兄妖 第14話

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It is historical in front of The second Earth area story

妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール

作:紅衣北人 / ジャージレッド



第14話 闇の計画。一方、美姫と珠美香、悩める日常とは?

 【加賀重工航空機製作所開発部新技術研究班】、通称【魔法研究所】では剣持主任が悩んでいた。夢の世界(夢幻界)を通じて妖精世界とコンタクトを取り続けているという妖精、滝沢海斗からもたらされた情報をどう扱うかということについてだ。

 妖精たちが人間の体を召喚し続けていたのは、機械群、ロボットたちと戦える体を得るというのは表向きの理由で、真の理由は大脱出計画と呼ばれるものにあるというのだ。

 こちらの世界に召喚された妖精の肉体を発動体とする魔力を、長谷川珠美香と妖精世界にいるエルフィン皇女が共に持つ同調・共鳴能力を使って統合的に制御する。それによってかつて無い規模で召喚魔法を発動させる。そして召喚するのは妖精世界にいる全ての妖精たちと、元妖精だった人間たち全てだというのだ。

 最大限好意的に見ても、数百万から数千万以上かもしれない妖精の難民たちを受け入れることになるという状況。いや、下手をすると妖精の数は億の単位で数えることになるかもしれない。

 そして悪意に見れば、妖精たちによる次元を超えた人間世界への侵略であると言える。

 一介の技術者としては突出した能力を持つ剣持主任ではあったが、このように政治的な問題となるとどのようにして良いのか、まったく判断のしようがなかった。

「ここはやはり、お爺様に相談するしかないんじゃないの?」

 相談を受けた加賀詩衣那も、そう答えるしかなかった。

「だよなあ。ちょっと僕には荷が重すぎる内容だよ」

 こうして剣持主任は、後日、加賀光政会長と内密の会談を持つことになった。



「なるほど。分かった。現状の我々の技術と再現できる魔法でも、この世界にあるものならば人でも物でも条件次第で召喚することが可能になったということだな?」

「魔法増幅装置であるブースターの能力次第ということです。複数台のブースターを連結して作動させることにより、魔法の増幅効果は急激に高まります。それとこれはまだ未検証ですが、キャンセラー同士を大規模にデータ連動させることによっても、魔法を飛躍的に増幅させることができるのかもしれません」

「どうしてそう思う?」

「今回の件、長谷川珠美香が術者となり召喚を成功させましたが、後日、キャンセラーのデータ通信機能をoffにしての再現実験を行いましたら、召喚魔法は発動しませんでした」

「データ通信機能をonにしての再現実験はしなかったのかね?」

「実はあのあと、『キャンセラーの電池が急になくなった』とか、『急にものすごい脱力感に襲われた』といった類の苦情が全国から多数寄せられましたので、データ通信機能を使っての大規模な再現実験は行っていません。後日、実験への協力者を集めて、数百人規模での実験を予定しております」

「妖精世界の妖精からもたらされた情報、『妖精の皇女エルフィンと、その魂の波動を同一とする長谷川珠美香が持つ、同調・共鳴能力』というものが鍵となっているようだな」

「はい、どうやらそのようです」

 黒い和服が良く似合う加賀光政は、報告書により魔法研究所における成果についてはほぼ完璧な理解をしていたが、やはり現場を知る責任者から直接に話を聞ける機会は貴重と考えたのだろう。この後も、質問は多岐にわたった。

 剣持主任は、その質問に的確に答えていく。結局のところ会談は、既に1時間が経過しようとしていた。そして聞くべきことは聞き終えた加賀光政会長は、しばらく目を瞑り考えをまとめていたのだが、溜め息をつきながら結論を下したのだった。

「妖精世界の妖精たちが、こちらの世界にやってきたいというなら、それもまた良いだろう。今後、こちらの世界でも、魔法を中心に据えた技術が発展していくだろうことは間違いない。その時の人材として、また魔法技術を学ぶ先として妖精たちが必要となるだろう。但し、我が加賀重工が主導権を握る必要がある」

