第二地球圏物語 前史
It is historical in front of The second Earth area story
妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール
作:紅衣北人 / ジャージレッド
第22話 白竜王吹雪召喚
夏休みが終わり、緑ヶ丘高校だけではなく全国のほとんどの学校に新学期が訪れた9月某日。妖精少女である長谷川美姫は、質問攻めにあっていた。……主に水城江梨子ちゃんから。
「美姫お姉さまっ! 妖精の魔法を強化して飛行する新型の宇宙船で月に行ってきたっていうのは本当ですかっ!?」
江梨子は仕様であるはずのメガネをキラリンと光らせることすら忘れて、美姫に迫る。お昼時、窓の外からの風はやや涼しさを感じさせる。……こともなく、その風の熱さは江梨子が発する熱気と同じ程度には熱かった。
「江梨子ちゃん、メガネ、メガネ。レンズが光ってないよ」
「あら、これは私としたことが」
江梨子の横にいた大島早苗が指摘すると、律儀にも江梨子は姿勢を正した上でポーズを変えつつ、メガネのレンズを三度光らせた。
キラリン、キラリン、更にキラリンと。
「……江梨子ちゃん、それって大事なことなの?」
「ええ、仕様ですから。最近、出番が少ないような気がしますのでアピールは必要かと」
脱力した美姫の問いに対し、当たり前という感じでメタな発言で答える江梨子。どうやら本人にとってメガネのレンズを光らせるのは、存在意義にも関わる重要な要素なのだろう。
「じゃあ、私も♪」
と言いつつ早苗は椅子に座った状態から立ち上がり、『う~ん』と背伸びをしながらその豊かすぎるFカップな胸を前に突き出して強調する。更に胸を持ち上げる感じで腕を組み、しばらくその姿勢を保ったかと思うと、『ふ~っ』と息を吐きつつ勢いよく座り直した。
そして慣性の法則は見事にその役割を果たし、白いブラウスの下に隠れているが隠れきれていない早苗の胸を大きく『ぷるんぷるんぷるりん』と揺らすのだった。
「……ごちそうさまでした」
昼のお弁当を食べる為に同席していた佐藤雄高は早苗のアピールを正面から見ることになり、食事前にも関わらず手を合わせて思わずそう言ってしまった。もちろん手を合わせて軽く頭を下げているが、目線はやや上向きになっていて小刻みに揺れる目標をロックオンし続けている。
「もうっ! 雄高君ったら……」
「痛っ! ご、ごめん澄香ちゃん」
そして雄高の隣に座っていた長谷川珠美香が、やきもちを焼き、雄高のももを軽く(?)つねる。既に実質は恋人同士の雰囲気を出しまくりなのだが、お互いともに明確な言葉で告白はしていない。奥手なカップルなのだ。
ちなみに雄高に珠美香、ふたりとも男子高校生であるが、珠美香は元女の子で、今男の娘(?)である。女の子にしか見えない外見をしており、男子用の服を着ていても男装した女の子に見えるという男の娘の中でも非常に珍しい希少種で、なんと肉体は完全な男なのに戸籍は女性となっている。言われても分からないと思うが、言わないともっと分からないので言っておく。
……というわけで、ここまでが様式美であり、いわゆるお約束である。
しかし佐藤雄高、指圧マスターとか、ゴッドフィンガーとか呼ばれている凄腕の指圧師(将来の)なのに、既に尻に敷かれているとは……。げに恐ろしきは男女の仲である。男女でなく男と男の娘だけど。
そして質問は再開する。
「美姫お姉さま、真相をっ! 新聞やテレビでは詳しい報道は何も無しですが、ネットでは自衛隊や在日米軍の戦闘機がスクランブルしただとか、月面着陸して月の石を取ってきたとか、そして……、月の裏側で幽霊に出会ったけど、なぜかその写真は公開されていないとか色々言われていますけど、真相は、本当のところはどうなっているんですかっ!?」
美姫の口元に突きつけられる江梨子のエアマイク。そして江梨子は一気にまくし立てる。その剣幕に、美姫は話さざるを得ないと覚悟する。話さない限り、江梨子は美姫を離さないからだ。そして美姫、そして珠美香は、その件について江梨子たちに説明をするのだった。
