兄妖 第21話

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It is historical in front of The second Earth area story

妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール

作:紅衣北人 / ジャージレッド



第21話 月は不思議だ


 加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班、通称『魔法研究所』のミーティングルームにて、長谷川珠美香のあきれ返った声が響いていた。

「剣持主任。言いたくないけど、言いますが、……マジですか?」

 なんと、研究所の主である剣持道彦主任によって発表されたこと。それは研究所が開発したフェアリードライブ搭載の宇宙船でもって、月まで行ってこようという提案だった。訓練等の準備もなく、いきなり今日行こうと言われても、どうすりゃいいのよということである。

 そもそもカッコつけてフェアリードライブなどと言っているが、その実態は搭乗した妖精が魔法増幅装置であるブースターやキャンセラーの力を借りて魔法で船ごと飛行するというものであり、長年の実績に基づいた信頼性というものは皆無だ。むしろ怪しさ大爆発である。

「うむ、本気と書いてマジと読むというやつだな。やはり魔法研究所なんて呼ばれてはいるものの、本体は加賀重工の【航空機製作所】だからな。普段みんなに払う給料だけじゃなくて、臨時ボーナスの分まで稼ぐには、月旅行くらいのことはしないといけないというわけだ」

「臨時ボーナス……、ですか?」

 キュピーンッ! と、目を光らせる美姫。実は金の亡者だったりする。というか妖精用のグッズは服飾や小物を含めてかなりお高いので、自然とお金を欲しがる性格になっちゃたりするのだ。

 当たり前の話であるが、たとえば人間の場合でも女性の下着というのは良いものになればなるほど高価になってくるが、妖精サイズの女性用下着ときたら、それはもう高価すぎてめまいがするほどである。生産量が少量ということもあるが、人間よりもはるかに敏感な妖精の肌に合わせた下着は、安く作ることがほぼ不可能なのだ。

「美姫、『 0 』がいっぱいついてるのがいいな♪」

 美姫は、もうすでにボーナスをもらった気になりつつあるらしい。

「……で、正直なところ、おいくらくらいなんですか?」

 対して珠美香は、さっきまでの呆れた顔をまじめに変えまた目を光らせながら質問する。実は珠美香の場合は成人後に性転換手術を受ける気でいるので、その為の資金作りという目的もあって、お金が欲しかったりする。とりあえず目標金額は300万~400万円という感じだ。まあ、大目に見積もっておいて損はない。

「ええと、30万円?」

 疑問形で金額を提示する剣持主任。おそらく、臨時ボーナスという言葉は使ったものの、金額等の具体的な話は何も決めていないままに話を出してしまったのだろう。ちょっと焦っている感じなのが見て取れる。

「安っ! 月ですよっ! 宇宙ですよっ! 失敗したら死ぬかもですよっ!? 何でそんなに安いんですかっ! 大幅な増額を要求しますっ!!」

「お兄ちゃんの言う通りっ! 1,000万円でも安いくらいですっ!! いったい何を考えているんですかっ!!」

 対して美姫と珠美香のふたりは、ここぞとばかりに吹っかけているのが丸分かりだ。

 ちなみに日本の場合、宇宙飛行士の給料は、JAXA職員の給与規定が適用されるらしく、大卒30歳で30万円、35歳で36万円とのことだ。賞与は年二回らしいが、仮に一回のボーナスが給与の3ヶ月分としても、100万円前後ということになる。(※危険手当等除く)

 美姫と珠美香はまだ高校生でバイト扱いということを考えれば、剣持主任が提示した30万円という臨時ボーナスの金額も、あながち的外れであるとは言い難いのかもしれない。

「いやいや、無茶言わないでくれ。私の裁量で出せる臨時ボーナスの金額なんて、たかがしれているんだから」

 剣持主任は既に防戦体制に入っている。『しまったことを言った』と思っているのだが、後の祭りだ。しばらく、やいのやいのと言っていると、ミーティングルームに加賀詩衣那と老田結菜の妖精ふたり組が入って来た。当然だが飛んでいる。

「あらあら、なんだか紛糾しているみたいね。やっぱり試作品の宇宙船でいきなり月まで行こうっていうのは反対意見続出なのかしら?」

 まさか臨時ボーナスの額のみが問題となっていることなど知らない詩衣那であった。落ち着いた様子でミーティングルームに設えてある妖精サイズの机に着席する。ちなみに会長の加賀光政は既に帰ったあとだ。

「ちいさいお母さん、結菜、お昼寝してたの~~」

 結菜は5才児らしい可愛らしさでそう言うと、背中の羽をパタパタと羽ばたかせながら美姫の胸に飛び込むと、そのささやかな双丘に顔を埋めて、すり付けるようにしながら何度か動かし、それなりにそれなりな柔らかい感触を確かめていた。

 結菜自身はもちろん、美姫や海斗といった周りの妖精やたちも明確には認識していないのだろうが、結菜は若干だが精神が退行して赤ちゃん返りをしているのかもしれない。本当の母親が目の前で中国人らしき人たちに食材として調理されて食べられてしまったのだから、無理もない。

