ている。何が起きるか分からないので、まだ子供である結菜を危険にさらさないためだ。

 ところで美姫も詩衣那と同じくぴっちりと体に密着した宇宙服のような白いなんちゃらスーツであるのに対し、珠美香は夏の学生服姿である。前回の話のときに描写が無かったので、今しておこう。

「失礼します。私はここ、加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班の責任者をしています剣持道彦と申します。このたびは我々の召喚に応じていただきありがとうございました」

 美姫と珠美香の前に出た剣持主任は、老人を正面から見据えて丁寧にあいさつをした。

「なんのなんの。人間世界への召喚とあらば、このワシも興味が尽きぬからのう。それこそ召喚していただいてありがとうと、ワシのほうこそ礼を言いたい」

 顎から長く伸びる白い髭を撫でながら、老人はそう答える。笑顔からすると本心から喜んでいるようにみえる。

「それはそうと、失礼な話かもしれませんが、もしも御老人が本当にドラゴンというか、白竜王吹雪様だというのなら、もう一度、元のドラゴンの姿に戻っていただけませんか」

「なるほど。一見すると人間に見えるこのワシが、本当にドラゴンであるのかどうかを確認したい。という訳じゃな?」

「……そう受け止めていただいても構いません」

「ま、いいじゃろ。ワシもいきなりこの姿になってしまったからのう。人間世界にやって来たということで、少々はしゃぎ過ぎたのかもしれん。では、しょうがない。もう一度本来の姿に戻るとするか」

「恐れ入ります」

「しかし感情体と本体の入れ換えには、そうとう魔力を消費するからのう。魔力の回復には、うまい食い物とうまい酒が一番なんじゃが……」

「感情体? ……いえ、すぐに用意させましょう」

「おおっ! これはすまんのう。まるで請求したみたいで」

 老人は『いやいや、すまんすまん。まことにもって恐縮じゃ。困ったもんじゃのう』等と言っているが、その顔はあふれんばかりの笑顔であった。喜びこそすれ、恐縮など微塵もしていないのが丸分かりだ。

「……みたいじゃなくて、完全に請求してるくせに」

「お兄ちゃんっ!」

 ぼそりと言った美姫の言葉を制するように、珠美香が小さく叫ぶ。老人は、その様子を微笑ましいものでも見るかのように、『うん、うん』と言いながら、うなずいている。

「ま、百聞は一見に如かずと言うし、魔力は消費するが、本来の体に戻るとするか。ちょいとすまんが、ワシに近づかないでもらえぬかな。ワシがドラゴンの体に戻った時に、押しつぶされたくはないじゃろ?」

 そう言うと老人は、またドームの中央まで戻ると、何やら精神を集中させ始めた。

「すごい……。この力の流れは、魔力?」

「人間の珠美香ちゃんにも感じられるの? さすが珠美香ちゃん。エルフィン皇女と同一の能力を持つとされているだけはあるわね。……それにしてもすごい魔力っ!」

「詩衣那さん、魔力の流れが強すぎて、気持ち悪くなってきませんか? なんだか体がひっくり返りそうな変な感じなんですけど……」

「魔力の流れは感じられるけど、そんな気持ちが悪くなったりは無いわね」

 首を少し傾げてしばし考えた後に詩衣那は答えた。

「じゃあ、この魔力の流れを気持ち悪いと感じてるのは、私だけ?」

 少々、納得がいかない様子の美姫。電子機器の影響で吐きそうで気絶しそうな酷い気持ち悪さではなく、なんとなく不快な気持ちという程度なので、まわりから同情すらされないのが悔しい。

「完全な人間の僕にしてみたら、静電気がビリっときたほどにも感じられないんだけどね」

 珠美香に詩衣那、それに美姫は魔力を感じ取れているようだが、剣持主任には、魔力と言われてもなんのことだがさっぱりだ。

 さて、そうこうするうちに老人の体はゆらゆらと揺れる蜃気楼のような状態へと変化し、そして空気の揺らめきが消えた後には、白くて長い毛に覆われた巨体をうねうねとくねらせた白竜がいたのだった。