「私と、海斗さんと夏樹君の妖精組三人で、新型の宇宙船、うみねこ号に乗って月に行ってきたのは事実なんだけど……」
「なんだけど?」
「ちょっともう、2度目は無いって感じなんだよね」
「えっ、それっていったいどういうことなんですか?」
美姫が歯切れ悪そうに話す内容に、江梨子は疑問が膨らむばかりである。そこに珠美香が新たな情報を提供する。
「米国から、有人で月へ行くことは禁止って言われちゃったのよ」
「珠美香ちゃん、それは本当のことですか?」
「ホント、ホント。冗談でなく本当の話。月への着陸どころか、飛行もダメなんだって。私も2度目の月旅行には行きたかったけど、でもまあ、月であんなものに出会うんだったら、行けなくなってもしょうがないかな。ね、お兄ちゃん?」
今回は地上スタッフだった珠美香も、実は月旅行に行きたかったらしいのだが、それはそれとして、珠美香は江梨子の質問に答えつつ、美姫に同意を求めた。
「……お兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんだから。まあ、それはともかくとして、月にあんなものがいるなんて知った後は、米国から禁止されなくても、ちょっと行きたくないなあ」
「……なるほど。それで、美姫お姉さま、実際のところ、月では何を見てきたんですか?」
江梨子は『米国から禁止された』という事実を聞くと、それまでの興奮を抑えて、静かに語り出した。
「そのものズバリということで宇宙人と出会ったんですか? それともそっち方面の噂では、月には透き通った極彩色の雲や光る白いものが写真に写ったりすることもあるそうですけど、もしかしてそういったものを見てきたんですか?」
その言葉を聞いて美姫と珠美香はお互いに顔を見つめ合うと、軽くうなずき、声を落として話し出した。
今回のフェアリードライブ搭載の宇宙船うみねこ号において、月面までの飛行と月の表側に着陸するまでは特に何もなかったこと。しかし月面から離陸して月の裏側に入ってすぐに、宇宙船の周囲に魔法で張られた磁場および重力場によるバリアの中に何かが侵入しようとしてきたこと。そしてその何かとは、白いもやもやした靄や雲のようなもので、視界をすべて奪われるほどの密度で宇宙船全体を覆ってしまったこと。そして……。
「ここから先が特に信じられないかもしれないけど、視界全体に広がっていたそのもやもやした白いものが複数の塊に凝縮したかと思うと……」
「……思うと?」
言葉を切って言いよどむ美姫に対して、促すように江梨子が言葉をかける。珠美香以外の他のメンバー、早苗に雄高も息を飲んで美姫の次の言葉を待っている。そして美姫はゆっくりともったいをつけて言うのだった。
「いくつもの人間の顔になったんだよね。まあいわゆる、お化け、というか幽霊?」
「……その時の写真は公開されていないようですが、やっぱりそういった写真は、米国から発表することを禁止されてるんですよね?」
どことなく歯切れの悪い美姫に対して、江梨子はそれこそ本領発揮とばかりに、メガネのレンズをキラリンと光らせながら質問する。なぜならそれが仕様だからだ。
「と、思うでしょ。江梨子ちゃんも。でもね、ちょっと違うんだよねえ」
実は月旅行実施の際の加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班、通称【魔法研究所】の管制室には、途中から情報のリークを受けて、一部マスコミが取材をしていた。当然だが彼らも、うみねこ号からの通信内容を聞いていたし、モニターに映る画像を撮影していたりもしていた。
しかし、しかしである。なんと撮影した写真やビデオを再生してみても、人間の目にはあれだけハッキリと見えていた人間の顔をした幽霊(?)は、何ひとつ記録されていなかったのである。白いもやもやとしたものは、かろうじて記録されているが、美姫たちが宇宙船の窓から、そして珠美香たちが管制室のモニターを通して見たものとはずいぶんとその様子が違っていた。