 そして美姫はというと、押し付けられた結菜の体をぎゅっと抱きしめながらその頭を優しく撫でていた。しばし一同、その情景をほっこりしながら見ていたのだが、一番最初にはっと我に返った夏樹が、口を尖らせながら不満を口にした。

「……美姫さん。僕の時と扱いが違い過ぎるんですが?」

 すると美姫は、『何を言ってるの? こいつは』とでも言いたそうな表情をすると、名残惜しそうに結菜を体から引き離す。結菜もまだ甘え足りないのか、空中に浮かぶ美姫の周囲をパタパタと飛びまわる。

「自分の年齢と現在の性別、それに下心の有無を考えてみたら?」

「……あたし、3歳! お母さんが大好きなの~~」

 美姫の言葉に対してほんの数秒だけ考え込んだ夏樹は左手の親指を口にくわえると、これまたわざとらしい子供っぽい喋り方をしながら、再度、美姫の胸に向かって飛び込んできた。そしてそのまま例によって美姫のささやかな胸へと……。

「この、たわけ者ーーーっ!」

 あわや美姫のちっちゃなおっぱいに夏樹の魔の手が伸びようとしたその瞬間っ! 美姫が伸ばした右手の先に圧縮された空気の塊が召喚され、夏樹の方向に指向性を持って破裂した。

「ふぎゃっ!!」

「……成敗」

 夏樹は女の子にしか見えない可愛らしい顔が台無しになるような、カエルがつぶれた感じの声を出す。なんだか夏樹の将来の立ち位置が想像できすぎて哀れである。空中でのバランスを崩しかけた夏樹は、よろよろと飛びつつなおも美姫の胸への突入コースを取ろうとあがいている。……どんだけ貧乳好きなんだと。

 それに対して美姫はと言うと、ふらふらと近づく夏樹をひらりとかわす。妖精歴も1年数ヶ月ともなると、空中での機動も慣れたものだ。

「夏樹君、どうやら体に言い聞かせるしかないようだね。まったく君も元は女の子だったんだから、少しは自重したらどうなんだい? まあ、とにかくちょっとあっちに行ってみようか?」

 冷静な口調ながら、だからこそ笑顔が怖い海斗の言葉が静かに流れた。そして海斗は夏樹の首根っこを掴むと部屋の外へと、開け放たれた窓から出ていった。誰も見ていないところで色々とお説教をするつもりなのだろう。

「ええと、結局のところ何がどうなっていて、話はどこまで進んでいるのかしら?」

 詩衣那は、目をそらす剣持主任をジト目で睨みつつ、『きっと何も決まっていないんだろうな』と達観しつつ溜息をつくのだった。



「それでは気を取り直して今回の計画の目的を説明しよう」

 とりあえず場が落ち着くのを待ってから、剣持主任が話を切り出した。それによると、妖精たちと接触することにより開発された機械からの魔法への悪影響を中和する装置であるキャンセラーは、妖精ではなくて普通の人間が使用しても、魔法を発動しやすくなるという特性が確認できたという。

 実際のところ妖精のエルフィンに召喚されかけた人物とはいえ、人間である珠美香もキャンセラーやブースターを使って召喚魔法を発動させた実績があるのだから、不思議な話ではない。

 ただ普通は人間よりも妖精のほうが、魔法を発動させた時のパワーが段違いに大きいというだけである。もっとも魔法増幅装置であるブースターを多重連装して使用すれば、人間の魔法力の少なさをカバーできることも分かっている。

 というわけで加賀重工はキャンセラーやブースターの開発を終え、現在はその応用技術を開発しようとしていた。

 加賀重工会長の加賀光政は、産業界に魔法革命とでもいうべきものを起こす気であり、妖精の飛行魔法を用いた有人宇宙船の開発には重点を置いていた。なぜ有人宇宙船なのかというと、それが他の既存の産業と被らないからだ。

 現在の日本では有人宇宙船は開発されておらず、産業も成り立っていない。つまり競争相手がおらず、既得権も無いから、早い話が邪魔や妨害を受けることが無いということに尽きる。これが大気圏内を飛ぶ航空機を魔法を応用して作るということになると、いったいどれほどの妨害を既存の航空産業から受けることか。考えるだけでも頭が痛くなる。

 同様のことは陸上輸送や船舶輸送業務についても言える。というわけで既存の産業と被らないのは、有人宇宙船が最有力候補ということになるのだ。

 ならば有人宇宙船産業を立ち上げ実績を積み、立場を盤石なものとしたのちに、有人宇宙船技術のスピンオフとして、既存の航空機産業を始めとした様々な各種産業へと殴り込みをかけるという方針が成り立つ。