「さて、これがワシの本来の姿、白竜王吹雪じゃ。よろしくお頼み申しますぞ」

 神秘的な威厳を込めて話す白竜王吹雪。地の底から響いてくる唸り声のようなドラゴン本体の声にかぶせるように、思念に依る声が伝わってくる。

 思念に依る声といっても、『音声が聞こえてくるような感覚』を疑似的に感じているので、白竜王吹雪が実際に喋っているように感じられる。

「白竜王吹雪様、ひとつお教え願いたいのですが、ドラゴン形態と人間形態の切り替えは、ドラゴンであるならば誰でも可能な技なのでしょうか?」

 いつになく真剣な面持ちをしながら剣持主任が白竜王吹雪に問いかける。その顔の横では、加賀詩衣那も同じような表情でパタパタと蝶のような羽を羽ばたかせて浮いている。ふたりの気持ちは同じなのだろう。

「ふむ、それなりの魔力の消費はあるわけじゃからして、生まれてから百年にも満たない幼竜には無理じゃ。しかしある程度成長したドラゴンなら誰でも可能じゃな」

「では、その人間化する技は、妖精にも可能なんでしょうか?」

「……可能であるとは言えるが、意味は無い。と、答えておこうかのう」

「詳しく説明していただいてもよろしいですか?」

「話すよりも、実際に見たほうが分かりやすいじゃろう。ほれ、美姫さんとやら。お前さんは感情体との入れ換えに関して才能がありそうじゃから、ワシがまた人間の姿になる時の魔力の流れを受けるがいい。一時的ではあるが、妖精の体から感情体に入れ替わることが可能になるはずじゃ」

 白竜王吹雪は、その短い手を美姫のほうに伸ばし、鉤爪がついた指で指差した。

「へっ? 魔力の流れを受けるって!? ていうかもしかして人間の姿になれるの? 一時的とはいえ、それは嬉しいかも」

 一瞬、キョトンとした表情になった美姫は白竜王吹雪の言葉を理解すると、顔を輝かせた。

「ちなみに一時的とは、どれくらいの時間なのでしょうか?」

 剣持主任が、真剣な面持ちで質問する。

「ま、ドラゴンならば一時的とは言っても年単位で感情体となり、人間の姿を保つことは可能じゃが、妖精の平均的な魔力じゃと、まあ半日もてば長いほうじゃな」

「そうですか」

 落胆の色を隠せない剣持主任。そしてその横では、同じく詩衣那も暗い表情をしている。

「とにかく話を聞くだけよりも、実際に目にしてみることじゃ。ほれ、美姫さんや。とりあえずワシの側に来なさい。お前さんは、またワシが人間の姿になる時の魔力の流れを素直に受け止めればそれでいい」

「……長くても半日かあ。でもまあ、自由に人間化することが出来るようになったら便利だよねえ」

 美姫は、人間の姿になれるかもしれないという事実に、ちょっとワクワクしている。人間の男子高校生だったのに、妖精少女に変わった経験からすると、一時的とはいえまた人間になれるかもしれないという事実は、さほど驚くことには値しないという心境だ。

「ところで、危険なことは何もないよね?」

「うむ、危険など何もないことは、ワシの名にかけて誓おう」

「分かった。じゃあ信用してみようかな?」

 ということで、美姫は簡単に状況を受け入れて、白竜王吹雪の言葉を信用したのだが、他のメンバーも簡単にそう思ったのかというと、そうではなかった。

 その直後、モニター越しで見ていた海斗や結菜もドームの中にやって来て、『大丈夫だろうか?』、『やめたほうがいいんじゃないか?』という意見がけっこう出てきて美姫を足止めしたのだ。

