第二地球圏物語 前史
It is historical in front of The second Earth area story
妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール
作:紅衣北人 / ジャージレッド
第20話 海へ行こうよ。星の海。
「あら、お爺様、急にいらっしゃってどうされたんです? おいで頂けると伺っていたら、お迎えに上がりましたのに」
加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班、通称魔法研究所に併設された加賀詩衣那の家、そこで詩衣那は加賀重工会長である加賀光政と会っていた。妖精に召喚されてからの詩衣那は父母とは疎遠となり、親族で会いに来てくれるのは父方の祖父である光政だけとなっていたが、その光政にしても久しぶりの訪問であった。
「気にするな。仕事のついでで寄っただけだ。詩衣那も元気そうでなによりだ」
「ありがとうございます。そういうお爺様も増々ご壮健で」
孫娘が妖精になったとしても、いや、だからこそ、余計に可愛いのが孫娘である。しばし光政は詩衣那と家族としての会話を楽しんでいたが、やがてふと思い出したかのように話題を移した。
「ところで詩衣那。キャンセラーのデータ通信機能の常時活性化を義務づける法案の件だが、他の法案に紛れ込ませて今国会で成立、即日施行させる目処がついた。まあ、与野党ともにずいぶんと金をばらまくことになったがな」
「笑顔が黒いですわよ。お爺様。でもありがとうございます。これで被害に遭う妖精たちが少しでも減ればいいんですけど……」
詩衣那はいつものテーブルに置かれた椅子から立ち上がると、その紫色の模様が入った長の蝶のような羽を羽ばたかせた。そして光政の顔の高さまで浮かび上がると、ピョコンとお辞儀をするのだった。
ことの始まりは、美姫が中国人らしき人たちに捕まって監禁されたときに出会った老田結菜という妖精の幼児の母親が、食材にされて文字通りの意味で食べられてしまったらしいという情報だった。その時に監禁されていた美姫たちは連装されたブースターを使った珠美香による召喚魔法で救助されたのだが、それが無ければ危ないところだった。
後ほど美姫や海斗、そして結菜から事情を詳しく聞いた詩衣那は、得られた情報をすべて光政に話した。そして光政はその財力と政界への影響力を駆使して、『中国富裕層の一部の人間たちの間で、妖精が不老長寿の妙薬として食材にされているらしい』という事実を調べ、裏を取ることが出来た。
以前より妖精たちの失踪事件が報告されてはいたのだが、それらは野犬や野良猫やカラス等の野鳥の仕業、もしくは夜間に交通事故にあったせいではないかと思われていた。しかしここにきて急浮上してきたのが、妖精を食材として捕獲する犯罪組織の存在である。
そしてその気になって調べてみると、そういった犯罪組織や個人は、ごろごろと見つかった。わかってしまえば、『何で今までその可能性に気がつかなかったんだ』ということになるのだが、そもそも日本人の感覚では、体は妖精化しても元は人間である存在を食べてしまおうとする奴等がいるという発想自体が出てこないのだからしょうがない。
しかし問題なのは、それら犯罪組織や個人の拡がりかただった。数十人規模の組織から、果ては個人まで。それこそ零細な犯罪組織ばかりだったのだ。これが大きな犯罪組織が妖精の食材化ビジネスという犯罪を独占して行っているのであれば、話はまだマシだった。そうであればその組織を叩き潰してしまえば終わりだからだ。
ところが今回の事例のように、個人も含んだ零細な犯罪組織があちこちに存在するという状況では、犯罪組織のひとつやふたつを叩き潰したところで犯罪行為自体をなくすことはできない。それこそモグラ叩き状態になってしまうのが落ちだ。
そこで犯罪行為を完全になくすことは不可能だという前提に立ち、犯罪が起きた時にすぐさま被害者を救出できる体制を整える。別な言い方をするならば、犯罪が起きたらすぐに犯人を特定し逮捕できる体制を整えるということに全力を尽くすことになった。結果としてそれが犯罪を抑制することにもなる。
具体的には何をするのかと言えば、それが加賀光政が先ほど言った、『キャンセラーのデータ通信機能の常時活性化を義務づける法案』である。
知っての通り電子機器からの妖精に対する悪影響を中和する機械であるキャンセラーの動作原理は不明であるが、そのパーツの一つとしてデータ通信機能や盗聴機能が内蔵されている。かの法案は現時点では不活性化されているそれら機能を常時活性化させ、キャンセラーを身に着けている妖精に何かあった場合に備えて常時監視をしようというものである。
