第二地球圏物語 前史
It is historical in front of The second Earth area story
妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール
作:紅衣北人 / ジャージレッド
第12話 囚われの美姫!
美姫の初デートの日、元妹、現弟である珠美香は、美姫とデート相手の妖精の男の娘、山本夏樹との会話を盗聴し、聞いてはいけない話を聞いてしまった。
『かわいい妹の為だからね。私が、妖精少女になれて良かった♪ 嬉しいな♪ って言動を取っていれば、妹も心の負担を軽くできるんじゃないかなっていうことなんだ』
そして珠美香は知ってしまった。明るく能天気に妖精少女ライフを楽しんでいる美姫の姿は、玉突き召喚事故の原因を作ったであろう自分が兄への罪悪感で落ち込んでしまわないための演技だったということを。
演技だと名言したからには、美姫が楽しそうに妖精少女ライフを送っている姿は嘘だということになる。
ではいったい本心はどこにあるのだろう?
もしかして兄は、美姫(幹也)は、本心では自分を恨んでいるのではなかろうか。そんな思いから出たのが、珠美香が最後に言った言葉であった。
「そんな! お兄ちゃん! バカッ!! 全部私のせいなのに、なんでそんなに優しくできるのよ。怒ってよ、ののしってよ、お前のせいだバカ野郎って言えばいいじゃない!!」
そして珠美香はその場から走り去ってしまい、その晩、家には帰って来なかった。
「……うん、……そう、……ありがとう。……じゃあ何か分かったら連絡してね。私も珠美香が帰ってきたら必ず連絡するから。……うん、バイバイ」
電話を終えた美姫は自室から出て居間へと飛んでくると、心配そうにしている両親へと報告をする。
「やっぱり江梨子ちゃんや、早苗ちゃんの所はもちろん、他の友達の家にも行ってないみたい」
心労の為か、美姫の顔色は悪い。夕食も摂る気にならず、心なしか頬も落ち込んでいるような気がする。
「とりあえず美姫はもう休め。何も無いとは思うが、何かあったときにそんな体調じゃ何もできないぞ」
「あなた、やめてください。何かあったときだなんて縁起でもない」
そのまましばらく両親の、徹也と喜美香の軽い口喧嘩を聞いていた美姫だったが、どうにもじっと待っていることができなくなり、思わず言ってしまった。
「お父さん、お母さん! 私、ちょっと珠美香を探してくる!!」
そのまま窓から出ていこうとする美姫を喜美香が呼び止める。
「待ちなさい、深夜に女の子がひとりで出歩いちゃ危ないわよ」
「大丈夫、歩くわけじゃなくて、飛んでいくんだから危なくなんかないって」
既に美姫は背中から白い鳥のような羽を出して、空へ向かって羽ばたいていた。そのまま滑るように上昇していくと、青白いオーラの軌跡を残しながら北の空へと消えていった。
「まったく、珠美香も電話にも出ないだなんて……。何をしているのかしら」
「明日の朝になっても戻ってこなかったら、警察に連絡したほうがいいかな?」
「だからそういうことは言わないでください。不安になってくるじゃないですか!」
夫婦の軽い(?)口喧嘩は、まだ終わりそうになかった。
さて、ところで珠美香は、あれからどこへ行ったのであろうか? 実はしっかりと友達の家に転がり込んでいたのである。但し友達とはいっても女の子の友達ではない。男友達の家だったのだ。
あの場を激情のままに飛び出してしまった珠美香は、美姫にも家族にも、そして江梨子や早苗にも、しばらく顔を合わせたくなかった。少なくとも気持ちの整理をつける為に今日だけは家に帰らず、友達の家にでも泊めてもらおうと決めたのだが、ふと考えると誰の家に泊めてもらえばいいのか悩んでしまったのだ。
考えてみれば当たり前の話であるが、今の珠美香は、外見上女の子にしか見えない男の娘とはいえ、体そのものは【男】である。男である珠美香が、女の子の友達の家に転がり込んで一晩泊めてもらうというわけにはいかないというのは自明の理だ。
ホテルなんかに泊まるお金もないし、どうしたものかと悩みに悩んだ珠美香は、ふと気が付いた。
「男の子の友達だったら、泊めてもらっても問題無いんじゃないかしら?」
そして珠美香は唯一の男友達に電話をするのだった。
「……あ、もしもし、佐藤君? こんにちは。……ううん、そうじゃないの。今日はお願いがあって電話したんだけど、あのね、……今晩、佐藤君の家に泊めてくれないかな? ……事情は、今は言いたくないんだけど、お願い! もう、佐藤君しか頼れないの!! ……ありがとう、佐藤君。……うん、うん、じゃあ、そこに行けばいいのね。着いたらまた電話するから♪」
例のマッサージ事件の後、クラスの皆から指圧マスターと呼ばれるようになった佐藤雄高のマッサージの味が忘れられず、何度かマッサージをしてもらう仲になった珠美香は、雄高と連絡先を交換し合う友達同士になっていたのだ。
というわけで美姫や江梨子に早苗は、手分けして珠美香の【女の子】の友達に連絡をして、珠美香がそこに行っていないかを確認していたのであるが、【男】の友達については盲点となっており、誰にも連絡をしていなかったので、珠美香の居所をつかむことができなかったのだ。
事実とは意外とこんなものである。
「まあっ、いらっしゃい♪ 雄高にこんなかわいいお友達がいたなんて、この子も隅に置けないわね」
「母ちゃん、そんなんじゃないって。長谷川は男だって」
うりうりと肘で雄高の脇を押す佐藤母に、顔を赤らめながら事情を説明する雄高。……顔を赤らめているあたり、もしかして脈が有ったりするのか?