「と、申しますと?」

 一介の技術者である剣持主任は、この手の発想には弱い。加賀光政会長の考えをすぐに読み取ることはできなかったので、素直にそう聞いてみる。しばし沈黙が続いた後、加賀光政会長は持論を展開した。

 こちら側の世界でも、魔法増幅装置・ブースターの使用を前提として、魔法を再現できることが確実になって来た。まだ使える魔法は、飛行魔法に召喚魔法だけだが、これだけでも産業革命以上のインパクトがあるのだという。

 まずは飛行魔法だが、その真価は、大気圏内での運用よりも大気圏外での運用にある。

 正直、現在主流の水素を燃料とし、酸素を酸化剤とするようなロケットでは、火星へと向かう有人宇宙船の推進器として採用するには力不足である。最低でも原子力ロケットが欲しいところだ。

 ところが妖精の飛行魔法を応用したフェアリードライブ搭載の宇宙船であれば、太陽風や宇宙線などの人体に有害な放射線をどう克服するかという課題は残るものの、火星へでも楽々往復できる性能を出せると考えられている。

 日本が世界の宇宙開発において、ぶっちぎりの1位を獲得できるチャンスがここにある。もちろん既存のジェット旅客機など時代遅れにしてしまうだろう。世界の航空機業界の地図を塗り替えることも可能だ。

 さらには召喚魔法だ。

 未だ妖精世界といった多元世界のひとつ、いわゆる異世界からの召喚には成功していないものの、この人間世界の中であれば、物資や人員をA地点からB地点へと召喚移動させることができるめどがついている。

 これは輸送コストの劇的な低下をもたらすだけではなく、軍事力の展開の超高速化という即応性の劇的な向上をもたらすことになる。さらには地球と火星といった惑星間における物資の輸送にも召喚魔法は有効かもしれない。

 そして召喚魔法を使った資源採掘だ。これは既に妖精世界の妖精たちが行っている方法だそうだから有効性は折り紙付きだ。目的とする資源を分子、原子単位で召喚して製錬や精錬、そして精製まで済ませてしまおうということで、鉱物資源の採掘コストを劇的に下げることができる。

 どう考えても、現時点でも実現可能な魔法だけでも、産業革命以上の魔法革命を産業界にもたらすことができるのだと加賀光政会長は言う。そしてだからこそ、加賀重工が主導権を握らないといけないのだという主張だ。

「もしも妖精世界の妖精たちが立案し実行している大脱出計画が、彼ら主導で成功した場合、それは妖精による人間世界への侵略と見なされ、その対処に最低でも日本政府、もしかすると米軍か米国政府が出てくる可能性が高いだろう。最悪な展開としては国連がしゃしゃり出てくることだ。そうなると妖精たちを我が社が囲い込んで独占するということができなくなる」

「だからこそ、我々主導で妖精たちの大脱出計画を成功させる必要があると……」

「その通りだ。君のところで大規模な召喚実験をした際に召喚魔法が【暴走】して、結果的に妖精世界の妖精たちを召喚してしまったという【事故】を起こして欲しい。分かるね、私の言っている意味が」

「……つまり、事故であるなら責任は加賀重工にあり、召喚した妖精たちをどうにかする【責任】を負わされることになるということですか?」

「その通りだ。まあこの場合、【責任】は【権利】でもあるのだがな。うまく立ち回れば、魔法革命に必要な妖精の人材を加賀重工で独占できるかもしれない。これは社運をかけてみる価値がある仕事だよ。それにだ……」

 そこで加賀光政会長は言葉を区切ると、今までの威厳のある口調ではなく、何やら次に言うべき言葉を探しつつあるような感じでゆっくりと話し出した。

「それに……、孫娘の詩衣那の本来の体、人間の体を取り戻せるかもしれない。それは君も望むところだろう?」

「……そうきましたか。確かに僕と詩衣那さんは結婚を約束していた仲でした。しかし詩衣那さんが妖精になってしまってからもうそろそろ8年が経っているんですよ」

「なに、まだ8年じゃないか。妖精の中には、体を入れ替える魔法を使える妖精もいるはずだ。妖精世界すべての妖精を召喚することができたなら、詩衣那を元の人間に戻せる可能性はある」

