第二地球圏物語 前史
It is historical in front of The second Earth area story
妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール
作:紅衣北人 / ジャージレッド
第19話 異星人の影と、終劇後のリアル
妖精世界の空を、妖精サイズで考えると非常に大きな存在が飛んでいた。言うまでもなく人間世界側から提供を受けて召喚した『船』である。船名を『デウカリオン』という。全長60m程の細長いタマゴ型をした船体の表面には太陽電池が張られており、黒く光っている。
その黒い船体から大きな光の羽が伸びて、ゆっくりと羽ばたいているのが見える。光でできた実体の無い羽なのでその色までは分からないが、鳥の羽のような形をしている。というわけでこの船は、妖精の魔法を強化するブースターによるフェアリードライブによって浮上推進している船だということがわかる。
眼下には規則正しく並んだ緑の碁盤目が見てとれる。おそらく農地か牧草地の類いなのだろう。そこで働くものたちを見なければ非常に牧歌的な風景なのだが、金属でできた体を鈍く光らせながら動いているそれらを無視することはできなかったに。
自立して動く機械たち、すなわちロボットである。見渡す限り緑が続く風景の中で、機械たちが何やら作業をしている様子は、どこか違和感をひどく刺激していた。
「エラ様、交代のお時間です」
タマゴ型の船体の先端部にあるカメラを通じて外を見ながら船を操っていた女大魔導師とも呼ばれているエラに声をかけたのは、弟子のマルナであった。マルナはトンボのような虫の羽をした平民ながら、強い念話能力を持つ妖精の女である。
「あら、もうそんな時間なの? まったく、この船を操縦していると時間を忘れてしまうわね」
「お気持ちは分かります。私も初めてこの『デウカリオン』を操縦したときは、自分の力と感覚が大きく広がったような感じがして、何というかある意味快感でした」
「ふふっ、マルナもそう感じたのね。まったく人間たちというのは何というものを作り上げる存在なのかしら。驚く他は無いわね」
そういうとエラは、ゆっくりと船を降下させ始めた。操縦席は正副二系統あるので、空中を飛びながらでも操縦の交代はできるのだが、安全を考えるなら着陸もしくは着水してからの交代のほうがよりベターではあった。それにエラにはひとつ考えがあったのだ。
「マルナ、操縦を代わる前に着陸地周辺の機械たちの様子をちょっと観察して見てきます。護衛にアルナを借りるわよ」
着陸してから分かったのだが、そこはまさしく牧草地であった。一つ一つの碁盤目はそれぞれが低い金属製の壁で仕切られており、その中には小柄な牛のような生き物が群れを成しているのが見て取れた。碁盤目状の牧草地と牧草地の間は舗装された道路になっており、時たまではあるが車輪走行する機械たちが何かのコンテナを運んでいた。
碁盤目状に仕切られた広大な牧草地の中には、生き物たちの水飲み場として澄んだ湖があり、所々に低灌木の林が有った。牛に似た生き物たちは牧草(?)を食みながらゆっくりと移動している。そしてその傍らには、6足歩行をする人間よりもやや小さい程度の大きさの機械たちが一緒になって移動していた。その数は8体である。
「エラ様、あれはいったい何をやっているでしょうか?」
エラとともに船から出てきたマルナの妹のアルナが指さす方向では、3体の機械たちが1頭の生き物を三方から取り囲んでいた。エラとアルナはそれを数十メートル離れたところの上空から見下ろしている。
なお、姉のマルナは次の操縦士当番なので、色々とチェックに忙しい。そこでエラの護衛として、妹のアルナがついてきていたのだ。ちなみに人間の護衛も乗船しているのだが、彼らは着陸した船の周囲に展開し、船そのものをガードしている。
アルナは攻撃魔法の使い手であるが、身に着けたキャンセラーの有効範囲がせいぜい数メートルであるので、得意の電撃による遠距離攻撃は半ば封じられている。もしも機械たちがエラやアルナに対して敵対行動をしてきた場合、一目散にデウカリオンへと逃げるしかない。
「どうやら機械たちはあの生き物を捕獲しようとしているようですね」
エラがそう言うか言わないかのうちに、3体の機械たちのうちの1体がそのマニピュレーターからワイヤーのようなものを発射してその生き物の足に絡みつかせた。しばらくもがいていた生き物は急に体を痙攣させたかと思うとそれっきり動かなくなり、地面に倒れこんでしまった。