 しかも魔法を使用したフェアリードライブ搭載の有人宇宙船の性能は、せいぜいが地球軌道や月軌道にとどまっている既存の有人宇宙船の性能をはるかに凌ぐ。航法装置の問題が未解決である為に実際には視認飛行が可能な月までしか飛べないのが現状であるが、推進力の問題だけを考えれば火星どころか太陽系内のすべての惑星に手が届くのは間違いが無いと考えられている。さらには召喚魔法によって空間を連続で召喚し続けて移動するという時空を超える方法で推進しているので、もしかすると光速度さえ超えて他の恒星系にまで行ける可能性すらある。

 魔法を産業に応用するデモンストレーションとしては、世間の耳目を集めるという意味では十分である。

「今回の計画は、『とにかく月旅行が可能な宇宙船を実際に作って運用しました』という既成事実を作ることにある。つまりだな、現在の日本において、『月まで行ける宇宙船を開発したのでテスト飛行をさせてください』という申請をしたくても、申請のしようがないということだな。だからもうあとのゴタゴタしたことは、詩衣那君の祖父にして加賀重工の会長でもある、加賀光政会長に任せることになる。とにかく我々は一気に月まで行って、『月まで行ってきましたっ!』と言いつつ堂々と派手に帰ってくれば良い訳だ。なあに、フェアリードライブ搭載の新型宇宙船なら、やろうと思えば日帰りで地球~月間を往復して帰って来れるから簡単なものだよ」

 なんとなく胡散臭い雰囲気も感じるが、自信満々で話す剣持主任。その胡散臭そうな剣持主任を見る皆の目はどんな目かというと、なぜかキラキラと輝いていた。

「そしてそれによって、加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班における宇宙船開発は一段落し、いよいよ次は異世界である妖精世界に存在するものを召喚する実験にシフトすることになる」

 剣持主任がそこで言葉を区切ると、詩衣那が後を継いだ。

「有人で月まで行って帰って来れたら米国のアポロ計画以来のことになります。それはもう意義深いことでもありますし、日本初の快挙となるわけですから、臨時ボーナスを出すことは、やぶさかではありません。今回の計画における貢献度を勘案して、加賀重工の経営者一族の一員として、それなりの額、そうですね、最低でも一人当たり150万円をお約束しましょう。……ということでどうでしょうか?」

 皆の目のキラキラは、加賀詩衣那のその言葉が原因であった。150万円という数字も有人月旅行の成功に比べたら非常に少ないような気がする。しかし先に剣持主任が30万円という数字を提示していたので、それに比べたら5倍の金額ということで、なんとなく納得できる雰囲気ができてしまったのである。…… 皆、それなりに貧乏であったのだ。

 ちなみに海斗の場合は、多少事情が違う。この月までの往復飛行実験が終われば、いよいよ妖精世界から本来の自分の体から生まれる予定の我が子を召喚することに繋がる実験に取りかかることができるとの想いで、目がキラキラしているのだった。

 というわけで各人の事情を察して頂けるとありがたい。

「それでは役割分担を発表する。これは今までの実験における実績を考慮して決めたものなので、変更は認めない」

 そうして剣持主任から発表されたのは以下のものであった。

船内スタッフ
 【パイロットおよび推進力】 -------- 担当 : 長谷川美姫
 【磁気&重力障壁および迎撃】 ------ 担当 : 滝沢海斗
 【補給物資召喚および通信】 -------- 担当 : 山本夏樹

地上スタッフ
 【各種モニターおよび発令】 --------- 担当 : 加賀詩衣那
 【通信および非常時召喚脱出】 ------- 担当 : 長谷川珠美香
 【総合指令および渉外交渉】 --------- 担当 : 剣持道彦



 そして数時間後……。

『こちら管制室、加賀詩衣那より、クルー各員へ。そちらの準備は整いましたか?』

 美姫たちが乗り込んでいる試作宇宙船、『うみねこ号』のコックピット内の通信用に空けられたスペースの中空にキラキラとした光と共に【召喚ゲート】が形成されると同時に、その【召喚ゲート】を経由した無線通信にて加賀詩衣那の声が響く。

 宇宙船が宇宙に飛び出していくには様々な問題が横たわっているのだが、その問題のうちのひとつが通信の問題である。無線通信に使われる電波というのは、基本的に直進する性質を持つ。宇宙船が地球や月の裏側に入ってしまえば通信はできなくなってしまう。

 現在運用されている通常の人工衛星や宇宙船では、地球上の各地に電波の中継基地を設けることによりその問題を解決しているが、今回のフェアリードライブ搭載の有人宇宙船による月旅行計画では、そもそも公にしたものではないので、その方法を取ることはできない。

 さらにもうひとつの問題が宇宙は広いということだ。今回の目的地である月までの距離は遠い。地球から一番近い天体ということだが、その月までということでもおおよそ38万?qと、光の速さでも1秒半かかるという遠距離だ。これを聞いて、『通信に1秒半程度の遅延がある程度か』などと考えてはいけない。問題は通信の遅延もだが、電波強度のほうが問題となってくる。

 電波は光や音波などと同じで、【距離の二乗に反比例して減衰する】という性質を持つ。生半可なアンテナでは、通信電波をキャッチできないということだ。深宇宙通信用のアンテナともなると、直径数十メートルは欲しい。そんなアンテナを持った中継基地を地球上に最低でも3か所は持たないと、月まで行く宇宙船との交信は難しい。

