兄妖 第11話

        第二地球圏物語 前史

It is historical in front of The second Earth area story

妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール

作:紅衣北人 / ジャージレッド



第11話 初デート♪

 妖精世界における妖精が使う魔法を、こちらの世界でも再現しようと日夜活動をし続けている組織。それが加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班、通称、魔法研究所である。

 その研究所には、加賀重工会長の孫娘、加賀詩衣那という妖精が常駐している。というかそこに住居があり住んでいる。

 大体において人間が妖精に召喚されると、そのサイズを別としても外見上の姿が完全に変わってしまうことが多いが、数少ない偶然による例外が、加賀詩衣那である。人間だった頃と妖精になった後で、ほとんど容姿的な差異が無いのだ。日本人形のような腰まで届きそうな程に伸びたストレートの黒髪、神秘的な表情。そして白い肌。背中の羽は妖精にしか無いものだが、これはある意味しかたがない。

 鮮やかな紫色を基調とする美しい模様のある蝶の羽の妖精少女。それが詩衣那である。妖精の自然な状態での寿命が何歳なのか分からないので、妖精化した詩衣那の肉体年齢が本当は何歳なのかは分からない。少女にしか見えないが、詩衣那が召喚されて妖精になってから既に8年近くも経っている。しかしその外見はほとんど劣化を見せておらず、若いままである。

 その詩衣那が、フェアリードライブ搭載の実験機のテストパイロットの一人として協力してくれている妖精の少年を自宅に招いて、お茶を振舞っていた。

「ええ、そうなのよ。1年前に有ったでしょ? 【玉突き召喚事故】って報道されていたアレ、覚えてるかしら?」

「ああ、知ってます。知ってます。TVでもずいぶん報道されましたよね。確か高校生の女の子が女の妖精に召喚されかけて、なぜかお兄さんがそこに乱入して、女の子は人間の男の子になって、お兄さんが妖精少女になっちゃったってやつですよね」

「……ざっくりとした説明ありがとう。夏樹君」

「ははは、妖精になることなく女の子が普通に人間の男の子になっちゃったって聞いて、『ちくしょう、それが僕だったら!』ってずいぶん悔しく思ったものですよ」

「夏樹君は女の子だった頃から、男の子になりたかったのよね」

「ええ、そうですよ。だから妖精から召喚の話が来たときは、相手の性別をまず第一に確認しちゃいました」

「それで、相手の妖精さんが男の子だったから、すぐに召喚に応じたというわけね」

「そうですよ。いやあ、とりあえず僕は、自分の体が女であることに耐えられなかったですからね。妖精になったとしても男になれるならと、即答でした。まあ、ひとつ不満があるとしたら、この体は確かに男であることは間違いないんですけど……」

「……外見が限りなく女の子に近い男の娘だったということでしょ?」

「ええ、そうなんですよね。下手すると元の人間だった時の僕よりも外見が女っぽいっていうんですから笑っちゃいますよ。でもまあ男の娘だろうが何だろうが、本物の男になれたんですから後悔はしていません」

 山本夏樹やまもと なつきは、その時の自分の決断を思い出し、どこか誇らしげに当時の状況を語り出す。しばらくそれを聞いていた詩衣那だったが、話が一区切りついたところで本題を切り出した。

「でね、今日はその時の妖精少女のほうに関係がある話なんだけど……」



 その日、いつものように珠美香、早苗、江梨子、そして美姫の4人は、中庭に出て弁当を広げていたのだが、やけに機嫌の良い美姫が、にやにやと顔を緩ませながら誰に言うともなく心の声をその口から漏らしてしまった。

「えへへへへ、どう、し、よっ、かなぁ~~~♪ ふふふふふ、楽しみだよねえ」

「何が楽しみなんですか? 美姫お姉さん」

 早速、声をかけたのは早苗である。今日はどうも美姫の様子がおかしいと思っていたので、美姫のつぶやきを聞き逃さなかったのだ。

「へ? 何が?」

 独り言を言っていた自覚が無い美姫は、すっとぼけた返事をする。ちょっとまぬけ顔をしているのがかわいらしい。……と、言えなくもない。

「だから、『えへへへへ、どう、し、よっ、かなぁ~~~♪ ふふふふふ、楽しみだよねえ』って、口から漏れてましたけど?」

 別に口調まで真似しなくても良いと思うのだが、早苗は律儀に先程の美姫の言葉を復唱した。

「え、そんなこと、私、言ってた?」

「もう間違いなく、そう言っていましたよ。美姫お姉さま。なんでしたら私が保証します」

 江梨子が冷静にそう言った。キラリンっと眼鏡のレンズを光らせるのは仕様である。

「そっかぁ、口に出しちゃってたかぁ。やっぱり初デートっていうのは浮かれるものだからねえ」

 美姫がそう言ったとたん、一緒に弁当を食べていた珠美香が、その口からご飯粒を散弾のように吹き出した。幸いにも被弾した者は居なかったが、一歩間違えれば大惨事であった。