「もう一度、ふたりの仲をやり直せと?」

「嫌いになったわけじゃないんだろう?」

 そのまま沈黙が続いたが、やがて剣持主任は姿勢を正すと、こう言った。

「会長のお言葉をいただいて、今後の開発方針に対する迷いが消えました。まずはフェアリードライブ搭載の航空機を宇宙空間でも運用できる方向で開発を進めていきます。そして、大規模な召喚魔法を発動可能とする方法を確立する為に、さらなる召喚魔法の実験をしていきましょう。とりあえず異世界から何かを召喚する必要がありますね。そして妖精世界側とコンタクトを取る時には、協力するふりをしつつ、最終的には出し抜けと、そういうことですね。それでは今回の相談にのっていただきまして、ありがとうございました」

 そして剣持主任は一礼をする。

「……問題無い。その方向で進めてくれ」

「はい。それでは失礼いたします」

 会長室から出て行く剣持主任を見つめながら、加賀光政会長は溜息をつく。

「ふたりとも意地っ張りなやつらだ。お似合いだとしか言いようがないな」



 さて、一方、場面は変わって、こちらは緑ヶ丘高校2年4組、まだギリギリ、クーラーが稼働しない程度の初夏の教室。例によって白衣が似合いそうな理系な眼鏡少女の水城江梨子、そしてかわいいもの大好きな柔らかふかふかな巨乳少女の大島早苗を交えた美姫と珠美香たちは、一緒になって弁当を広げていた。

 おっと、忘れちゃいけない。先のメンバーに、最近では指圧マスターとも呼ばれている佐藤雄高も加わっている。珠美香が雄高の家にお泊まりしてから急速に仲が良くなってきているようだ。

「うーむ……」

 食事中にも関わらず、美姫は唸っていた。自分以外の人間メンバー4人の顔を順番に見ては、何か考え込んでいる様子だ。そしてやがてその視線は早苗に集中する。より正確に言えば早苗の豊かすぎる胸の双丘である。

「はあぁ~~っ……」

 一方、珠美香もまた、盛大な溜息をついていた。その呼吸量は、深呼吸か? と勘違いしそうなほどである。表情を暗くしながら早苗や江梨子の顔を見て、何事か考えたかと思うと、次に雄高の顔を見てやや表情を変えると、また溜息をつく。溜息製造機のようになっている。

「あの、佐藤君、このふたり、朝からこんな調子なんですか?」

「なんだか珠美香ちゃんも、美姫お姉さんも変!」

 戸惑いの江梨子に、容赦がない早苗。昼食が進まない。

「朝の段階ではここまで酷くは無かったけど、だいたいこんなもんだったよ」

 雄高は緊張するでもなく、ごく普通の調子で江梨子の質問に答えた。しばらく前までの雄高であれば、同級生の女子ふたりに、クラスメイトの男の娘ひとり、更には妖精少女がひとりという女子率が高いグループの中に入ったら、もう少し緊張した態度を取っていたことだろう。

 しかし慣れというものは恐ろしいものである。ここ数週間の間に江梨子や早苗に珠美香や美姫たちと一緒に弁当を食べるようになってから、彼はごく普通に単なる友達に接するがごとくの感じで彼女たちに接することができるようになっていた。

 ところでクラスどころか学年内でも、雄高のポジションをうらやましがる男子は数多くいる。なんてったって、今、名前があがった女子たち以外の女子からも、雄高は指圧マスターとして慕われているのだ。

 女子の体を合法的に触り放題というのは嬉しい。あんなところやこんなところを、【さわさわ】とか、【ぐにぐに】とか、【ぎゅっ、ぎゅっ】とか触っても、文句を言われるどころか感謝されちゃうのだからすごい。