実際には周囲の様子が分からなくなるほど濃密だったのに、記録された白いもやもやは、後ろの景色が透けて見えるほどの薄さだったのである。記録機器の不調と言われれば、『そうかな?』と納得できる程度のものだったと言えば良いだろう。
「……ということは美姫お姉さま。マスコミは写真の公開を禁止されたのではなくて、公開したくても公開できなかったということなのですね」
「まあ、そういうこと」
腕を組み考え込みだした江梨子に合わせて、美姫も腕を組み、目を閉じながら何度かうなづく。
「でも、写真とかにハッキリと写ってなくて、ちょっと安心かな。心霊写真って、どう扱っていいか分からないし」
「いや、珠美香ちゃん、それは甘いよ。日が経つにつれてじわじわと浮き出てくるような心霊写真だって、世の中にはあるんだからね」
ホッと胸をなでおろす珠美香に対して、隣に座る雄高が不吉なことを言う。
「ちょっと、雄高君、怖いこといわないでよぉ~」
そう言いつつ雄高の左腕に抱き付き、『いやんいやん』と小刻みに揺らす珠美香。甘えた声が良く似合う男の娘である。まったく、男同士(?)で何をやっているのやら。どうやらふたりの間では、現在の男同士という関係は既に障害になっていないのか? まあ、いいけど。
「ごめん、ごめん。でも、なんだったら、お祓いでもしておくっていうのはどう?」
「そうねえ……。お兄ちゃん、どう思う?」
「とりあえず臨時ボーナスも入ってくる予定だし、破魔矢とかお守りとか買って、出来るなら御祈祷もしてもらおうか? 確か学校裏にそれなりに大きな神社があったでしょ。……気休めでもしないよりはマシじゃないかな」
「確かに気休めかもしれないけど、そのほうが気分的に落ち着くかな。……じゃあ、雄高君、申し訳ないけど付き合ってくれる? 学校裏の神社って、山の中にあるから、男の人が一緒にいてくれると安心だし」
自分も男だという自覚があるのか無いのか、珠美香が少し甘えた声で雄高の手を取る。手を取られたほうの雄高は、『アハハ』と笑いながら頭を掻き、まんざらでもなさそうだ。もうこのふたりは勝手にやってなさいというところだろう。
「じゃあ、皆でお祓いしてもらったら、そのあとは景気づけでケーキでも食べにいこうか? ね、早苗ちゃんや江梨子ちゃんも付き合ってくれるよね?」
「……美姫お姉さま、それって、オヤジギャグですか?」
「妖精さんの女の子が、言うセリフじゃないですよ。美姫お姉さん。そこはもっとこう、かわいらしくっ!」
あきれた江梨子に、美姫のセリフにダメ出しをする早苗。美姫は、『ここは笑うところだよぉ~』と抗議をしている。そして珠美香と雄高はふたりの世界に入っていたので、その騒ぎをスルーしていた。スイーツの話題だけに、【すいーっ】と。……ゴホン、ゴホン。
とまあそういうわけで、学校が終わったらみんなして学校の裏山にある神社に行こうということになった。お祓いはともかく、とりあえずその手の場所に行っておくのも良いかということである。まあ、気持ちの問題ということか。
さて、場所(?)は変わって、滝沢海斗とアヒカルのふたりの精神が作り出す夢幻界において、定例の会合が行われていたのだが、最近、ちょっとした不都合が起きつつあった。時差の問題である。
以前は人間世界側と妖精世界側で同期していた時間帯であるのだが、現在は約3時間程度のズレが生じていた。別に世界全体で時間がずれているわけではなく、単純にアヒカルが搭乗しているデウカリオン号が西へ西へと進んだ結果、時差が生じるほど移動してしまったということだ。
妖精世界側の地球は、人間世界側の地球とほぼ同じ地形を持っている。それは加賀重工航空機制作所新技術研究班、通称魔法研究所側から提供された日本地図および世界地図を召喚して、妖精たちが確認したところである。
それによると現在のデウカリオン号の位置は、妖精世界側で言うところの大陸の中央山脈南側であり、人間世界側で言うところのヒマラヤ山脈のネパール側のふもとであった。時差は3時間15分。
