兄妖 第13話

         第二地球圏物語 前史

It is historical in front of The second Earth area story

妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール

作:紅衣北人 / ジャージレッド



第13話 邂逅、そして召喚成功!

「お姉ちゃん、起きて。お姉ちゃん、起きて。起きてよぉ~~、うゎ~~ん、え~~ん」

 子供が泣き叫ぶ声がする。どうやら女の子のようだ。そうか、あの妖精の女の子は泣き虫なんだな。

 美姫が意識を取り戻し、ズキズキと痛む頭で最初に考えたのはそんなことだった。

 頭が痛むだけではなく、目も霞んでいる。目の前にいる妖精の女の子の顔が良く見えない。もちろん周囲の状況も分からないまま、美姫は声を発している子供に質問してみた。

「ここはどこ? 何か知ってる?」

「良かった。お姉ちゃん、お姉ちゃんが起きてくれて良かったよぉ~~~」

 質問に答えることなく泣き続ける女の子を、どう扱っていいのか分からない。大人だろうが子供だろうが、泣いている女というのは扱いづらい。1年ほど妖精少女をやっているが、それ以前は男だったのだ。まだまだ初心者マークがやっと外れた段階なのだ。

 そこでとりあえず美姫は、その女の子を抱きしめてみた。なんとなくそうしてみるのが良いと思ったのだ。そこはもう直感というか本能というしかない。

「だいじょうぶ、もうだいじょうぶだから、泣かないで。お姉ちゃんが居るからね」

 なんで美姫が居るから、何がもうだいじょうぶでなのかは美姫自身にも分からないが、その妖精の女の子を抱きしめていると、女の子も安心したのか、徐々に泣き止んできた。

 と、同時になぜか美姫も不安な気持ちが落ち着いてきて、何が何だか分からないままにも関わらず、なぜか力が湧いてくるような気がした。子供を守る母性というやつかもしれないが、当の美姫本人には言わないほうが良いだろう。

 どれだけ抱きしめていたのだろうか。やがて女の子は美姫の腕の中で寝息を立て始めた。背中に見える羽は、ごく普通の透き通った大小4枚のトンボ羽だ。顔つきは日本人とインド系あたりのハーフっぽい感じで、肌の色はやや浅黒いが、彫りが深く将来美人になるのは確実に見える。

 ただし着ている物は、もともとはおしゃれなものだったろうに、薄汚れてしわになっている。一般の妖精の服のように、前で合わせて紐で留めるような着物風の服で、色は薄ピンクを基調として赤い花が星のように散らされている。天の川のように花が集まって流れているようにデザインされているところもあり、汚れておらず、色さえ鮮やかであればとても派手な感じだっただろう。

 ちなみに豆知識であるが、妖精の子供は普通の成人した妖精よりも更に小さいので、地味な格好をさせておくと目立たない。事故にあったりするとまずいので、妖精の子供には男の子も女の子も派手な色の服を着せることが多いという。

 真偽は置いといて、お年寄りになればなるほど派手な色を着ておくと、よく目立って交通事故に遭いにくいよ。というノリと同じである。

「やっぱ、この女の子は囮で、それにまんまと引っかかって捕まっちゃったのが、私ということなんだろうね。いったい目的は何で、やったのは誰なんだ。こんなにも酷いことするやつは」

 落ち着いて来た美姫は、妖精の女の子を抱いたまま、部屋の中を確認してみる。驚いたことに妖精サイズの家具や調度品が置いてあったりする。ベッドに椅子にテーブル、ソファーや照明もある。そしてテーブルの上には、食べ物が並んでいた。

 食べ物といっても料理というレベルのものはひとつもなく、どこかの店で買ってきたものをそのまま出しているというものでしかないが、確かに食べ物だ。

「待遇いいんだね。もっともこの足についてる鎖と重りは要らなかったけどね」

 そうなのである。美姫本人にも、美姫が抱いている妖精の女の子にも、その左足には足環がはめられていて、そこからは妖精の力では引きちぎれない程度に強固な鎖が伸び、これまたその先は重りに繋がれている。

 隙をみて飛んで逃げ出していくというのは、どうも無理なようだ。

「さてと、そしてこれは、トイレだな」

 部屋の片隅には、トイレまであった。……四隅を囲まれていない、むき出しのままの便器が鎮座している。幸いにも人間サイズではあるものの適度な大きさに切られたペーパーが置いてあるのだが、そこまでするならなぜトイレを囲む衝立くらい用意しないのかと、誘拐犯たちに文句のひとつも言いたくなってくる。