「ちょ、お、お兄ちゃん、そんなこと一言も聞いて無いわよ!」

「うん、そりゃあ聞いて無いだろうね。だって言って無いもん」

 なぜか焦りまくりの珠美香に対し、浮かれまくりの美姫。その対比はすさまじい程だ。そんなふたりを尻目に、横に居た江梨子と早苗は見事な連携を見せるのだった。

「早苗、ホールドよろしく!」

「まかせて、江梨子ちゃん!」

 阿吽の呼吸で、早苗が空中に浮かんでにやけている美姫を後ろからホールドする。しかもそのホールド先は高校生らしからぬ大きさと柔らかさを持つ早苗が誇るふたつの丘というか山というか、連山である。そこに吸い込まれてしまっては、もはや逃げ出すことは不可能だ。

 むぎゅうという感じで、柔らかき肉の壁に挟まれて身動きが取れなくなっている美姫に対して、江梨子はエアマイクを片手にして突き出した。

「さて、美姫お姉さま。詳しい話を聞かせていただきましょうか? なにやら面白そうな匂いがぷんぷんしてきましたので」

 江梨子と早苗は恋バナの予感に耳をピクピクさせているし、珠美香は珠美香で、まだ混乱してあわあわと言っているが、視線は美姫と江梨子のやり取りに集中しているのが見て取れる。

「うーん、どうしようかな。言っちゃおうかなあ、それとも恥ずかしいから言うのよそうかなあ」

 美姫は、話をしようかどうしようかと迷っているふうを装っているが、嘘である。実際のところは話す気満々である。むしろこの件は特に珠美香相手に話さないことには意味がない。

 妖精エルフィンからの召喚に伴う玉突き召喚事故により、少女だった珠美香は人間の少年に、れっきとした人間の男だった幹也(のちの美姫)は妖精少女になってしまったのだが、その玉突き召喚事故を引き起こした原因は、珠美香が持つ何らかの力だったらしいことは分かっている。

 その為に、珠美香は兄の幹也が妖精少女の美姫になってしまった責任を感じており、それが珠美香にとり非常に重荷というか、罪悪感というまでになっている。

 そこで美姫は加賀詩衣那の、『美姫ちゃんが、妖精少女になれて良かった♪ 嬉しいな♪ って、態度を示したら、珠美香ちゃんの罪悪感も薄らいでくるんじゃないかしら』というとんでもなアドバイスを受けて、それに従っているのだ。

 というわけで今回のデートの件も、最終的には珠美香に話す予定だったので、それが多少早いか遅いかの違いでしかないと言える。

「え~い、言わないとこうだぞ♪」

 早苗のかわいらしい声とともに、美姫を抱きしめる力が強くなる。当然のごとく柔肉の間に押し込められて大変にうらやま楽しい幸せな状況に……、ではなく窒息寸前な状況になってしまう。

「……!!」

 口をふさがれた美姫は、ギブアップの意思を込めて己を包む肉の壁をぽよんぽよんと叩いて合図する。

「あんっ♪ ダメですよぉ、そんなとこ叩いちゃ」

 ダメなら早くその戒めを解けと。

「……早苗。とりあえず美姫お姉さまの口をふさいでいるその乳を何とかしてあげなさい。それじゃあ話を聞きたくても聞けないから。というか息できないんじゃない?」

「乳っていわないでよぉ~」

 そう言いつつも早苗は素直に美姫に対するホールドを解除する。

「し、死ぬかと思った」

 美姫はふらふらだ。空中を飛ぶその軌跡がローリングしている。

「さ、美姫お姉さま。それではどんなお話を聞かせていただけるのでしょうか?」

 江梨子はにっこりとほほ笑んだ。対して美姫自身は、『この流れでなら、デートのことを言うにしても不自然じゃないよな』などと思いつつ、おもむろに口を開く。

「しかたないなあ。じゃあ話すけど……」



 さて、時間は過ぎてデート当日、美姫はおめかしをしていた。足元は服装に合わせて茶色に近いオレンジ色のブーツである。服装は、なんちゃって着物風ワンピースというか、和風ドレスとでも言えば良いのであろうか。