ハッキリ言ってプライバシーの侵害行為以外の何物でもないという感じなのだが、そこはそれ、ちゃんと考えられたシステムとなっている。
キャンセラーの盗聴機能から送られてくる音声データを常時監視をするのは、人間のオペレーターではなく、専用の機械となる予定だ。しかも普段は送られてくるデータを記録することは無い。個々のキャンセラーに対応して、それぞれ特定のキーワードを事前登録しておき、そのキーワードが発せられたことを音声認識システムが確認した後に全てのシステムが動き出すことになる。
たとえば美姫が自分のキャンセラーに、普段なら絶対に言わないような言葉、『寝巻き巻き巻きカッパ巻き』というような言葉をキーワードで登録しておくとする。そしてその後、美姫がまた誘拐されたとして、キャンセラーに向かってそのキーワードを発声した瞬間に音声データをチェックしていたシステムはデータの記録や解析を始めると同時に監視の主体が人間のオペレーターに移り、警察等の関係部署に通報を行うことになる。
実際の運用に当たっては、まだまだ検討すべき課題は多いのであろうが、このシステムが稼働し始めた後ならば、犯罪に巻き込まれた妖精を救出することもできるし、そもそも犯罪を抑制することもできるかもしれない。当たり前の話ではあるが、プライバシーよりも命のほうが重いというのは言うまでも無いということだ。
「ま、法案はあくまでも『妖精たちの命を守る為』という建前で施行されるが、研究所の本音としては違うんだろう?」
「ええ、あちらの世界の妖精さんたちが画策している大脱出計画ですが、要となるのは魔力の同調・共鳴能力を持つエルフィン皇女と長谷川珠美香さんのふたりです。そして珠美香さん自身の能力だけではまだ同調・共鳴能力を発動できませんが、キャンセラーのデータ通信機能を使えば、その動作原理は不明なまま、現在の珠美香さんでも同調・共鳴能力を発動できます」
つまり研究所の考えとしては、キャンセラーのデータ通信機能を常時活性化させるのは、妖精を犯罪から守る為というよりも、珠美香の同調・共鳴能力を発動させる為という意味合いのほうが強いというのが本音だ。詩衣那は光政に対して、そのことを説明する。
「しかしだな、詩衣那。研究所という組織としての考えはそうだとしても、組織の中の人間は、『妖精を保護する為』という側面を考えているというのもあながち間違ではないのだろう? その点は感謝せねばな」
誰に対して感謝すべきなのかということは、あえて言わない。ここで詩衣那に、『研究所主任の剣持道彦君に感謝しないとな』というようなことを言うと、詩衣那はへそを曲げてしまうということを経験上いやというほど知っているからだ。
加賀詩衣那は、加賀光政の孫娘である。父親は加賀重工の社長であり、当然ながら母親は社長夫人。少子高齢化の例に漏れず、兄弟姉妹は誰もいないという目の中に入れても痛くないひとり娘だ。そしてお察しのように箱入り娘でもある。それはもう完全無菌状態の真空パックの上での箱入りという、ザ・箱入り娘というのが詩衣那であった。
そんな詩衣那であるから、詩衣那が適齢期を迎えた人間だった頃には、それはもうお見合い話が大量に舞い込んできたものだ。いや、正確には詩衣那の両親がお見合い話を持ち込んできたと言える。
詩衣那ほどの【物件】ともなると、自由に恋愛をすることすらできないのだ。
もしかすると将来の加賀重工をしょって立つかもしれない人物、それが加賀詩衣那であり、もしかしてもしかするとその結婚相手が詩衣那に代わり加賀重工のトップに立つかもしれないのだ。厳密に吟味された相手としか結婚できないのは言うまでもない。庶民が当たり前のように享受している恋愛の自由など、詩衣那にとってはフィクションの世界の話でしかないのが本当のリアルなのだ。
しかし、であるならば、だからこそ、詩衣那は自由な恋愛を夢見て、心の底からそれを望んだ。
持ってこられたお見合い話は、丁重にお断りした。お見合いをすることはする。それは上流階級同士のお付き合いというものもあるからだ。しかし完膚無きまでにお断りする。お見合いの最中、そしてふたりっきりでの会話、詩衣那は相手の所作や会話の内容を細かな部分まで吟味して、完璧な理由づけをしてお断りをしたのだ。……容赦なく。
延々と持って来られるお見合い話を、これまた延々と断り続ける日々。そして両親はようやく気が付いた。『この娘にまともな形でお見合い話を持ち込んだら、まとまるものもまとまらない』と。
今までの詩衣那が色々と理由づけして断ってきたお見合いの相手の男たちは、断るのがおかしいとしか言うほかない程の【良物件】ばかりであった。世間的なあらゆる基準をクリアできる男たちであった。しかし詩衣那が課すハードルは乗り越えられなかった。