「というかこれ、妖精用のポータブルトイレだろう」

 つまり限りなく外見が普通のトイレに見える【おまる】である。幸いにも中はきれいにしてあるのか、異臭はしてこないが、それも本来の目的で使用するまでのことだろう。いちおう蓋はついているのだが、匂いを完全にシャットアウトできるとは思えない。

「さて、どうしたものかな。状況は不明。この女の子の正体は分からず。分からないことだらけ。しかも珠美香は依然として行方不明なのに、私まで行方不明ってことになっているんだろうなあ」

 言葉にしてみると、あまりにも日常とはかけ離れた現実に溜息が出てくる。

 そしてその瞬間、部屋のドアが空き、ふたりの男が入って来た。美姫は気が付かないが、ひとりは先ほど美姫を捕まえた男であった。そしてもうひとりの男が美姫たちの前に無造作に置いたのは、何かと思えば気を失っている男の妖精だった。

「两个妖精收获今天」

 男たちを前にすると、それまで感じていなかった恐怖の感覚に美姫は体が動かなくなった。叫び出さなかったのは腕に抱いている妖精の女の子の存在が有ったからかもしれない。

 男たちはその後、部屋の様子を見て異常がないことを確認すると、カタコトの日本語でこう言った。

『オマエタチ、イッパイタベテ、フトル。タカク、ウレル。ハハハハハ』

『フトラナイ、ヤセル、ダメ。スグニ、コロス』

 それだけを言うと、ふたりは妖精の男を残したまま、その場を離れて行った。しばらく美姫は思考が停止し、ぼうっとしていたのだが、ハッと気が付くと、左手で妖精の女の子を抱いたまま、床に寝かされている妖精の男の肩を揺すった。

「ねえ、ちょっと、大丈夫ですか? ねえ、ちょっと!!」

 しばらく声をかけ続けていると、やがて妖精の男はゆっくりと顔を上げ、しばらく不思議そうに美姫をみていたが、美姫の背中から小さく白い羽が出ているのを見つけると、急にしっかりとした表情になった。そしてしばし美姫の顔を見てから、おずおずと、しかしハッキリとこう言った。

「……もしかして、あなたは長谷川珠美香さんのお兄さんですか?」



 美姫が行方不明になってから、3日後、珠美香は、【加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班】、通称【魔法研究所】、単に研究所とも、略して魔研とも呼ばれる場所にいた。

 今、珠美香は魔法力を増幅する為に作られたブースターそのものと言っても良いフェアリードライブ搭載実験初号機に搭乗している。

 零号機は美姫が以前搭乗した軽自動車サイズの卵型のものであり、それを人間も乗れるようにサイズアップしたのが初号機である。形は細長い卵型とも、ずんぐりした葉巻型ともいえるような形をしていた。例によって外壁は無塗装のアルミ製で、白銀に輝いている。

 本来の操縦席は妖精が座るための小さな座席しかないので、珠美香は乗客席の最前列に座っている。というか、機械パネルを操作するという方式ではないので、どこに乗ろうが関係ないと言える。

 ちなみになぜ実験機が2台目なのに初号機なのかというと、研究所の責任者である剣持主任の趣味である。それ以外に理由は無い。これが理解できないと組織では働けないので、覚えておいて損はない。……はずである。

 そして当然のごとく珠美香は体にピタッとした宇宙服のような青色のなんとかスーツを着ている。ということもなく、普通に学生服である。なんでも珠美香のように男の娘というか美少年(?)が、半袖ワイシャツの夏用学生服を着ているのなら何の問題も無いらしい。……趣味に生きている人間の思考は偏っているということか。

『珠美香君、準備はいいかね。美姫君がしているだろうキャンセラーの電池残量を推測して計算すると、キャンセラーのデータ通信機能を活性化させた上で魔法まで発動させるとなると、時間はわずかしか残されていない。おそらく長くて30分、短ければ5分も無いだろう』

 通信機から聞こえる剣持主任の声を聞きながら、珠美香はうなずいた。

「準備OK、いつでも始めてください」

『よし、対象範囲は日本国内。据え置き型および腕輪型すべてのキャンセラーにデータ通信活性化信号を送れ』

『データ通信活性化信号送信。……国内のキャンセラー、順次データ通信機能を活性化中』

『よし、次は初号機及び研究所内すべてのブースターを起動。その後グリッド連結モードへ移行せよ』

『……研究所内すべてのブースター起動を確認。続いてグリッド連結モードに移行します』

 通信機から流れてくる剣持主任とオペレーターの言葉を聞きながら、珠美香は思っていた。

(お兄ちゃん、今、どこでどうしているか分からないけど、もうすぐ助けてあげるからね)