「エラ様、あの機械、今、電撃を使ったようです」
「どうやらそのようね。ちょうどいいわ。機械たちがあの生き物をどうするのか見届けてみましょう」
その後、気絶した生き物は機械たちによって金属柵の外に運ばれると、道路を走ってきていた車輪走行する機械にけん引されたコンテナに積み込まれた。そして機械たちはまた金属柵の内側に戻ってきた。一方で車輪走行する機械は道路を走ってどこかへと走り去っていく。
そこでエラとアルナは急いでデウカリオンに戻ると、発進準備をしていたマルナに指示をした。
「マルナ、デウカリオンを発進させたら、道路を走る機械が向かう先へと進路を向けてちょうだい」
「分かりました。エラ様。……船外活動中の護衛部隊に通達。デウカリオン緊急発進。本船は180秒後に離陸します。ただちに船内に戻ってください。繰り返します。デウカリオン緊急発進。本船は……」
船外へとマルナの声がスピーカーを通じて響いていく。妖精たちが電子機器を使いだしたのはほんのつい最近のことであるのだが、既に違和感なく各種の電子機器を使いこなしていた。
時間が経過し、なおかつすべてのハッチが閉鎖されたことを確認したマルナは、既に起動していたブースターに意識を向け、己の魔力を流し込んでいく。その投入された魔力はブースターによる作用により大きく増幅され、そしてその増幅された魔力はデウカリオンを浮上させる力となった。
外部から見ていた場合、太陽電池パネルにより黒光りしていた船体中央より、もやもやとした光の羽が伸びてきて、やがてその光が強くなってきたかと思うと、ゆっくりと羽ばたくトンボの羽のような形の強く輝く光の羽になったのが見えただろう。
そして長細いタマゴ型をしたデウカリオンは、既に走り去って行った車輪走行型の機械の後をつけて飛行していった。しばらくすると四方から集まってきた車輪走行型機械が列をなし、同じ方向へと進んでいくのが見えた。そして……。
「前方に何やら施設が見えます。機械たちはどうやらそこに向かっているようですな」
そう言ったのは、マルナがいるコクピットの後ろの席にいて、船外を監視するカメラからの画像を見ていた人間の男性、護衛隊長のダニイルであった。
「了解しました。マルナよ、船を施設上空300メートルの高度にて滞空させておいてください。私はアルナを伴って、その施設を偵察してきます。それからダニイル隊長、小型艇の用意をお願いします」
機械たちは妖精や人間化した妖精のことを全く無視しているが、それは妖精たちが操る船であるデウカリオンなども例外ではない。機械やその施設を破壊しようとすると、その破壊を試みた妖精や人間個人に対しては自衛的な攻撃をしてくるものの、妖精や人間といった種族そのものに対して明白な敵対行動を取ってくることは無かった。
というわけでエラとアルナ、そして人間の護衛数名は何の危険もなくその施設の内容を偵察し終えたのだった。
「で、結局のところ、その施設というのは何だったの?」
「はい、エルフィン様、一言で言えばあの施設は【屠殺場および食肉工場】でした」
施設に対する偵察結果を報告するということで、皇女であるエルフィンと人間世界とのコンタクト要員であるアヒカル、そしてエラとアルナ、護衛隊長のダニイルが、コクピットの後方にあるスペース、あえて言えばブリッジとでも呼ぶべきところに集まって会議を開いていた。
「単純に考えれば、やがて来る機械たちの主人である異星人が食べる為の食料を生産しているだけですので、何の問題もありません。しかし……」
「しかし、何ですか? エラ様は何か懸念がおありですか?」
言いよどむエラに対して、エルフィンは首をかしげる。偵察に参加したアルナとダニイルも浮かない顔をしているので、自然とその場の空気は重くなる。
「秋津島から海を渡り西進してきましたが、今までに大陸にて発見できた食料生産現場は放牧地のみです。穀物を生産する農地はひとつも発見できておりません」
「それが何か重要なことなのでしょうか?」
エラが何を言いたいのかが理解できなかったエルフィンはきょとんとしているが、その横ではアヒカルがはっとして顔をこわばらせていた。さすがにもと近衛騎士だけのことはあるということか。
「機械たちの主人である異星人は、肉を主食としている可能性があるということですね」
「ええ、そうです。もっとはっきり言えば、肉食獣から進化した異星人の可能性が高いということです」