ただ単に、自由恋愛では無くお見合いであるということだけが問題だったのだ。箱入り娘をこじらせてしまった詩衣那は、自然な出会いによる恋を経た結婚にしか価値が無いと思い込んでしまっていたという不幸という名の喜劇の主人公と化していたのだ。客観的に見れば笑うしかない。
そこで詩衣那の両親は一計を案じた。自然な出会いを演出するのである。
既に数えきれないほどのお見合いをこなしてしまったので、いわゆるリストの上位から中位までは全滅。残っているのはちょっと変わった人物ばかりであったが、その中でも加賀重工航空機制作所開発部で働いていた研究員の剣持道彦は掘り出し物であった。
発想が天才的で、独自に開発した技術で既にいくつもの特許を取得し、能力はもう折り紙付きだった。これから順調に年齢と実績を重ねれば、将来的には常務辺りは普通に狙える実力は持っていた。趣味嗜好がややオタク系に傾いていたが、今の時代、まあ普通であると言えなくもなかった。
そして詩衣那の両親に請われて、詩衣那と自然な出会いを演出するという方針の計画に参加させられた剣持道彦は、ほとんど業務命令に従っているだけという感覚だったにしろ、見事そのミッションに成功する。
自然な出会いと自由な恋愛に憧れる加賀詩衣那という箱入り娘は、当然だが、自然な出会いと自由な恋愛の経験が無い。剣持道彦の稚拙な演技を見抜くだけの経験が無かったのだ。そしてしばらくの間、ふたりは自然な流れでお付き合いをし、自由な形ということで恋愛感情を有し、そして婚約へと至ったのだが、結局は破局してしまった。
『もうここまできたら大丈夫』と判断した道彦が、『実は……』と、すべてを白状してしまったのだ。
しかしそれを聞いた詩衣那は、『騙された』、『うら切られた』、『結局、私には恋愛の自由なんて無かったんだ』と絶望した。そして間の悪いことにその日の晩、詩衣那の夢の中に妖精が現れてしまった。『人間を辞めて妖精になれば、さすがにお父さんもお母さんも、私に勝手な縁談を持ってくることは無いだろう』と短絡的に考えた詩衣那は、妖精からの召喚を受け入れ、そのまま妖精の身体へとチェンジリングすることになる。
そして道彦は、己の分別の無い一言が詩衣那を妖精にしてしまったという負い目を感じ、以後は妖精となった詩衣那を己の技術者としての能力で支えていこうと決意し、結果的にキャンセラーやブースターを開発することになったのは皮肉である。
詩衣那は詩衣那で、確かに二人の出会いは両親が仕組んだこととは言え、そこまでのことをしてくれる道彦に対して自然な恋愛感情を再度持つようになるまでにそれほど時間はかからなかった。……しかしすべてがもう遅かった。妖精と人間ではいくら恋愛感情を育もうが、その肉体が結ばれることはあり得なかったからだ。
詩衣那は今さら道彦に心惹かれながらも、既にその身は妖精と化しているので想いを打ち明けることができない。一方の道彦は最初から詩衣那を良く想っていたのだが、今の状況でそれを改めて言うと、『責任感から思ってもいないことを言わないで! それにもう私は人間じゃないのよ』という言葉が詩衣那から返ってくるだろうことを恐れて何も言えなくなっている。
結果、妖精と人間という種族の違いから肉体的な関係を持ちようがないふたりだからこそ、心の底ではお互いに好きあっている男女同士であっても、友人という関係に落ち着き、今に至ることになる。とりあえず何というか、お互いに素直になれば単純な話なのに、ややこしい状況なのだ。
さて、詩衣那と光政が仕事の話をしつつも祖父と孫娘という家族な時間を過ごしていたその頃、研究所内では、とあるミーティングが行われていた。
「美姫さんっ! お久しぶりです。あいかわらず小さなおっぱいが素敵ですねっ!!」
会議室に入るなり進歩の無い挨拶をするのは、外見は女の子にしか見えない男の娘妖精の山本夏樹である。ワイシャツに黒い短パンにサスペンダー。そして赤い蝶ネクタイという、ショタなお姉さまの琴線を刺激する格好をしている。ポイントはアースカラーな靴と緑のハイソックスだろうか。
どんなセンスかは知らないが、例によってコーディネートは夏樹が在籍している大木南高校の女子寮、桜花寮の寮長にして実家の旅館、春風荘の若女将でもある春風蘭華であろう。
ともかく夏樹は、満面の笑顔を浮かべながら背中から伸ばしたトンボのように透き通った長い四枚羽を羽ばたかせ、文字通り美姫の胸へと飛び込んできた。目的地である美姫のささやかな膨らみを持った胸へと着地した夏樹の顔は、そのちいさな膨らみをこころゆくまで堪能しようとして、ぐりぐりとローリングしつつほっぺたをすり付けた。
「にゃ~~っ!!」
夏樹を受け止める側の美姫は、いきなりのことに妙な声をあげる。小刻みに震える体は、快感からくるものではなく嫌悪感からくるものであろう。良く見ると肌が粟立っている。いやいや白い鳥の羽をした妖精である美姫であるからして、鳥肌が立っていると言ったほうが正確か?