 オペレーター、実のところは加賀詩衣那なのであるが、彼女が珠美香に話しかけてきた。

『珠美香ちゃん。ブースターを連結して能力を最大限まで引き上げてる作業が進行中よ。現状でも、私でもわかるくらいに魔法の力が増強しているんだけど、珠美香ちゃんは何か感じる?』

「ええ、妖精のエルフィンに召喚されかけた時みたいに、力が体に流れ込んでいるのを感じるます。これならいけそうです」



 話は遡るが、珠美香が佐藤雄高の家でお泊りした翌日の朝、珠美香は美姫が自分を探しに出かけたまま、戻ってこなかったことを知って、ものすごく驚くと同時に、自分の行動を激しく後悔した。

「警察! 警察には届けたの!」

 聞けばまだだというので、珠美香はすぐさま両親に尋ねるが、さすがに昨日の今日ということで、それはまだだと言う。

 すぐさま珠美香は徹也と喜美香のふたりを引き連れて警察へと急ぐ。自分のせいで美姫に何かあったとしたらと思うと、もう居ても立っても居られない。

「ええと、長谷川美姫さん。妖精ですね。行方不明ということですが、まだ事件に巻き込まれたと決まったわけではないですから」

「でも、もしも事件だったら……」

「確かに最近、行方不明になったという届けの妖精たちは多いですが、事件というよりもカラスや野良猫に襲われたという事故の場合も多くて」

 そんなこと言う? という感じで珠美香たちを不安にさせる警察官。この段階で珠美香は、警察に頼っていても美姫は見つからないだろうと見切りをつけた。

 しかし警察に届ける以外で何かできるわけでも無く、その日、美姫が行方不明になってから2日目は、心配しつつ家で待つしかできることは無かった。

 状況が動いたのは翌日の3日目の朝のことである。加賀詩衣那から電話がかかって来たのだ。

「はい、珠美香です。はい、詩衣那さん、お兄ちゃん、まだ行方不明のままで……。ええ、そうなんです。警察には届けたんですけど。えっ? 私ですか。でも私、……お兄ちゃんを何とかできる? ……そんなことが!? 分かりました、すぐに行きます」

 美姫が行方不明になっていたことは、既に研究所側でも把握していた。当然である。行方不明になった初日に、『そちらに美姫が行っていないか?』と両親から連絡をしたのであるから。そしてその状況を何とかすべく、研究所は次の実験内容を実際に使ってみようと思ったのだ。



「魔法でお兄ちゃんをここに召喚する……、って、本気ですか?」

 剣持主任からその話を聞いたとき、珠美香は何かの冗談ではないかと思った。

「本気も本気、美姫君を召喚するのに最適な人材こそ、珠美香君なんだよ」

 何でも今までの実験結果から、なにかを召喚をする場合、その対象物が召喚者の所有もしくは借りているものでなくてはならないか、もしくは誰のものでもないということが確定していないといけないということが分かっているのだという。そしてその対象が人物ということになった場合、相手の承認が要るのだろうということも推測されている。

「一応、珠美香君が事前に美姫君と連絡を取り、召喚の同意を得られるようにできる手立ては考えているのだが、それがダメだった場合の保険として、珠美香君に召喚魔法を発動させて欲しいんだ」

「あの、それどういうことですか?」

「珠美香君がエルフィンという妖精に召喚されかけたとき、何もなく、そのままだったなら、妖精になったのは美姫君ではなく、珠美香君だったはずだ」

 あまり触れてほしくないことを、ズバッと剣持主任は指摘した。

「ええ、そうですね。そのはずです」

「だとしたら、美姫君が今なっている妖精の体は、もしかしたら本来、珠美香君のものだったということが言えるんじゃないかな? というわけで珠美香君なら美姫君の同意を得ずしても美姫君を召喚できるかもしれないということさ」

「なるほど……。でも私が召喚されかけた時に見た妖精のエルフィンの姿は、今のお兄ちゃんとはちょっと違っていましたよ。ボディもお兄ちゃんよりもメリハリ効いてましたし、髪の毛も青じゃなくて長い金髪でしたし」

 1年前の当時を思い出しながら珠美香が答える。

「そうかもしれないが、可能性は高い。それに事前に連絡する手段も無くはない。キャンセラーの通信機能を使うのだよ」

 ドヤ顔で言う剣持主任。その言葉を聞いて、珠美香は思い出した。

「あ、そういえば、山本夏樹っていう妖精のキャンセラーに盗聴器が付いていたのが、今回のトラブルの原因だったんじゃないですか! いったいどういうことなんです。なんで盗聴器付きのキャンセラーなんか販売しているんですか。法律違反じゃないんですか? これッ!」