「ちいさいお母さんが人間になっちゃうのは嫌だよぉ」

 特に結菜の言葉の破壊力は抜群だった。美姫は一瞬、『やっぱやめようかな』と思ったのだが、先ほどから悲しそうな顔をして黙っている詩衣那を見て、美姫は決心した。

「結菜ちゃん。一時的なことだから大丈夫。ちゃんとまたお母さん、今の姿に戻るから」

「本当?」

「ほんと、ほんと♪ 約束するから」

「じゃあ、それでいい」

 とまあ簡単に結菜を説得した美姫は、もう一度ちらりと詩衣那の姿を目にした。やはり詩衣那は悲しそうな顔をしているように見えた。

 妖精少女と化してから詩衣那と知り合って数々のガールズトークをした中で聞いた話により、美姫は知っていたのだ。

 詩衣那は妖精となってから、ようやく自分は剣持主任のことが本当に好きなのだと気づいてしまったこと。しかし妖精の身では人間である剣持主任と愛し合うことは出来ないということを。

 そして、もしも妖精が一時的とはいえ人間になる方法があるのなら、ふたりは再び愛し合うことができるということにも気がついてしまったのだ。

「……白竜王吹雪さん、危険が無いということなら、お願いします。……本当に危なくなんかないですよね?」

「もちろんじゃ」

 そして美姫は意を決すると、その白い鳥のような羽を羽ばたかせ、うねうねと巨体をくねらせた白竜王吹雪の元へ飛んで行った。

「……よし、それでは床に降りて、静かに魔力の流れを感じておるのじゃ。決して流れに逆らうでないぞ」

 その言葉にうなづくと、美姫は言われた通りに床に着地し、目を閉じて魔力の流れを感じることに意識を集中した。ドーム内にいる他のメンバーは、それぞれの想いを胸に抱きながら、じっとその様子を見つめていた。

「では再度、人間の姿を取ることにしようかのう。ほれ、いくぞっ!」

 白竜王吹雪のどこか間の抜けた声が響くとともに、みたび空気が揺らめき、ドラゴンの姿が美姫とともに蜃気楼のようになったかと思うと、ふっとそれが治まる。そしてまたしても姿を表した中華仙人風衣装を身にまとった老人と……。

「うわぉ!? 本当に人間になってるっ! ていうかこの大きさって幼女っ!? しかも丸裸っ!!」

 ……人間化した美姫がいた。外見からの推定年齢5歳。つるつるペタンな立派な幼女様(?)であった。ちなみに髪の毛は妖精だった頃と同じく青い髪だったが、足首まで届きそうな長髪だ。

「いや、幼女とはちょっと違うんじゃがのう。ほれ、何もついてないじゃろ?」

 そして吹雪老人は、美姫の股間部をペロンっと撫でた。

「うきゃぉ! いきなり何をっ!? って本当に何にもついてないっ!!」

 人間の幼児と化した美姫の股間には、男女どちらの性器もついていなかった。




「お兄ちゃん、とりあえずシャワーを浴びたほうがいいんじゃない? なんか汗と垢で臭いし」

 珠美香は研究所のスタッフが持ってきてくれたバスタオルを裸の美姫に巻きながら鼻をつまむ。

「……臭いはわからないけど、確かに体は洗いたいかも。何だか身体中が痒いし」

「ちいさいお母さん、本当に人間になっちゃたんだね? でも体が大きくなってもちいさいままだね」

 何がちいさいかというと、言うまでもなくおっぱいのことである。というか現在の美姫、わずかにあった膨らみすら無くなっている。

「うーん、あとで妖精世界のアヒカルさんに報告しないといけないことばかりだなあ」

 海斗はどう話したものかと、頭を抱えていた。

「とりあえず珠美香君は美姫君を連れてシャワー室で体を洗ってあげてくれ。その間に何か着るものを用意させておくから」

 そう言いつつも剣持主任の視線は美姫の股間に、本当に何もついてないのを確認していた。もちろん学術的な興味であるのは言うまでもないが、言ってしまうと何故か言い訳っぽくなるのはどうしてだろう?