「はい、そこまで」
感情を押し殺した平板な喋り方でそう言ったのは滝沢海斗。元女子大生であった黒いコウモリ羽をした妖精の青年である。海斗は夏樹が着るシャツの襟首を無造作につかんでグイッと引っ張り美姫から離すと、軽い電撃を召喚する。やや強い静電気レベルの電撃であるが、それで夏樹の正気を取り戻させるには十分であった。
「はっ! いったい僕は何をっ!?」
我に返った夏樹は、頭に手をやりあたりをキョロキョロしている。我を忘れるほどの貧乳好きというのは、ある種賞賛に値するかもしれないが、まわりから残念な奴と思われているという評価はもう変わらないだろう。
「夏樹君っ!」
美姫は顔を赤らめながら叫ぶ。実はほんのちょっとだけ感じちゃっていたのかもしれない。
「な、なんでしょうか? 美姫さん」
「部屋に入ってくるなり、その挨拶は無いんじゃないかな?」
低姿勢な夏樹に対して、美姫は怒りを隠さない。言葉は丁寧だが、こめかみに血管が浮かび上がりピクピクしているのが、顔がなまじきれいなだけに怖かったりする。
「いや、でも美姫さんのささやかな胸はまさに希少価値がMaxで至宝というか究極というか……」
「夏樹君も元女の子なら、なんで女の子の胸にいきなり顔をうずめて、あまつさえグリグリとあんなことをするなんて非常識なことするのかな? 馬鹿なの? 死にたいの?」
そういうなり美姫は最近覚えた魔法を発動。右手の掌を上にして掲げると、そこから1cm程上の空中に何かを召喚する。強い光を発しながら空中に存在するそれは、プラズマ化した空気だった。プラズマが帯電している為か、発光するプラズマから躍り出るように雷光がまとわりついている。
元は男だったとはいえ、1年数か月も(妖精の)女の子をしているので、その精神もかなり女性化している美姫は、元女の子だった夏樹に対しても容赦ない。
「大丈夫。ブースターを使わない低威力の魔法だから♪」
美姫は、にっこりと笑顔のまま、雷光まとわりつくプラズマ球を夏樹に投げつける。放り投げられたプラズマ球は逃げる夏樹を追いかけるようにその軌道を修正すると、狙いたがわず夏樹にぶつかった。
「ふぎゃっ!」
夏樹は情けない声で悲鳴を上げる。もっとも温度は高いが密度は低いプラズマなので、その実際の威力は低い。ただその瞬間的な暑さと電気ショックに驚きはするだけである。
「まったくもう、人のことを胸が小さいだの、貧乳だのと馬鹿にして」
「へええ、お兄ちゃんったら、胸が小さいことをそんなにも気にしていたんだ」
空中でぷんすかする美姫の後方から、にやつきながら珠美香が入ってきた。口に手を当てて、クククッと笑っている。
「美姫さんっ! 気にする必要なんかありません。あなたの胸はそのままで素晴らしいんですっ!!」
「もう一発、喰らいたいらしいね?」
すぐさま復活した夏樹がまた美姫の胸に迫ってこようとしているのを見て、美姫は再度プラズマ球を召喚する。今度は左右両方の掌を使っての召喚である。もう一発と言いながら二発も召喚する。言ってることとやってることが違うのはご愛嬌だ。
「すいませんしたーーーっ!!」
これ以上は本気で美姫を怒らせかねないと本能で理解した夏樹は、器用に空中で土下座のポーズを取る。ジャンピングならぬフライング土下座である。……なんとなくネーミングが変だが、実際に飛べる妖精がするのだからしょうがない。
「ふむ、わかればよろしい」
美姫は無い胸をそらせながら、召喚したプラズマ球を誰もいない方向へと投げて処理する。放り投げられたプラズマ球は美姫の魔力の影響範囲を出たところで光を失い霧散した。
「美姫さんもブースターなしでもそこまで魔法が使えるようになってきたなんて、魔法の使い方が板についてきましたね」