 服装の生地自体は洋服的な感じで、チャックやボタンの類はなく、着物のように前を合わせて帯風のベルトで留めて着るようになっている。下半身部分はひざ上までしかなくスカートのようになっており、裾にはレースがあしらえてある。両腕の袖は、運動性を損ねない程度の小さめの袖になっているが、着物風という印象は残してある。

 全体的に薄めのオレンジ色の系統の生地に、濃い目のオレンジで花がプリントされており、華やかな感じとなっている。帯風のベルトは地の色は白系統と落ち着いた感じだが、やはりオレンジ色で花模様がプリントされており華やかさを損ねてはいない。

 妖精用ということで背中部分には縦に2本小さなスリットが開いており、そこから羽が出ているが、もちろん下着として着ている肌にぴたっとしたTシャツにもスリットが空いている。

 ちなみにブラジャーの類はつけていない。というか妖精サイズのブラジャーは製造販売されていない。製造されていないというのは語弊があるが、大量生産品としては製造されていないというのが正しい。オーダーメイド品ならなくはないのだが、価格がそれこそとんでもないことになるので、ほぼ一般庶民レベルの妖精の女性はブラジャーなどつけていない。

 ノーブラで大丈夫かという話もあるが、スタイルが良い妖精でもいわゆるおっぱいの容積は人間と比べるとほとんど無いに等しい大きさなので、重力によって垂れるということが無いし、形の崩れを気にするという必要もほぼない。

 伸縮性に富んだ素材による、肌にピッタリとしたTシャツを着ることで、もともと敏感な妖精の肌のさらに敏感な部分を守るということもできる。どうしてもブラジャーらしきものを着けたい場合は、三角の布二枚に紐をつけたものがあるにはあるがカップが作ってあるわけではないので、着け心地は今一つだということだ。

 着物風の服を帯風のベルトで留めて着るというスタイルは、既製品の服を体のサイズに合わせて上手に着こなすことができるので、妖精用の女性服にはこの手の着物風の服が自然と多くなるというわけで、美姫もまた、そのような服を私服として多く持っているのだ。

 なお、妖精の男性用の服で一番普及しているものは、上着は確かに着物風で、柔道着のような細い帯で留めて着るものが多いが、下はちゃんとズボンである。腰のところと足首のところを紐で縛って調整するようにできているので、ズボンはゆったりというか、少々ダボッとした感じである。

 そんなこんなで妖精の服というものは、私服においては着物風の服であることが多いのだが、人間のファッションと同じようなデザインの洋服タイプのものも出回ってはいる。但しそれは体型に合わせて作る分だけ少量生産となり、結果として着物風の服よりも高くなることが多いのだ。

 しかし、どちらかというとファッションに関しては保守的な妖精もそれなりの割合でいるので、少々高くなろうが何だろうが、人間だったころと同じようなデザインの洋服を着ようとする方々もそれなりにいるのが現実だ。



 話をもどして、美姫が約束したデートの待ち合わせ場所である。待ち合わせた後に軽く食事をして、もしかしたらそのあとに遊びに出掛けようと考えてはいる。しかし妖精にしかやろうと思ってもできない高空からのセルフスカイダイビングよりも興奮できそうなアクティビティは思い付かない。

 買い物しようと思っても、妖精用のグッズとなると限られた専門店しか存在せず、となるといつも行く店ということになり、デートという特別感が全く無いということになる。色々と難儀なものである。

 というわけでここは、私鉄の名古屋鉄道と市営地下鉄、そしてJRの駅が同居する金山総合駅である。とりあえず食事をする場所は総合駅に隣接するアスナル金山という複合商業施設を予定している。週末や祝日には中央の広場でお笑い芸人やアーティストのイベントも開かれているので、場合によってはそれを見ても良い。

 そんな金山総合駅に到着した美姫は、そこに見知った顔を見つけて驚いた。

「わぁっ、美姫お姉さん、かわいいです! いつもの制服姿も良いけど、私服も似合ってますね」

「どうやらデートというのは本当だったようですね。珠美香さんもこれで納得しましたか?」

「いや、まだわからないわよ。相手が来ないとデートは成立しないし」

 どうやら珠美香、早苗、江梨子の3人は、本当に美姫が男の妖精相手にデートをするのか、見学に来たらしい。

 早苗の服装はタンクトップの上にロゴ入り半袖Tシャツ、柄物スカートに学生らしくスニーカーと、非常にカジュアルな格好であるが、飛び出すほど大きな胸の破壊力が大きすぎて服装との調和が壊れかけている。