 男子連中からこの状況をうらやましがられるのも無理はない。しかし雄高の指圧やマッサージの技は本物である。男子すら雄高の指圧やマッサージを受けるとあまりの気持ち良さに艶やかな声を上げてしまう。

 というわけで佐藤雄高は恐ろしい子なのだ。指圧マスターからゴッドフィンガーへとクラスチェンジする日も近いかも知れない。

「ではとりあえず珠美香さんの悩みから聞いてみることにしましょう」

 例によって眼鏡のレンズをキラリンと光らせる江梨子。仕様である。

「そうよね。美姫お姉さんの悩みは妖精さん特有の悩みかもしれないし、珠美香ちゃんの悩みのほうがまだ簡単そうかも」

 根拠は無いが、早苗はイメージだけでそう決めつけた。『うん、うん』とうなずく度に胸も物理的に弾む。

「では、珠美香さん。質問です。何にお悩みなのですか?」

 例によって江梨子は右手にエアマイクを持ち、珠美香の口元へと突き出した。

「へっ? 悩み?」

「ええ、悩みです。さっきから溜息ばかりついていらっしゃいますからね。何かお悩みのことがあるのではと思いまして」

「……まあ、悩みは無くはないけど、この悩みは解決不能というか、なんというか」

「珠美香も悩んでいることがあるんだ」

 煮え切らない返事をする珠美香の言葉に反応して、美姫が現実世界に復帰した。自分の悩みは一大事だが、他人の悩みは興味の対象という野次馬妖精さんである。

「そりゃあ、私にだって悩みのひとつやふたつぐらいはあるわよ」

「珠美香ちゃん、その悩みを私たちに話してよ。もしかしたら力になれるかもしれないし」

 ぼそぼそとつぶやく珠美香に対し、早苗がとても良い笑顔で親切の押し売りを始める。女子というのは恋バナが好きだが、悩バナというのも嫌いじゃないのだ。

「ちょっと待てよ。珠美香ちゃんの悩みが真剣なものだったら、簡単に『力になれるかも』なんて言うのは、少しばかり無責任じゃないのか」

「佐藤君、それもこれもまずは珠美香さんの悩み話を聞いてみないことには判断できないのでは?」

「それはそうなんだけど、興味本位で珠美香ちゃんの悩み話を聞くべきじゃないだろ?」

 悩み話を聞くことで珠美香を傷つけることになるんじゃないかと心配する雄高と、まずは話を聞こうと主張する江梨子の話し合いはしばらく続いたが、それを終わらせたのは珠美香だった。

「雄高君、もういいわ。もしかしたら他人に聞いてもらったほうがいいかもしれないし。なんだか自分だけで悩んでいると、どうしても思考が堂々巡りしちゃって、落ち込んじゃうし」

「そうなのか。無理しなくていいんだぞ」

 夏用の学生服を着たふたりの男同士が見つめ合う。雄高はイケメンというほどではないが、平均的な男子高校生の容姿よりも若干だけだがポイントが高い程度には整った顔をしている。そしてもう一方の珠美香は男装(?)しているものの、完全無欠の男の娘である。

 そのふたりが見つめ合うと、お互いにその気が無くても背景にバラの花が咲き乱れることになる。

「ありがとう。雄高君」

 やや珠美香の頬が薄赤く染まったような気がしなくもない。少なくとも江梨子や早苗はもちろんのこと、それを見ていたクラス中の女子の頭の中では、珠美香の頬は赤く染まっていた。