「分かりました。じゃ、ちょっと行って来ます。ほら、お兄ちゃん行くわよ」

「ちょっと待って、珠美香。足がふらついてうまく歩けない」

「しょうがないなあ」

 慣れない体なのか、美姫は手足にうまく力が入らない。珠美香はペタンと尻餅をついた美姫をひょいっと抱き抱えると、シャワー室に向かって歩きだした。

「あっ、結菜も一緒に行くーっ!」

 珠美香と美姫の後を追って結菜がドームの出口から外に出ていくと、その場に残った剣持主任と海斗、詩衣那の三人は、老人となった白竜王吹雪に向き直った。

「それでは、色々と教えてもらってもよろしいですか?」

「その前に、約束のうまい食事と酒をくれんかのう。魔力がずいぶんと減ってしまったでのう」

 剣持主任の声は真剣だったが、白竜王吹雪は飄々としていた。というか魔力を使い果たしたような感じには見えないので、おそらく食事と酒を無心する為の口実だろう。しかしそうは思っても、指摘しないでおくのがコミュニケーションにおいては重要である。

「それでは席を移したいと思いますが、その前にまずはこれを身に付けてください。御存じかと思いますが、機械からの悪影響を中和するキャンセラーです」

「おお、キャンセラーのことはエルフィン皇女たちから話を聞いて知っておる。まったくすごいものを作り出したものじゃな。この世界の人間もたいしたものじゃ。あの世界の人間とはやはり同族ということかのう」

 剣持主任の手から携帯用のキャンセラーをふたつ受けとると、白竜王吹雪はサイズが合う左右の人指し指に、そのキャンセラーをそれぞれはめた。

「とりあえずそれをつけていれば、電子機器が出す魔法への悪影響は中和できますから、安心して下さい」

「うむ、その効果のほどはちゃんと聞いておるから心配なんぞしとらんよ。じゃあ、案内してもらおうかのう」

 その後、席を移した一行は、白竜王吹雪の飲食に付き合うことなった。そしてその胃袋の大きさはドラゴン本体の大きさに準じているのだということを知ることになる。



「あーっ、さっぱりした♪」

「さっぱりしたーっ!」

「……逆に疲れたかも」

 珠美香に抱かれた幼女に見える美姫がさらに結菜を抱いている。三人ともほかほかと湯気をあげているようだ。結局、美姫だけではなく珠美香も結菜もシャワーをしてきたのだろう。ちなみにシャワーシーンは各自脳内で補完することにしてほしい。

 なお、美姫は黄色いワンピースを着ているのだが、長い髪を赤いリボンで結んでサイドツインテールにしているのが可愛い。髪の毛が青で服が黄色、リボンが赤だから『まるで信号のようだ』と皆が思ったのだが、言わないのが思いやりというものである。

「お帰りなさい。三人がシャワーを浴びている間に、吹雪さんの食事もようやく終わったみたいよ」

 詩衣那が、ちょっと呆れた感じで言う。まあ、呆れるのも無理はない。何せ、その食べた量が尋常じゃない。ちょっとした食料品スーパーの商品すべてを食べ切ったのではないかというほどの量を食べ切ってしまったのだ。これに呆れず、何に呆れると言うのだろう。

 しかしそのおかげで詩衣那の顔から悲しみの色が消えたのは幸いであった。

「ふむ、中々にうまい飯に酒じゃった。礼を言わせてもらいますよ」

「いえ、満足していただけたのなら幸いです。……それでは、白竜王吹雪様が知っていることを教えていただきたいと思うのですが、いかがでしょう?」

「ま、話さないわけにはいかないじゃろうなあ」

 お腹を満足そうにさする白竜王吹雪であったが、あれだけ食べたのにそのお腹は全く膨れていない。それは妖精がその体からはありえないほどの量の食べ物を食べても、お腹がポッコリとは膨れないのと同じ現象であった。