 江梨子の服装は細身のデニムハーフパンツにタンクトップ、その上にヒップが隠れるくらいに丈の長いニットの七分袖のカーディガンを前を留めずにボレロのように着こなしている。

 そして珠美香はというと、こげ茶色の綿パンツに、黒のランニングシャツを着てその上に七分袖のサマーニットを着ている。そのような普通に男の格好であるが、胸に膨らみが全くない女の子にしか見えないのが、男の娘と呼ばれる所以である。

「もう、勝手について来ないでよ。他人のデートを見学しようだなんて趣味悪いよ」

 美姫はぷんぷんと怒った様子を見せるが、実のところ、『しめしめ、これで珠美香に直接見せつけることができるぞ』などと内心では喜んでいたりするのは、お約束である。

 さて、4人が邂逅したその時、少し離れた場所でも同じような声が上がっていた。

「蘭華さんに、由美! なんでついてくるんだよ。というかいつから居たのッ!」

 そこには金色のふわふわとした髪の妖精が居た。羽はごく一般的なトンボのような長い透き通った4枚羽である。服装は白いワイシャツに、黒い半ズボンをはき、そしてそれを赤いサスペンダーでつりさげている。そしてさらにご丁寧なことに、濃い紫色の蝶ネクタイをしているのだった。

 どこぞのお坊ちゃまかと……。

 しかしその顔立ちは、まさに女の子にしか見えないかわいらしさであった。白い肌がほんのりと上気してほほがピンク色に染まっており、濡れたような唇は男につけておくにはなまめかしすぎるほどだ。

 それが男の娘妖精、山本夏樹であった。ちなみに人間の女の子だった頃の名前も夏樹であり、男女どちらでも通用するということで、妖精に召喚された後も同じ名前を名乗っている。

「保護者の私が、夏樹ちゃんの初デートについていくのは当たり前でしょ? 寮長として当然の権利ですす」

「私だって夏樹とは寮の同室者なんだから家族も同然。かわいい弟の初デートが気になるのは姉(仮)として当然の気持ちでしょ?」

 この3人、愛知県は知多半島と渥美半島に挟まれた内海である三河湾に浮かぶ観光と漁業が中心の島出身の高校生である。島には中学までしかないので、島から一番近い知多半島にある寮が完備している大木南高校に進学しているという事情があるというわけだ。

 夏樹と同室なのが、香山由美かやま・ゆみ。大木南高校の女子寮、桜花寮のルームメイトである。

 そしてもう一方が、桜花寮の寮長である3年生の春風蘭華はるかぜ・らんかその人である。女子寮の寮長をしているだけあって、普段は理知的で素敵なお姉様という雰囲気を漂わせている彼女なのだが、男の娘というよりも、美少年大好きなヘンタ……、いやとても高尚な趣味を持たれている雅なお方である。

 蘭華は、夏樹が着る服を買ってくれるスポンサーでもある。実家が島の観光協会の会長でもあり、お金持ちなのだ。なんでも『美少年には半ズボンが良く似合う』というポリシーをお持ちという話だ。

「まったくもう、ふたりとも勝手なんだから」

 ぷいっと横を見た夏樹は、そこで美姫と目があった。一応、加賀詩衣那よりお互いの相手の写真を見せてもらっていたこともあり、お互いは一目で相手の素性を察することができたのであるが、ふたりは似通った状況であることを瞬時に理解し、ちょっとした同情というか共感というか、そんな感情を覚えていた。

「もしかして山本夏樹くんですか?」

 美姫は女の子らしく、ちょっともじもじした様子を演技しつつ夏樹に話しかける。

「そういう君は美姫さんですね。初めまして、山本夏樹です」

「ああ、すみません。長谷川美姫です。今日はよろしくお願いします」

 空中でぺこぺことお辞儀し合う妖精のふたりを見ながら、4人の女の子はニヤニヤし、残るひとりの男の娘は憮然とした表情を浮かべていた。



「じゃ、この後は若い者どうしでお話合いでもしたらどうでしょうか。ねえ、みなさん」

 おほほほほ、と笑いながら最年長の春風蘭華がその場を取り仕切る。美姫と夏樹のデートのはずが、お互いの勝手な野次馬連中も合わせて7人もの大所帯で食事をしていたのだ。主に女子高生の集まりということで、食事の内容は軽くパンケーキと紅茶というメニューであった。