 さらに言うなら、月軌道に電波中継用の孫衛星を配置しなければ、地球からは見えない月の裏側に隠れた宇宙船と地球は、電波では通信できない。

 というわけで今回の計画では、通信にも魔法を応用することになっている。

 地球残留組の長谷川珠美香と宇宙船搭乗組の山本夏樹、魔法を使える人間と妖精ふたりが協力して双方向に出入りが可能な【召喚ゲート】を形成する。その召喚ゲートを経由して通信用電波をやり取りすることによって、通常では電波が届かない天体の裏側や深宇宙にいる宇宙船とも交信ができるという仕組みだ。

 通信に必要な召喚ゲートそのものの大きさは3~4cmと、人間からしたらさほど大きくは無いのだが、身長が平均して25cm程しかない妖精にしてみたらそれなりに大きく感じる。

 なお召喚ゲートを更に大きくすると、宇宙にいながらにして、水や食料、燃料電池の燃料や様々な補給物資を地球から直接受け取ったりできる。今回のミッションは補給物資を必要とするほどのものではないが、もしも事故等があり、ミッションの時間延長で対応という事態になれば、召喚ゲートを利用した補給が行われることになるかもしれない。

「こちら美姫、うみねこ号のキャンセラーおよびブースターの起動および動作確認しました。各種機械装置による体調への悪影響はありません。準備OKです」

 きびきびとした声で応答する美姫。妖精少女に性転換しても、心の根っこは宇宙船パイロットに憧れる男の子の部分があるのだろう。のりのりでパイロットをしている。

 なお通信担当の夏樹は、通信をする係ではなく、【召喚ゲートを作って通信機能を維持する係】なので、交信そのものはパイロット兼船長の美姫がすることになっている。というわけで、夏樹は裏方まっしぐらなのであった。

『了解。こちらも珠美香さんによる召喚ゲートの形成、および召喚脱出の準備が完了しました。オールグリーンです』

 さらなる宇宙旅行における問題点として挙げられるのが、万が一なんらかの事故等が有った場合、地上から物理的なサポートすることがほぼ不可能であるということだ。通常であれば宇宙船内のクルーでなんとかするしかない。

 しかし今回の場合、万が一の事態が起きた場合のサポートは万全だ。召喚ゲートを利用した宇宙船への補給物資を送る手段に加え、召喚魔法により宇宙船そのもの、もしくはクルーのみを地上へと即座に脱出させることが可能となる。その召喚魔法による脱出を担当するのが地上スタッフの珠美香だ。

『お兄ちゃん、海斗さん、それに夏樹さん、何か有ったらすぐに私が脱出させてあげるから安心してね』

「ま、いちおう前にも召喚脱出は経験済みだし、頼んだよ。珠美香」

「珠美香さん、お世話になるような事態は避けたいですけど、もしもそういう状態になったときはよろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーすっ!」

 ほとんど訓練も何もしていないメンバーで、試作品の宇宙船に乗って月まで行って帰ってこようだなんて無茶な計画が、すんなりと成り立っている背景には、何かあっても召喚魔法により宇宙船の乗組員を簡単かつ安全確実に脱出させることが出来るという裏付けがある。

 試作品の宇宙船でいきなり月旅行という話を聞いた当初こそ、あきれ返っていた彼らだったが、詳しく計画内容を聞くにつれ、その顔には理解の色が深くなっていったのはそういうわけだ。特に美姫と海斗においては、かつてその窮地を珠美香の召喚魔法によって脱出した経験があるからなおさらだ。

 ちなみに珠美香が魔法を使うに当たっては、キャンセラーを装着するのは基本だが、ブースターの多重連装による魔法の強化が必要である。ちなみに今回はブースターを12台使用している。しかしそれよりも必須なのが、美姫との魔力の同調・共鳴状態の維持である。

 本来、妖精世界のエルフィンが珠美香の体を召喚しようとして失敗したことにより、少女であった珠美香の少年化と、兄の幹也が妖精少女の美姫となってしまったという結果がある。

 エルフィンと、そのエルフィンと魂の波動を同じくする珠美香も、魔力の共鳴・同調能力を持っている。もしも珠美香が素直に召喚されて妖精少女のエルフィンの体を得たとしたならば、妖精となった珠美香は、その魔力の共鳴・同調能力を使って人間世界に存在するすべての妖精たちの魔力と同調・共鳴し、他に類を見ない強大な魔法を行使することが出来たはずだ。

 しかし現実はエルフィンという妖精の体を得たのは珠美香の兄である幹也(美姫)であり、その美姫には魔力の同調・共鳴能力は無い。逆に珠美香は魔力の同調・共鳴能力を持っているが、その体は魔法を扱うには不向きな人間の体のままだ。