 珠美香は剣持主任に食ってかかる。

「心外だなあ。夏樹君用のキャンセラーにわざわざ盗聴器を仕込んで販売なんかしないよ、僕は」

「え、そうなんですか。じゃあ、夏樹君のキャンセラーに盗聴器が仕込んであったのはどういうことなんですか?」

「そりゃあ決まってるだろう。もともとキャンセラーにはすべて盗聴器が仕込んであるからだよ。【わざわざ】夏樹君のキャンセラー【だけ】に盗聴器を仕込むなんて面倒なことはしないということだね」

 その後、剣持主任が珠美香に説明してくれたことは次のようなことであった。

 そもそも妖精は電子機器などの機械からの何らかの悪影響を受け、気持ちや体調が悪くなり、場合によっては気絶したりする。それでは現代社会を生きることができないということで、何とかならないかと開発されたのがキャンセラーであり、その後に続くブースターであるのだが、その動作する原理は全く持って分かっていないのが現状なのだ。

 ではキャンセラーを開発する時に何をどうやって開発したのかということなのだが、これは以前にも少し触れたが、【あてずっぽう】で開発したのである。

 妖精の羽は、普段から背中に存在しているのだが、飛ばない時は小さな状態で存在している。しかしいったん飛ぼうと意識すると、その小さな羽は大きく伸びていく。しかし機械の悪影響を受けると、妖精は気持ち悪くなり気絶したりする前に、大きく伸ばしていた羽が消滅し小さくなってしまうのだ。

 つまり電子機器などの機械は、まず妖精の体に悪影響を与えるのではなく、先に魔法的な何かに悪影響を与えるということが確認できていた。

 ということで、電子機器は何らかの形で魔法に干渉することができるということが確認できる。

 で、あるのならやりようによっては電子機器は妖精に悪影響を与えるのではなく、悪影響を打ち消すこともできるはずだし、魔法を強化することもできるかもしれない。それがキャンセラー開発の発想の原点だった。

 まずは色々な電子機器を総当たりして妖精への影響を確かめる。影響を与える実験の最中は妖精のバイタルデータを逐次取り、少しでも良い方向へ影響が出たなら、その電子機器を増やしたり能力を上げたり、その他の電子機器と組み合わせてみる。

 そんな実験を繰り返し繰り返し行った。ちなみに被験者は加賀詩衣那であった。当時のことを加賀詩衣那はかつてこう言った。『あれは拷問だったわ』と。

 それぐらい手当たり次第に電子機器の組み合わせを変えたり、PCに走らすソフトを変えてみたりなんかしてという実験を繰り返し、妖精への悪影響、もしくは良い影響が出ないかを確かめて行ったのであるが、その良い影響を与える組み合わせの中に、盗聴器やデータ通信機能が存在したのだという。

「というわけでキャンセラーには、どのキャンセラーにも盗聴機能とデータ通信機能がついてるのだが、それは故意じゃない。必然なんだよ」

 その説明を聞いているうちに、珠美香はもうどうでも良い気分になってきた。世の中、きっとこういうふうにできているのだろう。きっとそうだと。

「ところで、盗聴機能だけあってもしょうがないんじゃないんですか。近くまで行かないと盗聴電波を拾えないし」

 珠美香が疑問を投げかけると、剣持主任は笑いながらこう言った。

「だからキャンセラーに仕込まれているデータ通信機能を使うんだよ。キャンセラーのデータ通信機能や盗聴機能は現在のところ不活性化されている。しかし信号を送ってやれば活性化し、キャンセラー同士が
通信し合って、一個の通信網を作り上げるんだよ」