「え、そうなの?」
「はい、こう見えても男なんです。あ、はじめまして。長谷川珠美香と言います。今日は突然押しかけてしまい申し訳ありません。一晩よろしくお願いします」
ぴょこんと珠美香はお辞儀をする。珠美香自身も、男友達の家に泊まるということは初めての経験なので、あたふたとしているのだが、それがなんというか、そこはかとなくかわいらしいしぐさとなっている。
「珠美香って、女の子の名前じゃないの?」
いぶかしむ佐藤母に、珠美香はもともと自分は女の子だったけど、1年前の妖精による玉突き召喚事故により男の子になってしまったのだとういう事情を簡単に説明した。
「だから、今の私は外見は女の子にしか見えないかもしれませんが、れっきとした男ですから……」
「あら、そうなの。そういえばテレビで見たことがあるわ。玉突き召喚事故っていうのが有ったて。そうなの、あなたがその時の。じゃあ、本当に男の子なのね。じゃあ、雄高と一緒の部屋でも大丈夫ね♪」
「へっ? あ、そ、そうですね。それで、大丈夫です。……たぶん」
考えればそうなるだろうことは当たり前なのに、クラスメイトの男の子と一緒の部屋でお泊りするという展開に、珠美香は戸惑いを見せるのだった。
ちなみに雄高は、何を妄想しているのか、上の空で顔を赤くしていた。
「ごちそうさまでした」
空も暗くなる頃、珠美香は佐藤家にて夕食をごちそうになっていた。メニューは、豚肉とレンコンの甘酢炒め、大根と小松菜の煮物、そしてミートボールと白菜のスープであった。
「女の子にしか見えないけど、やっぱり男の子なのね。うちの雄高とほとんど同じくらい食べちゃうんだもの」
「ご、ごめんなさい。食べ過ぎちゃったかな」
「ほら、母さんがそんなこと言うから、長谷川が恐縮してるじゃないか」
「あらあら、そんなつもりじゃなかったのよ。気にしないでね。珠美香ちゃん、で、いいわよね。なんだか分かっていても女の子みたいなんだもの」
「はい、いいですよ。それで。私もそう呼ばれ慣れてますから」
「だそうよ、雄高。あなたも【珠美香ちゃん】って、呼んであげたら?」
「だーーーっ!! 何言ってるんだよ、母さんは!」
だって、ねえ、などと言いつつ、その場を離れて食器を片付けて洗い出す、佐藤母。
「あ、お手伝いします」
すかさず珠美香が席を立ち、佐藤母の横に立ち、片付けを手伝いだす。
「悪いわねえ。なんだか娘ができたみたい」
佐藤母は、珠美香が男だと分かっていても、女の子としか思えない。別に息子の結婚相手というわけでもなし、だったら女の子扱いして楽しむことにしちゃったりなんかしているらしい。
「ああ、ええと、俺はいったいどうしたらいいのかな?」
自宅にいるはずなのに、妙に落ち着かない雄高であった。
「へえ、佐藤君の部屋って、なんだかすごいね。本がいっぱい」
食後に雄高の部屋を訪れた珠美香はその本棚にびっくりした。さっきまでは居間にいたので、雄高の部屋を見たのは、今がはじめてだったりする。その本棚には、マッサージとか、あんまとか、中には鍼灸師入門とかいう本もあった。
「ええと、 もしかして、佐藤君って、あん摩とか、マッサージ、指圧師とかになりたいの? あと鍼灸師とか?」
本棚に並ぶ本の背表紙を見て、珠美香は質問する。
「いや、そうじゃないんだけど、小さい頃、爺ちゃんや婆ちゃんの肩たたきをしていたら、ものすごく褒められてさ、『雄高は肩たたきの天才だね』って。それから調子に乗って、色々やっているうちに面白くなって、マッサージとかの参考書を買って勉強していたりしてたらこうなっちゃっただけなんだ」
鼻の頭を掻き掻き、照れくさそうに話す雄高を見て、珠美香は暖かい気持ちになってきた。
「雄高君って、すごいな。尊敬しちゃう」
珠美香は素直に雄高を褒めた。若干珠美香のほうが背が低いので、見上げる形で雄高を見ているのだが、雄高としては萌え上がる感情を鎮める為に、『間違えるな、長谷川は男、長谷川は男、女の子に見えても長谷川は男、男、男、おとこ、お・と・こ、お~、と~、こ~。長谷川は男~~~』などと、頭の中はお経を読んでいるような状況だったりする。