「それでは、関係者一同がそろったということで、話を始めさせてもらうとするかのう。本来、これから話す話は、ドラゴンのみに伝えられる内容でな。妖精を含めた他の魔法生物には話すことが禁じられておるのじゃが……、まあ平行世界の人間とはいえ、人間と新たに接触出来た今は、そのような禁も有名無実となったじゃろうからのう。まあ、良しとするか」

 意外と軽い感じでそう言うと、白竜王吹雪は、剣持主任、詩衣那さん、海斗、そして美姫に珠美香に結菜を前にして、静かに語り出した。異世界である妖精世界とは、いったいどんな世界であり、ドラゴンや妖精という存在する為に魔法の力を利用している生き物がどうして生まれたのかということを……。



「ドラゴンというのは人間に作り出された生き物たちの中でも特に長命でのう。本来なら他の種族たちには話せないような内容の話も、まだまだしっかりとした内容で伝わっておるというわけじゃ」

 これから話す内容はいいかげんな伝説ではなく、記録された歴史であるという意味が、話を聞いている結菜を除く一同に理解されたであろうことを感じ、白竜王吹雪は再び口を開き始めた。

「妖精たちに召喚される前にワシが本来住んでいたのは、ドラゴンだけが住む世界じゃった。かつて繁栄の絶頂期を迎えた人間たちによって作られたドラゴンは、その住処として人間たちが住んでいた世界と平行して存在する世界を与えられたのじゃ。もっともそのあたりの詳しい事情は、ワシもようは知らん。なにせ当時は生まれたばかりの言葉も知らない幼竜じゃったからのう。この話は、人間たちと一緒に暮らしていたというワシよりも年上のドラゴンに聞いた話じゃ……」

 この段階で白竜王吹雪から、ドラゴンがドラゴンだけの世界を与えられたように、人間によって作られた様々な魔法生物は、それぞれの世界をひとつずつ与えられているということが語られた。

「それでは妖精たちも人間によって与えられた平行世界に住んでいるということですか?」

「いや、妖精たちの場合はちょいと特殊じゃ。今、お前さんたちが妖精世界と呼んでいる平行世界は、本来人間たちがもともと住んでいた世界なのじゃよ……」

 約2万年前、あの世界の人間たちがどこかへ消えてしまった時までに、他の魔法生物はそれぞれの世界を与えられたが、妖精たちだけは、人間が消えてしまった世界そのものを与えられ、今に至っているという。

 どうして妖精だけそのような特別な状態になっているのかは分からないが、もしかすると人間が一番最初に作り出した魔法生物が妖精であったことに関係があるのかもしれないとのことだった。

「ちなみにあの世界の人間がまず最初に妖精という生き物を作り出した動機というか、理由なのじゃが、一言で言えば愛玩動物、つまりはペットを作り出すのが目的だったらしいと聞いておる。それは他の魔法生物に関しても事情は同じなんじゃが、その点が色々とおおっぴらには話しづらいところじゃな」

 白竜王吹雪は食後のお茶をすすりながら、妖精がペットとして創造されたということについて更に詳しい内容を話し始めた。

 妖精は背中の羽とそのサイズを除けば、外見は人間そっくりであるのだが、いわゆる美男美女しかいないという点が、こちらの人間世界では従来から謎とされてきた。

 しかしそれは謎でもなんでもなく、かつて繁栄したあの世界の人間の究極までに進化した遺伝子操作技術により、【妖精はペットとしてそのように作られている】からだというのがその理由だというのだ。

 どうせペットにするなら美しいほうが良いというエゴにより、妖精はそのような姿をしているのだということを、白竜王吹雪は説明した。

「ちなみにじゃな、ワシがドラゴンの形態を取っているときの姿なのじゃが、かつての人間世界において、とあるフィクション作品の中に出てくる竜をモデルとして作られているらしいんじゃが、知っとるかのう?」