 というわけで珠美香が月軌道までの遠距離から美姫たちを地球に召喚脱出させるほどのパワーのある召喚魔法を発動させるには、エルフィンの体の構成要素の大半を持つ美姫との魔力の同調・共鳴状態の維持が欠かせないことになっている。

 その為にはお互いが身に着けているキャンセラーのデータ通信機能を使うのだが、当然だが地球と月の間どころか、地上と地球衛星軌道上ですらキャンセラー程度の機器のデータ通信機能では、通信状態を維持することはできないのは当たり前だ。

 しかし実際にはデータ通信状態は維持できなくともスイッチさえonにしてあれば、力の同調・共鳴状態は維持できてしまうことが確認されている。どうやらデータ通信機能が活性化されているという【形】が存在することが重要なのであり、それが有効に機能しているかどうかというのとは関係がないらしい。

 いってみれば魔力を使用しているときに自然発生的に描かれる魔方陣も、紙の上にインクで書かれた魔方陣でも、魔方陣であることには変わりがないということなのだろう。以前、エルフィンが珠美香を夢幻界にて召喚しようとした際、『万物の理は相似形にある』と言ったらしいが、そういうことなのかもしれない。

『……準備は整ったようだね。では先ほどの手順通り、まずは地球衛星軌道高度まで上昇したところで船体各所の点検を行い、あとは一気に月まで行って着陸といこうか』

 剣持主任が緊張感のない、ごく普通の口調で述べたその言葉が、日本初の有人宇宙船にして月へと向かう【うみねこ号】への発信の合図となった。

 事実というのは想像以上にドラマチックであると同時に、想像以上に平凡なのであった。



 うみねこ号。その船体は例によって細長いタマゴ型をしていたが、妖精世界へと召喚譲渡されたデウカリオン号よりもかなり小さな船体となっている。その全長は約15mと、ビジネスジェットクラスの大きさでしかない。米国で運用されていたスペースシャトル本体の全長が約37mなので、およそ半分以下だ。

 しかしその船体の中は、鋼材と鋼板のみで作られたドンガラで中身が無い妖精世界のデウカリオン号と違って、しっかりと中身がつまっていたが、まず外側の構造材からして違う。推進の為の燃料を必要としないフェアリードライブなので、ロケット推進の宇宙船とは違って船体を軽く作らなければならないという要素がない。

 各種機器を稼働させるための電力源は、燃料電池の他に、温度差を利用して動くスターリングエンジンと蓄電池をを組み合わせたハイブリッド電源となってる。太陽電池を使用しないのは、将来的には太陽の光が弱くて発電効率が落ちる外惑星宙域での活動も視野に入れているからだ。

 それではその船体は太陽電池でなければ何に覆われているのかというと、スペースデブリや微小隕石等から乗員を守るために、戦車並みの複合装甲で覆われていたのであった。防衛装備も生産する加賀重工の面目躍如というところだろうか。さらにその内側には宇宙線や太陽風といった人体に有害な放射線を遮断するための鉛が貼られている。

 しかしそれら装甲や防壁をしても、ある一定以上の大きさや速度を持ったスペースデブリ等や、ある一定以上の強さの放射線を完全に防ぐことはできない。そこのところはどうするのかというと、やはり魔法を使うのである。詳細については後述したい。

 さて、加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班の敷地から静かに垂直に離陸したうみねこ号は、船体から実体の無い光で出来た鳥のような羽を広げて、気球が飛ぶかの如くゆっくりと上昇を続けた。ロケット推進ではなく魔法であるフェアリードライブにて飛行するうみねこ号は通常の人工衛星軌道高度まで達するのに、人工衛星となるのに必要な秒速7.9km(時速28,400km)といった軌道速度を必要としない。ただゆるゆると上昇するだけである。

「こちら宇宙船うみねこ号パイロット美姫より、管制室の詩衣那さんへ。現在の高度は地上より2万2000mにて、更に上昇中っ! 先ほどまで周辺を飛び回っていた戦闘機を振り切りましたっ!!」

 元男の子の血が騒ぐのだろう。美姫の声は張り切っていた。

 うみねこ号と地上の管制室の間の交信は、魔法による召喚ゲートを通しての電波通信によっており、船体外部へと電波を飛ばしてといった通常の電波通信は行っていない。但し、繰り返しエンドレスで、ある言葉を航空無線の共通周波数236.8MHZおよび123.45MHZにて発信していた。

『こちらは加賀重工航空機製作所新技術開発班所属の宇宙船うみねこ号です。現在、月までの往復飛行実験を行っています。詳しくは加賀重工航空機製作所新技術研究班主任の剣持道彦までご連絡下さい。こちらは……』

 というわけで、先ほどから研究所の電話は鳴りっぱなし。うみねこ号周辺には、航空自衛隊の戦闘機が追跡をかけてくるわ、在日米軍の戦闘機まで上がってくるわで、大変な状況であった。そして剣持道彦主任は予定通りとはいえ、政府諸機関やマスコミへの対応に忙殺されることになるが、その間にも、うみねこ号は更に上昇を続けていた。