「じゃあ、その通信網の中にお兄ちゃんが居れば……、あっ、でもキャンセラーって、こっちからの声を伝えられないはずじゃ……」

 夏樹のキャンセラーに盗聴器を仕込んであるということを、夏樹がいる高校の女子寮の寮長の春風蘭華に聞いたとき、そんな話だったことを珠美香は思い出した。

「不活性化してあるだけで、音声を拾うだけではなくて、伝える機能もちゃんとついているさ。ぬかりは無い」

 ふふふっと、不敵に笑う剣持主任。そんな剣持主任に、珠美香は聞いてみた。

「もしかして、『こんなこともあろうかと!』ってやつですか?」

「うーん、それだったら良かったんだけどね。今回の場合は完全に偶然だからねぇ……」

 剣持主任、本気で悔しそうにしていた。お前はいったい何を狙っているんだと。



 さて、召喚魔法を発動させようと研究所で珠美香たちが頑張っている頃、美姫たちは妖精世界側の事情について話し合っていた。

「じゃあ、海斗さんというか、汐海さんは、普段から妖精世界の妖精と、あの夢みたいな場所を通じて連絡し合っているってことでいいんですよね」

「そういうこと。それで妖精たちの目的は……」

「大脱出計画、ですか。妖精世界から人間世界に妖精たちすべてを召喚脱出させるという」

「元妖精の人間たちも含めてだね」

「そしてその計画の鍵を握っているのが、妖精のエルフィンと、そのエルフィン皇女と魂の波動を同じくするうちの元妹で現弟の珠美香ということですか」

「そして美姫さん、はからずもあなたも鍵を握る一員なんだ、ぜ。珠美香さんが持つ同調・共鳴能力とやらで、まずは珠美香さんと美姫さんが同調・共鳴状態になり、その上で妖精世界のエルフィン皇女がふたりに対して同調・共鳴能力を上乗せして発動し、最後に人間世界側に存在する妖精すべてに同調・共鳴能力を発動、すべての妖精たちの魔法力を使って、妖精世界の妖精と元妖精たちすべてを召喚する大規模召喚魔法を発動させる」

 静かに話す海斗に対して、美姫はどこか怒ったような雰囲気だ。

「なんだか妖精たちって勝手ですね。勝手に人間の体を召喚して、勝手にこっちの世界に渡ってこようとして。それって勝手すぎませんか? いったいどれだけの人間に迷惑をかけていればいいんですか」

「しょうがない、だろ。妖精世界は機械たち、ロボットたちに侵略されて、滅亡までのカウントダウンが始まっているんだから」

「うーん、でもねえ」

 美姫は何となく納得できないでいた。妖精世界が滅亡の危機を迎えていると言われても、文字通り異世界の話なのだ。対岸の火事どころではない。

 ちなみに海斗は、自分の事情を話していない。もともと人間の女性だったときに、そのお腹の中には既に新しい命があり、元恋人や両親から無理矢理に中絶手術を受けさせられようとしたこと。そして子供の命を守るため、妖精からの召喚を受け入れたこと。

 そして、だからこそ妖精たちの大脱出計画に手を貸しているということ。そういったことを美姫に話すのは、なんだか気が退けたのだ。

「ねえ、ちいさいお母さん、もうお話は終わったの?」

 話が小休止したのを見て、妖精の女の子が話しかけてきた。あのあと落ち着いてきた女の子に名前を聞いてみると、名前を「おいた・ゆうな」というらしいのだが、どんな漢字を書くのかは、本人が知らないということで分かっていない。

「ええ、今のところは終わったわよ。ゆうなちゃん」

 美姫も、海斗も、ゆうなを見る目は優しい。というかやさしくせざるを得ないような体験をゆうなはしていたからだ。

 どうやら、ゆうなのお母さんは、あの二人組の男たちに、文字通り食べられてしまったらしいのだ。

 ゆうなは元人間ということではなく、元人間の妖精同士が結ばれてできた生粋の妖精である。父親は見たことがなく、物心ついた時にはお母さんとふたり暮らしだったそうだ。お母さんの名前は、「けいこ」と言うらしいのだが、やはり漢字は分からない。

 ふたりはある日、街へ買い物に出掛けようとして、空を飛んでいたのだが、まだ小さなゆうながいるので、高空は飛べないということで、比較的低いところを飛んでいたのだという。ほぼ、地上から2メートル以下のところだ。

 そして事件は起こった。道路に沿って飛んでいたのがいけなかったのかもしれないが、横から飛び出してきたトラックにはねられてしまったのだ。ちなみにトラックは妖精が飛んでいるなんてことには気が付かなかったのだろう。そのまま走り去ってしまったらしい。

 はねられた「けいこ」さんは、その場で息を引き取り、そして奇跡的に無傷だったゆうなは、お母さんの側で泣いていたところを、あのふたり組の男たちにつかまって現在に至るということらしい。

 そして、「けいこ」さんはその後どうなったのかというと、状況からして食べられたとしか考えられない。

「あのね、ゆうなが捕まってこの部屋に閉じ込められた日に、あの人間の男の人たちが、何かか鍋のような物を持ってきて……、あれは、妖精のような形をした何かで、それを男の人たちが、私に見せながら食べちゃったの。……あれは、もしかしてお母さん? いや、そんなのいや! お母さん! お母さんを食べないで! 食べちゃだめ! お母さん、お母さんっ!!」

 その時の状況を覚えている限り話して欲しいと言った言葉を、美姫は最高に後悔した。それはもう激しくだ。

 最初は落ち着いて話していたゆうなは、そのシーンを話す段になると、徐々に精神に変調をきたし、目の焦点も合わず、がくがくと震えだしたのだ。

 びっくりした美姫は、何もできなかったのだが、海斗の、『早くゆうなちゃんを抱きしめて! おかあさんはここにいるよって、言って!!』という言葉にハッとして、すぐにゆうなを抱きしめた。