この約3時間という時差は、お互いが眠っている間の夢の世界、夢幻界にてコンタクトを取っている滝沢海斗とアヒカルにとり、時間を合わせるという点において少々面倒くさいことになっていたのだ。
以前は普通に眠っていれば良かったのだが、最近の海斗は妖精世界側に合わせて、生活時間帯を3時間ずらしている。現在はまだ3時間ですんでいるのだが、デウカリオン号の目的地は、機械たちが一番最初に姿を現した大陸西端のヨーロッパ地区である。
そこが機械たちによって一番開発が進んでいる場所であろうと推測されているからだ。今回の探索行で発見をもくろんでいる異星人の宇宙移民船団と通信が可能な通信設備も、そこにあるのではないかという判断だ。
さて、話を戻して、たとえばフランスはパリの時差は日本と比べて7時間。ここまでくると海斗は昼夜逆転の生活をしないといけなくなる。とまあそういうわけで、海斗は微妙なところで微妙な苦労をしていたのだった。
「えっ! 月へ行ってきたんですか!? それはまあ、なんというか……、すごく冒険的ですね」
海斗から月旅行をしてきたという話を聞き、どことなく歯切れの悪い返事をするアヒカル。そのお腹は既に目立つまでに膨らんでいた。時期からして妊娠6ヶ月を超えたあたりだろう。いわゆる赤ちゃんがお腹の中で動く胎動も始まっていたりして、アヒカルも自分が母親になるという自覚がようやく強く出てきていたりする。なお、幸いなことに悪阻つわりはひどいことにはならなかったらしい。
「冒険的って、まあ月は真空の世界だし、冒険と言えば冒険かな。でもまあフェアリードライブ式の宇宙船でなら、ロケット式の宇宙船で行くよりもずいぶんと簡単に行くことは出来たけどね」
海斗は人間世界側の常識でアヒカルの言葉を捉えたのだが、アヒカルの真意は違っていた。
「いえ、そういうことではなくてですね……。あの、人間世界においては、月に関する噂とか伝説とか無いんですか?」
「うーん、日本では月にはうさぎがいて餅をついているなんて伝説が有ったりするけど……」
「いえいえ、そんなほんわかした伝説ではなくて、もっと恐ろしい類の伝説なんですけど、ありませんか? そんな伝説は?」
よほど自分の口からは言いたくないのか、アヒカルは出来るだけ海斗の口から正解を言わせようとしている。しかし海斗は元女子大生とはいえ、あらゆる知識を得ているわけではないので、先ほどから脳内を検索しているが、それらしい情報はヒットしない。
「伝説とは違うけど、人間世界側にあったラテン語という言葉には、月を現す【ルナ】という単語があって、そこから派生した【ルナティック】という英語の単語があるんだけど、その言葉の意味は【精神異常】とか、【狂気】とかいう意味なんだけど、関係あるかな?」
そこで海斗は、月を見ると狂気に囚われるという西洋の考え方とか、狼男といった想像上のモンスターが月を見て変身するとかいう話をアヒカルにした。
「どうやら御存知ないようですからお話ししますが、妖精世界側には、『月にはまだ死んでいない死者が住んでいる死者の国があるから近づくな』という伝説があるのです」
アヒカルは、重要な話を打ち明けるという感じで、そっと海斗に話すのだが、ふたり以外には誰もいない夢幻界においてのそのような行為は、海斗にはどこか滑稽に思えた。
「幽霊がいるっていうなら今回の件とリンクするけど、『まだ死んでいない死者』ってどういうことなんだ?」
「伝説では、『死んでいるけど生きている。でも死んでいる。まだ死にきれていない死者が死んだまま生きている』と、されています」
「……まるで禅問答だね」
「禅問答?」
「いや、こっちの話。でもまあ、死んだことに気が付かない幽霊が住んでいるということなら、今回の話とリンクするのかなあ」
実は海斗は知らなかったようだが、人間世界側にも各種神話において、月には死者の国があるとされているものもある。興味のある方は調べてみてほしい。
「まあ、それはそれとして、海斗さん。以前、ご依頼のあったドラゴンを召喚したいという話ですが、一両日中にデウカリオン号は、かつて妖精たちが召喚したドラゴンが住んでいる場所に到着する予定です」