「……もしかしてアレかな。確かにあの竜はウロコじゃなくて白い毛で覆われていたけど、ツノは無かったはずなんだが、そこが平行世界の差というやつなのかな?」

 その場で最年長の剣持主任がブツブツとつぶやく。どうやら思い当たる作品が有るらしい(笑)。

「ほほう、どうやら剣持主任は知っとるらしいのう。出来たら後でいいからその作品を見せてもらいたいのう」

「ええ、それは構いませんが、落胆しても知りませんよ」

「かまわん、かまわん。どうせ単なるモデルじゃ。ワシそのものじゃないことは分かっとる。……さて、それで話をもどすのじゃが、あの世界の人間たちが作り出した魔法生物の中で最も初期のタイプが妖精という訳なのじゃが、その特徴はそこにいる美姫さんの感情体を見れば分かるように、妖精の感情体は、男女の区別が無い無性体であるということになるわけじゃな」

「見た目は幼女なんだけどね」

 白竜王吹雪の言葉に対して、美姫が溜息のように合いの手を入れる。

「白竜王吹雪様、そもそも先ほどから話に出てくる【感情体】とは、いったいどういう意味なんでしょうか?」

 美姫の言葉を無視するように、剣持主任は白竜王吹雪に対し、ストレートに質問をした。

「ふむ、感情体とは文字通り、魔法生物の感情を司る器官のことじゃな」

 そして、白竜王吹雪は言葉を続けた。

 そもそも人間がペットとして作り出した妖精をはじめとする各種の人工的な生命体は、本来は自我の無い、生体アンドロイドかロボットのような存在だったという。

 人間の命令に従い、単純に言われた通りのことをするだけの存在だったというのだ。

 しかしいつしか人間たちは、そういった命令のみに従う存在ではなく、自分の意思を持って自己判断をする、いわゆる自我を持った生命体を作り出そうと思ったのだという。

 当初は妖精を初めとする各種人工生命体の本体をいじることによって自我を持たせようとしたのだが、ことごとく失敗。どうやってもそれら生命体に自我を持たせることはできなかったのだという。

 ところがどういう技術的ブレイクスルーが有ったのかは不明だが、妖精やドラゴンといった本体とは別に、人間の体をベースにして作られた体を亜空間に置き、それと本体を魔法でリンクさせることにより、妖精やドラゴンに人間のような自我や感情を与えることに成功したのだという。

「まったくもってそのへんの技術的なことは不明なのじゃが、ようは妖精やドラゴンたちの本体とは表裏一体の亜空間に設置されているこのような人間形態の体のことを感情体と呼んでいるのじゃ。ワシの場合はドラゴンの体が本体であり、普通は亜空間に存在させておる人間に見えるこの体が感情体という訳じゃな」

 そして妖精やドラゴンといった人工的に作られた生命体は、亜空間に感情体を持つようになり、感情体が魔法によって本体と繋がって一個の生命体として存在する魔法生物となった。

 しかしそのような形で存在するには常時魔法の力を必要とする為に、魔法を阻害する何かを出している電子機器に対して弱点を持つ存在となってしまったのだろうということを白竜王吹雪は説明した。

「なるほど、そこのところは分かりましたが、なぜ妖精の感情体には男女の性別が存在しない無性体なのでしょう」

「なに、もともとワシらドラゴンを含めて、すべての魔法生物の感情体は男女の性別が無かったということなのじゃが、感情体が無性体のままじゃと性欲にきわめて薄い状態になるらしくてな、いわゆる繁殖の為の改良ということで、第二世代、第三世代あたりから、感情体にも男女の区別がつくようになったらしいのじゃ。しかしじゃな、妖精の場合は話が別じゃ……」

 ペットであるなら繁殖も必要だが、妖精の場合は無性体のままの感情体でも性欲を普通に感じ、それなりに繁殖していったのだそうだ。どうやら本体がサイズこそ違えど人間とほとんど同じ姿形をしていることが原因らしいと推測されていたそうだが、詳しいことは白竜王吹雪も知らないという。