 そんな妄想から無縁でいられたのは、まだまだ女子として経験の浅い、妖精少女の美姫だけであった。

「それでいったいどんな悩みなのかな? さあさあ、どーんと、お姉ちゃんに話してみなさい♪」

「演劇部で夏休みに公演する劇のことなんだけど……」

 自分の悩みは置いといて、美姫は珠美香の悩みをワクテカしながら聞き出そうとする。もちろん他の3人も耳をそばだてて聞いている。

「ほうほう、確かシンデレラだったよね。シンデレラにはキスシーンもないし、演技に困るような、場面って有ったかな?」

「演技は大丈夫。『体まで本物の女の子でも、ここまで女性らしさを表現できないだろう』って言われてるし」

「では珠美香さん、劇の何が問題なんです?」

「正確には劇の内容というよりも、劇が終わった後の話なんだけど……』

 言いよどむ珠美香。すると早苗は何かに思い当たったのか、『あっ』と、小さく声をあげた。

「珠美香ちゃん、もしかして珠美香ちゃんが気にしているのは、演劇部の伝説なのかしら?」

「なにそれ?」

「あーっ、もしかしてあれかな。演劇部では夏の公演の主人公とその相手役はカップルになるという!?」

 転入生である美姫は何も知らなかったが、雄高にはその伝説に聞き覚えがあった。

「なるほど、その伝説を気にされているということですね。確か珠美香さんは、主人公であるシンデレラ。相手役の王子様は、演劇部の部長で珠美香さんが憧れている杉野栄泰はるやすさんでしたよね」

 江梨子は感情を交えず、淡々と事実のみを確認する。ここで色々と突っ込みを入れると、恥ずかしがった珠美香が口を閉ざしてしまうかもしれないからだ。

「じゃあなんで悩んでるの? 珠美香ちゃんは、杉野先輩とカップルになりたかったんでしょ?」

「早苗ちゃん、それはそうだったんだけど、やっぱり今の私の体は男でしょ? 男同士でカップルというのは趣味じゃないし……」

 言いよどむ珠美香。ややうつむいて伏し目がちだ。この前の事件以来、珠美香はようやく自分の今の性別は男であると認めるようになってきたのだが、だからと言って恋愛の対象が男性から女性へと変化したのかというとそうでもなかったりするので、色々と複雑なのだ。

「ということは、珠美香さんが性転換手術を受けて女性になればいいんですよね。確か20歳になった段階で、自分の性別を選ぶ予定だと聞いていましたけど、どっちにするか決心はついているんですか?」

「こらこらこらっ! 江梨子ちゃん、珠美香をそそのかさないでよ。珠美香にはちゃんと女の子と結婚してもらって、長谷川家の跡継ぎを作ってもらわないといけないんだからね」

 冷静な江梨子に猛然と突っかかる美姫。江梨子の顔の周りをパタパタタッと、飛び回りながら、小さな手で江梨子の頭をポカポカと叩いている。まあ、ちっとも痛くないのであるが。

「あら、美姫お姉さま、跡継ぎだなんて、今時その考え方は古いですわよ」

「そうそう、彼氏の親と同居したくない女子が増えてきているんだから、跡継ぎなんて言ってたら珠美香ちゃん、結婚できないですよぉ」

「へえ、女子の考え方としてはそうなのか。なるほど、参考になるなあ」

 美姫の言葉に対して、江梨子、早苗、雄高の三人はそれぞれの考えを口にする。そして珠美香は江梨子の質問に対して考え込んでしまった。

「うーん、性転換手術ねえ……。それが最近悩んでいるのよ。ちょっと前までは、20歳になったらぜったいに性転換手術を受けて、女の子に戻ってやるって、思ってたんだけど、なんていうかな? やっぱり子供も欲しいし、そうなったら自分は男のままで、女の子と結婚したほうがいいのかな? と、思わなくもないし」

 そうは言うものの、珠美香の心はまだ定まっていないのか、その言葉には迷いがあった。

「良く言った、珠美香っ! お姉ちゃんは感動したよっ!!」

 泣き出す美姫。もちろんうそ泣きであるのは言うまでもない。

「じゃあ、珠美香ちゃん、もう男のままでいるっていうことで決心したわけ?」

 なんだかもったいないなと思いつつ、雄高は珠美香に確認してみる。

「うーん、そこが自分でも分からないのよ。だから今度のシンデレラの劇の公演が勝負だと思うの。公演が終了したら、杉野先輩に告白してみようと思うの。『20歳になったら性転換手術を受けて女の子になりますから、付き合ってください』って。それでOKなら性転換する。もしもダメだったら男のままでいる。そうしてみようかと思うの」