機械たちは、それ単独の存在なのではなく、主人たる異星人が居るのだということが分かってきた。であるならば機械たちとはコミュニケーションが取れなくとも、主人である異星人とはコミュニケーションが取れるのではないかと妖精たちは期待していた。
同じ知的生命体であるのなら、『異星人は妖精の生存権を認めてくれるのではないか』という希望が、デウカリオンの旅の根底に存在していた。しかしその異星人が肉食獣から進化したというのであれば、話は少し変わってくる。
現在は妖精たちの存在を完全に無視している機械たちであるが、もしもその主人たる異星人が妖精たちの存在を認識してくれたとしよう。その時、異星人たちは妖精たちをどのような存在として認識するのだろうか? 同じく知性を持った生命体として認識して、妖精たちの生存権を認めてくれればよし。そうでなければ……。
「というわけでエルフィン様、御気分を害されるかも知れませんが、簡単に言ってしまえば私が懸念していることは、『異星人とコンタクトを取った場合、彼らは我々妖精を大宇宙における仲間たる知的生命体としてではなく、単なる補食対象として認識してしまうのではないか?』ということに尽きるわけです」
エラが語る予想にエルフィンを始めその場の一同は、しばらくの間、言葉を失うのだった。
「……というところまでが、妖精世界における昨日までの状況ということでしょうか」
加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班、通称魔法研究所、単に研究所とも呼ばれるそこにおいて、海斗による報告が行われていた。話を聞いているのは言わずと知れた剣持道彦主任である。
魂の波動を同じくする妖精世界のアヒカル、そして人間世界の滝沢海斗(旧名:汐海)は、ほぼ毎夜、夢幻界を通じての情報交換を行っていた。
以前は帝都天那にある施設、魔導炉を利用して魔力を高めて人間世界とコンタクトを取っていたアヒカルであるが、現在はデウカリオン号搭載のブースターおよび女大魔導師と呼ばれるエラの補助、そして天那から召喚により取り寄せた魔力を込めた宝石の助けを借りている。
ブースター自体は電力で動いており、その電力は基本的にデウカリオンの船体表面に貼られた太陽電池パネルにより供給されている。というわけで天候や昼間の電力使用状況によっては夜間に必要な蓄電量が満たされない日もある。
結果として以前は毎晩続いていた妖精世界とのコンタクトは、現在は数日おきに1日から2日程度の休みを挟む形となっていた。
「異星人は肉食獣を起源として進化した可能性か。なかなかに興味深いな」
知的な興奮を感じているのだろう。なんだかとても嬉しそうな剣持主任である。
「やっぱり、肉食の宇宙人ということは、その文明って人間以上に戦いの連続の歴史なんでしょうか?」
「いや、海斗君、それは無いな。肉食異星人の歴史にも戦争は有っただろうが、せいぜい中世の決闘レベルに収まっていた可能性だってあるからね」
剣持主任が言うには、よく誤解されがちだが、肉食獣と草食獣では、草食獣のほうが同族同士の争いは激しいものがあるのだという。むしろ肉食獣のほうが同族同士では致命的な争いを回避する習性がある。
なぜかというと肉食獣には獲物を狩るための牙があり、鋭い爪がある。これは草食獣などを狩る場合には素晴らしい武器となるが、もしもこれらが同族に向けられた場合、容易に相手を死に至らしめる凶器となる。
よってその凶器を無制限に使用する肉食獣は、同族同士で殺し合った末に子孫を残すことなく種として絶滅してしまう。子孫を残せるのは、凶器を同族に向けないだけの自制心というか本能を獲得出来た種に限られる。
つまり肉食獣は、その凶器である牙や鋭い爪を同族に向けて使わないでおくという本能を獲得しているはずであり、肉食獣から進化した異星人もまた、そのような本能を祖先から受け継いでいるはずだということだった。
「人間が同族同士で総力戦だなんていう激しい戦争をするのは、雑食動物から進化した知的生命体だから、そういった本能が備わっていないからなんだよ。ま、ひとつの仮説だがね」
「じゃあ、向こうの世界の妖精たちには、『そんなに危険そうな異星人ではないから、安心していいよ』とでも伝えておけばいいですか?」
と、海斗が緊張感を薄れさせた声で聞いてくる。
「たぶん、戦争になるかどうかという点では安心していいと思うんだが、捕食対象か……。こればかりは実際にコンタクトを取ってみないとわからないな。ああ、話は変わるんだが海斗君。ちょっと向こうの妖精たちに頼んでくれないかな? 『こちらの世界に召喚できそうな存在は居ませんか?』ってね」