「あのぉ~~、もしも妖精の感情体にも男女の区別があったら、どうなっていたのかはわかりませんか?」

 とりあえず自分のことでもある美姫が、おずおずと手を挙げ、質問してきた。姿だけを見ると完全な幼女なので、可愛らしさは格別だ。

「ああ、話に聞いたところによると、妖精にも試験的に男女の区別があるタイプが作られたことがあったらしいのじゃが、結果的には大失敗になったらしいのう」

「大失敗って、具体的には何が失敗だったんですか?」

 小首を傾げて美姫が尋ねる。揺れるツインテールが見目麗しい。

「なに、簡単じゃ。性欲が強くなりすぎて、年がら年中発情した妖精たちが、あちこちでそういうことをしていて困ったという話が伝わっておる」

 その話を聞き、一同、何とも言えない雰囲気になる。苦笑いのような表情になるのが押さえられない。

「ねえねえ、ちいさいお母さん。『そういうこと』って、どういうこと?」

 まだまだ空気が読めないリアルな妖精幼女の結菜の発言だけが、その場を満たしていた。そしてその何とも言えない雰囲気の中、白竜王吹雪は剣持主任と詩衣那に対して言うのだった。

「妖精がその本体と感情体を入れ替えて人間化するのは可能でも、意味が無いと先ほどワシが言った意味が分かったじゃろ? 体のサイズは幼児で、なおかつ無性じゃ。肉体的に愛し合うことは無理じゃからな。人間化しても意味が無いわけじゃ」

 どこまで事情を察しているのか、白竜王吹雪の声はどこか憐憫れんびんを感じさせるものだった。



「おお、そこじゃそこ。うう、おお、なんと気持ちいいんじゃ。うおぉ、くぅ~~、体の芯から疲れが取れるようじゃ。……はふぅ、お、お主、只者ではないな」

 長谷川家の美姫の部屋において、なぜか老人の姿の白竜王吹雪がマッサージを受けつつ、それなりに艶やかな声を出していた。あまり聞きたい声ではないけど。

「あの、美姫お姉さん、なんで僕は、見知らぬお爺さんのマッサージをしているのでしょうか?」

 マッサージの手を緩めることなく的確に手は動かしたまま、佐藤雄高は、脇に置かれたクッションの上でくつろぐ美姫に問いかけた。

 ドラゴン召喚と、その後の美姫の感情体を顕現させたことによる人間化が有った時から数時間が経ったその日の夜のこと。指圧マスターともゴッドフィンガーとも呼ばれる佐藤雄高は、珠美香からの電話により、長谷川家に呼び出されていた。

 既に美姫はいつもの妖精少女の姿に戻っている。魔力が切れた状態で感情体である無性の幼児から妖精少女へと自然と変化したのだが、その状態は最悪だった。

 魔力切れによる疲労感が半端なく、雄高のマッサージを受けて少しでも楽になろういうことで、珠美香に電話をしてもらい、雄高を呼び出したのだ。

 ちなみに今の雄高は、珠美香にお願いされたら断れない状態にまで調教されているのは言うまでもない。まことに哀れなり。愛の奴隷とはこのことを言う。しかし本人は幸せなので邪魔しないでおこう。

「そりゃあ、私をマッサージする佐藤君の腕を見て、白竜王吹雪さんが、自分もしてもらいたいと思ったからでしょ」

 既にマッサージをしてもらった美姫は、ふにゃけた顔をクッションにうずめつつ、雄高の質問に答えた。

「雄高君、ごめんね。お兄ちゃんが無茶言ってしまって」

 うるうると目を潤ませて、上目づかいに雄高を見る珠美香。男なのに女の武器の扱いに長けている男の娘である。元女の子だったのは伊達じゃない。

「あはは、い、いや、それは良いんだよ。ただ、僕はこのお爺さんはいったい誰なのかな~って、思っただけだから」

「うむ、白竜王吹雪じゃ。よろしくな。佐藤雄高殿。お主のマッサージは最高じゃ」

「いえ、お役に立てて光栄です。ていうかお爺さんの名前、白竜王吹雪っていうんですか。えらく格好良い名前ですね」

「ほっほぅほっ、まあそういことにしておこうかのう。ところでワシは、確率を少しだけ幸運の方向に操作する魔法が得意なのじゃが、お主と珠美香さんのふたりに、その魔法をかけてあげよう。なあに、この素晴らしいマッサージのお礼じゃよ」

