兄妖 第08話

     第二地球圏物語 前史

It is historical in front of The second Earth area story

妖精的日常生活 お兄ちゃんはフェアリーガール

作:紅衣北人 / ジャージレッド



第08話 召喚実験開始

「あら? 今日は美姫お姉さまはいらっしゃらないんですか?」

「え~っ!? どうしていないの? もしかして病気?」

 美姫が緑ヶ丘高校に転入して既に2週間。そろそろ2年4組の教室に美姫がいることが当たり前になった頃、美姫は初めて学校を休んでいた。

「お兄ちゃん、今日は研究所からの急な呼び出しで今朝から出かけちゃったの。学校は休んでいるけど、すごく元気だから心配しないで」

 ぴらぴらと手を振りながら、珠美香が江梨子と早苗に答える。

「いったいどんな急用なんでしょうか」

「ああ、心配ない、心配ない。きっと魔法増強装置の【ブースター】の開発が一段階進んだんじゃないかな。お兄ちゃん、新しい機械のテスト要員みたいなことしてるから」

「……テスト要員って、危険なことしちゃったりとか?」

「そうですわね、ちょっと心配ですわね。どうなんです。珠美香さん」

「大丈夫、大丈夫。少なくとも今までは安全だったし。あのお兄ちゃんなら、何があっても平気よ。というか、ちょっとくらい何かあったほうが良いかもね。少しはバチでもあたってくれないと」

「何があったのか知らないけど、今まで大丈夫だからって、これからも大丈夫だとは限らないんだよ。珠美香ちゃん。事故は安心したときにこそ起きるんだよ」

 家で何かあったのかしらと思いつつも、それについては何も言わず、ちちち、と指を振る早苗。横では江梨子が「うんうん」とうなづいている。

「ちょっと、やめてよ、心配はしてないけど、なんだか変な気持ちになってくるじゃないの」

 周りに煽られて珠美香も急にモヤモヤした気持ちになってきたのであるが、はてさて、いったいどうなりますやら?



 ところで前日の夕方、美姫が学校から戻って自室に入ってみると、机の上に置きっぱなしになっているスマホにメールが入っていた。ちなみに美姫の部屋をはじめとして家の中の各所には、電子機器の妖精への悪影響を中和する据え置き型のキャンセラーが設置されているので、家の中でなら腕輪型のキャンセラーを外していても安心である。

 さて、妖精がスマホを持ち歩くには、スマホは重すぎて大きすぎる。いかにキャンセラーが有って電子機器の悪影響を受けなくなったとはいっても、妖精がスマホを持ち歩くのは現実的ではない。自然と部屋に置きっぱなしとなる。大きさ的にはまあ、人間にとってのデスクトップパソコン代わりという位置づけであろう。

 妖精はもともと機械、正確には電子機器に弱い。なぜかという理由は不明だが、電子機器の近くに寄ると気分が悪くなり、最悪気絶してしまう。そんなわけで西暦2000年を皮切りに人間が召喚されてその体が妖精へとチェンジリングしてしまうという事件が始まった当初は、妖精になったらもうパソコンや携帯電話とかを使用できなくなったものである。

 しかしまずは据え置き型のキャンセラーが開発され市販されるようになり、更に今では妖精の腕輪サイズのキャンセラーも出回るようになってきて、妖精でも普通に電子機器を使用することができるようになっている。というわけで、美姫もまたスマホを普通に持っているし、メル友も普通に何人もいるというわけだ。

「誰からだろ? ……ああ、なんだ詩衣那さんからか。久しぶりだな。ええと、何々、『明日、至急来られたし。剣持主任が待っているのでよろしく。加賀詩衣那より』って、具体的な用件が何も書いてないじゃないの。まったくもう、これは詩衣那さんというよりも剣持主任だね」

 美姫はメールの内容をいぶかしむが、まあいつものことかと思い直す。

「剣持主任からだとすると、開発中のブースター絡みのことなんだろうけど何かな。小型化のほうは目処がついたとか言ってたから、もしかして大型化、大出力化の方向でのテストなのかな。でも、大型化か……。失敗したら嫌だなあ」

 何となく理由のない不安を感じつつも、美姫はふと思い付いた。

「そういえば、詩衣那さんや剣持主任に頼めば、ちょうどいい相手を紹介してもらえるかもしれないな。よし、明日、その件を頼んでみよう。ふふふ、これぐらいの役得がないとね」