剣持主任も、今までに海斗を通して妖精の魔法について色々と学んでいる。そして知ったのは、『異世界から召喚する対象は、魔法力の強い者のほうが召喚しやすい』ということだった。つまり魔法力を持たないAさんを召喚するよりも、大きな魔法力を持っているBさんを召喚するほうが楽だということだ。
べつに召喚すること自体は、相手に魔法力が有ろうがなかろうが関係ない。しかし、異世界の相手を召喚対象としてターゲットするには、魔法力が高い相手のほうがターゲットしやすいのは確かだ。
つまり魔法力の存在は、光や電波を発しているようなもので、魔法力が大きいほうが召喚対象を発見しやすいから、結果的に召喚しやすいという話になってくる。
「つまりだね、珠美香君と美姫君の魔法力の同調・共鳴能力も強化されてきたことだし、ここらでひとつ、妖精たちの話に出てきたドラゴンとやらを召喚する実験をしてみたいんだよ」
剣持主任は、コーヒーが入ったマグカップを手にしながらそう言うと、話すべきことは話したとばかりに、ぐいっとそのコーヒーを飲み干したのだった。
さて、その時よりもやや時間が経過した頃、長谷川美姫と珠美香の姉弟(元兄妹)はどうしていたかというと、水城江梨子ちゃんや大島早苗ちゃん、そして佐藤雄高君と妖精の老田結菜ちゃんといったメンバーで、演劇部の夏の公演の会場に来ていたのであった。
「ほほう、さすがに完全無欠の男の娘。珠美香が女装すると本物の女の子にしか見えないなぁ」
「ねえねえ、ちいさいお母さん。シンデレラになってるのが、珠美香お兄ちゃんなの?」
ちなみに妖精のふたりは、座席の背もたれの上にちょこんと座っている。
「珠美香ちゃん、ダンスのシーンでも姿勢が良いなあ。それにあの躍動する筋肉っ!!」
「珠美香さんが演じるシンデレラって、なんだかこう生き生きしてますね。やっぱり人前でおおっぴらにスカートをはけるからかしら?」
「珠美香ちゃん、かわいい。……お持ち帰りしたい♪」
それぞれ勝手なことを言っているが、一応、他の観客の迷惑にならない程度には小声でしゃべっている。というか他の観客も結構ざわざわと声を出しているので、そんなに目立たない。ではどんな声が出ているのか拾ってみよう。
「うそ、シンデレラ役って、男の子なのっ!?」
「開幕前に、シンデレラの衣装を着て男子トイレに居るのを見たぞ」
「見た目も声も女の子にしか思えないじゃない!?」
「……男の娘か。……有りだな」
「王子様役の生徒もすごいぞ。いくらかわいくても、男相手にあれだけの演技ができるんだから」
珠美香の女装姿、結構好評のようだ。おおむね好意的な声しか聞こえてこない。そして劇は進み、フィナーレを迎える。役者一同勢ぞろいし、観客に向かって礼をしたところで幕が降りる。
「さて、いよいよだね。珠美香の今後を考えると、振られたほうが良いような気がするんだけど」
まだざわめく会場の中、美姫は静かにそう言った。実は演劇部では夏の公演の主人公とその相手役はカップルになるという伝説がある。主人公はシンデレラ、イコール珠美香のこと。そして相手役は王子様、珠美香が絶賛片思い中の演劇部の部長である杉野栄泰すぎのはるやすである。
珠美香は劇が終わったその時に思い切って告白する決意をしている。そして告白が受け入れられたなら、成人後は性転換手術を受けて女性として生きていく。もしも告白が拒否られたら現実を受け入れて成人後は戸籍も変えて男性として生きていく。そう決めているのだ。
昨年、妖精のエルフィンが珠美香を召喚する際に、兄の幹也(後の美姫)を巻き込んだ玉突き召喚事故が発生。少女から少年へと肉体が変化してしまった珠美香は、どちらの性で生きていくのかを、成人後に決めなくてはならない立場にいた。とにかく大変なのだ。
逆にひとりの人生を左右する選択をゆだねられる杉野部長も大変と言えば大変だが、リア充全開モテモテのイケメンであることに対する必要コストだと思って諦めてもらおう。
「でも美姫お姉さま、告白が成功する可能性もそれなりに有るはずですよ。珠美香さんの戸籍はまだ女性のまま。見た目も女の子そのもの。更に成人後は性転換手術も視野に入っているわけですから、あとはもう相手の意思次第ですよ」
理詰めで説く江梨子ちゃん。やっぱり眼鏡のレンズが光っている。しつこいようだが仕様である。
「確かに珠美香ちゃんは元々女の子だから男相手に恋愛をしても良いと思うけど、問題なのは珠美香ちゃん本人よりもむしろ相手の男のほうじゃないのかな? 男として言わせてもらうけど、性転換女子を相手に恋愛するまではかろうじてOKでも、結婚の相手にするとなると相当悩むことになると思うよ」