一部始終を見ていた海斗が感心したように言うと、自分でもプラズマ球を出して見せる。その大きさは美姫が出したものの軽く5~6倍はする大きさだ。光の強さもまとわりつく雷光も、それなりの大きさ強さなのは言うまでもない。
「夏樹さん。今度やったら美姫さんではなくて俺のを喰らってもらいますからね。さらに刺激が強いこと請け合いですから、死なないまでも気絶くらいはしちゃうかもですよ?」
元女性としてセクハラは許せないのだろう。海斗は良い笑顔を浮かべながら夏樹を脅す。やはり笑顔で怒るというのは、するべき状況でするべき人がすると迫力が半端ない。
「やれやれ、騒々しいねえ。まあいつもはバラバラに来てもらっているメンバーが一堂に会すれば騒がしくなるのも分かるけど、出来たらもう少し静かに待っていて欲しかったなあ」
最後に部屋に入って来たのは剣持主任である。
「だって夏樹君が……」
「夏樹君がどうしたって?」
「その、私の胸を、小さいからって、その……」
「馬鹿にしたのかい?」
「いえ、小さいから素敵だとか言って、それだけならまだしも、いきなり胸に飛び込んできて……」
「……揉んだのかね?」
「そんなんじゃなくて、顔をうずめてこうグリグリと……」
剣持主任はただ状況を聞いているだけなのだが、なぜかこう羞恥プレイのような雰囲気をかもしだしていたりして、なんともかんともだったり。美姫は赤面しっぱなしだ。
「ふむ。分かった。……夏樹君っ!!」
美姫に向き合っていた体を夏樹のほうへと向けた剣持主任は、ツカツカッと歩いて夏樹の元まで行くと、その妖精サイズの小さな手をそっと指で掴んだ。
「な、何ですかっ!? 僕が何をしたっていうんですか。いや、まあ確かにしましたけど……」
ギロリとにらむ美姫の視線を受けて、夏樹はオロオロとする。そんな状況を無視するかのように、剣持主任は夏樹に向かって言うのだった。
「同志よっ! ともにちっぱいを愛でようじゃないかっ!!」
なんだか何もかも台無しだった。当然、その後の剣持主任を見るみんなの目が打って変ってしまったのは言うまでもない。
「……ゴホン。さて、皆に集まってもらったのはほかでもない。妖精世界側に提供したフェアリードライブ搭載の実験船が向こうで運用され出してしばらく経つ。全長60mと予定よりも大きな船体となってしまったが、エンジンも何もないドンガラの船体に電源とブースターやキャンセラーを搭載しただけの船だから建造そのものは簡単だった。大気圏内にて低速度低高度で運用するなら、このレベルのもので十分なのだが、現代社会においてはちょっとどころか、大幅に能力不足だと言わざるを得ない。そこで今回、我々、加賀重工航空機制作所開発部研究班が設計し、航空機制作所にて建造したのが、この宇宙船だっ!!」
そしてプロジェクターが映し出す【宇宙船】の映像をバンッと、叩いた。剣持主任、先ほどの件を皆から忘れさせようとしているのか、無駄に格好をつけているような気がしなくもない。
「すごいぞお。フェアリードライブ搭載のこの宇宙船なら、衛星軌道上に簡単に行けるのはもちろんのこと、サポート体制さえしっかりしていれば火星や木星にだって行ける。視認距離にある月になら、今の設備でも十分だ。というわけで、いきなりで申し訳ないが、今日はこの宇宙船に乗って月にまで行ってもらう。何か質問はあるかね?」
部屋の中はシーンと静まり返っていた。皆、質問が有りすぎて何から質問して良いのか分からなかったのだ。
「剣持主任。言いたくないけど、言いますが、……マジですか?」
唯一、再起動を果たした珠美香が発した言葉が、皆の気持ちを代弁していたのは言うまでもない。はてさて、いったいどうなることやら?
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