「そんなんじゃないよ。でも、独学だけど、マッサージの腕は上がったかな。今はもういない爺ちゃんと婆ちゃんからの贈り物だよ」
「雄高君……」
いつの間にか呼び名が、【佐藤君】から【雄高君】に変わっているのだが、珠美香自身は気づいていない。雄高自身は気づいてしまったので、お経を読むのに更に力が入りつつあった。
さて、そんな状況とはつゆ知らず、部屋をノックして佐藤母が顔をのぞかせた。
「ふたりとも、お風呂が沸いたから、順番に入りなさいな。それともふたり一緒に入っちゃったりする? 別にいいわよ。男同士なんだし。ね、珠美香ちゃん」
通常の間違いが起きようも無いということを理解しているので、佐藤母のノリは軽い。ちなみに通常じゃない間違いは起きる可能性が残っているのは言うまでもない。
「母さん、いくら男同士って言っても、長谷川は1年前までは女の子だったんだぞ。一緒にお風呂なんて入れるわけないだろ」
「いえ、一緒に入りましょう。雄高君。大丈夫、男同士なんだから何の問題も無い……、はずよね」
嘘から出たまこと、ひょうたんから出た駒、佐藤母も驚いたが、実際に間違いなく男同士なわけで、確かに問題は何も無い。と・い・う・わ・け・で……。
「じゃあ、替えの下着とかパジャマとか用意しておくわよ。雄高用に買ってある新品でいいわよね。それから汚れ物はカゴに入れておいてね。後で洗濯しておくから。じゃあね~~」
言うだけ言うと佐藤母は、部屋から出て行った。後に残された雄高は、珠美香の顔を見ながら言った。
「お、男同士だからな。俺は、その、構わないんだけど、長谷川はいいのか?」
何が『いいのか?』ということは言うまでもなく、一緒に風呂に入ることである。当然に裸同士ということになる。
「うん、大丈夫。だから行きましょ」
珠美香の恥ずかしそうな笑顔に照らされて、雄高は、入浴する前から顔を赤らめるのだった。
さて、珠美香はいったい何を考えているのだろうか。実は珠美香、腹も膨れて落ち着いて考えてみると、ようやく美姫の思いが納得できるような気になってきていたのだ。
雄高の家に来て、ようやく自分は男であり、外見が女の子にしか見えない男の娘だとしても、やっぱり男であり、どう頑張ってみても、男でしかないことが、頭ではなく、心で理解できたのだ。
なのにいつまでも自分は、男の自分を否定し、女の子であろうとし続けていたのだ。
玉突き召喚事故を起こしたのは、自分のせいである? 確かにそうかもしれない。しかしだからといって今の自分が男であることを否定はできないし、兄の幹也が妖精少女の美姫になってしまったのも否定はできない。
美姫は、兄は、『自分が妖精少女になれて良かった♪ 嬉しいな♪ って言動を取っていれば、妹も心の負担を軽くできるんじゃないかなって』言っていたが、演技でもなんでもいいから、まずは現状を認めて、とりあえず楽しむという心が必要なんじゃないか? と、思ったのだ。
考えてみれば、人生なんて誰でもそんなものかもしれない。
生まれた性別で悩む人もいれば、家の貧富で悩む人もいるかもしれない。ちょっとした顔の造りの美醜で悩む人もいれば、病弱な体に生まれたことを悩んでいる人もいるかもしれない。
酒のせいで体を壊して、たばこのせいで体を壊して、無理な運転のせいで事故により体に障害を持ってしまった人もいるかもしれない。それで悩んでいる人もいるだろう。
でも、まずは現状の自分を肯定しないでなんとする。ということを美姫は言いたかった、珠美香に分からせたかったのではないかと思ったのだ。
現状を正しく認識しなければ、改善のしようもないではないか。
美姫の真意はもしかしたら違うのかもしれない。あの盗聴で聞いた言葉すら、何らかの演技による嘘かもしれない。しかしそれはもうどうでもいいような気がしてきたのだ。
珠美香の今の体は男である。それをまずは認めなければ、今後の人生、男であり続けて生きていくことができない。そして逆に、男であることをまずは認めなければ、それを本当に否定することもできないのではないか?