「だいじょうぶ、お母さんはここにいるからね。もうどこにも行かないから。ゆうなちゃん、お母さんはここにいるから、もうだいじょうぶだから」

 美姫はゆうなをギュッと抱きしめ、そう言ってゆうなを安心させようとした。最初は何の変化も無かったのだが、繰り返し言葉をかけ続けていたら、やがてゆうなは落ち着いて寝てしまったのだが、起きてから、ゆうなは美姫をこう呼ぶようになってしまった。

『ちいさいお母さん』と。

 なんで『ちいさいお母さん』なのかは分からない。たぶんゆうなの本当のお母さんは美姫よりも背が高かったのではないだろうか。というのが美姫と海斗が話し合った結果である。

 ちなみに海斗がなぜ捕まったしまったのか? それは、実は妖精世界側にも責任が有ったりする。

 妖精世界側からの要請でキャンセラーを余分に購入した為に、海斗はお金が無くなっていた。飛行機とかには当然乗れず、JRの青春18きっぷを使ったり、自分の羽で飛んだりしてという貧乏旅行で、ようやく札幌から名古屋までを旅してきたのだ。

 名古屋に着いた時、疲れ切っていた海斗は、駅から出て、適当な公園のベンチで休むことにしたのがまずかった。寝て起きたら既に捕まっていたのだという。ずいぶんと間抜けな話である。



「ゆうなちゃん、とりあえず食事にしましょう。食べておかないと元気が出ないからね」

「うん、ちいさいお母さん」

 とりあえず3人で食事を摂る。ところでゆうなはともかく、美姫はなぜこんなにも落ち着いているのであろうか? それは海斗が、『俺はあっちの世界の妖精に教えられて、魔法を使うことができる。人間ふたりぐらいなら、なんとでもなる』と言った言葉を信じてのことだ。

「で、いつやる?」

 美姫は小声で海斗に話しかけた。

「あいつらは、いつもふたりで行動している。ひとりが部屋の片づけや食事の補給をしている間に、もうひとりが監視役をやっている。俺たちが逃げ出さないように、な。そして、ゆうなを連れ出す時も」

「ふたりそろって部屋に入ってきたところを、ということか」

 ゆうなを抱いて、背中をポンポンと軽く叩きながら美姫が言う。

「警察なり消防なりがここにやってくれば、お、俺たちの勝ち、ということになるはず、だ」

「なるほど。無理に逃げ出す必要はないと」

「そういうこと。……来たぞ」

 腹が減っては戦はできぬという。ちょうどタイミングよく、美姫たちが食事を完全に終えた時、彼らはやって来た。

「ゆうなちゃん、お母さんが抱いていてあげるから、じっとしていてね。その間に、お父さんが何とかしてくれるから」

「うん、わかった。ちいさいお母さん」

 腹がくちくなって眠いゆうなは、男たちが部屋に入ってきても、安心した様子で美姫の胸元に顔をうずめた。それを見て美姫も安心するのだった。『下手に騒がれるよりも寝てくれていたほうが良い』と。

 さて、男たちであるが、今日は海斗みたいな間抜けな妖精は居なかったらしく、新しい妖精を捕まえてきてはいない。手ぶらのままである。そして男のうちのひとりが、美姫に抱かれて寝ているゆうなに手を伸ばそうとやってきた。

 おそらく今日も、ゆうなを使った【囮猟おとりりょう】をするつもりなのだろう。男のうちのひとりの手が、ゆうなに伸びてくる。その瞬間、海斗は魔法を発動させた。

「氷を召喚! 氷壁防御!!」

 その一言で妖精たち3人と、ふたりの男たちの間に氷の壁が召喚された。スパッとナイフで切り取られたような氷で、表面がつるつるとしている。その氷の壁が、両者の間を隔てることになった。

「这是什么!?」

 何が起こったのかを理解できずに男たちが怯んだ隙に、海斗はさらに魔法を発動させる。

「炎を召喚! 溶岩アタック!!」

 すると赤熱してはいるものの、小さな溶岩が多数、空中に召喚される。そしてそのまま落下。大多数の溶岩は床に落ちて行ったが、いくつかは男たちに当たり、その肌を焼いていた。