「ドラゴン召喚……。いよいよ人間世界側から妖精世界側にいる存在を召喚する実験が可能になるわけか……」
「感慨深いですか?」
何やら考え込んでしまった海斗を見て、アヒカルは優しく質問をする。海斗の心のうちを知っているが故の感情だ。
「もちろんだろ。ドラゴンの召喚が可能だったら、次はいよいよ……」
「ええ、いよいよ……」
その後、ふたりは言葉を紡ぐことなかった。アヒカルは今は自分のものとなったその体に宿る小さな命を思ってお腹を優しく撫で、海斗はその胎動を感じ取ろうと、アヒカルの膨らんだお腹に妖精となった自分の体を押し当てた。そう、夢幻界における仮初めの体であることは、ふたりには関係の無いことだったのだ。
「エルフィン様、体調のほうは大丈夫ですか?」
「はい、エラ様。私は大丈夫です。それよりもエラ様のほうこそ大丈夫ですか?」
「この高度でも小型艇の中にいる限り空気の薄さも寒さも関係ありませんし、大丈夫です」
「そうですか。無理はしないでくださいね」
「ありがとうございます」
デウカリオン号に搭載された小型艇に乗り、妖精世界に唯一残った大国である秋津島の皇女であるエルフィンと女大魔導師とも呼ばれる老妖精のエラ、そしてパイロット役のアルナの三人は、大陸の中央山脈の中腹に住んでいるというドラゴンの元を訪ねようとしていた。
約50年前、妖精世界に侵略者が現れた。星の世界からやって来たとされた機械群たち。彼らに近づくと妖精は魔法を使えなくなる。それだけならまだしも、存在することに魔法的な力を使っている妖精は、機械たちに近づくと気分が悪くなり、最悪気絶し、そのまま命を落としてしまう。
妖精にとって致死性の毒を吐くモンスターにも等しい機械たちに対抗する為に、妖精たちはかつて様々な魔法生物を異世界から召喚した。その中には魔法生物において最強とも言われるドラゴンがいた。
しかしそのドラゴンとて存在することに魔法を使用していることに変わりはなく、魔法を阻害する何かを発している機械に近づくと攻撃魔法を発動させることどころか、妖精と同じく気分が悪くなり、気絶するに至ってしまった。
幸いにもその時は、機械のほうが自分からその場を離れてくれたのでドラゴンは死に至ることはなかったのだが、ドラゴンでも機械には対抗できないということが分かったので、妖精世界に召喚されたドラゴンは、彼一体のみとなった。
その後、彼はその地形から機械たちが侵略の矛先を伸ばさなかった大陸の中央山脈にその居を構え、今に至っているという。何でも一年を通じて氷雪が存在するその場所は、召喚される前に住んでいた場所に良く似ているとのことだ。
「エルフィン様、エラ様、間もなく目的地に到達します。ご準備を」
小型艇を操縦していたのは、護衛も兼ねているアルナである。エラの弟子であり、攻撃魔法、特に電撃が得意な妖精の女性である。
美姫たちが月まで行って帰って来た宇宙船うみねこ号と違って、妖精たちが運用しているデウカリオン号には与圧機構はついていない。あくまでも低高度を低速で航行することを前提として建造されているにすぎない。
中央山脈、つまりはヒマラヤ山脈のような場所まで到達するには力不足なのである。よって最低限の与圧機構がついている小型艇に乗って、エルフィン、エラ、そしてアルナは、そこに到達した。山腹に大きな横穴が開いているその場所に。
アルナはその横穴の前に広がる平たい場所に長細い卵型をした小型艇を静かに降ろすと、まずは外界との与圧を同調させてからハッチを開いた。
高度は5,000mを超えたあたりだろうか。天候そのものは晴れており、なんの問題も無いのだが、その空気の薄さと寒さが三人を襲う。とりあえず三人は、それぞれの口元に魔法を使って酸素を召喚し、高山病に対する備えとした。
エラとアルナの妖精ふたりはもちろんだが、人間の体となったエルフィンも身に着けたキャンセラーの力を借りて、酸素を召喚する魔法を使うことは可能だった。
魔法力強化に特化した性能を持つブースターほどではないが、キャンセラーにもある程度の魔法力増幅機能は存在するのだ。