『こちら管制室の詩衣那。予定通り外部への情報リークが完了しましたので、うみねこ号は高度120kmにて各部の点検を終了後、バリアを張り、その後はブースターの出力を上げ、高度400kmの宙域まですみやかに上昇して下さい』

「こちら美姫、了解。うみねこ号は高度120kmにて各部の点検を終えた後にバリアを張り、その後にブースター出力を上げ、高度400kmまで上昇を続けます」

 こうしてうみねこ号は順調に上昇を続け、他の人工衛星やスペースデブリ等との衝突の可能性がほとんどない、まだかすかに大気が残る高度120kmまで到達した。

『管制室の詩衣那より、高度120kmに到達を確認。各部の点検もOK。というわけで次は海斗さんの出番よ。磁場および重力場バリア展開して下さい』

「こちら海斗、了解。磁場および重力場を召喚、バリアを展開します」

 宇宙に出る上で問題になるのが、スペースデブリや微小隕石などである。空気がまだかろうじて存在する高度120km程度では、それらは大気との摩擦により燃え尽きるか地上に落下してしまうので問題ないが、高度が上がり真空に近くなるほど大きな問題となってくる。

 指先ほどの大きさのスペースデブリであっても、相対速度次第では宇宙船を完全に破壊することさえできてしまう。フェアリードライブは、空間そのものを召喚し続けて推進する方式だ。つまり宇宙船が存在する空間に対しては静止しているのだが、そこに飛び込んでくるスペースデブリや微小隕石との衝突を避ける方策は必要であった。

 さらに地球の大気圏および磁気圏を抜け月や火星といった深宇宙へと飛行するとなると、地球の大気や磁場によって防がれていた太陽風や宇宙線といった放射線に直接さらされることになるが、その放射線は軽く人体に有害なレベルである。

 そこでそれらを防ぐために必要なのが、磁場および重力場によるバリアであった。

 というわけで海斗は、太陽系内で最大の惑星である木星から、物質ではなく、磁場および重力場のみを継続的に召喚し、うみねこ号船体を多重に覆うバリアを展開した。ちなみに重力場は斥力的に、早い話が外向きの引力として展開している。これにより衝突コースを取る微小隕石を弾き返したり、最悪でも速力を殺して無害なものに変えることが出来る。

『こちら管制室、詩衣那。磁場および重力場の数値変動を確認。バリアが展開されたものと見なします。うみねこ号はこのまま高度400kmまで上昇後、月が視認できる宙域まで移動してください』

「こちらうみねこ号、美姫、了解。現在高度350km……、360km……、370km……、380km……、390km……、400kmっ! うみねこ号、予定高度に到達しましたっ!!」

 地上からの高度400kmといえば、人工衛星にとってはまだまだ低軌道であるが、そこからの眺めは完全に宇宙空間であった。地球はその丸みを見せ、背景は真っ暗な宙そらである。フィルターを通して見る太陽はギラギラと輝いていた。

「……無重力、……じゃないんですね」

 宇宙空間に、キタ━━━ヽ( ゜∀゜)人(゜∀゜ )メ( ゜∀゜)人(゜∀゜ )メ( ゜∀゜)人(゜∀゜ )ノ━━━!!!! と、テンションが上がった美姫であったが、ふと、船内が無重力空間になっていないことに気がついた。

「……本当だ。ちょっと体が軽くなったような気はするけど、重力あるし……」

 美姫に続いて、夏樹も不思議そうにそう言った。どうやら美姫や夏樹にとっては、宇宙空間イコール無重力空間というイメージがあるようだ。

「ええと、美姫さんに夏樹君。地上にいる間にちゃんと説明をしてもらったはずだけど、理解していなかったのかな? うみねこ号は垂直方向に上昇しているだけで、早い話が高さ400kmの塔に登っているようなものだから、無重量状態にはならないんだけど? だいたいこの高度だと地上に比べて90%の重力になっているはずだよ」

 海斗は、『説明するの面倒だな~』という表情でそう言った。

 地球を回る人工衛星や宇宙船が無重量状態になるのは、宇宙に出ると重力が無くなるからではない。軌道速度を出して地球を回る人工衛星や宇宙船には地球に対して外向きに遠心力がかかっているのだが、その遠心力と地球の重力が釣り合う為に、見かけ上の無重量状態になるということに過ぎない。

「まあいいや、分からないことは置いといて、とにかく月まで行きましょうっ!」

「そうですね。美姫さん。それ、賛成です」

「……夏樹君、船内は広いのに、なんでこんなにも私にくっついているのかな?」

 うみねこ号の船内のコックピットおよび居住スペースは、あわせてもマイクロバス程度の広さしかないが、妖精の体では広すぎるほど広かった。3人の席も十分すぎるほど離れているはずなのだが、今、夏樹は美姫の体に密着していた。そしてその手は、宇宙服っぽい例の服の下からささやかな膨らみを主張する美姫の胸へと……。