「なんだか決断しているのかしていないのか、微妙な決心だね。……でも、珠美香ちゃんが性転換したら、ものすごくかわいい女の子になるだろうね」

 雄高は無意識のうちに珠美香を熱く見つめた。例によってバラの花が背景に飛んでいる。

「えっ!? そんな、かわいいだなんて」

 まんざらでもない珠美香。

(有りかな)

(有りよね)

 そんなふたりを見て、アイコンタクトで話し合う江梨子と早苗。耳がイヌ耳になって、目がキュピーンと光っている。どうやら腐りかけ? らしい。

「でね、OKされたらどうしよう? とか、もしも断られたらどうしよう? とか、そんなことばかり考えていたというのが、私の悩みというわけなんだけど」

「ハッ、悩むまでもなく、断られるに決まってるじゃないの。そんなの悩むまでもないね」

 珠美香の悩み告白に対し、切って捨てる美姫。

「そんな悩み、私の悩みに比べたらゴミね、ゴミ、ゴミ。ハーッハッハッハッ」

 美姫は、どこか怒ったように笑う。

「じゃあ、お兄ちゃんの悩みって何よ。しょうもない悩みだったら承知しないんだから」

 珠美香も怒ったような口調で言い返す。

「そうですね。では美姫お姉さま。美姫お姉さまの悩みとはいったい何なのでしょうか?」

 そしてエアマイクを突き出す江梨子。

「ふっ、よくぞ聞いて下さいました! 私の悩み、それは古今東西、ある属性を持った女性には必ずあるという大きな悩み!! その悩みが解決できずに対人関係にも消極的になってしまう人もいるという恐ろしい悩みなんだからね」

 空中に浮きながら、『ふふんっ』と鼻を鳴らし、胸をそらせる美姫。なんだかもう残念なオーラが全開かもしれない。

「もしかして、さっきから私の胸を見て溜息をついていたのは、その悩みが原因ですか?」

 どことなく申し訳なさそうに言う早苗。いや、きっと君は悪くない。

「お兄ちゃん。お兄ちゃんが女の子らしくしているのは演技だって話だったのに、そんなこと気にしてたんだ」

 脱力し、疲れた声の珠美香。さすがに今は男だとしても、元はれっきとした女性である。美姫の言葉で、美姫が何を悩んでいるのかを正確に理解してしまっている。

「へっ? みんな私の悩みが分かるの?」

「だからその、貧乳で悩んでいるんですよね」

 雄高のその一言で、美姫の耳には、グサッという擬音が聞こえたような気がした。美姫は器用に空中で床に手を付くポーズを取り、落ち込んでしまうのだった。



 実は妖精は、全員がナイスバディなのは前に述べた通りである。なぜそうなっているのかというと、それにはそれなりの理由があるのであるが、既にその理由を知る者は人間世界にも妖精世界にも誰一人として存在しない。

 まあ、後ほど語ることもあろうが、しょうもない理由なので、今はただ、妖精はみなナイスバディの持ち主だと思っていただければそれでいい。

 さて、それではなぜ美姫はナイスバディではなく、どちらかというと幼児体型で貧乳なのであろうか。それは妖精のエルフィンと長谷川珠美香と幹也(美姫の前の名前)が、玉突き召喚事故の影響により、その存在が量子レベルで混ざり合っているからだと言える。

 つまり美姫の体は、エルフィンそのものではなく、そこに何割かのバランスで、珠美香と幹也が混ざっており、つまりは幹也の男の成分がエルフィンの体に何割か入っているので、その分女性らしいナイスバディが損なわれているのだ。