妖精少女になった美姫にはできない相談だが、人間である珠美香には、まだ性転換手術という方法を取ることもできなくはない。しかしそれも医者が言うように、『今の自分は男であるという事実を受け入れ、男として生活し、それでいてどうしても男であることを肯定できないのであれば』という条件が付く。
ならば成人するまで、あと約3年。その間を男として生きてみよう。兄が、妖精少女の美姫として生きて行こうと頑張っているその何分の一でもいいから。
そして珠美香が、自ら男として頑張っていこうと考え、頑張っていることを見せた時、その時こそ美姫は珠美香に対して何らかの演技をする必要がなくなるのだ。
美姫に対して責任を感じるなら今の自分にできることは、うじうじと過去のことを悩んで悔やむよりも、今の自分を肯定して男として頑張る姿を美姫に見せること。それだと思ったのだ。
というわけで珠美香は、雄高の手を取り、佐藤家の風呂場に行くのだった。そして次のような光景が展開されたのかもしれない。
「ねえ、雄高君、私の体、変じゃないかな。外見が女の子にしか見えないのに、その、ええと、あれが付いちゃっているのって……」
脱衣所で思い切りよく、そして素早く服を脱いだのは、珠美香のほうであった。
「あ、だ、大丈夫。変じゃないよ。……大きさもだいたい俺のと同じくらいだし」
ギクシャクと、そしてもじもじとしながら服を脱いでいくのは雄高である。こういう場面で思い切りが良いのは女のほうであると言うが、その点、男になってはいても珠美香はやはり元女の子なのかもしれない。男であろうとしているからこそ女らしさがにじみ出てくるというパラドックス。
「え、そうなの!? ごめんなさい。私、いままで他の男の人の裸ってじっくりと見たことなくて……」
「ええと、見せても大丈夫かな? 悲鳴あげたりしない?」
確かに珠美香の股間には、自分と同じものが付いているということを確認した雄高は、これならまあ大丈夫かな? と思って、最後の一枚を脱いでみた。
「……!」
珠美香はそれを見て、息を飲んで驚いた。【おっき】していたのだ。通常よりも【大きさが増していた】という表現でもいい。
「もう、雄高君のえっち!」
それがどういう心理状態が原因でなるものであるかは、自分自身が持つことになったモノで、この1年間の間、しっかりと学習済みである。珠美香は、雄高の背中を軽くはたくように平手で叩き、季節外れの紅葉を出現させた。
「痛ッ! いや、その、だって、珠美香ちゃんが、あまりにもきれいだったから」
「え!?」
驚く珠美香、そして沈黙が訪れる。やがてその沈黙は雄高の心も沈静化させ、【おっき】が【ねんね】に、【大きさも通常サイズに戻って】きた。
「くちゅんっ!」
その時を待っていたかのように、珠美香がかわいらしいくしゃみをする。
「あ、ごめん、いつまでもこのままじゃ風邪ひいちゃうよね。珠美香ちゃん、は、入ろうか?」
「そうよね。お、男同士、見慣れたものを持つ同士、入りましょう。雄高君」
そしてふたりは浴室に入り、お互いに洗い合ったり、珠美香の希望によりお互いの大事なところを触り合ったりしたとかしないとか。
雄高の珠美香を呼ぶときの呼び方が、いつの間にか『長谷川』から、『珠美香ちゃん』に変わっていることにふたりが気が付いたのは、風呂の中での会話がかなり続いてからのことだった。
……なんか違うような気がしなくもないが、まあそれでよしとしよう。人生色々である。
さて、珠美香がそんなこんなで、驚きの伏兵、佐藤雄高とイチャラブ、きゃっきゃうふふ(?)な展開をしていたころ、家を出て空から珠美香の姿を探していた美姫は心配で胸が張り裂けそうになっていたのを通り越し、【加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班】、通称【魔法研究所】の主任である剣持道彦に対して怒りをぶつけていた。
「もう、キャンセラーに盗聴器を仕込んで、あまつさえそれを販売しちゃうだなんて、剣持主任も何を考えているんだろうね。まったくもう」
人間(妖精含む)、何か不満があると、誰かに怒りをぶつけたいものであるが、今の美姫は、今回の件の原因は剣持主任にあるということで、さっきから怒りまくっていたのである。