 美姫は、声を出さずにひとしきり笑うと、珠美香の部屋へと飛んで行き、ドアをノックした。

「珠美香、いる?」

「え、お兄ちゃん。ちょっと待って、今、着替えているから」

 珠美香は完全な女性だった頃からの習慣で部屋にいるときは必ず鍵を掛けている。着替えやくつろぎすぎた姿などを見られたくないというのもある。ちょうど今は……、着替えとは言っても、ちょっと特殊なお着換え中であった。

「もう、一緒にお風呂に入っちゃう仲だし、着替え中でも別に構わないでしょ」

「ごめん、ちょっと、ほんと、ちょっと待って」

 部屋の中から聞こえる声は若干焦っているようにも聞こえる。その声を聞いた美姫はむくむくといたずら心が湧いてきた。

 実は長谷川家の自宅の各部屋の扉には通常の人間サイズの扉の他に、妖精用のドアが後付工事されているのだ。ちなみに猫ドアとも言う。当然そこに鍵はかかっていない。普段の美姫なら自重して本来のドアに鍵がかかっているときにそこを使うことはないのだが、いかんせん、中から聞こえる珠美香の声がいつもと違い過ぎた。

「な・に・を・か・く・し・て・い・る・の・か・な~~~?」

 猫ドアをくぐって見上げた珠美香のその姿。それは疑いようもなく女装姿だった。何よりも間違いなく珠美香の下半身をおおっているのはスカートだったからだ。

「え、珠美香……。なんでこっそり隠れて女装してるの?」

「違う。これは女装じゃなくて、これは、ええと」

 すうっと、低く、そして妖精なりに迫力のある声色になる美姫の声を受け、珠美香は「あわあわ」と慌てだす。

 ご存じのとおり、珠美香は妖精によって召喚された際の玉突き召喚事故により、後天的な性同一性障害という感じの状態になっている。その為、その治療の一環として現状の性に慣れることができるかどうかを確認するということで、成人するまでは体の性に合わせて男装(?)して普段の生活を送ることを、医者と約束しているのだ。

「女装じゃなければなんなのさ」

「ええと、そう、これは仮装、舞台衣装なのよ」

「舞台衣装? そういえば珠美香って演劇部だったっけ」

「そうそう、これはシンデレラの衣装なのよ。豪華なドレスのほうは衣装係の人が作ることになっているんだけど、魔法がかかる前のみすぼらしい衣装のほうは私が作ることになっていて、さっき出来上がったから、試しに着てみたの」

「舞台衣裳か、まあそれはいいとして、なんで男の珠美香が女役、それもシンデレラなんて主役をやるわけ? 演劇部には女子部員は誰もいないの?」

「女子部員は、むしろ男子部員よりも多くいるんだけど、女子同士の牽制のしあいというか、パワーバランスを維持する為というか……」

 珠美香は早口に説明を続けた。

 それによると演劇部で次回の演目としてシンデレラをやると決まり、王子さま役に部長の杉野栄泰はるやすが選ばれると、がぜん女子達が色めき立ったというのだ。なんでもこの杉野栄泰、甘いマスクは言うに及ばず、成績優秀、スポーツもそこそここなし、しかも態度が紳士的ということで、女子からの人気が抜群なのだという。

 そして当然の如く演劇部女子部員たちによるシンデレラ争奪戦が起き、あわや掴み合いのケンカにまでなり、最後にはどうにも収拾がつかなくなってしまったのだという。

 そこで、『男だけど女の子にしか見えない珠美香がシンデレラを演じるなら、今回の女子部員達の争いも円満に収めることができるだろう』という杉野部長の鶴の一声で、シンデレラ役は珠美香に決まったのだという。

「とまあ、そういうわけなのよ」

「なるほど、というわけで珠美香がシンデレラ役になって、女装していると」

「でも今回は、今の自分が男で良かったと初めて思ったかも。なんてったって……」

「なんてったって……? まあ、いいか」

 言いよどむ珠美香に対して、いぶかしむ美姫であったが、とりあえずニヤリと笑うと、ものすごく機嫌が良さそうに言うのだった。

「ともかく、そういうことならお姉ちゃんも珠美香に協力しましょう。シンデレラには確か妖精のおばあさんが出てきたよね。なんだったら、その役、手伝ってあげてもいいよ。おばあさんの横で本物の妖精が飛んでいたら、リアリティ増さない?」

「うーん、どうかなあ。とりあえず気持ちだけ受けとっておくけど」

「ま、半分冗談だけど、手伝ってくれっていう話になったら、ちゃんと手伝うよ。かわいい弟の為だもん」

「……妹です」

 最後は少しふてくされる珠美香だったが、普段と違って女装しているので妙にかわいかった。ちなみに珠美香が言いよどんだ『なんてったって……』の後に続く言葉であるが、【憧れの杉野先輩が王子様で私がシンデレラ! きゃー、幸せすぎる♪】というようなものだったのは想像に難くない。