 大雑把に言うと、『私、お父さんに似ちゃったから貧乳なの』という冗談そのままということだ。



「ちょっと前までは、他の妖精たちより胸が小さいことは全然気にならなかったんだけど、例の事件の後、うちで引き取って一緒に住むことになった妖精の子供の結菜ゆうなちゃんに、『おっぱいが小さいから、ちいさいお母さん』って言われたことが、気になって気になってしょうがなくて、どうやったらおっぱいが大きくなるか、それを考えたら夜も眠れないというかなんというか……」

 もじもじとする美姫。

「やっぱ、結菜ちゃんには、ちゃんとお母さんしてあげたいでしょ。だからその、女の子っぽくしようという演技はもうしてないんだけど、私もお母さんらしくしなくちゃって思うし、その為にはおっぱいを大きくしなくちゃいけないかなって、そんなこと悩みだすと、もう溜息しか出ないわけ」

 実は、あの事件の後、調べてみると、妖精の子供、『おいた・ゆうな』は、漢字で『老田結菜』と書くことが分かった。

 そして中国人(らしい人たち)に食材として食べられてしまったお母さん以外に身寄りは無く、妖精の子供用の施設も無いことから、便宜上、長谷川家で引き取って面倒を見ているのだ。

 今では結菜は、美姫のことを『小さいお母さん』と呼び、浅黒いイケメンのコウモリ羽を持った妖精の滝沢海斗を『お父さん』と呼んでいるという。

「あーっ、美姫お姉さまの悩みはそういうことでしたか」

「おっぱいが大きければ、大きいなりに悩みってあるんだけどなあ」

「お兄ちゃんの悩みこそ、私の悩みに比べたらゴミじゃない。おっぱいが小さいぐらいじゃ、死にゃしないわよ」

 苦笑する江梨子に早苗に珠美香。

「もしかして、胸をマッサージして大きくしてもらおうだなんて、考えてませんよね。男に揉まれたら胸が大きくなるって、それって迷信ですからね」

 一方の雄高は、無理難題を押し付けられる前に予防線を張る。指圧マスターであり、将来のゴッドフィンガーである雄高にも、できないことはできないのだ。

「へ、そうなの?」

 どうやら少しは考えていたらしい。美姫は間抜けな声を出した。

「そうね。私のこの胸も、男の人に揉まれて大きくなったわけじゃないもの。どちらかと言うと女の人に揉まれて大きくなったんじゃないかな」

 いきなりの爆弾発言の早苗。

「ああ、そういえば早苗ちゃんって、私も含めて、ずいぶん女の子たちにおっぱいを揉まれていたわよね」

「ですわね。かくいう私も、早苗のおっぱいを揉んだひとりですけど」

「え!? 男になった珠美香が早苗ちゃんのおっぱいを揉んじゃうのはまずいよ。警察沙汰だよ」

 驚く美姫。左右を見渡して、誰か聞いていなかったかとオロオロとしている。

「違うわよ! 私がまだ女の子だったときの話だって言ってるでしょ。今はその、男の子だから、そんなことはしないけど……」

「うーん、女の子たちって、『どうしたらそんなに大きく育つの? ちょっと触らせてっ!!』って言いながら、私の返事も聞かずにおっぱいを触ってくるのよね。まったく遠慮なしに」

「……そうか、女の子たちに揉んでもらえば胸は大きくなるのか」

 美姫がつぶやいたその一言が、その後の桃色な惨劇を招くことになるのだが、それはここには書けない内容なので割愛することにする。



「はぁ、はぁ、ひどいよ。早苗ちゃんに、江梨子ちゃんってば乱暴なんだから……」

 美姫のHPは既にレッドゾーンであった。吐息がなまめかしい。はだけた制服を押さえる手に力が入らないのか、徐々にずれていき、隠しきれない胸の肌がその姿を現す。

「俺、この場にいていいのかな?」

「いいんじゃない。私だっているんだから」

 なぜかその後、さらに仲が良くなった長谷川珠美香に佐藤雄高であったという。

【 第一章 完 】 第二章へと続く……

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