 そう言うが早いか、白竜王吹雪はなにやら精神を集中させると、妖精たちが使う魔法とはまた別種の魔法を展開し、それを発動させたのだが、特に何が起きたということも無かった。

「白竜王吹雪さん、えらくまた強力な魔力の流れを感じたんだけど、いったい何をしたの?」

 先ほどまでのふにゃけた顔を真剣な顔に戻し、美姫が訊いた。

「なに、簡単に言えば幸運が訪れるようになるおまじないをかけたということじゃな」

 顎から伸びた白い髭を撫でながら、白竜王吹雪はおちゃめに片目を瞑った。まったく似合っていないがウィンクのつもりらしい。

「幸運が訪れるようになるおまじないっ!? すごいじゃない雄高君っ! きっとものすごい幸運がやって来るわよっ!!」

 中華仙人風の衣装からグレーのスウェットに着替えた、どこにでも居そうなこの老人が、実は本物のドラゴンである白竜王吹雪だということを知っている珠美香は、真剣に喜んでいる。

「え? そ、そうかな。いや、まあ、ありがとうございます。白竜王吹雪さん」

 白竜王吹雪というのが単なる名前だと思い込んでいる雄高は、目の前の老人が本物のドラゴンであるということには気づかず、というか普通は気づかないのだが、『珠美香ちゃんが喜んでくれているならそれでいいか』などと思っている。

 実はこの時にかけてもらった『幸運が訪れるようになるおまじない』は、後日、とんでもない幸運を雄高と珠美香のふたりに運んでくるのだが、それを語るにはもう少し時を待たねばならなかった。

「さてと、それでは体の疲れも取れたことだし、そろそろ寝させてもらうとするかのう。珠美香さんや、出来たらここに布団を敷いてもらえるかのう?」

「え、白竜王吹雪さん、私の部屋に寝るの!?」

 寝耳に水の美姫は、びっくりして声を上げる。

「当然じゃろ、何しろ長谷川美姫さんは、【ドラゴンマスター】なんじゃからな。召喚獣(?)がマスターの側に居るのは、当たり前の話じゃ。マスターたるもの、召喚獣の世話は欠かすでないぞ」

「えーっ! そんなあ……」

 明確な拒否の言葉を言わない美姫を見て、ニヤニヤと楽しそうな白竜王吹雪。この瞬間に、白竜王の吹雪が長谷川家に居候することが決まったのであった。

「じゃあ、前にお兄ちゃんが使っていた布団を敷きますね」

 状況を理解した珠美香は、美姫の部屋の押し入れを開けると、そのまま布団を取り出し、素早く敷いた。そして雄高を連れて部屋を出て行く。

「それじゃあ、白竜王吹雪さん、お兄ちゃん、おやすみなさい」

「ええと、ふたりともおやすみなさい。お爺さん、幸運になるおまじない、ありがとうございました」

 そそくさと出て行く珠美香と雄高。トラブルに巻き込まれない基本が分かっている。



 そしてその夜、美姫は白竜王吹雪の盛大ないびきに悩まされることになるのであった。

「えーん、これじゃあ、白竜王吹雪じゃなくて、【白竜王いびき】だよ~~」



 ちなみに雄高であるが、珠美香の『もう遅いから泊まって行って♪』の声に逆らえなかったのは、読者のご想像の通りである。

 その晩、ふたりは同じ布団で寝たそうだが、何があったのか無かったのかは、読者ひとりひとり分の想像、いや妄想の数だけ色々なパターンがあったであろうと言っておこう。

 肌にてらてらとした汗が光っていても何の不思議もない、まだ夏の暑さが残る夜であった。

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