 さて、時と場所を変えて、ここは美姫と珠美香たち長谷川家が暮らす名古屋市の南部に位置する名古屋港の中央に浮かぶ埋立地、人工島。この埋立地はすべて加賀重工の所有地となっており、様々な施設が存在するのだが、その一角に【加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班】、通称、【魔法研究所】があった。

 白い羽根に青いショートヘア、そして青い目をした妖精少女になった美姫が、新機械のテスト要員として実験に付き合っていたもの。それは大型化大出力化したブースターを搭載した、浮揚推進に魔法の力のみを使っている実験用の航空機だった。

 その実験機はやや縦長の卵型であり、白銀に輝く機体をしていた。単純に無塗装のアルミ製である。大きさは軽自動車程度の大きさで、特異なのはその機体から横に大きく伸びている妖精の羽である。

 よく見ればその羽は美姫が飛ぶときに大きく伸ばす白い鳥の羽にそっくりなのだが、とにかく大きさが違うし、羽というよりも翼と言ったほうが良い。なおかつ実体化していないのか、半透明に白く輝いている。

 先ほどからその機体は高校の運動場よりは何倍も広い敷地の中で上昇下降を繰り返したり、かと思うと猛スピードで旋回したりと、自由自在に動き回っている。あまり高空には行かないようにしているのか、逆に低空を掠めるように飛行したりしている。

「よーし、美姫君、実験終了だ。続きは午後からにしよう」

 実験機のコックピットにて椅子に座り、大きく開けた窓から入って来るぐるぐると動く外の風景に少々酔いそうになりかけていた美姫は、スピーカーから聞こえてきた剣持主任の声にほっと溜息を洩らした。

「了解しました。フェアリードライブ搭載実験零号機、これより着地します」

 その言葉とともに実験機は、広大な敷地の隅に建てられたドーム状の建築物の側にあるヘリポートのようなものに、音もなくそっと着地した。同時にそれまで伸びていた半透明の白い鳥の羽がすうっと空気中に溶けるように消える。

 パコンっと、軽い音を立ててハッチが開くと、中から美姫が這い出してきて実験機の上に立ち上がる。そのまま自前の小さな白い羽に魔力を通すとその羽が大きく伸びる。美姫は羽ばたくと同時に軽く機体を蹴り、空中に躍り出る。そしてそのまま飛んで、建物の中に入っていった。

 ちなみにその体を包むのは体にピッタリと密着するアニメに出てくるような宇宙服というか、なんとかスーツというものに似ている。色は白である。青いショートヘアの少女が着る体に密着するタイプの白い宇宙服のようなスーツ。

 たぶん、読者の方が想像するビジュアルで間違ってはいないだろう。某使徒と戦う人型巨大兵器が出てくるアレである。

 このスーツ、着用者の各種バイタルデータを測定する電極等が内側に貼られており、魔法の力を強化するブースターや、機械の悪影響を中和するキャンセラーの動作の状態を測定する目的で、妖精の身体状況を常にモニターできるようになっているのだ。

 別にこんなデザインでなくても構わないのであるが、『青いショートヘアの美少女が着るとなったらこれでしょう!』という剣持主任の強硬な主張により、現在のデザインに落ち着いたという経緯がある。

 そして実験機がなぜか零号機というのも同様の理由によるらしい。

「美姫君、素晴らしい成果だよ。とりあえずブースターの調子は文句ない。推進力にも余力はあるようだし、今度は実用的な大きさ、そうだなビジネスジェットクラスの航空機を作ってみて実験したいね」

 研究所の中で各種モニターを見ながら実験機の様子を確認していた【所長】こと剣持道彦主任は、笑顔で美姫を迎えた。そしてその横には、腰まで届きそうな程に伸びたストレートの黒髪の妖精少女が飛んでいた。なんだか神秘的な雰囲気を持った、その妖精の背中から伸びる羽は、鮮やかな紫色を基調とする美しい模様のある蝶の羽だった。加賀詩衣那である。

加賀重工会長の加賀光政は、孫娘の加賀詩衣那が妖精に召喚されてしまった直後、妖精はパソコンなどの電子機器に弱く、現状ではまともな社会生活が送れないと知ることになった。

 妖精化しただけでもかわいそうなのに、それではあまりにも不憫であるということで、電子機器の妖精への悪影響を中和する装置の開発を決意。妖精の飛行魔法を応用した航空機の開発を行うという名目で予算を確保。【加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班】を設立した。