「热,热!」

 大騒ぎし、体中にやけどの跡を残しながら、ふたりの男は逃げ出していった。これ以上空中から現れる溶岩に攻撃されないように、しっかりとドアを閉めて。

「ふう、これで当面は大丈夫」

「予定通り、部屋が燃え出したけど、大丈夫なの? 火が回る前に消防や警察が来てくれるかな?」

 やりきった感のある海斗に対して、美姫は不安が拭えない。どこかの火山から召喚されたであろう溶岩は、相当な熱を持っていたらしく、床に落ちた溶岩の周辺は既に焼け焦げ、床材に火が着き出したのだ。

「大丈夫、大丈夫。この火事の煙が外に出れば、すぐに消防車とか来てくれるから」

 氷の壁の向こうで煙が充満し始め、やがて向こう側の様子がまるで見えなくなってきたのだが、美姫にはどうしても気になることがあった。

「あいつら、ドアを閉めて行ったけど、この煙、どこから外に出るの? 確かこの部屋、窓が無かったような気がするんだけど」

「あっ!?」

 間抜けな顔をする海斗。美姫は精神的に頭が痛くなってきた。

「任せろって言ったから、任せたのに~~~」

「だ、大丈夫だって、きっと火事で焼けて家の壁に穴が空いたら、そこから煙が出て行くんじゃないかな」

「今、嫌なことに気が付いちゃった」

「何、何に気づいたの? 美姫さん」

「ここが地下室かもしれないって可能性に、今、気が付いちゃった」

「そ、そうかもしれないけど、煙が排気口から出れば、外から気づいてもらえるよ」

 海斗はそう言うが、3人を煙と炎から守ってくれている氷の壁は、既に溶けかけていた。見ているだけでどんどんと氷壁が薄くなってきているのが分かる。

「時間との勝負だね。ところで海斗さん、もう一度、氷を召喚して氷壁を厚くしておいたほうが良いような気がするんだけど、どうなの?」

「ごめん、妖精世界側から供給してもらった魔力はもう切れてるから、何もできない」

「本当に時間との勝負になってきたね……」



 そしてちょうどそのタイミングにおける、【加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班】、通称【魔法研究所】、あるいは【魔研】では、美姫を召喚する為の事前準備における最終段階を迎えようとしていた。

『キャンセラーのデータ通信機能、活性化率93%、ほぼこれが限界値かと思われます』

 オペレーターとして頑張っている加賀詩衣那の声がスピーカーから聞こえてくる。

『美姫君がつけているキャンセラーの通話機能を活性化する信号を送信』

 そして剣持主任の声が続く。

『信号、送信します。……反応有りました。通話可能です!』

『珠美香君、ブースターの連動も完璧だ。これならいける。そんなに時間が無いはずだから急いでくれ。何、君ならできる。召喚するのに妙な呪文は要らないのは、さっき説明した通りだ。とにかく召喚したいという意思が強ければ何とかなる』

「了解。何とかします! ……お兄ちゃん、お兄ちゃん! 聞こえる? 聞こえたなら返事をして!!」



 氷壁の一部が溶けてきて穴が開いたのだろう。徐々にこちら側へも煙が充満し始めてきた。まだ大丈夫だが、そんなに時間が残されていないのは確かだった。

「ちいさいお母さん、なんだか煙い」

「あ、起こしちゃった? ごめんね。もうすぐこの煙いのは無くなるから」

「うん、わかった」

「氷を召喚! 穴をふさぐ!!」

 美姫がゆうなをなだめて、また寝かせ終わった頃、海斗は残されたわずかな魔力で、せめて氷壁に空いた穴だけでも修復しようとしていた。しかし、その作業は遅々としてはかどらなかった。そもそも魔力が決定的に不足していたからだ。