「だから美姫さん、さっき、『くっつきましょう』って、言ってたし」

「まったくもうっ! 『とにかくつきまでいきましょう』って言葉が、どうしたらそんな言葉に誤変換できちゃうのっ!? 馬鹿なの? 死にたいの?」

「夏樹君、真空の宇宙空間で、星になってみるかい?」

 海斗は、美姫にくっつく夏樹を引きはがすと、出入り口のハッチまで連れていくふりをする。

「すいませんしたーーーっ」

 そして夏樹は空中で土下座をする。そろそろ様式美にしても良いかもしれない。

『……もう、3人ともバカやっていないっ! さっさと月が視認できるところまで移動してください』

 詩衣那も、疲れた声で怒るのだった。



「……さて、それではいよいよ月に向けての飛行といこうか』

 政府諸機関やマスコミに対して、ある程度の情報提供をしたところで剣持主任が管制室へと戻って来た。既にいくつかのマスコミの取材陣が、アクリルガラスで仕切られた見学席へとやってきている。加賀重工航空機製作所新技術研究班としては、今回の月飛行をそれなりの規模でそれなりに情報公開する予定らしい。まあそこそこというやつである。

「……うみねこ号の全ブースター出力最大。磁場および重力場バリア、安定しています。通信状態も良好。いつでも行けます」

 詩衣那の声が管制室に響いたのを聞くと同時に、剣持主任は小さくうなづくと、良く通る声で発令した。

「うみねこ号、パイロットの美姫君へ。すみやかに月へ向けて発進せよ」

『こちらうみねこ号、美姫。月へ向けて発進しますっ!!』

 その瞬間、美姫が操るうみねこ号はフェアリードライブという名の、機械的に増幅された妖精の飛行魔法によってみるみると地球から離れ、視認された月へと向けて一直線に飛行していった。その飛行経路は軌道計算など全くしていない文字通りの一直線だ。フェアリードライブならではの宇宙飛行方法だろう。

 ……そして視認できる月はみるみると大きくなってゆく。

「……こちらうみねこ号、美姫。たった今、月の上空に到着しましたっ! 早いっ! 早いですっ!!」

 なんとうみねこ号は、およそ7分半、約450秒後には、月の上空にまで到着していた。月と地球の間の距離は平均しておおよそ38万km、光の速さで約1秒半なので、うみねこ号はおおよそであるが光速度の0.3%程度の速度を叩き出したことになる。

 加速や減速にかかわる慣性もないスムーズな移動は、まるで魔法のようだ。……というか魔法そのものであるのだから、魔法のように思えるのは無理もない。当たり前である。

『じゃあ、場所の指定はしないからてきとうに着陸しやすそうな平らな場所を選んで着陸してくれ。但し空気のない月面では遠近の距離感が狂うから、そこだけは高度計を注視して慎重に降下すること。いいね、美姫君』

「こちらうみねこ号、美姫。了解。慎重に降下します」

 そしてその十数分後には、うみねこ号は月面に着陸していた。研究所の敷地から飛び立ってからわずか2時間弱のことであった。

 その後うみねこ号はそのカーゴベイの扉を開け、その中から用意されていた無人観測車両を降ろした。そしてロボットアームを使って、空いたスペースに月の石を詰め込むことになった。月の石は本当は採取しなくても良いのだが、【月まで実際に行ってきた】という証明のようなもので、いたしかたなく採取している。

 というか月の石が欲しければ、地上に居ながらにして魔法で召喚できちゃうのが現状である。



「だけどさ、せっかく月まで来たんだから宇宙船の外に出てみたかったなぁ……」

 ロボットアームが、地球の管制室から召喚ゲートを経由した電波通信によるリアルタイムな遠隔操作により動いているのを眺めながら、美姫はぼやいた。

「宇宙服っぽいデザインなのに宇宙服じゃないなんて、ある意味詐欺ですよね」

「まあ、宇宙服といったらハイテクの塊だし、研究所というか日本のどこを探したって宇宙服製造のノウハウなんて無いんだから、しょうがないってところかな」

 美姫のぼやきに夏樹が同意し、海斗が軽くたしなめているが、日本に宇宙服の製造ノウハウが無いというのは間違いで、海斗の認識不足である。

 日本でも宇宙服の開発は行われているし、現に加賀重工でも将来の有人宇宙飛行に向けて宇宙服の試作をして、既に米国製のものよりも色々な面で性能の良いものが出来上がっていたりする。ただ今回の場合、単純に妖精サイズの宇宙服が用意できなかったというに過ぎない。