「そうですわね。美姫お姉さまと夏樹さまもふたりっきりの時間が欲しいと思いますし」

 蘭華の口調に何かを感じたのか、江梨子がすぐさまその提案に同意すると、ほれほれとばかりに美姫と夏樹をテーブルから追い出そうと手を振る。

「美姫さん、どうします?」

「なんかこの場にいること自体が疲れちゃったから、夏樹くんさえよければ、外に出たいかな」

「じゃあ、外の空気を吸いながら、空中散歩といきますか」

「ええ、お願いします」

 そんな会話があったのちに、ふたりの妖精は外へと飛んで行く。残った5人は手を振りながら笑顔でそれを見送ったのだが、ふたりの姿が完全に見えなくなってから、江梨子はおもむろに蘭華を問いただした。

「それで蘭華さん、なにか考えがありそうですが、種明かしをしていただけますか?」

「ふふふふふ、水城さんには分かっちゃったみたいね。実は夏樹がつけているふたつのキャンセラーのうちのひとつは特注品でね、通信機能がついているのよね」

 そしてハンドバッグからトランシーバーのようなものを取り出して見せる。おそらくそれで通信するのだろう。その場の蘭華以外の4人から、『おおっ』という声が上がる。江梨子や早苗に美香はともかく、珠美香もそれなりに興味はあるようだ。

 しかしキャンセラーの開発元である加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班も、やはりひとつの営利企業である。そんなものまで販売していたとは。

「春風寮長、夏樹がつけているキャンセラーに、そんな機能がついているなんて知りませんでしたよ」

「ふふ、ちょっとお金は使わせてもらいましたけどね」

 黒いけど良い笑顔を見せる蘭華と由美。『お主も悪よのぉ』、『いえいえお代官様ほどでは』などと寸劇を演じている。

「でも、通信機能っていうくらいだから、こっちの話も相手に筒抜けになっちゃうんでしょ?」

 状況が完全には理解できていない珠美香は、純真な質問をする。

「珠美香ちゃん。夏樹君がつけていたキャンセラーには、マイクどころかスイッチも無かったような気がするんだけど」

 早苗がそう指摘する。キャンセラーは本来スイッチの類が装備されていない。誤ってスイッチを切ってしまうと妖精の命に係わることがあるからだ。基本、ボタン電池を入れたら稼働しっぱなしという単純設計になっている。

 しかし通信機ということなら、スイッチの類が無いのはおかしい。早苗はそのことを指摘したのだ。かわいい顔して見るところは見ている。

「春風さん、あの通信機、壊れているんですよね」

 意味深な笑顔で江梨子が問いかける。当然その眼鏡のレンズはキラリンと光っている。言うまでもなく仕様である。

「そうなのよ。せっかく高いお金を払ったのに欠陥品だったみたい。だって向こうからの声しか届かないんですもの。こっちからはいくら話しても、相手に届かないだなんて、欠陥品でしょ?」

 それ、通信機じゃない。盗聴器や! という心の声を実際に口にした者は、その場にはいなかった。

「でも、欠陥品には欠陥品なりに使い道はあるとは思いません?」

 とても良い笑顔で、トランシーバーらしき機械のスイッチを入れる蘭華。すると砂嵐のようなザーザーというような雑音混じりながらも、そこからふたりの声が聞こえてきたのだが、それは聞くべき話の内容ではなかった。

 偶然というのは時に残酷である。



『じゃあ美姫さんが、そんなにも女の子らしくしているのは、演技だっていうのかい? 素じゃなくて』

『ごめんなさい。実はそうなんだ。……知ってるでしょ。【玉突き召喚事故】って。自分の持つ何らかの力が、その事故の原因になったんじゃないかってうちの妹がいつまでも気にしていてね……』

 そしてなぜ美姫が女の子女の子した態度を取り続けるのかという理由を語り出す。それを聞く珠美香たちは、先ほどの明るく弾んだ調子が消え、静かにその声を聞き続けるしかなかった。

『だからまあ、演技なんだよ。私が、いや、俺が女の子らしい態度を取っているのはね』

『君も苦労しているんだね。美姫さん。いや、幹也君』

『かわいい妹の為だからね。私が、妖精少女になれて良かった♪ 嬉しいな♪ って言動を取っていれば、妹も心の負担を軽くできるんじゃないかなっていうことなんだ』



「そんな! お兄ちゃん! バカッ!! 全部私のせいなのに、なんでそんなに優しくできるのよ。怒ってよ、ののしってよ、お前のせいだバカ野郎って言えばいいじゃない!!」

 立ち上がり、激しく動揺した様子で、そう言い放った珠美香は、そのまま店を飛び出し、どこかへ消えてしまった。

 そしてその晩、珠美香は家に戻らなかった。

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