 そこでの研究は当初足踏み状態だったが、キャンセラー及びブースターの開発をきっかけに、本来は名目だけであった妖精の飛行魔法を応用した航空機の開発も現実のものとなり、もしかするとこのフェアリードライブと名付けられた機関を搭載する航空機なら燃料の問題も無いので、火星くらいまでなら余裕で往復できるんじゃね? などと噂されていたりする。

「美姫さん、がんばったからお腹がすいたでしょ。とりあえず昼食にしましょう。ね、いいでしょ、道彦さん」

「もちろんですよ詩衣那さん。じゃあ私たちは零号機を格納庫に運んでおくから、詩衣那さんと美姫君は先に食堂のほうに行っておいてくれ」

 そういうなり剣持主任は、周りにいる研究員に指示を飛ばし始めた。

「じゃあ、美姫さん。行きましょうか?」

「はい。詩衣那さん」



 剣持主任よりも一足早く食堂に着いた美姫と詩衣那は、久しぶりに会ったこともあり、お互いの近況報告に花を咲かせていた。

「というわけで詩衣那さん、うちの珠美香から、『今の自分が男で良かったと初めて思ったかも』なんて言葉が聞けたんですよ!」

 嬉しそうな笑顔の美姫。背中からのぞいている小さな白い羽がぱたぱたと動き、美姫の心の様子を表している。

「良かったわね。これでお兄ちゃんも一安心ね」

「いえいえまだまだですよ。私、というか俺も、もっともっと『妖精の女の子に成れて楽しい♪』という態度を取って、珠美香の罪悪感を少しで減らしてあげないと」



 いったいふたりは何を話しているのであろうか。実は簡単なことで、麗しき兄弟愛なのだ。

 美姫は妖精になっているが、妖精に直接召喚されたのではない。妖精に召喚されたのはあくまでも長谷川珠美香であり、美姫(幹也)は玉突き召喚事故に巻き込まれてしまっただけなのだ。

 しかも珠美香が妖精に召喚されかけた際の妖精エルフィンの最後の言葉は、今でもハッキリと珠美香と美姫の耳に残っていた。

『なぜ私と珠美香さん以外に人間が? はっ、しまったっ、まさかっ!』
『珠美香さんにも私と同じ力があったなんて』

 そのエルフィンの言葉が意味することはただひとつである。玉突き召喚事故の原因はどうやら珠美香が持つ能力にあったらしいということだ。

 ちなみにその能力はいったいどういうものなのか、研究所でも興味を示し、色々と調べてみたのだが、一切そのことについては分からなかった。

 話をもどそう。珠美香は自分が持つ何らかの能力が玉突き召喚事故を引き起こし、結果として兄である幹也を妖精少女の姿に変えてしまったという責任を、罪悪感を感じているのである。当初その罪悪感は珠美香の精神を蝕み、うつ病寸前にまで追い込んでしまった。

 そんな珠美香の状況を何とかしたいと美姫が相談した相手が、妖精歴の長い加賀詩衣那であった。そして詩衣那のアドバイスは単純であった。

『美姫ちゃんが、妖精少女になれて良かった♪ 嬉しいな♪ って、態度を示したら、珠美香ちゃんの罪悪感も薄らいでくるんじゃないかしら』

 そのアドバイスが的確であったかどうかは知らないが、少なくとも美姫は、なるほどと納得し、以後はそのように演技をするようになったのである。……最近は本当に演技なのか本音なのかわからなくなってきているのだが。



「これ以上、何かするとしたら何があるのかしら?」

「考えたんですけど、私が妖精の恋人を作っちゃうというのはどうでしょう」

「え、美姫ちゃん。いよいよ私の愛を受け入れてくれるの?」

「だーーーっ! 違いますって。今の私は女の子ですよ。作るならボーイフレンドに決まっているじゃないですか」

「なんだ。つまんないの。私だって、元婚約者の道彦さんの心を軽くするために、『本当はガールズラブ大好きな人だったの。ごめんね♪』って演技をしているんだから、美姫ちゃんも協力ぐらいしてくれたっていいじゃない」