 さてそんなこんなで三人が時間を潰している間にも、ロボットアームによる月の石の積み込みも終わり、新たな指令が飛んできた。

『こちら管制室、剣持だ。そろそろ地球への帰還の時間だが、帰ってくる前に月の裏側をまわって帰ってきてくれ』

「こちら美姫。月の裏側に行って何かしてくるんですか?」

『いや、単純な興味だよ。月の裏側には宇宙人の基地があるとかいう噂があるじゃないか。その噂が真実かどうか、確かめたいと思わないかね?』

「ああ、そういうことですか」

 美姫は、『剣持主任のオタク的な興味は、そっち方面まで及んでいたのか』ということで納得すると、うみねこ号を発進させた。



「こちらうみねこ号パイロット美姫より、管制室の詩衣那さんへ。たった今、月の裏側に入りました。地球はどこにも見えません」

『こちら管制室、詩衣那。了解。船体または人員に何か異常はありませんか?』

「ええと、異常らしいものは何もありません」

『こちら管制室、剣持より、美姫君へ。UFOが飛んでるとか、何か巨大な建造物があるとか、何かないかね?』

「いえ、さすがにそんなものはないかと思いますが……」

 美姫が苦笑しつつそう返事をしていると、そこに緊張した声が割り込んできた。

「こちらうみねこ号、海斗っ! 何かがバリアを通過しようとしていますっ!!」

『こちら管制室、剣持。何かとは何だね。海斗君っ!?』

「分かりません。何かとしか言えないですが、重力場および磁場を維持する召喚魔法が乱されていますっ!!」

『剣持より、美姫君へ。うみねこ号の航行に支障はないか?』

「こちら美姫。うみねこ号の航行に支障ありませんが……、うわっ! なにかが視界を覆いつつありますっ!! まるで霧か雲のような白いもやもやしたものが集まってきています」

「剣持より、美姫君へ、うみねこ号の船外カメラからの映像をこちらでも確認した。月の裏側から一刻も早く離脱したまえ。速度を上げるんだっ!!」

「こちら美姫、了解。速度を上げ、月の裏側から離れますっ!! でも、視界が、方向が……」

 そのような会話の間にも、もやもやとした何か白いものは、うみねこ号の周辺へと集まり、その視界を覆いつくしていた。既にうみねこ号の中から外を見ても、濃い白い霧の中にいるとしか思えなくなっている。

「月って、真空じゃなかったの? これじゃあまるで朝靄か霧の中だよ。どうなってるのっ!?」

 夏樹も怯えた感じの声を出していたのだが、更に怯えるようなものを見つけてしまった。

「うわっ! 美姫さん、海斗さんっ! あれ、あれを見てください。顔が、人の顔がっ!!」

 夏樹が指し示す方向、そこでは白いもやもやが濃く集まりだすと、それは人の顔を形作った。それもいくつも、いくつも。その反面、顔と顔の間の白いもやもやは晴れ、宇宙空間が視界に戻って来た。

『こちら剣持より、海斗君へ。磁場および重力場バリアが不安定になっている。進行方向の障害物を迎撃せよ』

「こちら海斗、了解。前方の……障害物、……障害物を迎撃しますっ!」

 海斗は、人魂とか、幽霊とか、ゴーストとか、とにかくそういった名称を言いたい衝動を抑え、必死に【障害物】と言い切ると、ブースターにより強化された魔法で球雷、ファンタジー風に表現するならサンダーボールを召喚し、障害物へとぶつけた。

 バチバチと放電しつつ放たれるいくつもの球雷は、狙いたがわず【障害物】へとぶつかったが、【障害物】はちょっと顔をしかめたような表情をしただけであった。

「なら、これならどうだっ!!」

 精神もやや男性化しつつある海斗は、ひるむことなく次の魔法を放つ。次に召喚されたのは、小さな空間に積層された重力場であり、それはもう疑似的なブラックホールとでも言うべきものだった。

 ちなみに重力源となる物質を召喚しているのではなく、重力場という空間の歪みのみを召喚しているので、海斗の魔法の制御を離れると霧散してしまう重力場であるので、【疑似的な】ブラックホールであり、安全に使うことが出来る。

「「「うおぉーーーんっ!!」」」

 真空の宇宙空間で、音など伝わるはずはないのに、なぜか聞こえるうめき声。身震いするようなうめき声を残して、それら【障害物】が霧散する。

「進路クリアっ! 全速っ!!」

 美姫は、とにかく月の裏側から離れるのが先決とばかり、うみねこ号を全速力で飛行させる。月自体から離脱する勢いだ。地球への方向など知ったこっちゃない。地球が視認できさえすれば、帰るのは簡単だ。

 加速を感じることなく、うみねこ号は急速に月を離脱すると同時に、【障害物】たちを振り切ることが出来た。どうやら【障害物】は月から離れることはできないらしい。

「……あれはいったい何だったんだろう?」

 美姫が発した独り言、それは関係者全員が思うところだった。



 その後、無事に地球へと帰還したうみねこ号は、マスコミや政府諸機関の【手厚い】出迎えを受けることになるが、ただひとつ気になる通知があった。米国政府とその宇宙機関であるNASAの連名で送られてきた通知である。

『月面への有人での着陸および飛行を禁ず』

 理由の説明は無かったが、説明は必要無いというほどの体験をした美姫たちは、その通知を素直に受け入れた。ただひとり、剣持道彦主任を除いて。

「絶対に米国は何か隠しているな。これはもう、もう一度確かめにいくしかないっ!!」

「「「絶対に嫌ですっ!!」」」

 妖精たちの結束は固かった。


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