 もはやダメなのか? 美姫や海斗がそう思った時、突然美姫がはめている両腕のキャンセラーから声が聞こえてきた。

『……お兄ちゃん、お兄ちゃん! 聞こえる? 聞こえたなら返事をして!!』

「え、その声、まさか珠美香か? いったいどうなってるんだ」

『説明はあと! そっちの状況はどうなってるの? 場所は?』

「場所はよくわからないけど、ビルの一室。それも地下室かもしれない。でもそんなことはどうでもよくて、今、火事の真っ最中。煙が充満してきそうでヤバい!!」

『分かったわ。一刻も争うってやつね。だったら今からお兄ちゃんを魔法で召喚します。同意して!!』

 状況は厳しいが、何とか間に合ったという安ど感で、珠美香の声はやや明るくなったのだが、逆に美姫の声は焦りの色を見せるのだった。

「ちょ、ちょっと待ってよ。私を召喚するって!? できるの? いや、いやいや、そうじゃなくて、ここには私以外にもうふたり妖精が居るんだけど」

『名前はッ!? そして召喚に同意する返事をして!!』

 状況が理解できている珠美香は、無駄な質問をしなかった。

「ええと、初めまして。滝沢海斗です。人間だったときの名前は汐海です。もしかして長谷川珠美香さんですね?」

『もう、そんなことはいいから、早く同意の返事を!!』

「珠美香、実はもうひとりの女の子は、寝ているんだ。さっきから起こそうとしているんだけど起きないんだ。ゴホッ、ゴホッ!!」

『煙ね、煙が来たのね。……剣持主任、何か手は有りませんか!?』

『……そこにいるのは、美姫君の他に妖精の男と小さな女の子なんだね。うーん、家族は一心同体ということも言えるか……。提案なんだが、美姫君と海斗君だっけ、ふたりはとりあえず結婚の宣言をして、さらにその女の子を養子に迎えるという宣言をして、最後に家族共々召喚に応じるって同意してみてくれないかな? それならいけるかもしれない』

 剣持主任の声は、キャンセラーによって美姫たちの耳に入った。

「え!?」

「ええっ!?」

「すやすや……」

 驚く美姫たち。しばし沈黙が続くが、氷壁に大き目の穴が開き、煙がさらに充満してきたのを感じて、思考能力の限界に達した美姫と海斗は、剣持主任の提案を受け入れたのだった。



『よし、じゃあ行くわよ。美姫および海斗夫婦とその子供ゆうなを家族共々召喚します。同意の返事を!』

「「長谷川珠美香からの召喚の呼びかけに同意し、家族共々召喚されます!!」」

『了解! 3人を召喚! 召喚!!』

 研究所内すべてのブースターが連結されて発揮された能力はすさまじく、妖精ではない人間である珠美香によっても召喚魔法を発動させることができた。

 うねるような空間波紋を残しつつ、消えていく美姫たち。そしてその瞬間、3人は魔法研究所のフェアリードライブ搭載実験初号機の前に居た。

『よし、成功だ。詩衣那君、全国のキャンセラーにデータ通信機能の不活性化信号を送信』

『ハイ、全国のキャンセラーにデータ通信機能不活性化信号を送信します』

『さあて、データの収集とまとめが忙しくなるぞ』

『ですね♪』



 そんな剣持主任と詩衣那さんの会話を聞きながら、初号機の窓から見える妖精3人に、事情を聞かなくてはと思った珠美香は、とりあえずハッチを開けて外に出た。

「お兄ちゃん、いったい何が有ったのか、教えてもらうわよ」

「あ、珠美香。ありがとう。でもそれを言うなら、珠美香のほうにも何が有ったのか教えてもらわなくっちゃね」

 確かにその通りである。

「うう~~ん。え、ここどこ?」

「あ、ゆうなちゃん、起きたんだ。もうだいじょうぶだよ。ここにはあの男たちも居ないし、もう平気だからね」

 美姫はとりあえず、ゆうなに気をつかう。

「あなたが、長谷川珠美香さんですね。良かった。本当に良かった」

 対して海斗は美姫や、ゆうなから離れて、珠美香のもとへと足枷の重りを引きずりながら歩いて来た。うれし泣きをしているようだ。

「え、ちょっと、お兄ちゃん! この妖精さんは誰? いったいどうなってるの」

 珠美香は事情が分からず、少々混乱してしまう。

「お兄ちゃんじゃないよ! ちいさいお母さんだよ!!」

 珠美香の言葉を聞きとがめたゆうなは、ぷっくりとほっぺたを膨らませつつ、珠美香に訂正を求める。

「ちいさいお母さん?」

「うん、おっぱいが小さいから、ちいさいお母さん!!」

 元気良く答えるゆうな。笑顔がまぶしい。

「……珠美香」

「なに、お兄ちゃん?」

「お姉ちゃん、まさか『おっぱいが小さい』って言われて落ち込む日が来るとは、夢にも思ってなかったよ」

「女子力アップおめでとう」

「……あんまり嬉しくない」



 なにはともあれ、今回の事件や召喚成功における今後の展開、そして海斗が知っている妖精世界の事情が珠美香や研究所にも知らされた場合、どのようなことになるのかは、みんなが落ち着いてからの話だった。

 事件があろうが戦争があろうが、日常は連綿として続くのであった。


【 第一章 完 】 第二章へと続く……

0 件のコメント:

コメントを投稿

2026/02/04(水)の日記 コロナはまだまだ続いてた

  昨日、仕事は休みでしたので、今日、出勤したら、色々と変わっていた。  具体的に言えば、休み前はせいぜい1人、2人が、新型コロナウィルスの感染者でしたが、今日は4人、もしくは5人が感染して居ました。  というわけでコロナ患者の利用者さんを1つのユニットにまとめて、そこを切り離し...