「ダメですよ。それはそれ、これはこれです。で、ですね。誰かいません? 見た目が女の子にしか見えないような男の娘妖精さん」

 とりあえず外見が男、男した妖精は生理的に受け付けない旨を、美姫は説明しておく。

「うーん、研究所の協力者の中にいなくはないけど、守秘義務ってやつがあるでしょ。単純に紹介するってわけにはいかないわね」

「なんとかなりません?」

「じゃあ、美姫ちゃんが恋人募集中ですってことで、思い当たる妖精さんに美姫ちゃんのことを紹介しておくから、その返事待ちってことでどう?」

「それでいいですよ。じゃあ、お願いします」

 ふたりはいつの間にか、声を落とし、ひそひそ話をしていた。



「やあ、ふたりともどうしたんだい。女同士の秘密の会話ってやつかい?」

 遅れてやってきた剣持主任を交えて、三人は昼食を摂りながら午後の予定を話し合う。

「じゃあ、午前中ですべての予定は消化しちゃったということですか」

「頑張ったのね、美姫さん」

「いやあ、本当に頑張ってくれて感謝しているよ。というわけで午後の予定は空白なんだけど、美姫君、妖精の立場として、今回の大型ブースターを搭載した零号機を使って試してみたい実験内容なんか思いつかないかな?」

 魔法研究所などと通称で呼ばれることも多い【加賀重工航空機制作所開発部新技術研究班】であるからして、それなりに規則も緩く、良い意味でいい加減なのかもしれない。

「うーん、妖精の立場としてですか。別に大型ブースターって、妖精の飛行魔法だけを強化増幅するってわけじゃないですよね」

 腕を組んで考えながら美姫は、言葉をひねり出す。何を考えているのであろうか。

「まあ、ふつうに妖精が使える魔法は飛行魔法だけだと思われてるけどね、実際には飛行時に風の影響を遮断する結界魔法、まあバリアというかシールドというか、そういう魔法だね。それも使える」

「あとは、本来の妖精さんなら召喚魔法も使えるはずよね。ね、道彦さん」

「まあ、そうだな。妖精化した元人間の妖精が召喚魔法を使えたという記録はないが、本来の妖精なら召喚魔法は使えるはずだな。それからキャンセラーをつけた妖精が炎の魔法を使えたという噂、未確認情報もなくはないぞ」

 剣持主任や詩衣那さんの言葉を聞いて、美姫は心を決めた。

「じゃあ、召喚魔法を実験してみたいですね。なにかこうカッコよさそうだし」



 昼食後、美姫は再びフェアリードライブ搭載実験零号機のコックピットに居た。

「準備はいいかね。いきなり異世界のものを召喚しようと思っても難しいだろうから、コックピットから見える位置にクマのぬいぐるみを置いておいたから、それをコックピットの中に召喚してみてくれ。ちなみに詩衣那さんの私物で妖精サイズの抱き枕にもなるものだ」

『ハイ、了解しました』

「よし、ブースター起動! 出力安定まで、20……、15……、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……。出力安定、いつでもいいぞ、美姫君」

「頑張って、美姫ちゃん♪」

 実は誰もいきなり最初から成功するとは思っていないので、けっこう気楽なものである。美姫も気負わずに召喚魔法を発動しようとしてみる。

「とはいってもどうやれば召喚魔法を使えるのか全然分からないしなあ。とりあえず念じてみるか。ええと、クマのぬいぐるみこっちに来い。来~い、来い、来い、来~い。詩衣那さんの抱き枕のクマのぬいぐるみ、こっちに来~~~い!」

 美姫は最初は気楽に、そして最後はかなり真剣に念じてみたのだが、クマのぬいぐるみは召喚されるどころか、ピクリとも動かなかった。

「変化、なしか」

 それほど残念そうでもなく、剣持主任はつぶやく。しかしその目はどこかマジであった。

「美姫君、限界までブースターの出力を上げてみるから、もう一度、トライしてみてくれ」

『了解しました』

 そしてブースターの出力が能力いっぱいの最大値を示した時、美姫は再度召喚魔法を発動させようとしてみた。

「詩衣那さんのクマのぬいぐるみの抱き枕、こっちに来ーーーいっ! というかもう何でもいいからクマのぬいぐるみっ! ええい、抱き枕、来ーーーいっ! 召喚! 何でもいいから抱き枕っ! 来ーーーいっ!!」

 その瞬間、コクピットの中に抱き枕が召喚されて姿を現した。

「え、これって、部屋にあるはずの私の抱き枕。何で、どうして!?」

 詩衣那のクマのぬいぐるみの抱き枕はピクリとも動かず、なぜか美姫が所有する自分の抱き枕が自宅の部屋から召喚されたのだった。

 この世界の妖精と人間たちは、本来の妖精世界の妖精が使う召喚魔法の仕組みや真実をまだ何も知らずにいたのだが、ブースターの出力に任せた力技で、召喚魔法を意図的に発動させることに成功した。

 しかし、これが何を意味するのか、まだ誰にも分らなかった。

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