というわけで酸素の薄さに対する備えは万全となったのだが、寒さはいかんともしがたい。しかしそんなことに怯むことなく、エルフィンは言った。
「それでは行きましょう。この奥に白竜王の吹雪様がいらっしゃるはずです」
人間の体となっているエルフィンですら、横穴の奥にドラゴンがいることを感じ取れていた。それほどまでドラゴンの持つ魔法力は強大なのであった。
「はい。エルフィン様」
「御意のままに」
慣れぬ雪道を一歩一歩確実に前へと進み、大きな横穴へと入って行くエルフィン。防寒具に包まれたその手には、小型艇の備品であるハンドライトが握られていた。
エラとアルナは、エルフィンの周りを飛び回り、周囲を警戒しながら後に続く。天然の横穴にしては不自然なほど内部の壁は磨き抜かれたように平滑だ。エルフィンが持つハンドライトの灯りを頼りに曲がりくねってはいるが平坦な道を進んでいくと、やがて一行は、広いドーム状になっている場所に出た。
そこでは壁自体が淡く発光してその場を照らしている。そしてその光の中心に鎮座していたのは、白く長い毛に覆われたドラゴンの巨体であった。
その姿は、いわゆる西洋のドラゴンではなく、東洋のドラゴン、龍に近い。長い体がうねうねとしている。しかし大蛇ではない証拠に、その頭には鹿のように枝分かれした二本の角が生え、その体からは短いながらも手足が生えていた。
「……これが、かつてこの地に有った青海国が召喚したという白竜王の吹雪様。何て大きいんでしょうっ!」
一目見て、エルフィンは感嘆の声を上げた。
「本当に大きいですね。私も話には聞いていましたが、まさかこれほどとはっ!」
人間の体をしたエルフィンから見ても大きいのだから、妖精サイズであるエラから見たら、それはもうものすごい巨体に見えるのは間違いないだろう。
「どうやら吹雪様は眠られていらっしゃるご様子ですが……」
護衛役のアルナが、ドラゴンの顔のあたりまで近づき、その寝息を確認しつつそう言った。するとその言葉に反応して、ドラゴン、いや、白竜王の吹雪が目を開き、そして喋り出した。
「……別に目を閉じて瞑想していただけで、眠ってはおらんぞ」
「これはっ! 申し訳ありません。御瞑想の邪魔をしてしまいました。平に御容赦のほどを」
白竜王の吹雪の言葉を聞いて、とっさにエルフィンが前に出て謝罪の言葉を口にした。デウカリオン号の船長はエラとなっているが、皇女であるエルフィンのほうが位は上である。この場における最高位ということで、エルフィンは突然にこの場を訪れたことに対する非礼を詫びたのだ。
「ほうっ! 珍しい。人間ではないか。長い時を生きるワシでも、生身の人間を見るのは久方ぶりじゃぞ。最後に人間に会ったのは、まだ幼竜のころであったろうかのう」
「いえ、私は秋津島の皇女、エルフィンと申します。今はこのような姿をしておりますが、もとは一介の妖精でございます」
驚く白竜王の吹雪に対して、エルフィンは腰を落ち着け、現在の状況に至った、長い物語を語り出したのだった。
『それでは、珠美香君に美姫君、準備はいいかね?』
スピーカーを通じて、剣持主任の張りのある声が響いていた。いよいよ妖精世界からドラゴンを召喚するとあって、気合が入っているのだろう。
研究所の敷地内には様々な施設があるが、珠美香と美姫のふたりは、大きなドーム状の建物の中にいた。海斗を通じて召喚すべきドラゴンの大きさを確認した剣持主任は、室内に召喚が可能なこの施設内で召喚実験をすることを決めたのだ。
何しろ本物のドラゴンを召喚するのだ。もしも外部に知られた場合、どのような騒ぎになるのか分かったものではない。
ちなみにドームの周辺には、電子機器からの魔法への悪影響を中和する据え置き型のキャンセラーが多数設置されている。ドラゴンもまた魔法的な存在ということで、電子機器には弱いのだ。
「こちら珠美香。準備オッケーです」
「同じく美姫。準備完了っ!」
珠美香と美姫は元気よく返事をする。ちなみにふたりの役割はそれぞれ違う。珠美香は妖精世界の皇女エルフィンと同じく、他者との魔力の同調・共鳴能力を持っている。そこで今回特別に選ばれて参加している500名の妖精たちと、キャンセラーのデータ通信機能を通じてその魔力の同調と共鳴を行うことになっている。それにより、通常では発揮できないほどの魔法出力を生み出すことが出来るのだ。