「そういう雄高君はどうなの? 珠美香ちゃんが性転換手術をした後なら、結婚の対象として見ることができちゃったりするのかな?」
早苗は手を口に当て、『ホホホ』とわざとらしく笑いながら雄高に質問をする。すると雄高は頭を掻きながら次のように答えた。
「個人的には『有り』なんだけど、問題は子供を作れないってことだよなあ。俺、ひとり息子だし、親に孫の顔を見せてやりたい気もあるし、そこが本当に問題なんだよなあ……」
その言葉を聞いた早苗に江梨子、そして美姫までもが気づいてしまったのだった。子供がどうのこうのと言っているけど、雄高は基本的に珠美香のことを肯定して結婚する気もあるってことに。
「雄高君、もしも珠美香ちゃんが杉野先輩に振られた時は、珠美香ちゃんのフォローよろしくね」
とりあえず明るく雄高の背中を押す決意をする早苗。
「ええ、佐藤君なら、安心して任せられるわ」
江梨子ちゃん、まだ杉野先輩がどう返事をしたのかを聞いてないのに、気が早い。
「うーっ、なんか納得いかないけど、もしもそういう話になった時、珠美香が雄高君との結婚を望むなら……」
複雑な心境の美姫。
「珠美香お兄ちゃんと雄高お兄ちゃんが結婚するの? 男同士なのに?」
そして結菜ちゃんは、まだ理解ができなかった。当たり前の5歳クオリティである。
さて、わいわいと話しながら一同はロビーに出て珠美香が楽屋から戻ってくるのを待っていた。既に他の部員たちは続々と出てきているが、珠美香と杉野部長はまだである。どう考えても今現在告白中ということなのだろう。
「あっ! 出てきたわよ。珠美香ちゃ~ん、ここ、ここっ!!」
いち早く珠美香の姿を見つけた早苗がかわいらしい大声で珠美香を呼ぶ。手を大きく振っているのに合わせてFカップな乳も揺れている。周囲の視線が集まったりしてやや雰囲気が桃色に……。
「……なんだか珠美香さん、浮かない顔をしてますね」
「えっ、もしかして振られたの?」
心配そうにする江梨子に、若干笑顔で嬉しそうな美姫。元兄、今姉の心境は複雑なのだ。
「珠美香ちゃん、あの、どうなったの?」
雄高は近づいて来た珠美香の肩に手を掛けながら聞いてみる。雄高もまた珠美香が振られたほうが嬉しかったりするが、同時に珠美香の悲しむ顔も見たくは無いという気持ちだ。無意識に恋する男の心境も複雑だったりする。
「……大嫌い」
「えっ?」
「……杉野先輩なんか、あんな変態なんか、大嫌いっ!!」
珠美香は最初は小さな声で、そして次には周りがドン引きするほどの大声で吠えたのだった。
しばらく珠美香は、『大嫌い、大嫌い』、『杉野先輩の変態』などと言い続けていたのだが、やがて落ち着きを取り戻すと、ことの顛末をぽつりぽつりと話し始めた。それによると下記のような会話がなされたらしい。
※ 下記の再現会話は、珠美香の証言を元にして作られたものです。事実とは異なる場合もあります。
「先輩、好きです。結婚を前提に付き合ってくださいっ!」
「嬉しいね。僕も珠美香君が大好きだったんだよ。結婚だってOKさ。ハハハハハッ」
「嬉しいっ! 私、二十歳になったら、性転換手術をして体も女になりますから、よろしく♪」
「え!?」
「ええと、先輩、どうしたんですか?」
「うーん、僕は今のままの珠美香君が好きなんだけど。男の娘のままの君が好きなんだ」
「え!? ど、どういうことなんですか?」
「珠美香君は妖精に召喚されかけて体は男になっちゃったけど、戸籍は今でも女なんだよね?」
「え、ええ、そうですけど……」
「良かった。じゃあ体は男同士でも結婚できるよね♪」
「はぁ?」
「いや、だから珠美香君の戸籍は女だから、僕と珠美香君は今のままでも結婚できるじゃないか」
「えっと、つまりそれはいったい、どういうことなんでしょうか?」
「いやだなあ、決まってるじゃないか。僕は男が好きなんだよ」
「へ、変態っ! す、杉野先輩なんか、だ、大嫌いですーーーーーーっ!」
※ 一部、現実をオーバーにした過激な表現があることをご承知ください。
「そうか、そういう事情だったのか。それは災難だったね」
どこかほっとした様子で珠美香を慰める雄高。
「雄高君……」
涙を拭きながら雄高の顔を見る珠美香。というわけでこうして珠美香の初恋は、劇と同じく幕が退かれた。
しかし、それが新たな恋の始まりだとは……、珠美香と雄高以外はみんな知っていたのは言うまでもないのだった。
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