「プライバシーの侵害もいいところだよ。これでもしも珠美香に何かあったら、今度のブースターを使った召喚実験で剣持主任の頭の上に、何かとんでもないものでも召喚してやろうかしらん。蛇とかカエルとか、大量のナメクジとかミミズとか」
微妙に物騒なことを考えながら、美姫は夜の街を珠美香を探して飛び回った。
実際のところ、自分ひとりが空から探したところで珠美香を見つけることはできないだろうということは理解できている。それでも何かしていないと気持ちが落ち着かないのだからしょうがない。
「友達の家には居ないんだから、まだ昼間いた金山周辺にいるかもしれないな。とりあえずそっちのほうから探してみるか」
美姫はスピードを上げると空中を流れるように飛んで行く。
キャンセラーをつけていない状態では、せいぜい時速30?q程度しか出ない飛行速度も、キャンセラーをつけた状態なら、時速60km前後までと、通常の2倍の速度は出せる。キャンセラーにも、ブースターほどではないが魔法の力を強化する機能が無くはないからだ。
一般的なトンボのような羽をした妖精よりも、美姫のような鳥の羽をした妖精のほうが魔法力が強いらしいことは分かっている。ちなみにコウモリのような羽をした妖精は、両者の中間の魔法力らしい。
つまりキャンセラーをつけた美姫は、現状、他のどの妖精よりも速く飛ぶことができるのだ。目的地まで飛んでいくことは、大変なことではない。むしろ楽しい。
眼下の街の明かりが次々と後方へと流れていく。……と、その時。
「あれ? 今、何か聞こえたような……」
目的地である金山総合駅近くのビルの屋上から、かすかに子供の泣き声のようなものが聞こえてきたのだ。
「なんだろう。人間の子供というよりは、妖精の子供のような声だったけど」
スピードを落とし、泣き声が聞こえたあたりの上空を旋回してみると、やがてまた美姫の耳に泣き声が聞こえてきた。
「間違いない。妖精の子供の泣き声だ」
妖精による召喚、チェンジリング事件が始まってから既に15年。当然だが妖精同士のカップルから妖精の子供が産まれていたりするのは当たり前だったりする。
美姫は泣き声を頼りに、その妖精の子供を探し始めた。どうやら廃ビルの屋上から聞こえてくるようだ。ゆっくりとその場に近づいてみると、人間でいうと5~6歳くらいの妖精の女の子が薄汚れた服を着て泣いていた。
「なにこれ! 足に鎖がついているじゃないか!?」
なんとその妖精の女の子の左足には足環がつけられており、そこから伸びる鎖は、妖精ではとても持ち上げられない重さの鉄の塊に固定されていたのである。
「今、はずしてあげるからね。お姉ちゃんがきたからもう大丈夫だよ」
事情は一切分からないまま、美姫はその妖精の女の子のもとに着地した。するとそれまで泣いていた女の子は、はっとして、叫ぶのだった。
「ダメ、お姉ちゃん! 逃げて!!」
その声に反応する間も無く、美姫の上から網がかぶせられた。
「こら、くそ、誰だ! いったい何するんだ!!」
慌てた美姫は網から逃げようとするのだが、どうにもならなかった。そして網の持ち主が現れた。
「这是一种美味的可能。高卖」
美姫の耳には、網の持ち主の男性は中国語らしきものを喋っているように聞こえた。そしてその目つきには一切のやさしさというものが無く、何を言っているのか分からなかったが、どこかぞっとするような声だった。
そして男は美姫に何やら薬を嗅がせて気を失わせると、用意してあった箱の中に美姫を詰め込んだ。その箱にはいくつか空気穴が開いており、生き物を入れる前提の箱だった。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! ひっく、ふぇえ~ん。……いや、助けて!!」
男は妖精の女の子にも薬を嗅がせて気絶させると、美姫を入れた箱に押し込めた。
「好抓,抓好」
そう一言つぶやくと、男はその場を去って行った。
あとに残されたのは、風の音だけだった。
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