もちろん、それを複数台が連装されたブースターにより機械的に更に増幅させる予定なのは言うまでもない。
そして美姫であるが、珠美香が500名の妖精と魔力を同調・共鳴させ、それをブースターで増幅させたものを受け取り、その魔法力に方向性を与えて発動させる役割を担っていた。
単純に言えば、珠美香がエンジンであり、美姫がドライバーという関係だ。
『それでは始めよう。詩衣那君、被験者の方々が着けているキャンセラーのデータ通信機能を活性化させてくれ』
『わかりました。……有志の被験者の皆様が身に着けている、事前登録されたキャンセラーにデータ通信機能活性化の為の信号を送ります。……発信完了。…… データ通信機能順次活性化中。……500名分のキャンセラーのデータ通信機能、完全に活性化しました。珠美香さん、始めてください』
オペレーターである詩衣那のその言葉を聞き、珠美香は500名の妖精たちの魔力を感じ取り、同調し、更には共鳴して、その魔法力を増幅させようとした。以前はなかなかうまくできなかったその作業だが、今では片手間に出来るほどの難易度に下がってしまった。
「魔力の同調、および共鳴完了。パワー全開です」
『よし、それでは研究所内の全ブースターを連動して稼働させる。起動せよ』
『……ブースター起動させます。……順次起動を確認。……最大出力まであと20秒。……ブースター最大出力を確認』
『いよいよだな……。美姫君、手順は事前の打ち合わせ通りだ。見事成功させて見せてくれよ』
「ふふふふふ、了解っ! いよいよ私もこれでドラゴンマスターってわけだね。よーし、行っくよーっ!」
そして美姫は膨大な魔力を受け止めると、それをすぐさま召喚魔法として放出する。しかし妖精世界の妖精たちが行うような緻密な魔法陣を描くものではなく、パワーにものを言わせた無理矢理な召喚魔法であった。
「ええと、妖精世界にいる白竜王の吹雪さん。私の声が届いていたら返事をお願いします。私は人間世界にいる妖精の長谷川美姫と申しますっ!」
真の名前を伴っての呼びかけである。しかも超大出力の魔力を乗せた召喚魔法ときた。これで繋がらなかった嘘である。美姫の呼びかけに対しては、すぐに返事が返ってきた。
(ほ、ほう。これはまたなんと強力な召喚魔法じゃ。まるで嵐のようじゃわい。話は全て秋津島のエルフィン皇女から聞いておる。このワシの力が必要ということなら、いつでも召喚に応じてやろう。我の名は吹雪。白竜王の吹雪じゃ。どうじゃ、いい名じゃろう)
その声は美姫にしか聞こえないものではあったが、美姫にはハッキリと聞こえた。
「ありがとうございます。それでは白竜王の吹雪様、私の召喚魔法で、吹雪様を人間世界に呼びたいと思います。召喚に対する承認をお願いいたしますっ!」
(おうっ! 我は白竜王の吹雪っ! 長谷川美姫の召喚に応じ、我は飛ばんっ!)
そして、ドーム状の部屋の中央に巨大な光の柱が産まれたかと思うと、その中から巨大なドラゴンが姿を見せた。長い巨体に、白い毛。そして短い手足。まさに妖精世界側から伝えられた情報の通りだった。
「……もしかして、成功したの? お兄ちゃん」
「もしかしなくても成功したみたいだね。前に見えるのはドラゴンにしか見えないし」
美姫がそう言った途端である。巨大なドラゴンは空気の揺らめきとともにその姿を消し、そこには飄々とした小柄な老人が立っていた。白いひげを長く蓄え、何やら中華風な仙人の衣装を着た老人が。
「ほっほっほっ! ここが人間世界というわけか。まずは色々と見学をしてみたいものじゃのう」
なんとなくマイペースなおじいさんを前にして、美姫は素で反応してしまった。
「誰? おじいさん?」
すっとぼけた声になった美姫を責められる者は、その場には誰もいなかったという。
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